ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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Sシステム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度の情報は集まった、完璧な証拠こそないがほぼほぼ確信している。

 

 毎月十万の小遣いをくれるような太っ腹な学校という甘い幻想はどこにもなく、生徒の実力を測りシビアにポイントでそれを表す競争と闘争の場であることに疑いはないのだろう。

 

 上級生は答えられないの一点張りで、教師もそれはおなじ。唯一の収穫は美術部の部長から聞いた大会やコンクールで結果を残せば大きなポイントを得られるという程度のもの。

 

 もしこれが個人間での競争であったのならば何も問題はない。

 

 全てが自己責任で片付けられるのならばどれだけ楽だろうか、ただ悲しいことにそれで終わらせられないから俺は教室を一望できる教壇に立たなくてはならなかった。

 

 時間は朝のSHRが始まる少し前、後もう少しで茶柱先生がやって来て授業を始めるだろう。

 

 あまり時間もないので手早く済ませる必要がある。

 

 教壇に立って教室全体を見渡す。幸いなことに今日は遅刻している者はいないので全員が揃っており、相変わらず騒がしいが全員がいるのは幸いだろう。

 

 俺が教壇に立った時に、綾小路と堀北さんの視線が最初にこちらに向かった。

 

 他の連中はガヤガヤと話しているのでこちらに視線は向けていない。いや、高円寺だけは少しだけこちらに注目しているな。

 

 こういう時、師匠はどうしてたっけな? 視線一つで黙らせることができる人だったけど俺には無理なので、ここはあの人の声色を真似るとしよう。

 

「傾注してくれ」

 

 師匠の雰囲気を真似て声を出す。するとあれだけ騒がしかった教室が不気味なほどに静まり返った。

 

 それほど大きな声を出した訳でもないのだが、効果は抜群である。師匠は凄い、師匠を称えよう。

 

「今から皆の利益の話をしようと思う。とても重要なことなので損はさせない。茶柱先生がもうすぐ来るだろうから、素早く済ませたいので、質問や疑問があれば後で訊ねて欲しい」

 

 三十九人の視線がこちらに集中した。師匠の真似をして圧力と雰囲気を再現しているので、押され気味になり誰も言葉を遮らない。

 

 だが困惑している様子ではあるな、当たり前のことではあるが。

 

「結論から伝えよう、俺たちに来月も十万ポイントは振り込まれない」

 

「はッ?」

 

 驚きの声を上げたのは池であった。

 

「この学校は生徒たちの実力によってポイントを支給する。多角的、総合的な実力を測り、ポイントという形で評価する訳だ」

 

「え、いや……」

 

 今度は山内がなにやら声を絞り出そうとするが、それを無視して話を進めていく。

 

「学力や、日々の生活態度、部活動での貢献、色々と評価項目はあるようだが、間違いないだろう。十万の小遣いを何の成果をあげていない学生に与える太っ腹な学校ではないということだ」

 

「まて、質問がある」

 

「確か幸村だったか? すまないが茶柱先生が来る前に話を共有したい、後にしろ」

 

 長々と説明するつもりはない、この師匠モードは何故か疲れる。

 

「それぞれ日々の生活態度や授業態度を思い出してほしい。同時に、それぞれの頭の中に絵に描いたような優等生を思い浮かべろ……お前たちがポイントを支払う側であればどちらに多くのポイントを渡す?」

 

 ただでさえ静まり返っていた教室が更に静まる。今だけは静謐とさえ言っても良い。

 

「つまりはそういうことだ。この学校は生徒を甘やかすだけの場所ではない……提示できる証拠は何もないので見せろと言われても困るが、一つだけ教えておこう」

 

 そこで俺は教室に設置されていた監視カメラを指差す。

 

「あれは監視カメラだ、この教室だけでなく学校中に設置されていた。さすがにトイレや更衣室には無かったが、かなりの数があるので生徒たちの素行を見張ることくらいはできるだろう」

 

 三十九人分の瞳が監視カメラに向かう。大半の者がカメラがあるとは知らなかったのか驚いた表情を見せる。

 

