ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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特別試験の始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、クラスは重たい雰囲気に包まれていた。緊張で喉を鳴らす者も中にはいる。

 

 この学校は赤点を取ると一発退学であり、補習もなければ再試験も無いので仕方がないことではある。幸村や堀北などの学業優秀組は問題ないのだろうが、赤点ラインに近ければ近いほどに緊張の色は濃い。

 

 体育祭も終わってから間髪入れずに生徒たちを翻弄したのは中間テストだろう。当然ながら勉強会を開いて色々とテコ入れしたので、決して無策だった訳ではない。

 

 それでも緊張してしまうのは、誰も彼もが百点満点を必ず取れる訳ではないからだ。

 

 俺たちの緊張感は茶柱先生にも伝わったらしい。

 

「揃いも揃って真剣な顔つきだ。四月頃の貴様らに見せてやりたいな」

 

 あの頃は本当に酷かったからな。学級崩壊って言われても納得できるくらいに授業態度が崩壊していた。

 

 それが今ではこの緊張感である。正しく成長しているということだろう。

 

「だって今日は、中間テストの結果発表の日っすよね?」

 

 池の質問に茶柱先生はニヤリと笑った。相変わらず邪悪な笑みである。どこか龍園味を感じてしまう。

 

「その通りだ。赤点を取れば即退学。だからこそ嬉しいぞ、お前たちはようやくスタートラインに立ったのだと実感できるよ。それこそが学生のあるべき姿だ」

 

 授業中にスマホを弄っていたり、私語が止まらなかったり、居眠りをしていびきを流すよりかはマシであることは間違いないだろう。この学校の厳しさを皆がしっかりと認識している証拠であった。

 

 良いクラスになったと思う。とびっきりの爆弾を抱えてはいるけど。

 

 茶柱先生は黒板に生徒たちの点数が記された用紙を張り出す。生徒たちの成績が一目瞭然でわかるようになる。この学校はその辺のプライベートを完全に無視する学校であるということだ。

 

 俺の視線が最初に向かうのは最低地点、赤点を取った者がいないかの確認……ギリギリだけど大丈夫そうだな。

 

 須藤は体育祭の活躍の結果をポイントではなく点数に換えているので危なげないラインにいる。他にも赤点候補は何人かいたがそちらも問題はない。一番点数の悪かった山内は危ない位置であったが、何とか退学を回避したようだ。

 

「危なッ!! 俺が最下位とかマジかよ!!」

 

 本人も生きた心地がしなかっただろう。本当にギリギリのラインである。

 

 次に視線が向かうのは最下位から上位陣だ。このクラスは赤点ラインも多いが学業優秀な生徒も多いのが特徴である。上と下の差が激しいのは珍しいとも言えるだろう。

 

 まず最初に鈴音さんの名前を見つける。驚くことに全ての教科で満点を取っていた。凄まじい結果であった。

 

「鈴音さん、凄いじゃないか」

 

 振り返って清隆の隣にいる彼女にそう伝えると、鈴音さんはわかりやすいくらいのドヤ顔を見せる。自信があったのだろう。

 

「最近、とても調子がいいのよ。自分でもびっくりするほどにね。それに貴方も満点じゃない」

 

「あぁ、お揃いだね」

 

 クラスで満点を取ったのは俺と彼女の二人だけである。それが嬉しかったのかクスっとした笑顔を見せてくれた。

 

 不完全な師匠モードに入るという経験を得た鈴音さんは、集中とは何なのかを掴んでいるらしい。きっと勉強もこれまでにない位に捗ったと思う、俺にも同じ経験があるのでよくわかる。

 

「清隆は七十点前後か」

 

「あぁ、俺も調子が良かった。天武が勉強を見てくれたおかげだな」

 

 後ろの席の清隆はそんなことを言っていた。目立たず、しかし赤点ラインでもない、そんな感じに抑えたらしい。そして俺が彼に勉強を教えたことは過去に一度もなかったりする。

 

 俺と、そして隣人の怪しげな視線を受けながらも清隆はどこ吹く風である。そんな感じだから鈴音さんから怪訝な視線を向けられるんだぞ?

