男女混合リレーで勝利をもぎ取って長かった体育祭はいよいよ閉幕を迎えることになる。思い返してみれば最初から最後までこの体育祭の主役はウチのクラスだったかもしれない。それほどの暴れっぷりだったと思う。
俺は俺で目的通り圧倒的な勝利を奪い去り、学年はおろか学校全体で「ヤバい奴」という認識を持たれたと思う。実際に歩いていると道をサッと譲られる始末だ、もしかしたらやり過ぎたかもしれない。
こいつとは戦いたくない、そう思わせることが俺が掲げたこの体育祭での最終目標だったので、作戦通りの結果ではあるのだが、正直ここまで引かれるとは思わなかった。
気安く接してくれるクラスメイトたちは癒しとなっている。
師匠もよく言っていたな、並び立てる者がいなくなるとそれはそれでつまらなくなると。
俺もいつかあの人を超えた時に、同じようなことを思うのだろうか? 未だに未熟者の身にはわからない悩みであった。
「それでは、これより本年度体育祭における勝敗の結果を伝える――――」
グラウンドに集まった全校生徒にそんな放送が広がった。同時に電光掲示板にも結果が記されていくことになる。
赤と白にわかれた電光掲示板が数字をカウントしていき、ついに最終的な勝敗を生徒たちに示した。
「まぁそうだろうな」
「こればかりは仕方がないわね」
一年生の白組は圧勝とも言うべき結果であるが、上級生は結果が振るわなかったので白組としては敗戦となってしまう。
隣にいる堀北さんも残念がりながらもしっかり受け止めている辺り、予想はしていたらしい。
「でも、学年別の結果は別よ」
「あぁ、あれだけ暴れまわったんだ、そうじゃなきゃ困る」
一位 1年Bクラス
二位 1年Cクラス
三位 1年Dクラス
四位 1年Aクラス
電光掲示板にはそんな結果が映し出されて、俺たちのクラスは歓喜と興奮に満たされた。高円寺と言う欠席者を加えてのこの結果は快挙とも言えるだろう。同じように坂柳さんという欠席者がいるAクラスが最下位なのが悪い例である。
「はぁ、これでやっと落ち着けるな」
「貴方はこの体育祭で一番頑張っていたものね」
「堀北さんも、沢山頑張っていたじゃないか」
「ぁ……口調が……もう終わりかしら?」
「そうだね。暫くは穏やかに過ごしたい」
「……そ、そう」
「大丈夫さ。君がこれからも頑張ってくれるのなら、何度だって褒めるから」
「約束よ?」
「俺は嘘はつかない」
そう伝えると堀北さんは僅かに頬を赤く染めてコクリと頷いた。よほど飢えているらしい。困ったブラコンさんである。
きっと彼女はこれからも頑張ってくれることだろう。不完全ながら師匠モードに入っていたりしたので、将来が楽しみであった。俺も経験したことだからよくわかるが、あぁなると一気に伸びるからな。
「次に最優秀生徒を発表する」
これはこの体育祭で最も活躍した生徒に与えられる称号だ。10万ポイントのボーナスも貰えるので狙っており、結果も文句も付けようがないものである。これで俺以外の生徒が選ばれでもしたら完全にやらせとなってしまうほどの活躍だったと思う。
「1年B組、笹凪天武」
俺の名前が発表された瞬間に、グラウンドに集まった全校生徒はおろか、見学者や教員たちでさえ「だろうな」という顔をした。俺自身もそう思っている。
出場した全ての競技で一位を取り、圧倒的な存在感を見せつけて、最後のリレーでは不利な状態から結果を覆す演出すら見せたのだ。こればかりは満場一致の人選だろう。
「やったわね」
堀北さんも嬉しそうである。我がことのように喜んでくれるのは素直に嬉しくあるな。
「と、ところで、名前呼びの件なんだけど……」
「そうだなぁ、こうしてMVPも取れた訳だし、きっかけとしては十分か……堀北さん、いや、鈴音さんと呼ばせて貰っても構わないだろうか?」
「ッ!! そうね、頑張った人にはご褒美が必要よね……良いわ、許してあげる」
「ありがとう……では鈴音さん、改めて宜しくお願いします。俺のことも名前で呼んでくれて良いからね」
「……て、天武くん?」
「ん……なんか恥ずかしいね。今までは苗字呼びだったからさ」
「えぇ……少しね。でも、悪いことではないわよ」
堀北さん……ではなく鈴音さんも恥ずかしいのかモジモジと体を小刻みに揺らしている。そんな様子を見ると俺まで恥ずかしくなってくるので慌てて視線を電光掲示板へと戻す。
そこでは全学年最優秀生徒に続いて、学年別の優秀生徒も発表されていた。
