ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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男女混合リレー

 

 

 

 

 

 

 長かった体育祭もいよいよ最終競技である男女混合リレーが近づいて来た。全ての競技で唯一、全学年が同時に参加するこの競技には、各クラス、各学年の精鋭たちが並ぶことになる。

 

 それはBクラスも変わらない。男子は俺と須藤と清隆、女子は堀北と櫛田と小野寺である。このクラスの最強戦力とも言える面子だろう。単純な身体能力では間違いなく学年一位だろうし、上級生にだって負けてはいない筈だ。

 

 清隆も事前の練習でそれなりに速いことがクラスで周知されていたので違和感なく受け入れられている。トップクラスに速い訳ではないが、それなりに速い、そんな印象を持たれているらしい。

 

 何より、上級生を含めて勝利する為にはどうしてもこの面子である必要がある。何だかんだで体育祭を楽しんでいる様子の清隆は、最後まで頑張って貰うとしよう。

 

 大丈夫、常識的な活躍の範囲で注目を浴びることはない、俺が全て塗りつぶすからだ。

 

「いよいよ最終種目だ。ここまで諸君らは大いに戦った。だからこそここで気を抜くべきではない」

 

 競技が始まる直前、最後の打ち合わせとやる気向上の為に、競技参加者は円陣を組んでそれぞれが向かい合う。

 

「須藤、少し呼吸が荒いぞ、落ち着け」

 

「おう悪いな、柄にもなく緊張してたみてえだ」

 

「清隆、楽しんでいるか?」

 

「あぁ、何も問題はない」

 

「堀北、お前も呼吸を整えろ」

 

「少しだけ時間を頂戴、すぐに整えるから」

 

「櫛田も少し固くなっているな、安心しろ、この面子ならば必ず勝てる」

 

「うん、リラックスだね」

 

「小野寺、ここまでよく戦ってくれた、これからも頼んだぞ」

 

「任せてよ、絶対に負けないからさ」

 

 

 師匠モードでそれぞれ声をかけていき、各々の心理状態や緊張を良い位置にまで調整していく。僅かな緊張と僅かなゆとり、それらが上手く絡み合う状態までだ。

 

「まことに残念ながら上級生がだらしない結果、白組としての勝利は難しいものになっているが、学年での勝利は譲るつもりはない。この最終競技でも当然ながら勝利を目指す」

 

 当然だとばかりにそれぞれの頷きが返ってくる。師匠モードに引っ張られるように各々の集中力が高まっているのがよくわかった。

 

「お前たちがこれまで積み上げて来た研鑽と努力は確かにその体と意思に蓄積されている。これまでの全てを出し切れば、勝利は難しくないだろう……違うか?」

 

 また力強い頷きが返って来る、良い雰囲気だ。

 

「ミスを恐れるな、戸惑いも不要だ。それらを理解した上で行くとしよう……完膚なきまでの完全勝利を目指すぞ!!」

 

 そこでそれぞれの集中力と緊張とゆとりは完全に絡み合い程よく落ち着くことになる。最高の状態とも言えた。

 

 俺たちだけでなく各クラス、そして各学年の精鋭たちもスタートラインに集まる中、グラウンドに響き渡る歓声や応援の声も徐々に大きくなっていく。

 

 最終競技に相応しい場となっている。そんな中で先陣を切るのは須藤であった。

 

「須藤、もう何も言うまい、行ってこい」

 

「おう!! 上級生だろうがなんだろうがぶっちぎるからよ、見ててくれ」

 

 各クラス、各学年も一番手にはやはり抜きんでた精鋭を配置するだろう。そんな中でも須藤の身体能力は一歩先を行くほどである。

 

 審判がスタートピストルを空に向けると、グラウンドを包んでいた喧騒が僅かに静まる。その一瞬の静寂を切り裂くかのように最終競技の始まりを告げる轟音が炸裂した。

 

「すげッ、速ッ!!」

 

