ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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体育祭準備 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、体育祭に向けて色々と考えて行かないとダメな訳だけど、基本的な方針はどうしようか?」

 

 学年の顔合わせも終わり、いよいよ体育祭に向けて進みだした学校と生徒たちは、朝のホーム―ルームの時間を使って色々な打ち合わせを行っていた。

 

 こういう時、率先してクラスを率いてくれるのが平田なのだが、ホーム―ルームが始まる前に彼はその役目を俺に押し付けて来る。

 

 別に引き受けることは構わないんだが、それで良いのかと言えば平田は穏やかに笑って信頼しているからと言ってくれた。

 

 期待されてしまった以上はやるしかないだろう。教卓に手を付いて俺は教室全体を見渡して開口一番そう言った。

 

「まず俺の意見を言わせてもらうならば、この体育祭は勝ちに行きたい、皆はどうだろうか?」

 

 一人一人の視線や表情を観察していく。どうやら俺がクラスを仕切ることに不満を抱いている生徒はいないらしい。入学してからここまでずっと頑張って来た成果と信頼故だろうな。

 

「具体的にはどうするんだい?」

 

 平田は打ち合わせ通りにそう聞いてくる。

 

「まず、推薦競技には全て俺が出よう……傲慢に聞こえるかもしれないが、全ての競技で必ず一位になると約束する」

 

「確かに、笹凪くんならそれができるだろうね」

 

「寧ろ、それ以外の選択肢があるのか」

 

「ゴリラだもんな」

 

「おう、俺もお前が出るんなら不満はねえぞ、必ず勝ってこい!!」

 

 平田、幸村、そして池と須藤の言葉に、クラスメイト全員がうんうんと頷く。俺が体力面で他の追随を許さないという評価はもう不動のものになっているらしい。

 

「その上でそれぞれの競技では身体能力の高い者を優先的に動かしたい。一之瀬さんクラスとの兼ね合いもあるからその辺も配慮してね。ただ、それだと運動が得意でない者は不満を感じるかもしれないだろう……だからまぁ、どうしようか?」

 

「まあ確かに、私もポイント欲しいかも」

 

「篠原さんの言うことも尤もだ。俺も悪いとは思ってる……でもしっかりと結果も残したいんだよね。そうだなぁ、デカい事言った身としてはしっかりと最優秀生徒に選ばれてポイントを分捕って来るから、体育祭の打ち上げは俺に任せてよ」

 

「え、ほんと、奢り?」

 

「あぁ、好きなだけ飲んで食って騒いでよ、全部俺がごちそうするからさ」

 

 俺がそういうとクラスメイトたちは不満を遠ざけた。こっちがせっかく得た身銭を切っていることもそうだが、何よりそれぞれの財布が潤っていることも大きな理由だろう。

 

 金持ち喧嘩せずとはよく言ったもので、毎月十万ポイントを貰えるような生活は、クラスメイトたちには心の余裕があるのだ。

 

 今月に入って新しくクラスポイントが50加点されてこのクラスは1000ポイントを超えている。大台に乗った感はあるよね。

 

 因みに、この50ポイントは俺が美術部のコンクールで最優秀賞を貰ったことで得たポイントである。

 

 毎月これだけ大量のポイントが入って来るのだ。財布が太っていると心もゆとりと余裕が生まれるものである。ぶっちゃけ競技に勝って得られるポイントなんて大した額じゃないと思うだろう。

 

「はいはい!! 私、高めの焼肉行きたい!!」

 

「なかなか遠慮がないね佐藤さん、まぁ構わないよ。二言はない、俺が全て支払おうじゃないか」

 

「それじゃあ私は新作のバックが欲しいかも」

 

「それは打ち上げとは関係ないよね!?」

 

 松下さんの要求に俺がそう返すと、クラス中でクスクスと笑いが起こる。悪い雰囲気ではなさそうなので、これなら話を次に進められる。冗談を言って場を和ましてくれた彼女にはウインクでも送っておこう。

 

「細かな調整は追々やっていくことになるだろうけど、基本的な方針はそんな感じでいくことで良いね?」

 

 不満はない、頼もしそうな顔でこちらを見て来るのが大半である。

 

 

 

「よし、なら……勝つぞ!!」

 

 

 

 このクラスは既に意思と覚悟を固めている。この体育祭がスタートラインの第一歩になるんだろうな。

 

