長谷部さんと分かれた後に当ても無くフラフラとグラウンドを歩き回る。そのままぼーっとしていてもいいのだが、せっかくなので誰かと交流ができないかと思った次第である。
今は体育祭、普段と異なり上級生も教師もグラウンドに集まっている。こういった時でしか得られない各学年の交流であったり、力関係だったりを観察できたりするだろう。
まぁできなければそれはそれで良い、眺めているだけでも結構なことがわかったりするものだ。
例えば二年生が固まっている付近では南雲先輩を中心とした流れが既にできている。多くの女子生徒に囲まれており、あらゆる人の流れや意思がそこを経由して二年生に広がっていくのだ。
学年全体に影響力を持つという生徒会長の評価は間違いではないらしい。おそらく今年中にクラス闘争を終わらせて完全な支配下に置くことが推測される。南雲先輩が凄いのか、他のクラスが情けないのか、評価の分かれる所ではあるが……まぁ両方だろうな。
そして次に視線は三年生たちの方へと向かう。こちらは二年生ほどわかりやすくはない。生徒会長を中心とした流れや意思はあるのだが、南雲先輩ほど露骨ではない。
生徒会長は指導者としての才能はあっても、独裁者としての才能はなさそうだから仕方がないことなのだろう。今もどこかクラス全体を見守るような距離感や立ち位置になっている。
それこそ妹さんをコンクリに叩きつけようとするくらいの強引さを発揮すれば、南雲先輩を危険視して一年生を巻き込むようなことも無かっただろうに。
「ふふ、ただ観察するだけでも、様々なことが見えてきますよね」
暫く上級生を観察していると背後からそんな声をかけられた。この細くも不思議と力強い存在感は坂柳さんだな。
「そうだね。色んな人がいて、色んな流れがある、関係性だってよくわかるよ」
振り返ってそう返すと、坂柳さんはテントの下にあるベンチに腰掛けながら可愛らしい笑顔を浮かべていた。その背後には鬼頭や橋本、神室さん、他にも坂柳派閥と思われる生徒たちの姿があった。どうやら彼らもお昼休憩中らしい。
「因みに天武くんは、どなたに注目なされていますか?」
「そうだねぇ、やっぱり生徒会長と南雲先輩かな。どちらも方向性こそ違うけど、大きな影響力を持っている」
「敢えてどちらかを上げるとするならば?」
「後者かな、生徒会長の方は今年で卒業するだろうから、俺たち一年生に関わって影響を与えて来るってことで」
「なるほど。確かに彼は興味深い人物でしょうね。ああ言った人はどんな場所、どんな時代にもいますが、大成できるのはほんの一部でしょうから……将来、落ちぶれるのか、それとも一廉の人物になれるのか、少し興味はありますね」
「……」
坂柳さんもどちらかと言えばあの人寄りだよね、という言葉を俺は呑み込んだ。さすがに失礼過ぎると思ったからだ。
「どうしましたか?」
「いや、何でもないよ」
妖しい笑みを浮かべる坂柳さんは、杖を突きながらテントから出て来て俺の隣に並ぶ。
「この体育祭ではとてつもない大活躍をなされていますね、素晴らしい成果だと思いますよ。おかげでこちらのクラスの士気は壊滅的、早く終わってくれと内心では思っている生徒もいる筈です」
「ん……だとしたら作戦通りだとも言えるね。わざわざあれだけ目立った成果もあるというものだ。もしかして怒ってるかい?」
「いいえ、才能というものは時に残酷な現実を知らしめるものですから、文句などありません。貴方は貴方が持つ才能と研鑽をこの場で披露しただけ、誰がそれを責めるというのですか」
「ありがとう、最近化け物扱いされるようになったから、そう言われるのは少しホッとするよ」
「天武くんは、他者の言葉や評価を気にするような人でもないでしょう?」
クスクスと笑う坂柳さんは、暫く俺の反応を楽しんだ後、話題を切り替えてこんなことを言って来た。
「ところでお聞きしたいことがあるのですが……天武くんのクラスの綾小路くん、彼のことをどう思っていますか?」
「清隆? 彼は俺の友人だ、相棒とも言えるな」
坂柳さんは清隆のことを知っているのだろうか? これまで目立った交流はなかった筈だが。
「もしかして清隆と君は知り合いなのかい?」
「そうですね……ここは敢えて、幼馴染と表現しましょうか」
「そうか……彼の幼馴染ね」
「彼について何をご存知ですか?」
「……」
こちらを探り、観察するような瞳に、俺は微笑みを返す。
「特になにも。彼は俺の友人で、相棒さ、それが俺が清隆を語る為に必要な言葉の全てだ」
「なるほど、良き関係となられているようですね」
「俺は人に恵まれた人生を歩んでいると改めて思うよ」
「あぁ、そう言えば、縁を大事にされる方でしたね、天武くんは」
何が面白かったのか、彼女はまたクスクスと笑ってそんなことを言った。
「幼馴染とのことだけど、頻繁に連絡を取っていたりするのかい?」
「残念ながら疎遠となっております。恥ずかしながら、彼がこの学園に来ていることさえ先程まで知らなかったんです。だからこそ驚きました……ふふふ、まさか天武くんに肩車されて出て来るなんて」
騎馬戦で肩車されている清隆を思い出したのか、坂柳さんは緩む唇を隠すように手で覆って小刻みに体を震わせている。何やらツボに嵌ったらしい。
