「次は綱引きとなる訳だが……貴様らに問いたい、我々が負ける理由はどこにある?」
師匠モードを深め、我ながら偉そうにそんな言葉を口にすると、クラスメイトたちからは不敵な笑みが広がった。
「良い顔だ……そう、その通りだ。ここに俺がいる、そして貴様らがいる、それはつまり勝利は既にこちらに転がって来ていると言うことだ、違うか?」
うん、神崎たち率いるCクラスは俺とクラスメイトたちの雰囲気にドン引きしているが、こちらのクラスは寧ろ興奮している様子である。
少し離れた位置にある教員たちのテント付近では、茶柱先生の「また始まった……」とでも言いたげな顔を確認できるが今は無視。大丈夫、鼓舞しているだけで別に洗脳している訳ではないから。
「さぁ気合を入れろ戦士たち!! 勝利の女神は下着をチラつかせて我々の前にいるぞ!! どうだ興奮するだろうッ!!」
「「「うぉぉおおおおおおおおッ!!?」」」
師匠モードはとても便利で、この状態だと不思議と皆の気合や士気が高くなる。別にこれは洗脳している訳では断じてない。
だから茶柱先生は俺をそんな目で見ないで欲しい、勝つ可能性を少しでも上げる為に頑張ってるだけなんだから。
「お前たちのクラスは……何というか、恐ろしいな」
神崎とその仲間たちは雄たけびを上げる俺たちを見てまたもやドン引きしている。少し疲れているようにも見えた。
「さて神崎、練習通り背の高い順に並ぶとしよう……ただ最後尾は俺が引き受ける、それと――」
「転倒には十分気を付ける、だな? 来るとわかっていれば大きな怪我もしないだろう、心得ている」
「では始めようか、勝利を積み上げるとしよう」
太く強靭な縄を持って俺たちは対戦者と向かい合う。葛城、龍園連合が相手となる訳だが、彼らの視線の全てが俺に集中しているのがわかった。
「葛城くんさぁー、アレどうするつもりなんだよ? なんか既に負け戦っぽいんだけど」
あちらの陣営で愚痴っているのは橋本だ。こっちを見て乾いた笑いを響かせている。まるで俺が怪物か何かみたいな扱いである。失礼な奴だ。
「一致団結して引っ張る、それ以外の手段は無かろう」
「言いたいことはわかるけどさ、それでどうにかなる相手じゃないと思うんだよ」
「ならばどうする? どうせ負けるからと、坂柳派は棄権でもすると? お前たちは団結を何だと思っているんだ」
「そうは言わないって……はいはい、頑張りますよっと」
葛城はどうやら坂柳派とまだ揉めているらしい。無人島試験で評価を落として、船上試験で評価を取り戻しついでに不満も大きくした結果、Aクラスの力関係はなかなか難しいことになっているらしい。
丁度、坂柳派と葛城派で半々……いや、ほんの僅かにだが葛城が優位といった所だろうか? 坂柳はこういった催しに参加できないのでそこが不満材料として広がっているのかもしれない。
それでもしっかり勢力をほぼ互角まで維持する坂柳の手腕を褒めるべきなのか、葛城の統率力を嘆くべきなのか、どちらだろうな。
「龍園、お前もだ、しっかりと協力しろ」
「おいおい、俺に命令してんじゃねえ、黙ってろ」
おまけに協力者が龍園クラスである、Aクラスは厳しい状況だな。橋本はこっちに参加表を流しているし、圧倒的なクラスポイントほど余裕のある状態ではないのだろう。
「ガタガタじゃねえかあっちの組、こりゃ余裕だな」
須藤ですらそう思う始末である。こればっかりは仕方がないことだ。
「全員、気合を入れろ、そして衝撃に備えろ、良いな?」
最後尾に立つ俺が縄を握りしめてそう言うと、クラスメイトたちから慢心が消えて表情が鋭くなっていく……やはり師匠モードは便利だ。
「勝負は一瞬だ、ダラダラと続けるつもりはない、奴らを引きずり回せ」
それぞれの組が縄を握った状態で向かい合うと、審判がまたピストルの音を響かせる。
普通、よほど大きな実力差が無ければそこからジリジリと綱が行ったり来たりするのだが、今回ばかりはそうはならなかった。
圧倒的な牽引力を持って、抵抗も踏ん張りも意地も信念も引っぺがして、強引にこちら側に引き寄せたからだ。
開始と同時に、葛城、龍園連合の生徒たちは、持っていかれる縄に引っ張られて前のめりにドミノ倒しとなってしまう。それで縄を離した者はまだ良いのだが、しぶとく掴んでいた生徒はそのまま数メートルほど引きずられることになってしまう。
逆に俺たち側は前ではなく後ろに尻餅をつく形となった。そうなると事前に予想していたので覚悟と備えが出来ており、怪我をした者はいない筈だ。