 柴田も驚くほどである。完全完璧なスタートダッシュと加速を決めた須藤は、そのまま宣言通り上級生すら敵わない程の速度を維持してリードを広げていく。

 

「行ってこい綾小路!!」

 

 抜きんでた結果、後方では位置争いが起こってほぼほぼ差が無い状態だ。須藤はそのまま猛スピードで二番手の清隆へとバトンを渡す。

 

 清隆は清隆で程よいやる気を見せている。何だかんだで楽しんでいる様子なのはわかる。須藤が作ったリードを縮ませないまま三番手の小野寺にバトンを繋いで見せた。

 

 できればリードを広げて欲しかった所ではあるが、あくまで常識的な範囲での活躍に留めるつもりらしい。まぁ構わないだろう。

 

「問題なのはここからだな」

 

 小野寺は速い、高い身体能力を持っているが、何もかもを寄せ付けない程ではないだろう。クラスの中ではトップでも学年全体で見ればやはりどうしても後れを取ってしまう。

 

 須藤が作って清隆が維持したリードを上手く使うしかない。徐々に各クラスと差を詰められてしまっているが、責めることもできはしないだろう。

 

 他のクラスだってそれぞれ精鋭を配置しているのだ、そのほとんどが運動部の主力たち、そこまで簡単にはいかないか。

 

 序盤のリードを縮められて遂に小野寺は2-Aの生徒に抜かれてしまう。やはり上級生の壁は高く分厚い。

 

 それでも小野寺はBクラス屈指の身体能力を活かしてバトンを堀北に届ける。この時点で3ーAの生徒からも抜かれてしまっていたが、陸上部の主力を相手に健闘したと言うべきだ。

 

 リードを縮められて先を行くことになった上級生たちを追うことになる堀北だが、ここでハプニングに襲われてしまう。バトンの受け渡しミスだ。

 

 堀北に逸る気持ちがあったのか、それとも小野寺が気を抜いてしまったのかはわからないが、二人の間でバトンの受け渡しは成立しなかった。

 

「ッ!!」

 

「あ、ごめッ……!!」

 

 堀北と小野寺との間でバトンが弾かれるように宙を舞った、そのまま地面を転がってしまう。

 

 すぐさま拾い直して走り出す堀北だが、致命的ではないもののその僅かな隙間によってやはりリードを縮められてしまった。

 

 先頭を走る2-Aとの距離はそれなりに広がってしまう。序盤に須藤が作ったリードくらいはあり、つまりまだ挽回できない距離でもないだろう。

 

 堀北にもそれはわかっている。何よりアンカーは俺である。多少のリードなんて帳消しにできると理解している筈だ。だからこそ彼女は諦めることなく走り続けていった。

 

 幸い、と言うべきなのかわからないが3-Aの生徒が転倒によって差を縮めることができたようだ。

 

 ただ、そんな堀北を待ってましたとばかりに龍園クラスが牙を向いた。

 

「龍園……」

 

 堀北と並べるくらいの距離にいるのは龍園クラスの生徒であった。彼女は突然に堀北を巻き込んで倒れてしまったのだ、まるで接触でも起こしたかのように。

 

「堀北さん!?」

 

 櫛田の驚いた声が聞こえて来た。かなり派手に転んだ様子だが……どうだろうな?

 

 もしかしたら痛みで立ち上がれないかもしれない、大きな怪我を負っているかもしれない、心配と不安を覚えるのも当然であった。

 

 あぁ、けれど、大丈夫だ……彼女はもう立ち止まることはない。

 

「堀北さん!! 負けないで!!」

 

 転倒した彼女はすぐさま立ち上がって走り出す、振り返ることもしない。クラスメイトたちからの声援を一身に受けて加速していく。

 

 もしかしたら怪我をしているかもしれない、痛みだって感じるかもしれない、それでもだ。

 

 力強く鋭い加速は痛みを知らないかのようであり、高まる集中力は不完全な師匠モードへと至る。

 

 あぁなると、いよいよ手が付けられなくなるな。

 

