今日も今日とて情報収集を継続中であった。水泳の授業で加減しなかった結果、須藤や池や山内たち男子生徒たちから何故か怖がられて距離を置かれ始めている身ではあるが、代わりに高円寺とよく話すようになったので±ゼロと納得するしかないだろう。
態度が変わらないのは綾小路くらいだ。いや、彼は彼でこちらを観察する瞳がより強まったんだけども、別に怖がられてはいないと思う。寧ろ何故か同情的になったので良しとするしかない。
男子生徒たちから距離を置かれているが、逆に女子生徒たちからは声がかけられるのが以前よりも多くなった気もする。平田のように黄色い声は向けられないが強い興味の視線は以前よりも確実に増えている。
男子と女子で反応が極端に違うのは興味深いと思う。性別の違いがそのまま行動と考えに反映されていると見るべきだろう。
そういえば師匠が言ってたっけ、足が速いと学校では注目を浴びるって。今回は泳ぎだけど。
だとしたら俺は、これまで経験することのなかった学校あるあるをまさに今、実感していることになるのだろうか。
ただ池や山内に声をかけて一緒に昼食でもどうだと誘っても「い、いや、ちょっとな」と視線を反らされるのは困る。清隆と高円寺だけが男友達というのも少しアレだしな。
友人は多い方が良い。そんな師匠の言葉を思い出しながら、何とかならないかと悩みながらも、これといった名案が思い浮かぶこともなく今日も俺は一人で情報収集に励む。
ポイント関連に関しては箝口令が敷かれているので望み薄だろう。監視カメラの位置も大体は把握したので問題は無い。だとしたら今度は他勢力、つまりは別クラスの様子を眺めておこう。
昼休みなので教室に全員が残っている訳ではないが、全ての生徒が食堂で食事をする訳でもないので見えて来るものもある筈だ。
まずはAクラスの教室を廊下から覗いてみる。別にやましいことをしているつもりはないので、隠れるようなことはしない。
まず視線が行くのはスキンヘッドの男子生徒、周囲に人が多くいるのでもしかしたらリーダー的な立場の人だろうか。
人の輪の中心で会話をしているのだからそうなのだろう。うちでは平田がその立場にあるのだが、彼の場合は平田と違って女子だけでなく男子の姿もあった。
次に視線が行くのは杖を持った華奢な女子生徒である。こちらも一定人数に囲まれており人の輪を作っている。
暫く廊下からクラスの様子を観察していると、その杖を持った華奢な女子生徒の視線がこちらに向いたので、俺は気まずくなって視線を反らし、観察を終えて踵を返す。
「美しい子だったな」
この学校は美人が多い、それは男の俺にとって嬉しいことである。
池や山内たちほど堂々と晒しだすつもりはないが、女子に興味がない訳でもないのだ。
師匠曰く、恋は大事。
次にBクラスを覗いてみるとまた雰囲気がガラリと変わる。どうやらこのクラスは一人の女子生徒を中心に回っているらしい。
穏やかな笑みと親しみやすい雰囲気を全開にした女子生徒が食堂に一緒に行こうと宣言すれば、男女問わずにゾロゾロと付いていく光景は驚くしかないだろう。
まだ入学して一カ月も経っていないのに、あの連帯感はちょっと異常だ。人を引きつけて離さない力が彼女にはあるのかもしれない。
「カリスマって奴か」
大勢を引きつけて食堂に向かう女子生徒を観察していると、師匠が放っている引力を薄めたようなものを感じ取れる。
あの存在感は素直に凄いと思う。無条件に人を引きつけるなんて俺には無理だ。
AクラスBクラスと見て来たので次はCクラスであるが、覗き込んだ瞬間にこちらもまたガラッと雰囲気が変わってしまう。
なんだろう、ここはやけにガラの悪い奴と怪我人が多いな。
まず視線が向かうのはやたらと体格の良い黒人男性。見るからに力が強そうで実際にその評価は間違いではないのだろう。そんな彼は何故かケガを負ったのか包帯やガーゼが目立つ。
彼だけではなく目つきの悪い者や態度の悪い者を中心に怪我人がチラホラと確認できた。このクラスだけ乱闘でもしたのだろうか?