 こうしてウチのクラスは体育祭に向けて本格始動することになった。まず最初にやるべきことは各々の細かな体力測定であった。

 

 普段の授業を変更して体育の時間が多くなったので、その時にでもある程度は把握できるだろう。

 

「壊すに1000ポイント」

 

「それじゃあ賭けにならないだろ? 俺も壊すに2000ポイント」

 

「だから賭けにならねえって!? 誰か壊せないに賭けろよ」

                       

「拙者、賭けは堅実に行きたいでござる。なので壊すに5000ポイントを」

 

 体力測定の時間はすぐにやってきた。まずはそれぞれ握力でも測ってみようと、学校側から握力測定器を借りて来てそれぞれ試していく。

 

 やはり運動のできる面子が良い数字を出していった、特に須藤は高校生離れした数値をしており、クラスメイトを驚かしている。

 

「へッ、笹凪なら余裕だろうぜ、俺は壊すに2000ポイントだ」

 

 そんな中、始まったのが、俺が握力測定器を壊せるのか壊せないかの賭け事である。池が言い出して山内が乗って、須藤も加われば他の男子たちも興味津々でポイントを賭け出す。

 

 大穴で壊せないに賭ける奴もいるな、普通はそっちの方が可能性は高いと思うのだが、俺はスポット装置を引きちぎった前科があるので妥当なオッズなのかもしれない。

 

 最後の大トリとばかりに順番待ちをしているのだが、そんな中で清隆の少し困った顔を目撃して俺は声をかけた。

 

「清隆、どうしたんだ?」

 

「いや、高校生の平均はどれくらいなのかと迷っている……」

 

「1トン、くらいじゃないかな?」

 

「そうか、最近の高校生はすご……いや、そんな訳がないだろ、人類の話をしてくれ!!」

 

 まさか清隆のノリツッコミが見れる日が来るとは、感無量である。

 

「冗談だ、100位だと思うよ」

 

「それもおかしい、須藤より強いことになるんだぞ……はぁ、天武に訊いたのが間違いだったな」

 

 そんなに呆れないでくれ、俺だって高校生の平均なんて知らないんだからさ。

 

 結局、清隆は迷いながらも須藤より下の数値辺りでお茶を濁したらしい。それでも平田は感心したような声をだしていたので、平均よりは高かったのだろう。

 

「よっしゃ!! 大本命来たぞお前ら!!」

 

 池がそう叫べば、最後に俺に握力測定器が渡される。

 

「頼むぜ笹凪!! ぶっ壊せ!!」

 

 須藤、備品は大事に扱うのが基本だよ。

 

「あのねぇ君たち、学校の備品なんだからそんなことする筈ないだろ? できるだけ壊さないようにするって」

 

「いや、ここで壊せる筈がないって断言しないのは、既におかしいだろ」

 

 三宅がそう言うと、隣で幸村がうんうんと頷いてしまう。

 

 でも実際これくらいなら壊せるんだよな、特殊合金って訳じゃないだろうから。

 

 まぁ壊すつもりは本当にない。測定できる限界くらいで押し留めておこう。ゆっくり、ゆっくりと数値を上げて行って――――。

 

 

 

 バキッ!!

 

 

 

 あ、やってしまった、加減をしてたはずなのに脆くも壊れてしまった。最後の最後で力加減を間違ってしまったらしい。

 

「テンテン、完全にゴリラじゃん」

 

 それを見ていた長谷部さんがそう言えば、男子だけでなく女子たちからも納得の頷きが広がっていった。

 

 悲しいね、もう俺の評価は覆ることはないんだろう――――というかテンテンって何? 俺のあだ名? 俺って長谷部さんからそんな風に呼ばれてるの?

 

「笹凪くん本当にヤバいね、実際に握力とかどれくらいあるの?」

 

 松下さんは俺の握力に興味津々である。

 

「さぁ、詳しく測ったことないからなぁ」

 

「測れる握力測定器が存在しないの間違いじゃないの、それって……」

 

 そして最終的には引かれ気味になられてしまう。

 

「ま、まあ、この体育祭では笹凪くんを中心に動いてもらおうか。頼りにさせてもらうよ」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 測定係をしていた平田も苦笑いを浮かべながら、俺の名前の横に測定不可能と書き込む。

 

「しかしだ、僅か一カ月程度で劇的な身体能力の向上は望めないだろう。運動も勉強も、結局は積み重ねだからな。やるべきことは筋力トレーニングよりも、細かな調整がメインになると思う……その上で重要なのは二つ」