「須藤も見事に選ばれたみたいだな」
「実際に彼の活躍は大きかったわ。貴方がいなければMVPだって狙えたでしょうね」
列の後ろの方で須藤の歓声というか、雄たけびのようなものが聞こえて来る。そう言えば彼も名前呼びを許して貰う条件に体育祭での結果を求められていたんだったな、まさに万感の思いだろう。
須藤だけでなくクラスメイトたちもそれぞれ頑張ってくれた。結果が振るわなかった者もいるが、それでも勝利に向かってそれぞれが前進したことは間違いない。その結果として学年別では一番の成績を勝ち取れたのだ。皆の顔にも満足感が見て取れる。
「小野寺さんなんだけど、後でフォローしておいてくれるかな?」
「そうね、バトンの受け渡しに関しては私にも責任があるもの、こちらで声をかけておくわ」
「宜しく頼むよ」
最後のリレーでバトンの受け渡しに失敗してクラスが窮地に陥ったことを、彼女はもしかしたら気にしているかもしれない。それまでの競技で好成績を残していたのだが、最後の最後で大きなミスをしてしまった形となっている。
最終的には俺が全てを片付けて一位になれたとはいえ、アレがなければもっと楽に勝てたと思っているかもしれない。
変に気負うくらいなら、つまらないことだと笑ってもらう方が良いので、ここは鈴音さんに任せるとしよう。
「なんとか勝つことはできたけれど、それでもポイントは引かれてしまうのね、仕方がないこととはいえるけど……」
「まぁこればっかりはね、どうしようもないことだよ」
体育祭が終って最終的なポイントの変動も確定することになる。クラス別では一位になったとはいえ、白組としては敗北してしまっているので、結果だけ見るとマイナスになってしまっているのだ。
赤組に負けたことでマイナス100ポイント、しかし学年別で一位になったことで50ポイントを得ている。つまりは最終的にマイナス50ポイントである。
あれだけ頑張ったのに報われない結果であった。仕方がないことではあるのだが。
「他のクラスよりはマシな結果とも言えるね。被害は最小限に済ませられたさ」
「えぇ、そう思うしかないわね」
勝ちは勝ちである。ポイントはマイナスになってしまったが、被害は最小限にできたと思える。
Aクラスは赤組としては勝利したが総合四位なので100ポイントマイナス。一之瀬さんクラスもマイナス100ポイントである。
龍園クラスはマイナス50ポイント……こうやって見ると、全てのクラスが後退したことになってしまう。
色々と思う所はあるが、長かった体育祭もこれで終わりである。俺はMVPで得たポイントでクラスの皆にごちそうする約束もしているので、打ち上げのことを考えないとな。
そんなことを考えていると、グラウンドから撤収していく生徒たちの中に、Aクラスの神室さんを発見することになる。どうやら彼女は清隆を呼び出しているらしい。
清隆はこちらに視線を向けて来る、なので俺はそっちに任せるという意思を込めて頷きだけを返した。
「堀北、少し話がある。付いて来い」
こっちはこっちで鈴音さんが茶柱先生に呼び出されている。
「構いませんが、どういった話でしょうか?」
「最終種目のリレーでお前と一緒に転倒した生徒がいたな? その件だ」
「そうですか……わかりました。ただ、彼も一緒に来てもらっても良いでしょうか?」
「俺も興味があります。どうせ龍園の嫌がらせでしょうし、話を聞いておきたい」
「良いだろう、付いて来い」
まったく、ようやく体育祭も終わってさぁ打ち上げといった気分だったのに、最後の最後で水を差すんじゃないよ。
茶柱先生に呼ばれて俺と鈴音さんが呼び出されたのは、グラウンドの一角に建てられていた保健室代わりのコテージである。
そこにいたのは相変わらず邪悪な笑みを浮かべた龍園であり、ベッドの上にはリレーで堀北さんと一緒に転倒した女子生徒の姿もあった。
「悪いが教師は出て行ってくれ、必要なら後で呼ぶからよ」
「そうだね、まずは生徒だけで話し合おうか……茶柱先生、そんな訳で、外で待機しておいてください。もし手が必要ならその時に呼びますので」
「良いだろう、生徒同士で問題を終わらせるつもりならばな」
ここまで案内してくれた茶柱先生は外で待っていて貰おう。どうやら龍園は現時点で学校側を巻き込むつもりはないらしい。あくまで生徒個人の問題として扱うつもりのようだ……少なくとも今は。
俺としても龍園を追い詰めるつもりはないので都合が良い。