「よければ紹介しようか?」
「ふむ……」
疎遠になった幼馴染とのことならば、清隆と引き合わせるのも悪いことではないだろう、そう思っての提案であったのだが、坂柳さんは少し考え込んでこう返す。
「遠慮しておきましょう……せっかくの再会なのですから驚かせてみたいので」
「そうか、サプライズと言うのも悪くないかもしれないね」
「えぇ、ただ彼の驚いた顔というのも、あまり想像もできませんが」
「ん……それは確かに」
チベットスナギツネっぽい顔なら何度か見たことがあるんだけどね。
坂柳さんはもしかしたら清隆の慌てふためく顔でも想像しているのかもしれない、やけに楽しそうな顔をしていた。
意外にもお茶目な面もあるのかもしれない。俺はそんなことを思いながら坂柳さんと一言二言挨拶してからその場を後にする。
「幼馴染ねぇ」
ホワイトルームと言う特殊な環境下で育った彼の幼馴染、それはつまり坂柳さんはホワイトルーム出身ということだろうか? 怜悧な印象があり、実際に極まった思考力を持っているのはカフェでの対局で知っているので、違和感はあまりない。
どちらも現実的ではない能力を持っているという点でも似ているのかもしれないな。清隆の印象が薄いだけでもしかしたら本当にホワイトルーム出身なのだろうか。
ここは相談だな、ホワイトルーム関係のごたごたは清隆に丸投げで良い。勝手に処理するだろうし、俺の手が必要なら声をかけてくるはずだ。
佐倉さんには悪いがちょっと清隆を借りるとしよう。
そんなことを考えながら自クラスのテント付近まで踵を返した瞬間に、水道で顔を洗っている生徒を発見した。
あちらもタオルで顔を拭いながらもこちらに気が付いたらしい。クールな表情を僅かに崩しながらも、声をかけてきた。
「笹凪か、もう昼食は終えたのか?」
「そうだよ、それで特にやることもないからブラついていたんだ。神崎もかい?」
「あぁ」
多少は涼しくなったといってもまだ夏の名残は残っている。神崎のように濡らしたタオルで顔や首回りを冷やす生徒は多い。
「笹凪……お前はなんというか、特殊な訓練などを受けていたのか?」
「どうしてそんなことを訊いてくるんだい?」
「あれだけ滅茶苦茶な身体能力を見せつけられれば誰でもそう思う。どんな人生を歩んで来たんだとな……オリンピックメダリストすら霞むほどの存在感だ、気にもなる」
「そういうものか」
「幼少期から特殊な訓練をしていたのか、或いは特殊な環境に身を置いていたのかと、そう思ってな……まぁお前の能力はそれだけでも説明がつかないが」
「どちらも正解だ」
確かに特殊な訓練だったし、特殊な環境でもあった。師匠が俺を改造し続けるという毎日は、普通とは口が裂けても言えないだろう。
「そうか……」
神崎はこちらを観察するような瞳を向けて来る。別に嫌われている訳ではないのだろうが、こちらへの警戒心は日に日に強くなっているように思えるな。
もしかしたら、一之瀬さんクラスで最も警戒すべきなのが彼なのかもしれない。一之瀬さんほど大きな存在感はないのだが、常に冷静で集団を俯瞰して見ることのできる人物というのは貴重だ。
これでもっと強い積極性と存在感を持っていれば、もしかしたら神崎は生徒会長に近い存在になれるのかもしれない……いや、そんな生徒であればそもそも最初からAクラスに配属されるか。それができないから入学当初はBクラスだったのだろう。
「あ、神崎くん、ここにいたんだ。次の競技の打ち合わせをしたいって柴田くんが呼んでたよ」
別に喧嘩している訳でも険悪な訳でもないのだが、神崎の警戒心故に睨まれるような感じになってしまった所に、一之瀬さんがやってきてそう言った。
「そうか、わかった。すぐに向かう」
「うん、午後も頑張ろうね」
「ではな笹凪」
「ん、頑張って」
神崎は自クラスのテントへと戻っていった。最後まで観察するような視線が消えることはなかった。
「もしかして……喧嘩とかしちゃってたのかな?」
彼女は心配そうな瞳でこちらを覗き込んで来る。俺と神崎との間にある不穏な雰囲気を感じ取ったのだろう。
「違うよ、一之瀬さん。ただなんというか、俺は神崎から警戒されているみたいなんだ」
「あ、そうなんだ。そう言えば神崎くんからもよく笹凪くんの名前が出て来るよ。他クラスの話題になった時とか」
「おや、そうなのかい?」
「うん。他クラスで注目している人とか、そういう話題ってよくあるじゃない? 誰が凄いとかさ、そういう時は笹凪くんの名前が挙がることが多いんだよねぇ。ほら、大活躍してるから」
確かに他所のクラスの話題は別のおかしなことでもない。ただそこで注目している人という話題になるのではなく、誰がカッコいいとか可愛いとかの話題が大半なのがウチのクラスだ。
他クラスの分析というか、そういうのも一之瀬さんクラスはやっているのだろう。
「笹凪くんとんでもない大活躍だよね、もうなんていうか映画みたいな動きするし、ビックリだよ」
散々やりたい放題した体育祭での活躍を一之瀬さんは現実味がないと思っているのかもしれない。俺で驚いていたら師匠を知ったらどうなるんだろうか?
