ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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夏休み編はこれで終わりとなります。


夏休み 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みと言えば何だろうか、いや、夏と言えばなんだろうか?

 

 俺はそう問いかけられると師匠と過ごした鍛錬と地獄の日々を思い出す。まぁそれは夏に限らず春も秋も冬も変わらないのだが。

 

 一般的な高校生が夏と聞いて連想するのはやはり楽しい時間なのだろう。それは夏祭りであったり部活の大会であったり、或いは男女の甘酸っぱい時間だろうか?

 

 実際に、この高校でも夏頃になるとカップルも多くなっており、ケヤキモールでは仲睦まじそうに歩く生徒の姿が確認できる。これもまた夏休みの正しい姿なのだろう。

 

 更に踏み込むのならば、夏と言えば海と答える者も多いのかもしれない。

 

 ただこの学校は海に囲まれている埋立地の上にあるが、あの無人島のようなわかりやすい白い浜辺もないのだ。

 

 なので夏らしい遊びと言えば、海水浴ではなくプールに行くというのが自然なことになるのだろう。

 

『須藤たちがプールで盗撮をしようとしている』

 

 そんな電話が清隆からかかってきたのは、夏休みの終わりがいよいよ近づいて来た頃の話となる。

 

 悲しいね、まさか犯罪の告発だなんて。

 

「お、おぅ……どうしようか?」

 

『いや、それは問題はない。こちらで対処する』

 

「そっか、ならなんで電話してきたんだい? 俺は今、仏像を彫るのに忙しいんだけど」

 

『なんで夏休みに仏像を彫っているんだ……話を戻すぞ、悪いんだが堀北をプールに誘ってくれないか?』

 

「なんでまた?」

 

『須藤が煩い……しかもしつこい』

 

「堀北さんかぁ、プールに誘って来てくれるかな? しかも男からの誘いだし」

 

『だからそっちに頼みたい。俺や須藤が誘っても断られるだろうからな』

 

「ん、わかった……誘うだけ誘うけどあまり期待はしないでね」

 

『それならそれで構わない。天武でも無理だったと言い訳が使えるからな』

 

 どれだけしつこく須藤たちに誘いを強制されていたのだろうか? そもそも須藤は清隆を経由せずに直接誘えばよかったと思う……いや、それが無理だから色々な相手を経由しようとしたのかな。

 

 清隆から堀北さんへと電話の相手を切り替える。おそらくは断られるであろうことを予想しながら。

 

「堀北さん、突然で悪いんだけど、プールでもどうでしょうか?」

 

『……』

 

 電話の向こうで堀北さんが言葉を無くしているのがよくわかった。

 

『それは、つまり……遊びの誘いということかしら?』

 

「そうなるね、もしくはデートの誘いになる」

 

『そ、その表現は止めなさい……』

 

 デートと聞くと照れて慌てるのが堀北さんである。とても初々しくて可愛らしいと思う。

 

『プールね……あまり気は進まないけど、まぁ、貴方には水筒を外して貰った借りもあるから、考えてあげなくもないわ』

 

「ありがとう、堀北さんが来てくれればとても嬉しいよ。それじゃあプールで遊ぼうか」

 

『えぇ、わかったわ』

 

 そんな通話を終えたのが今朝のこと、そして堀北さんに凄い視線で睨まれているのが今の話であった。

 

 俺は今、滅茶苦茶彼女から睨まれてしまっている。

 

「笹凪くん……私を騙したのね?」

 

「いや、騙してなんていないよ。プールで遊びたいんだ」

 

「あれ、どうしたのかな堀北さん? 凄く怖い顔してるよ?」

 

 俺を睨む堀北さんにそう言ったのは櫛田さんである。他にもこの施設には清隆や須藤や池や山内、そしてなんと佐倉さんの姿もあった。

 

「ふふ、もしかして堀北さん、笹凪くんと二人で来たかったのかな?」

 

「そ、そんな訳ないでしょう……変な勘ぐりは止めなさい」

 

「へぇ~、ならそういうことにしてあげるね」

 

 俺たちが今いるのは学校の施設内にある大きなプールである。そろそろ更衣室に移動しようかというタイミングではあるが、未だに堀北さんの機嫌は優れないようだ。

 

 プール施設にやってきて合流した時はそこまででもなかったのだが、合流するクラスメイトたちが増える度に視線は鋭くなったと思う。

 

 別に騙したつもりはないんだが、そう言えば他の面子がいることを説明していなかったと思い出した次第である。悪いことをしたと今では考えている。

 

 ただまぁDクラスで交流を深めるのも良いことだと思う。純粋にそう断言できたら良かったんだけど、残念ながら三馬鹿が盗撮を企んでいるんだよな。

 