「それで龍園、どんな用件なのかな?」
「そもそもテメエは呼んでねえぞお利口ゴリラ、さっさと帰りやがれ」
「そうもいかないのが俺の立場だってわかっているだろう? 悪態はいいからさ、本題に入ろうじゃないか」
視線はベッドの上にいる女子生徒に向けられる。
「怪我をしたのかい? 確か木下さんだったね、あぁ、これは酷いな」
リレーで堀北さんを巻き込んで転倒した女子生徒の足には治療の跡があるが、軽く転んだ程度のものではない。
「痛むかな?」
「え、あ、はい……」
「そうか……悲しいなぁ、女性が痛がっている姿はあまり見たくない」
包帯が巻かれているくるぶし辺りに視線を向けながら、俺はちょっと憂鬱な気持ちになってしまった。痛かっただろうに。
まぁ、リレーでの転倒で負った怪我なのか、龍園が作った怪我なのかはわからないが、どちらにせよ悲しい気分になるのは変わらない。
「せめて祈らせて欲しい、君の痛みが一日でも早く消えるようにと」
これが龍園の策略で、彼女がそれに賛成して行動に移したのかどうかはわからないが、怪我を負ったのは事実であり、痛みを感じているのだって現実だ、なら俺は悲しかった。
「は、はい……」
包帯が巻かれたくるぶし付近を指先で撫でながら静かに祈りを捧げると、木下さんは顔を赤くして縮こまってしまった。どうやら照れているらしい。
「なんでテメエはこの状況でナンパしてやがんだ」
「天武くん……軽薄な行動は慎みなさい」
ただそんなことをしていると、龍園と鈴音さんには呆れられてしまうのだった。怪我人を前にしたらまず心配するのが普通のことだろうに、この二人には血も涙もないのだろうか?
「まあゴリラのことはどうでもいい……それよりも鈴音、やってくれたみたいだなぁ」
「なんの事かしら?」
「おいおいとぼけるんじゃねえよ、最終種目のリレーで負けたくないからって木下を強引に転ばしただろうが」
なるほど、それが龍園のプランな訳か。体育祭で機会があればそれを狙っていたんだろうな。けれど参加表の変更で予定が狂ってなかなか機会に恵まれず、最終競技で最初にして最後の機会が訪れたと、そういうことだ。
だからあんなに強引とも取れる転倒を演出したのだろう……正直、もっと真面目にやれと言いたくなる。
「木下から聞いたぜ、お前をこいつが抜きそうになった瞬間に、絶対に勝たせないとかどうとか言って接触してきたってな」
「話にもならないわね、私はそんなことはしていない。事実無根の言いがかりよ」
「おいおい木下が可哀想だろう、お前の意地に巻き込まれてこんな重傷を負ったんだぜ?」
「つまりは貴方は一学期に一之瀬さんたちのクラスにやったことを、こちらでも再現したい訳ね……そうでしょう、龍園くん?」
「それこそ言いがかりだろ。事実、木下は重傷を負っていて、お前にぶつかられたって言ってるんだからよ」
「つまらない策略だわ……いいえ、ただの嫌がらせね」
龍園にミスがあるとすれば、それは鈴音さんを侮っていたことだろうか。
彼女はもう精神的に未熟でもなければ、迷い立ち止まることもない、その信念はもうブレることはないのだ。
人を遠ざけ侮り、誰かを必要としていなかった彼女はもうどこにもいない、振り返ることもなく進んで行ける人になっていることに、龍園はまだ気が付いていないらしい。
「それで、結局貴方は何がしたいのかしら?」
まるでお前になどなんの興味もないと言わんばかりの態度で、鈴音さんはそう言った。
そんな様子や雰囲気に龍園も少し驚いた表情をしている。兎に噛みつこうとしたかと思えば、実は相手が肉食獣であったかのような、決定的な見積もりの甘さを感じ取っているかのように。
「なぁに、木下がこんな状態だからな。このまま、はいさよならとは行かないだろう」
「学校に訴えると言いたいの?」
「それも一つの手だが、俺は話のわかる男だ……ポイントで賠償を支払うんならここで手打ちにしてやってもいい」
「はぁ、下らないわね……いいかしら龍園くん、よく聞きなさい」
鈴音さんは付き合いきれないとばかりに大きな溜息を吐くと、力強い足取りで龍園の近くまで進んで行き、その胸倉を掴んで強引に引き寄せる。
ちょっと師匠モードになりかけてるな、雰囲気がかなり怖い感じになっていた。
「貴方が学校側に訴えるのだとしたら覚悟することね。もしそうなったら徹底的に貴方のクラスを叩き潰して後悔させてやるから、そのつもりでいなさい。あんなことしなければ良かったと泣くことになるでしょうね」