「我々は監視されている。日々の生活や態度……授業中の行動もな。あれだけ騒ぎまくって何故教師たちはそれを注意しないのか、理由としては来月になれば現実を思い知ることになるので、その必要がないと言った所だろう」

 

 また何か言いたそうな眼鏡男子の幸村を視線で抑え込むと同時に、廊下に茶柱先生の姿を発見した。そして教室の扉が開かれる。

 

「SHRを始めるぞ、全員席に座れ」

 

「答え合わせは来月だ、各々健闘を祈る」

 

 茶柱先生の登場と同時に俺は師匠モードを止めて体の緊張を緩め、そのまま自分の席に戻っていく。

 

「あの、先生、よろしいでしょうか?」

 

「幸村か、なんだ?」

 

「たった今、笹凪からポイント関連の話をされていました……来月のポイントが変動するかもしれないと、事実ですか?」

 

 茶柱先生は唇を僅かに緩めるだけだ。どこか挑発しているようにも見える表情であった。

 

「それに関しては答えることはできない、以上だ」

 

「先生、僕からも質問があります」

 

「今度は平田か、なんだ?」

 

「仮にポイントが減るとして、どのような審査項目があるんでしょうか?」

 

「それに関しては答えることができない、以上だ」

 

 ますます茶柱先生の笑みが深まる、あそこまで行くといっそ邪悪ですらあった。美人だけどあの人怖いよな。

 

 教室は再びザワザワと騒がしくなっていき、誰もが困惑と驚きで視線を彷徨わせている。高円寺はこんな時でも堂々としているが、さすがに机の上に足は乗せなくなった。

 

「……面倒見がいいのね」

 

 右後方からそんな呟きが届く。

 

「誠実でありたいとは思っているよ」

 

 返答はそんな感じで良いだろう。

 

 だがこれでクラスの雰囲気は大きく変わる筈だ。堀北さんもそうだったが引っ掛かりを一つ見つければそこから次々と疑問が湧き出てくるのだから。

 

 授業態度も改善するだろう。ここまで言って聞かないようならば俺ではどうすることもできない。

 

 皆も真面目に授業を受けるに違いない。きっと、間違いなく、たぶん。

 

 

 

 

 須藤が船を漕ぎ始めたのはさすがに嘘だよな? 池や山内なんかも眠たそうにしているけど、嘘だよな?

 

 いや、頑張ってる、頑張って耐えてる。私語もしてないし教科書も開いてる、後は眠気に抗うだけだ。

 

 あともうちょっとだから、舟をこぐな、授業が終われば幾らでも寝れるから。

 

 あッ、須藤が落ちた、嘘だろお前。

 

 頑張ってはいたが、どこかまだ危機感が足りていなかったらしい。これはもう駄目っぽいな。

 

 来月はどれだけポイントが残るだろうか? 答え合わせが今から楽しみであり恐ろしくもあった。

 

 もう何も言うまい、言葉では危機感を持てないのならば、現実を知らせるしかないだろう。

 

 五月一日が待ち遠しい。良くも悪くもそこからこの学校での生活が大きく変わるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きて、学校から与えられた携帯端末の画面を確認すると、そこには45000ポイントが振り込まれていた。

 

 よく残ったと言うべきか、これだけしか残らなかったと嘆くべきか、四月前半のクラスの様子を見るに前者と考えるべきだろう。

 

 後半になるとある程度は女子も男子も生活態度を改めていたので減点は最小限に抑えられたはずではあるが、それでも半信半疑ではあっただろうし、危機感が足りずに須藤などは居眠りや遅刻をしていた。

 

 そう考えると上出来な数字だろう。ポイントが減ったことで言葉以上の危機感を抱ける筈なので、これはこれで良かったのかもしれない。程よい数字とも言える。

 

 これがゼロだと絶望感がとんでもないことになっただろう。不平不満が爆発することなど簡単に想像できてしまう。

 

「やぁ綾小路、おはよう」

 

「あぁ、おはよう」

 

 寮を出て学校に向かう最中に見慣れた姿を発見して声をかける。

 