 須藤よ、お前、船の上でいつまでもガキのままではいられないって言っていたじゃないか……。

 

「清隆、大丈夫なのか?」

 

「あぁ、軽井沢に対処して貰ってる」

 

「そうか、彼女にも苦労をかけるな……まさか盗撮の対処を任せることになるなんて」

 

「本人も呆れきっていたぞ」

 

「沢山感謝しないとな」

 

「感謝?」

 

「頑張った人には沢山の感謝が必要だと師匠は言っていた」

 

「そうか……そうだな」

 

 軽井沢さんもビックリだろうな、まさかクラスメイトの尻拭いに奔走するだなんて。

 

 プール施設の入口でそんなことを話している俺と清隆は、ここにいない軽井沢さんに静かに感謝の念を送った。

 

 そんな時だ、Dクラス以外の生徒が姿を現したのは。

 

「あれ、笹凪くん、それに綾小路くんも、二人もプールに来たんだ?」

 

 一之瀬さん率いるBクラス……いや、今はCクラスの生徒たちである。神崎の姿もあり、どうやら皆で一緒にこのプールに遊びに来たらしい。

 

「やぁ一之瀬さん、そちらも同じようだね」

 

「うん! クラスの皆でね」

 

「俺たちもだよ」

 

「偶然だね、ならせっかくだし一緒に遊ぼうよ」

 

「もちろん、誘って貰えて嬉しいよ。神崎も宜しくね」

 

「あぁ」

 

 一之瀬さんが率いるクラスメイトの中には神崎の姿もある。あの船での特別試験以来、俺を観察するような視線が増えたと思う。警戒されているのだろう。

 

 あまり自己主張する男ではないが、冷静な思考を持っており参謀的な役回りもできる相手なのだ。クラスから一歩引いた位置で俯瞰しており、だからこそ俺を強く警戒しているのかもしれない。

 

 ただ嫌われている訳ではないんだろう。警戒はそのまま高評価にも繋がっているようだ。

 

 こういった接触の機会を利用して、こちらの考えや方針、或いは俺の価値観や判断基準などを図りたいのかもしれない。侮られるよりはずっとマシな反応とも言える。

 

 

 

「笹凪、お前がいてくれて良かったぜッ、まさか堀北を連れて来てくれるとは!!」

 

 男女に分かれて更衣室に入るとさっそく須藤が肩を組んできてそう言った。涙すら流している様子である。

 

「どれだけ誘っても断られたけどよ……へッ、もう思い残すことはねえ」

 

「そうか、喜んで貰えたのなら嬉しいよ」

 

 そこまで堀北さんの水着姿が見たかったのか……水泳の授業で何度も見ている筈だけど。こういった場で拝見するのはまた違った喜びがあるのだろうか。

 

 ふむ、わからなくないな、場所が変わればまた新鮮に思うのだろう。

 

 須藤と池と山内は何やら更衣室の隅っこでニヤニヤとしながら猥談を繰り返している。きっと盗撮の進行状況を確認したり、実際に行動に移したりしているらしい。

 

 すまない、軽井沢さん。本当に迷惑をかけてしまうようだ。彼女も呆れが止まらないんだろうな。

 

 三馬鹿たちを置いて俺は一足早くプールに足を運んだ。夏休みも終わりが近いこともあって人で大きく賑わっており、もうすぐ授業が始まるという現実から逃れるかのようにプールを楽しんでいるようだ。

 

「や~、これはこれは、凄い賑わいだねぇ」

 

「もうすぐ学校が始まるからね。今くらいは皆羽を伸ばしたいんだろう」

 

 意外にも更衣室から誰よりも早く姿を現したのは一之瀬さんであった。女性は色々と支度があるので着替えは遅くなるものと師匠が言っていたが、彼女はそれに当てはまらないらしい。

 

「他の皆はどうしたの?」

 

「まだ着替えているようだよ」

 

「それなら皆が来るまでお話しよっか?」

 

 朗らかに笑う一之瀬さんは、プールサイドに腰かけて足だけを水に浸けるとそう言った。

 

 いつも通りの笑顔ではあるのだが、少しだけ疲れと陰りが見える。どんな時でも太陽のように輝く人ではあるが、色々と悩むことがあるのだろう。

 

「何か悩み事かな?」

 

「え? そういう訳じゃないけど……どうしてかな?」

 

「ん……少し悩んでいるように見えたからさ。勘違いだったらよかったんだけど」

 

「にゃはは……笹凪くんには隠せないね」

 

 そうなるとやはり悩みがあるのだろう。クラスを引っ張っていく立場なのだから悩みや不安はどうしたって付きまとうものだから、当然のことではある。

 