 バトンの受け渡しミスと、接触による転倒、普通ならばそこからの挽回は絶望的だ。それでも彼女は先を見て限界をも超える速度で走っており、その瞳は俺を見つめていた。

 

 櫛田にバトンを渡した瞬間に、体が痛みを思い出したかのように表情を歪めるが、視線の先に俺がいることは何も変わらない。

 

「任せておけ」

 

 だから俺はそんな彼女に、何も心配はいらないとばかりに手を振った。

 

 応とも、勝つさ、それが俺の仕事であり証明だ。

 

「この勝負は俺たちの勝ちッスね堀北会長。できれば接戦で走りたかったですよ」

 

 俺にバトンを渡す櫛田の走りを眺めていると、近くからそんな声が聞こえて来る。南雲先輩と生徒会長の会話だ。

 

「総合点でもうちが勝ちそうですし、新時代の幕開けってところですかねー」

 

「本当に変えるつもりか? この学校を」

 

「今までの生徒会は面白味が無さすぎたんですよ。伝統を守ることに固執し過ぎてたんです。口では厳しいことを言いながらも救済措置は忘れない。ロクに退学者もでない甘いルール。もうそんなのは不要でしょう。だから俺が新しいルールを作るだけです。究極の実力至上主義の学校を」

 

「ふむ……お前はどう思う?」

 

「ここで俺に振るのか……」

 

 何故か堀北会長は俺にパスを出してくる。迷惑なんで正直止めて欲しい。

 

「よう……笹凪」

 

 南雲先輩の視線がこちらに向かうと、彼は龍園と同様に俺を気持ちの悪い生物であるかのような目で見て来る。生徒会室の前で声をかけてきてくれた時はまだフレンドリーな感じだったのに、この体育祭で何故か嫌われてしまったらしい。

 

「伝統やらなんやらを語れるほど偉くはないが、この手の話は古きに学んで新しきを取り入れるで落ち着くだろう。それができていない時点で互いを意識し過ぎでは?」

 

「ほう」

 

「……」

 

「俺はどちらでも構わない……あぁ、でも、南雲先輩、一つだけ忠告しておこう」

 

「なんだよ?」

 

「実力こそ全てだと口にするのは大いに結構。けれど、そういうことを言う奴の大半は、地面の味を知らない」

 

「へぇ、偉そうに……なら地面の味ってやつを教えてくれよ」

 

「ならば一位になるとしよう」

 

「はッ、いいぜ、やってみせろ」

 

 そう言って南雲先輩は緩やかに助走をつけてバトンを受け取って走り出す。

 

 面白い人だとは思う、実力者であるとも理解できる。けれど結局はそれだけだ。何より決定的な敗北の味を知らないことが致命的だった。

 

「実力主義を掲げるのは別に構わない。ただしそれはせめて泥にまみれて地面を舐め尽くし、苦渋に塗れてから言って欲しかった」

 

 上には上がいると、自分では絶対に勝てない存在がいるのだと、せめて知ってから強気な発言をして欲しい。

 

「そうだな、もう少し南雲には視野を広げて欲しいとは思っている」

 

「貴方がそれをすれば良かったんだ」

 

「かもしれん、では俺も先に行かせてもらおう。お前が相手ならば少しでも先を走っておきたいんでな」

 

「どうぞお先に、後で追いつきます」

 

「ふッ」

 

 面白いとばかりに笑って見せると、生徒会長もまた助走をつけて走り出し、バトンを受け取った瞬間に急加速した。

 

「笹凪くん、お願い!!」

 

 そして少し遅れて櫛田が俺にバトンを受け渡す。

 

 先頭を走る南雲先輩との差は、まあ普通なら絶望的だ。

 

 けれど何も問題は無い。結局の所、彼が持つリードは常識的な範囲での運動能力から感じる優位性である。

 

 人間なら覆しようのない差であることは間違いない。たとえオリンピック選手でもここから一位を取ることは出来ないだろう。それは間違いない。

 