良い啖呵だ、弱気に狼狽えるよりもずっとマシだ。龍園としてもまさかここまで鈴音さんが強気に出るとは思っていなかったのか、驚いた様子を見せているぞ。
ただ胸倉を掴んで師匠モードで睨むとか、完全に雰囲気は脅しのそれである。鋭い視線はいつもよりずっと力強いので、より迫力が増していた。
「はッ……いいぜ鈴音ェ、そんな顔を出来るようになってたとはなぁ。ククク、面白くなってきたじゃねえか」
「気安く名前を呼ばないでと、何度言えばわかるのかしら?」
火花を散らして睨み合う両者、俺と木下さんは完全に蚊帳の外である。あまり放置されるのもあれなので俺も話に加わるとしようか。
「おほん……ちょっといいかな、龍園はポイントを払わないと学校側に訴えるって話だけど、具体的にはどれくらいのポイントが欲しいのかな?」
「天武くん、まさか貴方、この男の言葉に従うと言うの?」
「そんな訳がないだろ、ただなんとなく訊いておきたいだけなんだ」
掴みあげていた胸倉から手を離して鈴音さんはこちらを怪訝そうな顔で見つめて来る。徹底抗戦に入る構えを見せていただけに、俺の言葉は受け入れられなかったらしい。
「それで龍園、どうなんだい?」
「2000万ポイントだ」
「……ふざけているのかしら」
あ、ダメだ、鈴音さんが完全に師匠モードになってる。龍園、あまり彼女を怒らすんじゃない。
「払えねえことはないだろう? そこのお利口ゴリラはあの手この手で外から資金を引っ張って来てるらしいからなぁ。噂は聞いてるぜ、随分と稼いでるってな」
「なるほどね……もう一つ訊きたいんだけど、どうして君はそんなにポイントが欲しいんだい?」
「それをわざわざ説明する必要がどこにある?」
「そうだね……さてどうしようか」
龍園がここまで大量のポイントを欲しがる理由か……ざっと想像してみたけど、考えられることはそう多くはないし、現実味も無ければ可能性も低いものばかりだ。
まだ2000万ポイント集めて自分だけAクラスに上がることを考えていると判断した方が、よほど堅実で現実的な展開とすら言えるだろう。
別にこのまま彼に2000万ポイントを渡すのは構わない。龍園が何を考えてどこに向かっているのか、そのポイントの使い方で判断できるかもしれないからだ。
それに俺の手元から2000万ポイントは無くなってしまうが、この学園の中にあるポイントは減る訳ではない。そう考えると何も問題はなかった。
うん、別に払って良いな。
そんな結論をぼんやりと頭の中で弾きだしていると、突然に龍園のスマホが震えてとあるメールを受信することになる。
龍園自身も特に気に留めた様子もなかったのだが、そのメールと一緒に張り付けられていたとある録音データを再生した瞬間に、彼の表情は驚きに包まれた。
『いいかお前ら。Bクラスを潰す為にはどうすればいいか、その策を授けてやる。面白い物を見せてやるよ』
彼にとって最大の計算違いは、鈴音さんの強い意思でも無ければ参加表の変更でもなく、自クラスに裏切り者がいるという点なのだろう。
清隆が色々と動いていたことは知っていたが、なるほど、龍園クラスにスパイを作っていたのか。だとしたら最初から決着がついていたということになる。
最初から最後まで、彼は誰かの掌の上で踊っていたにすぎないのだ。
『どのタイミングでも良い、隙があれば鈴音に接触して、なんでもいいから転倒するんだよ。後は俺が怪我を負わせてあのゴリラからポイントをぶんどってやる』
メールに添付された録音データは龍園の雑で拙い作戦の全てを説明していた。真面目にやれと言いたくなるな。
「鈴音さん、どうやら話はここで終わりらしい、君はもう帰っていいよ」
「そのようね……けれど、それは」
「気にしないで、きっと龍園クラスには彼のやり方に耐えられない善良な人がいるんだろう」
学校側への訴えだったり、ポイントでの賠償だったりは、これでまるごと吹っ飛ぶことになる。なら話を次に進めるとしよう。
「俺はちょっと龍園と話があるから、先に帰ってくれていいよ」
「ちょ、ちょっと天武くん? 押さないで頂戴、もうッ!!」
ごねる鈴音さんを強引に保健室の外に押し出して締め出す。後で怒られそうだけど、龍園と話がしたいんだよね。
「さて龍園、君の考えた雑で幼稚な嫌がらせはここに破綻した訳だけど……面白そうな顔をしているね」