「無人島でも言ったけど、委員長だからってあまり一人で抱え込まないようにね」

 

「もちろん、そうしてるつもりだよ」

 

「誰かに頼ることは恥ずかしいことでもないし、それができない人はリーダーには向いていない。まぁこんなことを他クラスの奴に言われたらイラッとするかもしれないけど」

 

「ううん、心配してくれてるって、ちゃんと伝わってる」

 

「そうか……なら良かったよ。それで、どんな悩み事かな? クラスメイトに相談できないことでも、他人にならすんなり話せるかもしれないよ?」

 

「他人だなんて、私は笹凪くんのこと、そんな風に思ってないんだけどなぁ」

 

「光栄だ」

 

 俺が茶化すようにそう言うと、一之瀬さんは普段の調子を取り戻して朗らかな笑顔を見せてくれた。うん、彼女はそんな表情が一番似合うと思う。

 

「実はね、特別試験の結果が振るわなかったことで……ちょっぴり悩んでいたりします」

 

「なるほど、委員長らしい悩みだ」

 

 一之瀬さんクラスは無人島と船上試験を超えてクラスポイントがマイナスになってしまった。無人島で140ポイントを得たのだが、そのすぐ後に150ポイントが引かれてしまったのだ。

 

 最終的にはマイナス10ポイント、致命傷ではないと思うが、もっとできることが合ったのではないかと悩むのは自然なことである。特にウチのクラスはやりたい放題やったからな。

 

「笹凪くんは凄いね、ちゃんと結果を出してクラスを導いて……それに比べて私はってどうしても考えちゃうんだよね」

 

 プールに浸けた足をパチャパチャと動かしながらそんなことを愚痴る一之瀬さん、彼女が抱えているのはクラスを引っ張っていく存在なら絶対に付きまとう悩みとも言えるだろう。

 

 何が正しいのか、どうすれば良かったのか、これから先何度も同じことを思う筈だ。

 

「神崎くんから聞いたよ? 船上試験ではすぐに優待者の法則を見抜いたって」

 

「そうだね、だから上手く動けたと思う」

 

「私にも同じことが出来たらって、何度も思っちゃった……」

 

「……」

 

 彼女の瞳がこちらに向けられる。不安を宿した、そしてある種の尊敬が交じった複雑な瞳である。

 

「笹凪くんみたいな人が、クラスにいてくれたら――――」

 

 言い終わる前に、俺は人差し指を立てて彼女の眼前に持っていく、親が子供に静かにと伝えるかのように。

 

「いいかい、一之瀬さん。君が言おうとした言葉は、あまり良いものではないよ。まるで自分のクラスの仲間が頼りにならないかのように聞こえてしまう」

 

「え? あッ、……ち、違うよ、そんな意味じゃなくて……」

 

「そうだね、君にそんなつもりは無かったのかもしれない……けれど、もし一之瀬さんのクラスの人が聞いたらどう思うかな? 自分たちではなく、他所のクラスの人がいてくれたらなんて言われたら、やるせない気持ちになるんじゃないかな?」

 

「……」

 

 一之瀬さんは顔を青くしている。深く考えず言った言葉の重みに気が付いてしまったらしい。

 

 俺はそんな彼女の隣に座って、同じように足だけをプールに浸けた。

 

「リーダーって難しいよね。多分、これからも沢山悩んで、何が正しいのか迷って、何度も何度も後悔して、言葉や行動の一つに気を使っていく必要がある。結果が伴わないと責められるかもしれないし、色んなイザコザや問題にだって巻き込まれるだろう」

 

「うん……」

 

「不安かな?」

 

「にゃはは……ちょっとだけ」

 

「それで良いと思うよ」

 

「え?」

 

「不安で当然だ。それは別に一之瀬さんだけが変な訳じゃなくて、誰にだってあるものだよ」

 

「笹凪くんみたいな人でも?」

 

「君は俺をどんな人間に思っているのか知らないけど、俺だって不安は感じるさ」

 

 龍園や葛城だってそれは同じだと思う。きっと坂柳さんだってそうだ。それでも決定的な違いがあるとするならば、それは意思を貫く精神だと思う。

 

「だから一之瀬さんは沢山悩んで、沢山迷えば良いと思う。それはおかしな事じゃないよ。けれど立ち止まってはいけない、それだけは絶対に駄目だ。時間は寄り添ってくれないし、止まってもくれないからだ……意思を貫く、それが重要だ」

 

 隣にいる一之瀬さんに視線をやると、彼女はこっちを見つめていた。

 

「そうだね、説教臭い上に遠回りな言葉回しを続けても面倒だから、シンプルに説明するとね……カッコよく生きればいいんじゃないかな。リーダーはそれで良いと思うよ」

 