穏やかに、そして太陽のように眩しい笑顔で笑う一之瀬さんは、興奮したようにこちらの活躍をべた褒めしてくれた。嬉しくもあるが恥ずかしくもあるな。
「ありがとう、誰かに褒められるのはとても嬉しいよ。一之瀬さんクラスも良い成績を残しているみたいで何よりだ」
柴田を筆頭にして、他の生徒たちも平均値が高いからな。さすがに須藤や俺に勝てる戦力は存在しないようだが、平均が高く隙がないという印象である。
実際に、平均値で見れば一之瀬さんクラスの生徒がやはり高い。一位はほぼこちらが奪っている形ではあるが、二位や三位はあちらが独占している、そんな感じであった。
そう考えるとBクラスは運動能力に差がある感じになるな。突出した戦力は揃っているが、中間層が薄いとでも表現できる。
「一之瀬さんはどんな感じだい?」
「にゃはは、ちょっとだけ苦戦中かも。まだ一位は取れてないんだよねぇ。どれか一つくらいは取りたいんだけど」
そう言えば幾つかの競技で二位や三位になっていたっけな。それでも好成績ではあると思うのだが、クラスを率いる立場としてはまだまだ上を目指したいらしい。
「まだまだ競技は続くんだ、狙っていけば良い。同じ組なんだし一緒に頑張ろう」
「うん、そこは本当に安心できる所かも。笹凪くんが赤組だとちょっと絶望的になっちゃうだろうし」
「ただまぁ、一年の白組は好成績だけど、二年や三年生はあまり良い成績じゃないんだよね」
「そこは仕方がないよ、寧ろ自然なことなんじゃないかな? 赤組にはAクラスが固まってるからどうしてもね」
確かに、そう考えると一年の白組は大健闘しているとも言えるだろう。普通はAクラスがいる方が高い成績を残すものだからだ。
「先輩たちの分も俺たちでしっかりポイントを稼ぐとしよう、そうだろう?」
「うん!! 頼りにさせてもらうよ」
そこで意思を共有するように拳を一之瀬さんに差し出すと、彼女は少し驚いて照れたような表情を浮かべる。
「なんか、こういうのってちょっと恥ずかしいよね……照れちゃうな」
「そうかい? ウチのクラスでは相手を称える為によくやってるんだ。だから俺は一之瀬さんも称えたい、共に頑張ろうと言う意思を込めてだ」
嘘偽りなくそう伝えると、一之瀬さんは照れながらも拳を前に出して来て、コツンと触れ合わせた。
「頑張ろう。俺たちにできるのはいつだってそれだけだ」
「うん、一緒にね」
朗らかに笑って見せる一之瀬さん、プールで見た陰りのある顔はもうどこにもない。
俺は一年生にいる各クラスの注目生徒の中で、実は一番彼女を評価していたりするのだ。坂柳さんでも葛城でも龍園でもなく、一之瀬さんをだ。
誰かの為に生きたいという思いや願いが伝わって来る。そしてそれを迷うことなく行動に移すことができる。それは尊い生き方だ。
観察している限りでは色々と悩みや複雑な思いもあるみたいだが、それでもだ。
もしこの学校で無ければ彼女以上のリーダーは存在しないだろう。
誰かを思って行動できる、誰がなんと言おうが俺はそれが最も尊いと思うし、そんな人にリーダーになって欲しいと思う。小賢しい人でも奸智に長けた人でもなくて、彼女こそが相応しいと考えていた。
足の引っ張り合いや、相手を貶めることがリーダーの資格だとは思いたくないし、それが実力だとも言いたくはない。
「笹凪くん、どうしたの? ずっとこっちを見つめて」
だから一之瀬さんには頑張ってもらいたいと思う。これこそが真の実力だと言えるくらいに。
「何でもないよ、一之瀬さんは可愛らしいと思っていただけさ」
「にゃッ!?」
一之瀬さんクラスには神崎がいるから大丈夫だろう。あの警戒心の強いクールな参謀役ならば巧みなバランス感覚でクラス闘争を有利に持っていける筈だ。