「まずは一つ……次だ」
クラスメイトたちに油断も慢心もない、師匠モードを全開にして最後尾に立っているので、変な緊張と安心感があるのだろう。
「もう一度聞くけどさ、どうすんのアレ? 重機でも引っ張って来るしかないだろ」
橋本、馬鹿を言うな、そんなことが許される訳ないだろ……そもそも、俺はそれでも勝利する自信があるので見積もりも甘すぎる。
またもや愚痴られた葛城は、前のめりのドミノ倒しになったことで何名かのクラスメイトが擦りむいて負傷してしまった自軍を難しい顔で眺めている。
次、同じことをしてもまた同様の結果になってしまう。それこそ橋本の言うように重機でも引っ張ってこないことには戦いにもならないのだ。
数と質を束ねて挑む。それは極めて重要で、王道な戦い方である。それ以上がないとさえ断言できるほどの。
しかしそれにだって限界はある。現に負傷者が続出する始末であった。
葛城は眉間に皺を寄せて考え込み、最終的にこんな判断を下してしまう、下すしかなかった。
「わかった……この競技に関してはあちらに勝利を譲ろう。これ以上負傷者が増えれば別の競技にも影響が出るだろうからな、開始と同時に縄から手を離せ」
どうやら事実上の棄権をするらしい、下手に抵抗してまた負傷者が出ることを避けたいのだろう。勝てない以上は悪い判断ではない。
「勝利を諦めたか……賢明だな」
そんな彼らを見て清隆がそう呟いた。うん、俺も同じ気持ちだ。
それこそが俺が目指す結果、求める立場だ。徹底的で圧倒的で、完膚なきまでの完全勝利を持って相手から戦意を奪い去る。
戦う前から、勝てないと思わせる……ある意味これもまた、最強の戦略なのかもしれない。
そもそも戦いが成立しないというのは、とても厄介だ。師匠がまさにそんな感じの人だな。
綱引きの二戦目は葛城の宣言通り、開始と同時に縄から手を離したので苦もなくこちらの勝利となった。
だというのに彼らからは悔しさよりも安堵の方が大きく見える。着々と俺と戦いたくない思いが大きくなっているようだ。つまりは作戦通りである。
アイツとは戦いを避けるべきだ、そう思われるようになったらようやく一人前の武人だとは師匠の言葉であった。
「ヤバくね俺ら? 圧倒的じゃん!!」
「だよな、余裕過ぎてビックリだ」
池と山内はこれまでの結果にはしゃいでいる。まぁ勝利は嬉しいものなので今は良いか。慢心さえしなければそれで問題はない。
「おい寛治、春樹、あんま調子乗んな、まだ体育祭は終わってねえだろうが」
意外にも須藤がそんな二人を窘めていた。最後の最後まで気を抜くなというのは実にスポーツマンらしい言葉だろう。
「だけどよ健、このままいけば優勝も間違いないって」
「笹凪と俺がいるんだ、そんなもんは当然なんだよ。つーかお前らは自分たちの競技にまずは集中しやがれ、最下位こそなってねえが自慢できる記録でもないだろうが」
「うッ、そりゃそうだけどよ……」
「そりゃないぜ健、お前やゴリラと一緒にすんなよ」
愚痴たれる池と山内に須藤は呆れたような溜息を吐いた。
「気合を入れろ、一つでも高い記録を狙え。笹凪っぽく言えば、もっとカッコつけやがれ、わかったな?」
何だろうか、須藤がどこか頼れる兄貴分みたいになっている。プールで盗撮を企てていたとは思えない程に落ち着いた雰囲気だ。
彼も入学してから着実に成長しているということだろう……盗撮はしようとしたけどね。
Bクラスのテントに戻って一息つく、まだまだ競技は続くのでスポーツドリンクでも飲んでおこう。そう思ってクーラーボックスの中から飲み物を取り出していると、障害物競走に参加している清隆の姿を発見した。
「綾小路って結構早い? あんまり運動できるイメージが無かったけどよ」
「そういや握力測定も良かったような……笹凪はアレだけど、須藤の次くらいってだいぶヤバいよな」
池と山内は鋭い走りを見せる清隆の姿に感心……いや、驚いているように見えるな。確かに目立たず過ごそうとしてきた彼はあまりそういった印象は持たれることはなかっただろう。
「へぇ~……綾小路くんって運動出来たんだ、なんか意外かも」
女子チームからも同様の評価や言葉が生まれる。佐藤は感心したようにそう言っていた。
運動できるというか……アイツは多分、人類最高峰の運動能力は持ってる筈だぞ。今もかなり手を抜いている筈だ。
清隆は見事、障害物競走で僅差の一位となる。演出上手な男であった。