「ポイントどうだった?」

 

「45000ポイントが振り込まれていた。笹凪の推測通りだったな」

 

「少ないと思う? 多いと思う?」

 

「……多い、と思う」

 

「四月前半の状況が状況だし、スタートダッシュで盛大に躓いた感じがあるよな」

 

「それでもこれだけのポイントは学生にとっては大金だろ」

 

「確かに、高校生の小遣いって考えれば上出来か」

 

 裕福だよね、半分以上吹っ飛んだけど、それでも大金だ。

 

「これからどうなるんだろうなぁ」

 

「楽しそうだな」

 

「そりゃ楽しいさ。困難も試練も楽しめって師匠も言ってたし、何も起こらないまま惰性で生きていくなんて退屈だって」

 

「そういうもんか」

 

「退屈よりは楽しい方が良い、お金も無いよりはあった方が良い、友人だって少ないより多い方が良い、何もかもが足りないよりもずっとな」

 

 綾小路と教室に入ると多くの視線を集めた。彼はそんな視線から逃げるようにそさくさと自分の席に行ってしまう。

 

「笹凪くん!! ポイントのことなんだけど、やっぱり減っちゃってたみたいだね」

 

「みたいだね。櫛田さんも45000だったかい?」

 

「うん、私だけじゃなくてクラスの皆、同じ額だったみたい」

 

「そうか、だとしたら個人単位じゃなくてクラス単位でのポイント支給ってことなんだろうね」

 

「笹凪くん、それもわかっていたのかい?」

 

 平田も話に加わって来る。

 

「あの場では断言ができなかった。個人でのポイント支給も十分にありえたからな」

 

 嘘ではない、提示できる証拠が何もなかったので断言ができなかっただけだ。何を言ってもあの場では妄想でしかなかった。確信はあっても証拠がない。

 

「もっと詳しく情報収集をして細かく話せればよかったんだけどな、そこはすまないと思っている」

 

「ううん、笹凪くんの忠告がなければ、確実にポイントは減っていたと思う。感謝こそしても批判なんて誰もしないさ」

 

「そうそう、めっちゃ助かったよ、ありがとね」

 

 平田と軽井沢がそう言えば取り巻きである女子たちもウンウンと頷いてくれる。さすがにもっと早く注意しろよと理不尽な怒りを向けて来る者はいないらしい。

 

「まぁ、この後に茶柱先生が色々と説明してくれるだろから、それを待とうか」

 

「うん、今なら先生も答えてくれるはずだ」

 

 平田は色々と茶柱先生に質問していたが、全て「それは答えられない」で撃退されてしまっていたので、質問が山ほどあるのだろう。

 

 じれったさに支配された教室は奇妙な興奮と困惑に支配されており、それを唯一解決できるであろう茶柱先生の登場を全員が今か今かと待っていた。

 

「一つ聞きたいことがあるのだけど」

 

「なんだい、堀北さん?」

 

 席に座るとすぐに堀北さんが声をかけてくる。振り返ってみると彼女にしては珍しい困惑や焦りのようなものが見て取れた。

 

「ポイントのことよ……貴方、個人ではなくクラス単位での評価だと知っていたの?」

 

 そう言えば堀北さんは個人の評価で決まると考えていたんだっけ。

 

「予想はしてた、だからクラス全体に話したんだけど、断言できる材料がなかった、かな」

 

「……」

 

 彼女だって少し考えればその可能性に行き着くことは決して難しくはなかった筈だが、極まった個人主義が思考を狭めていたらしい。

 

「茶柱先生を待とうよ、ようやく説明してくれるだろうからさ」

 

「……そうね」

 

 きっと五月一日の段階で箝口令は消滅するんだろう。さぞ軽快に口を滑らせてくれる筈だ。

 

 教室の扉が開きスーツ姿の美人が教壇に立つと、全員の視線がそこに集中する。

 

「これより、朝のホームルームを始めるが……質問のある者は挙手しろ、今なら答えてやるぞ」

 