 けれど俺は最強に挑み、超えなければならない使命がある。この程度の差を覆せないで師匠を超えられる筈もなかった。

 

 師匠モードが限界まで深まると、俺は意識の全てをそちらに委ねた。もう一人の自分に体を明け渡すかのように。

 

 後は師匠のように……つまりは雷の如く、走り抜けるだけである。

 

 まるで俺は夢でも見ているかのような気分となり、矢のように過ぎ去っていく光景をどこか他人事のように眺めることになる。

 

 これまでの競技でも全力を出してはいたが、今では筋肉や骨が軋むような音が体中に響くほどに酷使していた。

 

 全力だった、本気だった、けれど今この瞬間までは死ぬ気にはなっていなかった。その違いだろう。

 

 先を走っていた生徒会長を瞬く間に抜き去り、その他の上級生を一瞬で置き去りにしていき、柴田を抜いた瞬間に南雲先輩の背中も見える。

 

 遅い、歩いてるのか? 真面目にやってくれ。

 

 そんなことを思いながら、俺は南雲先輩すら置き去りにして誰よりも早くゴールテープを奪い去る。

 

 なんてことはない、別におかしくもない結果だった。

 

 どれだけ世界記録を更新しても、どれだけ勝利を積み重ねたとしても、あの人には届かないとわかっている。俺は南雲先輩と違って何もかもが完全な上位互換である絶対に勝てない相手を知っているので、そこを目指している。ならばこの程度の勝利は呼吸をするかのように平然と得なければならないだろう。

 

 あの人を知って、超えると誓ったのだ、俺のここまでの人生はそこに至る為の無限の研鑽と鍛錬に埋め尽くされていた。その努力の成果がこの結果を生み出した、それだけの話である。最強に挑もうと言うのだ、高校生に負けていられるか。

 

「はぁ、はぁ……ふざけやがって、何なんだお前は」

 

「残念ながら二位となってしまいましたね、気分はどうですか?」

 

 追い抜かれて残念ながら二位となってしまった南雲先輩は、呼吸を荒くしながらもやはり気持ちの悪い生物でも見たかのような視線で俺を見つめて来る。

 

 理解できないと、そう思っているのかもしれない。

 

「はッ、最悪だっての……二度とごめんだ」

 

「ここはそれでも、実力こそ全てだと言う所ですよ。二位の南雲先輩」

 

「うるせえよ……まぁ良いさ、認めてやる。お前は俺の敵に相応しいってな」

 

 ただまぁ、俺への好奇心や興味は大きくなったようだ。理解できない意味不明な存在だと思う反面、面白いとも思っているのだろう。

 

「生徒会には本当に来ないのか?」

 

「あぁ、今は色々と忙しいので難しい」

 

「そうか、堀北会長が引退していなくなるから、生徒会の席は空くんだがな」

 

「興味もありません」

 

「それだけの実力があるのにか?」

 

「貴方はもしかして、俺を実力者だと思っているんですか?」

 

「そりゃそうだろ、俺に勝ったんだ、そうじゃなきゃ困るっての」

 

「だとしたらそれは勘違いだ……俺はまだまだ未熟者ですよ」

 

「謙遜もそこまでいくと、盛大な嫌味になるぜ」

 

 別に慎んでいる訳でもなければ謙虚な訳でもない、今の言葉は俺自身を語る上での全てだ。

 

「俺は俺よりも強い人を知っている、賢い人を知っている……だからそこを目指している。あの人を超えられていないのなら、俺はやはり未熟だ」

 

 そうだ、まさにその通りだ。世界記録をどれだけ更新して、高校生相手にどれだけ勝利しようが、それは誇れるようなことでもない……俺は、あの人と出会ってしまったから。

 

 だからまた研鑽を続けよう、師匠との約束はまだ果たせていないのだから。

 

 勝利の余韻を吹き飛ばして俺はまた先を見据える。最強へ至るには、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

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