 

 グラウンドに集まったクラスメイトたちを見渡してそう告げると、真剣な表情で誰もが頷く。

 

「正しい姿勢、正しい体幹、正しい呼吸、正しい力配分、それらを正しく運用する。それが近代スポーツ科学であり、この体育祭を乗り越える上で必要な要素だ」

 

 そんな風に体育の教科書には書いていた、師匠は絶対に鼻で笑うと思うけど。

 

「一先ず、各々の身体能力を把握するので、全力で挑んでくれ、良いね?」

 

 クラスの雰囲気は悪くない、意思と覚悟は確かにここにある。後は一つ一つ実績と経験と実力を積み重ねていくべきだろう。

 

「そしてもう一つ重要なのは……覚悟だ」

 

「覚悟?」

 

「そうだよ幸村、戦いに挑む上での心構えと言っても良い。特に男子チームにはその辺の心構えに関してもしっかりと調整していこう。精神論なんてと思うかもしれないが、覚悟のない者と、覚悟のある者ではやはり大きな違いがある。意思や感情の熱量とは時に数字では計り知れない結果を齎すだろう」

 

 師匠曰く、実力差は意思と覚悟と執念で超えていけとのこと。

 

 こら清隆、そんな目で俺を見るんじゃない。別に俺は山の上からクラスメイトを突き落としたりするつもりはないんだから。

 

「でもよ、具体的にはどうすんだ?」

 

 須藤の疑問も尤もである。でも大丈夫だよ、滅茶苦茶なことをさせるつもりはないからさ。

 

「一つ一つ積み上げて行こう。一カ月もあればある程度は整えられるとおもうからさ。その為に今は細かいデータが必要だ。とりあえず次は百メートル走の記録を測ろうか? 須藤、自信はどうだい?」

 

「おう、任してくれ!!」

 

 指示を出すと速力に自信のある生徒は次々と準備を進めて良き、計測係の平田の合図の下、百メートル走が始まった。

 

 やはり須藤は早い、身体能力という点で見れば学年どころか全校生徒と比べても上から数えた方が早いレベルだろう。

 

「ところで清隆、競技には前向きかい?」

 

「どうだろうな、あまり動きたくないんだが」

 

「出来れば幾つかの競技で上位に入って欲しいんだけど」

 

「目立ってしまうからな……」

 

 目立つのが嫌な暗躍したがりさんは動くつもりがないらしい。清隆の身体能力ならおそらく一位を総嘗めできると思うんだけどな。

 

「ふと思ったんだけど、清隆って高円寺みたいだよな」

 

「なん……だと?」

 

 二人して並んでグラウンドで行われている百メートル走を眺めながら、俺はそんな発言をすると、清隆は信じられないとばかりにこっちに顔を向けた。

 

 俺が言ったことがどうにも受け入れられないらしい。高円寺に似ているというのは素直な感想ではあるんだが……。

 

「な、何故、そう思ったんだ?」

 

「え? いや、飛びぬけた能力があるのに、なんか使い辛いなって思って……ほら、似てるだろ?」

 

「高円寺と同類だと……オ、オレは、そうなのか」

 

 珍しく彼は動揺している。どうやらショックな発言であったらしい。

 

「まぁ無理に動けとは言わないけどさ、できれば幾つかの競技で上位に入って欲しい。大丈夫だよ、多少目立っても俺がそれ以上に暴れて印象を掻き消すからさ」

 

「わかった……考えておこう」

 

 言質は取ったからな? テストみたいに全部平均で済ますのは止めてくれよ?

 

「とりあえずリレーには出てもらうから、ほどほどの記録で宜しく頼む」

 

 彼の背中を押して百メートル走へと送り出す。未だにショックを受けている様子の清隆は、須藤には及ばなくてもそれなりの記録を出すことだろう。俺が言うのもなんだが難儀な男である。

 

 さて他のクラスメイトはどうかと観察していると、百メートル走を終えた須藤と堀北さんの姿が視界に入った。

 

「なあ堀北、どうだった俺の走りは?」

 

「大したものね、貴方の身体能力は学年でもトップよ。活躍を期待しているわ」

 

「そういう堀北もかなり早いだろ、運動部でもないってのによ」

 

「ある程度はね、けれど誰よりも早い訳ではないもの。だから体育祭では貴方のほうが貢献するかもしれないわね」

 