「やったな清隆、見事だ」
テントに帰って来た彼に掌を伸ばすと、少しぎこちない動作で清隆も掌を上げてみせる。
そしてハイタッチ、俺はこの瞬間に高校でやりたいことリストの一つを埋めることができたのだ。
そんな俺たちをクラスメイトは興味深そうに眺めている。親しくしていることは知られていたが、これまで清隆は俺の影に隠れる形だったのであまり目立たなかったのだ。もしかしたら子分のように思われていたのかもしれない。
けれどここで意外な活躍を見せた清隆、クラスメイトからの評価も大きく変わることだろう。
「気分はどうだ?」
「悪くはないな。天武もしっかり一位を取ってこい」
「言われるまでもない。俺が目指しているのは触れがたい程に圧倒的な勝利だからな」
「良い言葉だ、お前なら実際にそれができそうだ」
やるとも、この体育祭が終った時には、スーパーゴリラみたいなあだ名になっているかもしれないけどな。
「何もかも引きちぎってこい、お前はそれで良い」
そう言われて清隆に背中を押されて、俺もまた障害物競走に出場することになる。
Aクラスの参加表はこっちに流れて来ているのでそれを参考にして運動能力が高い生徒が来る場合が多い。龍園クラスは知らないので予想はできないが理想を言えばそちらも運動能力の高い生徒が来て欲しい。一之瀬さんクラスはある程度は主力が被らないように配慮しているが、それにだって限界がある。
さてどうなるだろうかと考えてスタートラインに立つと、そこには邪悪な笑みを浮かべる龍園の姿が確認できた。他には鬼頭に柴田がいるな。
同じ組である以上、柴田とは別の場所で走るのが理想なのだが、どれだけ配慮してもどうしようもない点はあるのでそこは諦めて欲しい。
鬼頭に関してはAクラスでも高い身体能力を持っているので積極的に同じ組になるように調整している、ここ以外でも頻繁に顔を合わせるだろう……問題なのは龍園だ。
「龍園、魔のグループに貴様がいるとはな。何か予定が狂ったのか?」
この様子だともしかしたら一之瀬さんクラスやAクラスの参加表を手にするのも失敗したか? それとも本当に偶然だろうか? 何であれこっちにとっては都合が良い。
「一つ聞かせろお利口ゴリラ……参加表を直前に替えたのは何故だ?」
こちらの質問に答えることなく龍園はそんなことを訊いてくる。
「参加表は紛失した。もしかしてそっちで拾ったのか? だとしたら返して欲しいものだ……それなら慌てて直前に新しい参加表を作らなくて済んだ」
「ゴリラが……こっちの思惑はお見通しって訳か」
「よくわからんな、お見通しもなにもない。こちらはいつだって人事を尽くして進んでいるだけだ。お前がいようといまいと何も変わらん」
それは本当のことである。龍園がどうとかではなくて、参加表の存在がカギになる以上は絶対に直前で変更していた。
「小賢しい策略なんてやるだけ無駄だ……俺は常に、お前を超えていく」
「ハッ、抜かせゴリラが……せいぜい勝ち誇って油断してろ。今に足を掬われることになるぜ」
「安心しろ、こちらに油断は無い。これは確信だ……俺は常に、昨日の俺を超えていく、明日の俺は今日よりも強い、覚悟することだ」
「……」
龍園はこちらも怪訝そうに見つめて来る。
「あまり足踏みしていると……俺の背中すら見えなくなるぞ。つまらん真似に必死になる前に、振り落とされずしっかり付いて来い」
俺は本日最高のスタートダッシュを決め、龍園や柴田や鬼頭たち各クラスの主力陣を置き去りにして誰よりも早くゴールに到着する。障害物競走に世界記録があるのかどうかは知らないが、もしこれがオリンピックの競技として採用されていたとすれば、俺は世界記録を更新したことだろう。
グラウンドに広がった三度目の沈黙を感じ取りながら、また並び立てる者はいないと証明してみせる。
一つ勝利を積み上げる度に、少しだけ師匠に近づけたような気がした。賽の河原にいるような気分になるけれど、それでも積み上げる。
後、どれだけ勝利と敗北を積み重ねればあの人に届くのだろうか? どれだけの知識と経験を得れば手を伸ばせるのだろうか?
何一つとして足りてはいない、だから俺は昨日の俺を超えていかなければならない。
昨日よりも今日の方が強い、その繰り返しの先にあの人の背中があるのは間違いないだろう。
だから俺はまだ強くなれる。学習できる。そんな確信と共に今日を超えていくのだ。
最強の証明は、まだまだ遠い……だからこそ、面白い。