「ククク、あぁ面白いぜ……最高に気分が良い。こいつは傑作だ、どうやらテメエのクラスには俺と似たような奴がいるらしい」
「何のことだい?」
「とぼけるんじゃねえよ、このメールの送り主だ」
「俺の指示でやったとは思わないのかい?」
「いいや違うな、小賢しさもあるゴリラだが、結局テメエは王道を好む。それが一番強いと理解して、実際にそれで勝てるタイプの人間……ゴリラだからだ、そうだろう?」
「否定はしない」
裏でごちゃごちゃ考えるよりも真っすぐ突っ込んだ方が早いし、結果が伴うと俺は考えている。ただしそれは相手の策略を無視する訳でもなければ警戒しないという訳でもないけど。
後、わざわざ人間と一度言いかけたんだから、ゴリラと訂正するな。
「もしテメエがこの音声データを好きに使える立場なら、そもそもこんなギリギリで使ったりはしねえだろうよ。こうなる前に釘を刺してそれで終いだ……つまりこいつはゴリラが好むやり方じゃない」
やはり思考力というか、瞬発力がある男なんだろうな龍園は。
普通、こんなメールが送られてくれば、まず目の前にいる俺を疑って警戒する筈だが、少ない違和感と疑問から清隆の存在に指を引っ掛けようとしている。
「いいぜ、思わぬ収穫があった……今回はこれで良しとしてやろう」
「負け惜しみもそろそろ板についてきたじゃないか」
「黙ってろお利口ゴリラ。テメエを潰すのは、テメエの持つ戦力を把握してからだ」
そう言い残してこの場を去ろうとする龍園に、俺は待ったをかける。
「まだ話は終わってないよ、ポイントの件が残ってる」
「あん? 何を言ってやがる?」
「だから、木下さんへの謝罪……とは少し違うな、見舞金みたいなものを払いたいと思ってる」
「その話はもう終わっただろうが」
「いいや、終わってないよ。堀北さんはそんなことはしていないと結論が出ただけだ……だからこれは俺個人の、理不尽に傷ついてしまった女性への同情みたいなものさ」
俺はスマホを操作してそこから龍園へとポイントを振り込む。
これは謝罪でもない、非を認めている訳でもない、ましてや賠償でもない。完全に一から百まで俺の善意である。
後、龍園の目的と最終目標をここから確認したいという思惑もあった。
だから俺は彼に、スマホの中にあるポイントの全てを振り込むのだった。
また稼げば良いだけの話だから気にする必要もない。外で稼いだ外貨をポイントに替えられる以上、これくらいは大した問題でもないだろう。それにこの学園の中にあるポイント総額が減る訳でもないのだから。
「馬鹿なッ……」
さすがの龍園も、振り込まれた額に驚いている。俺がポイント長者になっていることは噂レベルで知っていたようだが、ここまでとは予想していなかったらしい。
「それは木下さんへの見舞金だ。返せとは言わないから、好きに使うと良い……けれど、ご利用は計画的にね」
そこで腰かけていたベッドから立ち上がり、話も終わったので出入り口に進んで行く。
その途中、スマホに振り込まれた額に未だに驚愕している龍園の肩をポンと叩いた。
「龍園、お前が何を思って、どこを目指しているのか未だに測れない……けれど、あまりつまらない真似を続けるようなら、俺はいつか君に失望してしまうだろう」
俺は別に彼を嫌いな訳ではない。寧ろ一之瀬さん同様に高評価すらしている。手段や方法はともかく勝利の為にあらゆる手段を模索する姿勢は素直に好ましいとすら考えていた。
俺には合わない方法や手段ではあるが、それも戦いの作法だと受け入れられる。
けれどそれにだって限界はあるのだ。いつか俺は彼に失望する日が来るかもしれない。そうならないように意地と根性を見せて欲しい。
「もう一度言っておこうか……あまり足踏みしていると、俺の背中すら見えなくなるぞ」
彼に伝えるべき言葉はそれが全てであった。それ以上は何も言うべきことはない、少なくとも今は。
ポイントに関しても別に問題ないだろう。
また稼げば良いし、龍園の手元にあっても構わない。
だって最終的に、俺たちの学年に24億ポイント以上があればそれで良いのだから。
俺が目指す、完全完璧な、一欠片の文句も付けようがない、完膚無きまでの絶対的な勝利とは、つまりそういうことだろう?
師匠曰く、男は死ぬまでカッコつけなければならない。
だから俺は、死ぬまでカッコつけるのだ。
笹凪クラス 959CP
一之瀬クラス 553CP
龍園クラス 342CP
葛城クラス 1374CP