 四月頃には考えられなかった穏やかな会話である。

 

「なぁ堀北……その、なんだ、今度の体育祭で、俺がクラスで一番活躍できたらよ……名前で呼ばせてくれねえか?」

 

「随分と名前呼びにこだわるわね? ただ、自分が何を言っているのかわかっているのかしら? クラスで一番活躍するってことは、つまり笹凪くんよりもと言っているのよ?」

 

「うッ、た、確かに笹凪はだいぶアレな奴だけどよ」

 

 アレってなんだよアレって。須藤の中で俺はどんな扱いなんだろうか。

 

「そもそも、どうして名前で呼びたがるのかしら?」

 

「そ、そりゃあれだよ、色々世話になってるからな。恩人っていうか……ちゃんとした恋――じゃなくて、もっと仲の良い友達になりたいと思ってるんだよ」

 

「須藤くん……名前で呼ぶのは親しい仲なのかしら?」

 

「え? そりゃそうだろ、名字で呼び合うよりは仲が良い筈だぜ」

 

「そう……いえ、確かにその通りね」

 

「だろ? 俺らもそろそろ良いんじゃないかと思ってな」

 

 そこで堀北さんは顎に指を当てて深く考え込む。

 

「わかった、ただし半端な成績では許さない、出場した全ての競技で一位を取りなさい。それができたら許可してあげるわ」

 

「よっしゃぁ!! 任してくれ!!」

 

 男子のやる気を出させるのが上手な堀北さんである。将来、魔性の女になりそうな片鱗を見せているな。

 

 そんな彼女は須藤との会話を終えてキョロキョロと視線を彷徨わせた後、最終的には俺を見つけて近寄って来た。

 

「笹凪くん、そこで何をしているのかしら?」

 

「クラスメイトの観察さ。走る時の姿勢だったり呼吸の仕方だったり、色々とね」

 

「ここから全て見えるの?」

 

「大丈夫だよ、目は良いから」

 

 百メートル走をしているクラスメイトたちからは少し離れた位置なので、堀北さんの疑問もわからなくはない。ただ本当に目は良いから何も問題はないんだよね。

 

 堀北さんは俺の隣にちょこんと腰を下ろして、同じようにクラスメイトたちを眺める。丁度清隆の番になったので一緒に眺めることになった。

 

「彼、意外と早いのね」

 

「あぁ、それに美しいフォームだ」

 

「私が思っている以上に綾小路くんの身体能力は高いのかしら……そう言えば握力測定でもかなりの数値を出していたわね」

 

 堀北さんの中では清隆はまだ謎の多い疑念に満ちた存在らしい。高い運動能力を目にしたことでますますそれが深まったようにも思える。

 

 テストで全ての点数を50点で調整していたことを思い出して、何やら難しい顔をしている。

 

 ミステリアスな男はモテると雑誌に書いてあったが、それも過ぎれば疑われるだけになるらしい。俺も気を付けよう。

 

 百メートル走を終えた清隆を眺めていると、ふと視線を頬辺りに感じ取る。

 

 清隆からそっちに視線を向けてみると、堀北さんと目が合った。

 

「笹凪くん……」

 

「なんだい?」

 

「先程、とある筋から入手した情報なのだけど……ある程度親しくなると名前で呼び合うことがあるらしいわ」

 

「なるほど、納得できる情報だ」

 

「貴方はそれほど親しくもない相手を名前で呼ばせていたようだけどね……」

 

 坂柳さんのことだろうか? 自然にそう呼ばれていたので何の違和感もないし、そもそも名前で呼ばれることに何の抵抗もないので別に構わない。

 

「私と貴方は友人、そうよね?」

 

「もちろんだとも、今更確認するまでもない」

 

「なら、親しく接することも不自然ではない、違うかしら?」

 

「堀北さん、名前呼びがしたいのかい?」

 

 そう言うと彼女は焦ったように視線を揺れ動かす。

 

「君が呼んでくれるのなら、俺はとても嬉しいよ。前より仲良くなれた気がするしさ」

 

「そ、そうよね……えぇ、その通りよ」

 

「でも、俺が君の名前を呼んでも良いのかな? 馴れ馴れしく感じたりするんじゃないかな、あまり女性との距離感を間違えたくないんだけど」

 

 生徒会長との喧嘩を仲裁したあの夜みたいに、恋を教えてくださいとズカズカ踏み込んで要求すべきではなかったと反省しているのだ。さすがにあれは気持ちが悪かったかもしれないと考えた次第である。