「なんだテメエは?」
クラスの内部で大乱闘が行われていることを想像していると、背後から声を掛けられてしまった。
「ごめんね。邪魔だっただろう?」
「あぁ、邪魔だ、失せろ三下」
「そうするよ」
声をかけてきた男子生徒はこれまた人相が悪かった。何故か学校指定のネクタイを外して胸元を晒しており、眉間に皺を寄せている。例に漏れず怪我を負ったのか手当の後もよく目立つ。
教室の入口で中を覗き込んでいた俺が全面的に悪いので反論もできない。邪魔と言われたら下がるしかないだろう。
「ククク、何を見ていた?」
「いや、別になにも、ただ乱闘でもあったのかと思っただけさ。やけに怪我人が多いからさ……それじゃあ俺はこれで」
足早にその場を立ち去ったのだが、鋭い視線はずっと背中に張り付いたままであった。
「色々と特色があるんだなぁ」
それぞれのクラスにそれぞれの色がある。雰囲気も変われば方針も変わる、社会は人によって無数に変化するということなのだろう。
そこでDクラスはどうだったかと考えてみると、こちらもまた色々と見えて来るものがあった。
個性の集団、規格の合わない歯車を一カ所に纏めたかのような、そんな印象を与えて来る。
欠けている歯車もあれば、サイズが合わなかったり一つだけやたらと早かったり遅かったりする、そんな集団であるように思えた。
これもまた一つの特色なのだろう。良いか悪いかは判断に困る所ではあるが。
「今日はこの辺にしとくか」
最後に我がクラスの扉を開けると、多くの生徒が食堂に向かったからなのか閑散としていたのだが、僅かに残っていた生徒たちの視線が集まる。
「綾小路、堀北さん、一緒にお昼でもどうだい?」
教室の隅っこで寂しそうにしていた綾小路と、その隣で静かにサンドイッチを食べている堀北さんに声をかければ、正反対の反応を見せるから面白い。
綾小路は救世主でも見るかのような顔だし、堀北さんは鋭い視線をジッと向けて来るといった感じだ。
それでも失せろと言われない辺り、入学初日よりはずっと距離が縮まったのかもしれないな。
「今日も見て回ってたのか?」
「ん、他のクラスをね」
「大変だな」
俺の机を綾小路の机にくっ付ける形で場所を作ると、彼はやけに興奮した様子でそれを見ていた。なんだか可愛い反応である。
そして互いに昼食を広げて食事となった。彼はパンで俺はコンビニで買ったおにぎりだ。
「放課後は部活の先輩とかにもしつこいくらいに聞いて回ろうかな、たぶんまた答えてはくれないんだろうけど」
「……答えてくれないとはどういう意味かしら」
「なんだ堀北、話を聞いてたのか?」
「私が貴方たちの会話を聞いていたらいけないのかしら?」
「いや、距離を取ってるように見えたからな」
「堀北さんも机くっ付けるかい?」
「くだらない冗談はやめて、そんなことをしたら仲が良いみたいじゃない」
俺たちと机をくっ付けて食事するのはそこまで嫌なことなのだろうか? 綾小路も傷ついた雰囲気を見せて来る。いや、無表情なんだけどさ。
「笹凪くん。貴方、以前に何かわかったら報告すると言っていたような気がするのだけど、忘れてしまったのかしら?」
「あぁ、そのことか。実は報告できるだけのものが無いんだよ。生徒会の人に尋ねたんだけどポイントに関しては教えることが出来ないの一点張り、美術部の先輩も似た感じだ……教えたくない、じゃなくて、教えられないって感じだよ」
「……つまり、緘口令のようなものが上級生に敷かれていると?」
「因みに先生たちも同じ感じだね。誰か一人くらいは口を滑らせてくれる人がいないかって試してみたけど、答えられないで全部封殺されてしまった」
Bクラスの担任である星之宮先生なんかはおしゃべりが好きで上手くやれるかと思っていたんだけど、上手くはぐらかされてしまった。興味深い視線を向けてこられたし寧ろ警戒されてしまったかもしれない。
茶柱先生もそれは同じ、ただこっちは少しだけ面白そうにニヤつかれたが。
「ポイントに関しては間違いなく何かがある……この学校はただ十万をポンと渡して好きに使って良いだなんて言って生徒を甘やかすだけの場所じゃない。証拠は何一つないけど、それは間違いないんだろう」
堀北さんは深く考え込む、サンドイッチを手に持ちながらだから締まらないけど。
「それを踏まえた上で、笹凪くんはどう動くつもりなのかしら?」