 

「一気に自己記録大幅更新!! 見たか!! 平均60点まであと一歩だぜ!!」

 

「その点数程度で騒がない、貴方の場合は体育祭の貯金もあった、みっともないわよ」

 

 鈴音さんが調子に乗った須藤にすかさず釘を刺すと、クラス中でクスクスと笑い声が広がった。

 

 須藤もすっかり忠犬となっている。狂犬だった頃が懐かしいまであるな。

 

 騒がしくなり始めたクラス全体に聞こえるように茶柱先生が咳ばらいをすると、すぐに静かになって全員が耳を傾けていく……どうやらしっかり調教されたのは須藤だけでなくクラスメイト全員らしい。

 

「今回の中間テストによる退学者は見てのとおり0だ。無事に試験を乗り越えたな」

 

 うん、四月頃に比べれば茶柱先生の表情も柔らかくなったと思う。しっかり結果を出しているからな、やはり担任教師としては嬉しいのだろう。

 

 

「さて、そんなお前たちを急かすようで悪いが、2学期のテストに向けて8科目の問題が出題される小テストを実施する――――」

 

 

 そこから始まった茶柱先生の説明は、次の特別試験を意識させるには十分なものであった。

 

 無人島とも船とも体育祭とも異なる。完全に学力重視な試験が行われるということだ。それも生徒それぞれがテストを受ける訳ではなく、ペアを組んでテストに挑む形である。

 

 それだけならば問題はないのだろうが。ペアの選考基準であったりはまだ不透明であり、同時にこの試験で気を付けなければならないことがもう一つある。それは生徒が試験を作ってそれを武器にして相手に殴りかかるということだろう。

 

 なるほど、つまりこれは実質殴り合いということだな? それなら得意分野なので任せてほしい。戦車でも用意しないと戦いにすらならないくらいの自信があるぞ。

 

 頑張れ龍園、お前は戦車より頑丈になって欲しい。

 

「先生、質問があります。テスト問題を俺たちで作るということですが、学校側の監督というか、基準のようなものはあるんでしょうか?」

 

 俺が気になったのはそこである。当然あるだろうと思うが万が一と言うこともあるので知っておきたかった。

 

 もし生徒が好き勝手作って良いのなら、それこそ大量の退学者を出すことも難しくはないだろう。テスト問題を全部スワヒリ語で書くとかなら多分99パーセントが退学にできてしまうだろう。

 

「当然ながら学校側の求める基準や監督は行われる。お前たちが作ったテストが適切であるかどうかをこちらで精査することになる」

 

「因みに、テストを期日までに作れなかった場合はどうなりますか?」

 

「その場合、学校側が用意したテストになるだろう。ただし覚悟しておくといい、とても簡単な問題になるだろうからな」

 

「なるほど、わかりました。ありがとうございます」

 

 この試験で必要なのは単純な学力もそうだが、問題を作る発想力も求められるだろう。正攻法で攻略するのならば地道に勉強すること、そして学校側が判断するラインを見極めてしっかりとしたテストを作ることだ。

 

 あぁ、そして、作った問題をしっかり守ることも重要だろう。知られたら致命的になるだろうから。

 

 これから行われる特別試験に緊張を高めてザワつく教室に背を向けて茶柱先生は去っていく。後はお前たちの努力次第だと言わんばかりに。

 

 そしてこういう時、決まってクラスメイトたちの視線は最終的にクラスの中心人物に集まることになる。体育祭以降は完全にその立場が俺になっていた。

 

「笹凪くん、お願いできるかな?」

 

 平田も完全に俺に丸投げするようになったな。信頼してくれているのだろう。

 

 ここで謙遜して辞退するような生き方はしていない。なので俺はすぐさま師匠モードになって全員の視線と意識をこちらに引きつけた。

 