 カッコいいは重要だ。師匠も言ってた。

 

「カッコよく生きて、誰かに憧れて貰えるのなら、それで良い……そして、君はそれがもうできる人間だ。なら自分なんてと思う必要はないとも、私に付いて来いって胸張って言えば良いさ、これが一之瀬帆波の生き方なんだよ、邪魔すんなうるせえ黙ってろって」

 

「あはは、そこまで堂々と言いきれたら凄く気が楽になりそうだね……で、でも、それでも自信を無くしちゃったらどうすれば良いかな?」

 

「君には大勢の友人がもういるじゃないか、相談して力を借りれば良いよ」

 

「そっか……それで良いんだ」

 

 納得したかのようにそう呟く一之瀬さんは、その横顔にあった陰りが引いていた。

 

「それが駄目そうなら俺が話を聞こう……何ができるかはわからないが、君が困っていたら手を貸すよ。カッコよく生きたいからね」

 

「笹凪くんって聞き上手だから、その時は頼っちゃおうかな」

 

「そうしてくれ」

 

「う~ん、なんて言うんだろ、包容力? 説得力? みたいなのが凄いね」

 

「そうかな? ならその説得力で結論を伝えよう。まだ一年の夏なんだから、クラスポイントが多少下がった程度でウジウジ悩まないことだ。やるべきことは次に備えて心と体を備えておくこと、何が正しかったのかを証明するのは現時点のクラスポイントではなくて、三年最後の結果だ、わかったかい?」

 

「はい、笹凪先生!!」

 

 笑顔でそんなことを言った一之瀬さんに、思わず笑みを返してしまった。

 

「先生は止めてほしい、くすぐったい気分になってしまうからね」

 

 一之瀬さんはいつもの笑顔に戻っている。彼女にはそれが一番似合っているのは間違いないだろう。

 

「お、皆来たみたいだな」

 

 更衣室からクラスメイトたちが出て来たのが確認できた。俺たちはプールサイドから立ち上がってそれぞれの仲間たちを迎え入れる。

 

「よし、こうしてそれぞれのクラスが集まったんだから、ここはクラス対抗バレーを提案しようかな!!」

 

 元気よくそう宣言する一之瀬さんは、どうやらビーチバレーをするつもりだったらしく、鞄の中からボールを取り出している。

 

「皆どうかな?」

 

「バレーね……」

 

「あれ、堀北さんは反対かな?」

 

「そうではないわ。ただ、こちらには須藤くんがいる上に、笹凪くんもいるのよ? 勝負になるのかしら?」

 

「むッ、そう言われると凄く自信がなくなっちゃうな。確かにとんでもない強敵だね」

 

「いや、一之瀬、ここはそれでもやるべきだろう。須藤も笹凪も、学年で突出した身体能力を有している、少しでもその実力を実感して把握しておくべきだ」

 

 神崎は主に俺を見ている。やっぱり警戒対象として認識されているらしい。

 

「なるほどね、言わばこれは他クラスへの偵察になる訳だ」

 

 ビーチバレーによってそれを確かめたいのだろう。負けた所でクラスポイントが減る訳でもないので、悪い考えではないのかもしれない。

 

「もちろん負けるつもりは無いけどね。それに案外、私たちがあっさり勝っちゃうかもよ」

 

「偵察とわかっているのだから簡単には受けられないわね」

 

「堀北さんはもしかして負けるのが怖いのかな? それじゃあ仕方がないなぁ」

 

 一之瀬さんのニヤリとした笑顔と共に放たれた挑発的な言葉に、堀北さんはムスッとした表情を返す。

 

「良いでしょう……そこまで言うのなら付き合ってあげるわ。笹凪くん、須藤くん、やってしまいなさい」

 

 まるでどこかの漫画に出て来る悪役の女上司のように堀北さんがそう言えば、俺と須藤は従うしかなかった。

 

「よっしゃ、俺に任せてくれ!!」

 

「了解!!」

 

 俺と須藤は手下1と2といった所だろうか、まぁそんな扱いも悪くはないだろう。

 

 こうして俺たちは夏休みを満喫することになる。一緒にバレーを楽しんだ一之瀬さんは悩みが消えたのか穏やかな笑顔をしており、もう心配はいらないのだろう。

 

 因みに、バレーは当然のように俺たちが勝利することになる。須藤だけでなく俺もいるからね。

 

 ただバレーが終わった時、須藤や堀北さんたちクラスメイトだけでなく、一之瀬さんや神崎にも引かれ気味になってしまったのは、解せないことだと思った。

 

 

 ただこれもまた、夏休みの思い出となったのは間違いない。師匠、俺は今、高校生を満喫しております。

 

 

 

 

 

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