 

「そんなことを気にしていたのね、深く考え過ぎよ……だから、その、これからは名前で呼ぶのも良いんじゃないかしら? 貴方が望むなら考えてあげなくもないわよ」

 

「そっか、でも今は遠慮しておくよ」

 

 俺がそう返した瞬間に、凍えるような視線がこちらに突き刺さった。怖いので止めて欲しい。

 

「いや、ほら、何かしらのきっかけというかさ、そういうのが欲しいなって思ってね」

 

 須藤が頑張ったご褒美に名前呼びを許可されるかもしれないんだ、俺だけタダでとはいかないだろう。

 

「だから、そうだなぁ、今度の体育祭で最優秀生徒に選ばれたら、それをきっかけにして名前で呼ぶ許可が欲しいかな。そしたら俺も凄くやる気が出ると思うんだよね」

 

 須藤もそうだが俺だって誰かと親しくなりたいのだ、縁は大事と師匠が言っていたしな。

 

「そう、わかった、ならその時にね」

 

「もちろん、堀北さんも頑張ってくれるよね?」

 

「え?」

 

「お互いに名前呼びするきっかけを体育祭の結果で得ようって話なんだから、堀北さんも出場する競技で一位を取ってね? どちらかが失敗したらまた次の機会にしよう」

 

「……」

 

 堀北さんは黙って深く考え込む。

 

「いえ、そうね……須藤くんにあぁ言ってしまったもの、私だけ楽にとはいかないわね」

 

 そしてブツブツと聞き取り辛い声量でそんなことを呟くと、彼女は意を決して力強い視線で俺を見つめた。

 

「良いわ、私は必ず勝利する、笹凪くんも二言はないでしょうね?」

 

 挑発的な視線は悪くない、彼女に似合っているとさえ思える。

 

「応とも。俺はもっと君と親しくなりたいと思っていたんだ。やる気が溢れて来るね」

 

「必ず最優秀生徒になりなさい。私も必ず一位を取る」

 

「なら約束だね。指切りでもしようか?」

 

 右手の小指を立てて彼女の前に差し出すと、堀北さんは珍しく狼狽えながら困惑するのだが、迷った末に自分の小指を差し出した。

 

 結び合った小指はとても熱く感じられる。頬も赤くなっており、普段の凛々しい雰囲気もどこかに吹き飛んでしまっている。

 

 美しく可愛らしい人だと、俺は改めて思うのだった。

 

「必ず勝とう」

 

「えぇ」

 

 名残惜しそうに離れていく小指、そこに残った熱をまるで優しく包み込むかのように両手を合わせた堀北さんは、いつものキリッとした雰囲気に戻ってしまう。

 

「お~い、堀北さん!! 私たち二人三脚でペアになるみたいなんだよね、今のうちに合わせておかない?」

 

「そうね、しっかり調整しておきましょう」

 

 少し離れた位置で小野寺さんが手を振って招いている。どうやら堀北さんは彼女と二人三脚を組むことになるらしい。

 

「ちゃんと合わせられそうかい?」

 

「何も問題はないわね、本番までに完璧に仕上げておくから見てなさい」

 

「良いやる気だ、頑張って」

 

「貴方も、油断して本番で転んだりしないように注意するのよ?」

 

「大丈夫だよ、転んでも何も問題はないから」

 

 出遅れても一位でゴールすれば良いだけだからね。少しのリードなんて意味が無い。

 

 小野寺さんに近寄っていく堀北さん、二人は足を紐で結んで二人三脚の練習を始めた。

 

 最初なので合わない部分もあるようだが、互いにやる気と目的は一致しており、何より堀北さんは誰かに合わせて配慮することをもう知っている。本番までには完璧に合わせられるだろうな。

 

 俺はまたそれぞれ体育祭に向けて頑張ってるクラスメイトを見渡す。清隆にほどほどにしろと言われてしまったから、女子チームは抜きにして男子チームの心構えを調整していくとしよう。

 

 一カ月で劇的に身体能力を向上させるなんて不可能だが、俺たちでも勝てるんだという意思を共有して推し進められる心くらいは調整できるだろう。

 

 だから清隆、そんな疑わしそうな目でこっちを見るんじゃない。

 

 大丈夫、戦士の入口に立たせるだけだから。

 

 

 

 




ハートマン軍曹「アップ始めてきますね」
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