「全員、傾注」

 

 師匠モードでそう伝えるとクラスメイトたちに緊張が走り、集中力が高まっていくのがわかった。四月頃はどちらかといえば怖がられる感じであったが今はどこか憧憬が混じった視線であるのがわかる。

 

「特別試験がこうして始まることになった訳だが、何も恐れる必要はない。今までもこれからもやるべきことは何も変わらないからだ……今更、お前たちの中に気を抜いて試験に挑む者はいないだろう? 各々が、目の前にある目標に向かって進んで行けばそれで良い」

 

 そう言うと頷きがそこら中から返って来る。本当に頼もしい顔をするようになったと思う。

 

「その上で安心してくれ、俺は当然、勝利を目指す」

 

「おう、今回も頼りにしてるぜ!!」

 

 須藤の合いの手が意外にも上手い。良い傾向だと思う。

 

「笹凪くん、具体的にはどうするんだい?」

 

 平田も上手いな、クラスメイトたちの知りたいことや疑問も代表して質問してくれる。

 

「今回の試験は純粋な学力が物を言う試験だ。各々の学力向上は大前提であり絶対条件だろう。まずやるべきは勉強会、幸村、鈴音、平田、それと櫛田、それぞれグループを作って指揮してくれ。細かい方針はそっちに任せるよ。俺を含めて負担が少ないように調整して欲しい」

 

 平田も鈴音も櫛田も勉強会の面倒を見るのは慣れている。幸村も今更断ったりはしない筈だ。彼は彼で責任感のある男なのだから。それに最近のクラスの雰囲気を悪くは思っていないだろう。

 

「わかった、良いだろう」

 

 幸村からも頼もしい返事があった。これで勉強会の指揮をする面子は揃ったな。

 

「次に考えるのはテスト問題だが、それに関しては俺に任せてほしい」

 

「一人でやるつもりか?」

 

「基本的にはそのつもりだ、反対か?」

 

「それは構わないが、そちらの負担も大きいだろう?」

 

「確かにな、しかしこの試験で気を付けなければならないのは作ったテストの守りだと考えている……例えばだ、他クラスがこっちの作った問題を何らかの方法で入手するなども考えられる。可能性としては低いが強引に奪おうとしたり、或いは盗み見されたりな」

 

 後はクラスの誰かが買収されたりとかも考えられる。だがそれを伝えるとお前たちは信用できないと言っているようなものなので口には出さないが。

 

「知る人間は可能な限り少ない方が良いということか……」

 

「そうだ。だから基本的には俺か、多くてももう一人くらいで作ることになる。しかしそれでは行き詰ったりすることもあるだろうから、意見を求めることもあるだろう、その時は頼む」

 

「わかった。テスト問題に関してはそれで異論はない」

 

 鈴音と同様に俺もテストで満点を取っているからな。幸村もその辺は信頼してくれているらしい。

 

 他のクラスメイトも異論はないのか話を次に進めていく。

 

「次にどうペアを決めるかだが、それに関しては事前に行われる小テストがカギを握っていると俺は思う。まだ確定した訳ではないので情報を集める必要はあるだろうから断言はできないがな。そこはわかり次第、クラスで共有しよう……とりあえず皆は、今は勉強会に意識を向けてくれ。何か疑問があったり、考え付いたことは恐れず意見しろ」

 

 クラスで共有すべきことは今の所はこれくらいだろう。俺がテスト問題を受け持つ、クラスメイトたちは勉強会に集中する。そんな形となった。

 

「大丈夫だ……意思を研ぎ澄ませ、そして勝利をもぎ取る」

 

 より師匠モードを高めて、力強くそう宣言すると、クラスメイトたちのやる気も最大限まで高まるのだった。

 

 やはり誰かの意識を引っ張っていくのに便利だ。茶柱先生には洗脳しているのではないかと疑われてしまうけど、使いやすいのだからこればかりは仕方がないな。

 