「以前、堀北さんが言ったように学力だったり、綾小路が言ったように部活での貢献だったり……後は生活態度とかかな、ポイントに関わって来るのは」
監視カメラが無数にあるから生徒の行動や態度なんかは絶対に見張られてるだろう。
「証拠がないから断言もできないのはもどかしいな……それでどう動くかだけど、クラスメイトに注意を促すって感じになるだろうね」
「……」
堀北さんは黙り込む。このクラスの授業態度を思い出しているらしい。
「注意を促した所で大人しく聞き入れるかしら? 貴方も知っているでしょう、このクラスの質の低さは」
「ん、居眠りに遅刻に私語にスマホ弄り、ぶっちゃけ学級崩壊って感じだ。あッ、俺は違うよ?」
「それは知っているわ」
「なんだ、知ってくれてたんだ」
「……何かしら、その視線は?」
「いや、真面目な奴って評価をしてくれたってことでしょ? そう思われて嬉しいのさ」
「……」
なんか堀北さんが見たことない目でこちらを見て来る。怒っている訳でも苛立っている訳でもない、けれど褒めている訳でもない、奇妙な表情であった。
「……ふん、ポイントが減ろうと私や貴方には関係の無い話だもの、騒いでいる人たちも来月になれば現実を思い知るでしょうしね」
堀北さんはサンドイッチを食べ終わって、取り出した本に視線を落とす。完全に一人の世界に行ってしまう。
「……かもしれないね」
「……」
そこで会話に参加することなくモソモソとパンを食べていた綾小路と視線が結び合う。相変わらず何を考えているのかよくわからない表情ではあるが、言いたいことはわかるぞ。
この学校がそこまで甘くないってことくらいは。
放課後である。師匠曰く、高校生たるもの部活動に励んだり放課後デートをするのが正しいとのことなので、その言葉に従って部活動に励むことにしている。
美術室の扉を開いて最初に感じ取るのは絵具が持つ独特の匂い、師匠の部屋でも感じ取れたそれは馴染み深いものなので嫌いではない。
「今日も宜しくお願いします」
師匠曰く、挨拶は大切。
美術室に入って軽く頭を下げると、先輩たちが小さく会釈してくる。気安くて喋りやすい人たちなのでとても雰囲気が良い。
ただ文化系のコンクールも近いことから目の前にあるキャンバスに集中しているらしく、常に賑やかにとはいかないらしい。
特に三年生たちは今年で卒業なのでコンクール応募作品だけでなく、卒業作品も今から少しづつ作っているらしい。俺も自分の作品を仕上げないといけないので、頻繁に喋りかけて邪魔するのも申し訳ないので配慮を欠かさない。
なのでお喋りするとしたら同じ一年生だろう。
「やぁ神室さん、調子はどうだい?」
「……」
Aクラスの美人さん、神室真澄さんに声をかけるが無視されてしまう。どことなくこの鋭い雰囲気は堀北さんに通ずるものがあるな。
「それコンクールに出す作品? 良い感じだね」
「……それ皮肉? それとも煽ってるの?」
「どうしてそうひねくれた受け取り方するかなこの子は」
「……ふん」
まぁこんな感じの会話が美術室で繰り広げられる。この子は頻繁に部活動に参加する訳ではないけど、参加した時はこうして会話をしているのだ。
単純に美人なのでお近づきになりたい半分、もう半分は神室さんがAクラスなので情報を得たいが半分。その為にも仲良くならないとね。
「Aクラスの様子はどんな感じ?」
俺も美術部員なので絵を描き始める、コンクールに出す作品なので手は抜けない。師匠を真似て色々と書きなぐっていく。
「他所のクラスのことなんて聞いて何の意味があるのよ?」
「いや、他所のクラスのことなんだから知りたいのさ。自分のクラスのことはいつも見てるんだから、よくわかってる……そうだなぁ、注目してる人とかいるのかい?」
「……まぁ」
この子と堀北さんで違う所は、こうして話しかければちゃんと会話が成立することだろうか。誰であっても高圧的に相手を拒絶する訳じゃないのでキャッチボールがそれなりにやりやすい。
「やっぱあれかい? リーダー的な人とかいるの?」
「葛城って奴がクラスを纏め始めてるけど……」
「けど?」
「もう一人……いや、何でもない」
「神室さん的にはそのもう一人の方が注目してる訳だ」
「……変な言い方するの止めて」
何故か彼女の苛立ちが増す、堀北さん並みに拒絶の意思も強くなり、精神的な距離が離れてしまう。
「あぁ、ごめんね、しつこかったよね」
どうやら何らかの地雷を踏んでしまったらしい。次からは気を付けよう。師匠曰く反省は大切。