 試験に挑む心構えとしてはこれで問題はないだろう。このクラスは四月頃とは何もかもが違う。体育祭を越えて意識の高まりがより顕著になったのだ。

 

 自分たちでも勝てるんだと、Aクラスを目指すんだと、そういう意識を持てるようになった。何よりそれが素晴らしい。

 

 俺はAクラスでの卒業特典に何の興味もない、そこへ挑むことそのものに強い価値を感じている。今のクラスメイトたちの顔つきを見れば、その価値がより高まっていることがよくわかった。

 

 誰かの成長を見るのは純粋に嬉しい。正しく俺たちはこの学校の言う実力を高めているということなのだから、これで良いのだろう。

 

 後、残る問題は、このクラス最大の爆弾だろうな。

 

 

「天武くん、ちょっといいかな?」

 

 

 その爆弾こと櫛田さんは、作戦会議が終ってクラスメイトたちが解散してすぐに声をかけてきた。

 

 ニコニコと愛らしい笑顔はいつも通りで、親しそうに名前を呼んでくれるのは、正直悪い気はしない。

 

「どうしたんだい、櫛田さん?」

 

 ざっくりとした方針会議も終わって今は放課後、それぞれが試験に向けて勉強に励む為に解散して、勉強会の細かな打ち合わせは鈴音さんたちに任せ、俺は俺でさっそくテスト問題を作ろうと、気合を入れて彫刻しようかと考えながら教室から廊下に出た時に、彼女は声をかけてきた。

 

「今って時間あるかな?」

 

「ん、勉強会の打ち合わせは任せて、部屋に帰って彫刻でもしようかと思ってた所だけど」

 

「え? 彫刻? 問題作りじゃなくて?」

 

「もちろん、問題も作るよ。色々な作業をしながら頭の中で作るんだ。後は出来た問題を夜寝る前にでも紙に書いておけば良い」

 

「ん~……えっと」

 

 櫛田さんは何やら難しい顔で考え込んでいる。俺が言った言葉を彼女なりに噛み砕こうとしているらしい。

 

「それで、何か用があるのかな?」

 

「あ、うん、良ければなんだけどね。天武くんのお手伝いがしたいなって思って。ほら、一人でテスト問題を作るのって大変でしょ? 天武くんっていつもクラスの為に頑張ってくれてるから、少しでも負担を減らしたいなって」

 

 これが櫛田さんで無ければとても嬉しい思いやりである。

 

「とても嬉しい提案ではあるけど、櫛田さんも講師役として勉強会に参加するだろう? そっちの負担が大きくならないかな?」

 

「うぅん、私のことは気にしないで」

 

「そっか、それならお願いしようかな。あまりテスト製作に関わる人数は増やしたくはないけれど、一人だとどこかで行き詰るだろうから嬉しい提案でもある」

 

「うん、なら一緒に頑張ろうね」

 

 穏やかに、そして愛らしい笑顔を浮かべた櫛田さんは、自分の行動がこちらに誘導されていることには気が付いていないらしい。

 

 おそらく彼女は共にテストを作ることで問題を把握したいのだろう。それを龍園クラスに売りつける為に。

 

 とても冴えた方法なのかもしれないが、どちらかと言えば勝手に簡単な問題を茶柱先生に提出される方が困るので、これで良いのだろう。

 

 櫛田さんと一緒に適当な問題を考えるフリをしながら、頭の中では本命のテスト問題を作る……うん、この感じで行こうかな。

 

 もしかしたら彼女はこれでクラスを手玉に取るつもりなのだろうか? こっちの都合にいつのまにか巻き込まれていることに気が付いていないのかもしれない。

 

 俺と作ったテスト問題を龍園に流せば良いと考えた時点で、他の可能性を狭めている自覚もないのだろう。

 

 彼女は別に頭が悪い訳ではないが、策略や策謀といった分野はまだまだ幼いように思えるな。いや、女子高生で奸智に長けていたらそれはそれで困るんだけども……。

 

 そもそも龍園と裏切りの取引をする時点でかなり向こう見ずな感じである。自分に首輪が付けられている自覚はあるのだろうか?

 

 まぁ今は何でもいいか、櫛田さんの監視と制御は俺が受け持つとしよう。

 

 廊下でそんな打ち合わせを櫛田さんと二人でしていると、教室から鈴音さんと清隆が顔を出して、俺と櫛田さんを視界に収めた。

 

「櫛田さん、何をしているのかしら? もうすぐ勉強会の打ち合わせが始まるわよ」

 

「あ、ごめんね堀北さん。天武くんとこれからのことを相談してたんだ」

 

「櫛田さんにはテスト問題を作ることを手伝って貰うことになったよ。一人でやるつもりだったけど、どうしても行き詰るだろうからね」

 

「……え?」

 

「ふふ、ごめんね堀北さん。天武くんのことちょっと貸してもらうね」

 

「……」

 

 鈴音さんは何とも言えない視線で、どうした訳か俺の袖を指先で摘まんで来る櫛田さんを見つめている。

 

「テスト問題に関しては貴方が一人で受け持つのでしょう? 櫛田さんの手を借りる必要があるのかしら? 問題製作に関わる人数は少ない方が良いと言ったのは天武くんじゃない」

 

「あぁ、けれど一人だとどうしても限界はあるからね、だからこれ以上は増やすつもりはないよ。君や幸村に意見は聞くだろうけど、それくらいかな。櫛田さんはアドバイス係みたいなもんさ」

 

「櫛田さん、貴女には勉強会でも力を貸して欲しいのだけれど、負担も大きいんじゃないかしら?」

 

「そんなことないよ」

 

「いいえ、ある筈よ」

 

「ないよ」

 

「……」

 

「……」

 

 最終的に二人は黙って見つめ合う。鈴音さんの視線は徐々に鋭くなっていき、櫛田さんのニコニコとした笑顔を突き破ろうとしているかのようだ。

 

 そんな彼女たちのやりとりを見て清隆が一歩引いた位置で呆れたような顔をしていた。そして同じく一歩引いていた俺に視線を向けて「大丈夫なのか?」と言いたげな顔をする。

 

 だから俺は清隆に問題ないとばかりにウインクを返す。櫛田さんの行動を一本化する為の監視と誘導だという意思を伝える為に。

 

 下手に動き回られるよりかは、こっちの予想と都合で動いて貰った方が良い。ならば敢えて懐に潜り込ませるのも一つの手なのだ。

 

 どうせ彼女と考えるのは全て囮で、本命は俺の頭の中にしかない。一人だと行き詰るなんて言い方をしたけれど、全然そんなことはない。

 

 こんな感じで俺と櫛田さんは一緒に行動することになった。ここ最近はやけに気安く接するようになった彼女に、なんだかんだでドキドキしながらも警戒は緩めない。

 

 こういうとき、頭の中にもう一人の自分がいるのはとても便利だ。いつもどこかで冷静な自分がいてくれるからな。

 

「それじゃあ櫛田さん、打ち合わせはどうしよっか?」

 

「うん、場所はどこにしよっか?」

 

「君が問題ないのならカフェで良いんじゃないかな?」

 

「ならそこにしよっか。勉強会の打ち合わせが終ったら連絡するね」

 

「あぁ、待ってるよ」

 

 そこで櫛田さんは俺から離れて鈴音さんに近づいていく。終始ニコニコとした顔をしていてどうした訳か機嫌が良いようにも思えた。

 

「じゃあ堀北さん、勉強会の打ち合わせしよっか?」

 

「……えぇ、わかったわ」

 

 最後に鈴音さんの鋭い視線は俺に向けられてしまう。別に悪い事したってことはないんだと思うんだけど、俺は委縮してしまうのだった。

 

 どこかピリピリしながら打ち合わせの為に移動していく二人の背中を眺めていると、残った清隆は呆れたような溜息を響かせる。

 

「櫛田に関しては問題ないんだな?」

 

「あぁ、うん。どうせ彼女と作るのはダミーになるだろうから問題ないよ。こっちで動きを誘導しておくからさ」

 

「わかった、それで問題はないだろう」

 

「何か注意点は?」

 

「櫛田に関してはそれでいい。後は茶柱先生に釘を刺しておいてくれ。念のためにな」

 

「ん、了解……しかし櫛田さんは何を考えているんだろうね?」

 

「自爆の算段だろう」

 

 清隆、なかなか辛辣なことを言うね。櫛田さんが可哀想だろ。

 

「いや、ほら。仮に龍園に情報を流したとしてもそれが鈴音さんの退学に繋がるとは思えないんだよね。俺の評判は下がるかもしれないけどさ」

 

 そうなのだ、もし鈴音さんがクラスを率いる立場で今の俺と同じようにテスト問題を作る仕事を受け持っていて、その上で大敗して退学者などが出てしまえば評判は最悪な者になるだろう。

 

 けれどもしこの試験でそうなっても、俺の評価が下がるだけで鈴音さんはその限りではないのだ。そもそもピンポイントで誰かを退学させるのは難しいのだから。

 

「既に龍園と取引をしているんだ。今更後に引けなくなったこともあるだろうが……大部分は嫌がらせだろうな」

 

「嫌がらせ?」

 

「堀北に向けたな……まぁ何であれ、櫛田はそっちで誘導してくれ」

 

 そう言って清隆も勉強会の打ち合わせに参加する為に二人の後を追っていく。

 

 俺は俺で色々と動かないといけないな。堀北会長も生徒会を引退したし、面倒な先輩がこっちをねっとりとした視線で見るようになってきたから、将来に備えて動いていかないと。

 

 とりあえずポイントをチラつかせて、清隆と相談しながら各学年やクラスにスパイでも作るとしよう。

 

 金策に、爆弾処理に、スパイの勧誘と、今思えば絶対に普通の高校生活ではないと思う。

 

 懐から取り出したスマホを眺めて、そこに入っている膨大なポイントを眺めながら、今日もまた未来を想定していく。

 

 夜にはマネーロンダリング用の会社に所属している役員からの定期報告を聞く為に、泳いで学園の外に出なければならないし、ついでに高円寺からの指示書なんかも渡さないといけない。品評会用に作品だって作らないといけないし、テスト問題だって考えないとな。

 

 うん、忙しい生活だ。けれどとても楽しくはあった。

 

 とりあえず南雲先輩に反感を抱きつつも逆らうことはしない二年生でも見つけて、状況を報告してくれるスパイにしておこうか、2000万ポイントを見せれば幾らでも作れるだろう。

 

 あまり近すぎるとアレなので、うまい距離感の人でもいれば良いんだけどね。

 

 同じような人を同学年にも……そっちは橋本辺りで良いかな?

 

 ざっと4000万ほど吹っ飛ぶことになるだろうけど、面倒なリスクを排する為の必要経費と考えるしかない。それにどうせ最終的には同じ学年に大量のポイントを配ることになるので、実質消費するのは2000万ポイントだけとも考えられる。

 

 それに24億を引っ張ってこようというのだ、この程度のポイントを消費するのに躊躇ってもいられなかった。誤差みたいなもんだしな。

 

 各学年の動向や思惑を得られない結果、4000万以上の出費を強いられる可能性も無くはない。可能性は低いだろうけど不安材料は可能な限り処理したくもある。師匠曰く、臆病なくらいが丁度いい。

 

 まぁ、今はテスト問題製作と爆弾処理に勤しむとしよう。

 

 何より楽しむことが重要だ。24億を稼ぐと決めた時点で、俺の中ではもう全ての試験が青春の1ページになってしまったからな。クラス闘争というのがどこか遠いものになってしまったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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