 ここ最近は生徒からの質問の全てを「答えることができない」で拒絶してきた茶柱先生の態度は軟化している。ようやくだ。

 

「茶柱先生、ポイントに関してですが……笹凪くんの言っていたように、生徒の評価によって変動するということでしょうか?」

 

「その通りだ平田、このクラスには諸々の減点があって45000ポイントが振り込まれている」

 

「……どのように減点されているのでしょうか?」

 

「お前たちはもうそれを理解しているだろう。遅刻、欠席、私語にスマホ弄り、居眠り、日々の授業態度、いくらでも思い当たる筈だ」

 

 ニヤニヤと笑みを深める茶柱先生はとても邪悪に見える。美人だけど本当に残念な感じだ。

 

「遅刻はするな、私語はするな、授業はまともに受けろ。お前たちは小学校や中学校でそう言われてきただろう。当然ながらこの高校でもその当たり前を求めていくぞ……そしてその当たり前をわざわざ注意したりもせん。できて当たり前のことなんだからな。それでポイントが減ったのならばそれは全てお前たちの自己責任だろう」

 

「最初から言ってくれれば僕たちは真面目に授業を受けていました」

 

「どうだかな、その当たり前ができていないから、お前たちのポイントは減らされたんだ……そもそも、なぜ注意しなければならない」

 

「何故って、それは……」

 

「ここは高校だぞ? 義務教育の場ではない。それともお前たちはもう一度小学校や中学校で教わったことを、この場所でも教わりたいのか?」

 

「……」

 

 平田は黙ってしまった。うん、言葉キツイよな。

 

 そこで俺は代わりとばかりに手を上げる。

 

「笹凪か、なんだ?」

 

「本題に入ってください。ポイントがどう減るか、どうしてや何故を今更問いかけても意味はないでしょう。これからの話と目標を提示して貰いたいです」

 

 茶柱先生の笑みがますます深まる。個人的にはもっと穏やかに笑った顔を見せて欲しい。

 

「良いだろう、まずはこれを見ろ」

 

 黒板に張り付けられた紙にはクラスと評価が書かれている。Aクラスは940、Bクラスは650、Cクラスは490、Dクラスは450となっている。

 

「これらが各クラスの評価、そしてこの数字を百倍にしたものがお前たちに支給されるポイントになる。一応言っておくが、評価に関しては全て平等に行われており不正は一切ない」

 

 教室がザワついた。ここまで大きな差が開いていることに衝撃を受けたのだろう。

 

「どうして、ここまでポイントに差が生じているんでしょうか?」

 

 平田の疑問に茶柱先生が答える。

 

「この学校では優秀な生徒の順にクラスが振り分けられるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスであり、その逆はつまりはⅮクラスと、な。大手集団塾でもあるようなシステムなのでわかりやすいだろう……つまりお前たちは新入生で最も評価の低い不良品ということだ」

 

「ッ!!」

 

 右後方付近から強い苛立ちの気配を感じ取る。今の茶柱先生の発言に納得できなかったのだろう。

 

「だが感心もしたぞ、このシステムに気が付いて態度を改めることができたんだからな。毎年のようにお前たちは不良品で、どうしようもない集団だと伝えるつもりではあったが、及第点くらいはくれてやろう」

 

 馬鹿にするような、しかし本当に感心しているような、そんな顔で茶柱先生は俺たちを見つめて来る。

 

「それと数値は単純にお前たちに支給されるポイントを表しているだけではなく、そのままクラスのランク分けも表している」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「この数値が現時点で他のクラスを超えていたならば、例えばCクラスの490を超えていた場合、お前たちは今日からCクラスだった訳だな」

 

「それに何の意味があるんでしょうか?」

 

 平田がクラスメイトを代表するようにそう質問すると、茶柱先生はこう返す。

 

「お前たちの中には将来希望とする進路や目標の為にこの高校に来た者もいるだろう。進学、就職率、百パーセントといった甘い言葉に寄せられてな……だが、その恩恵を受けられるのはAクラスで卒業した者のみだ」

 

 また教室がザワつき、受け入れられないとばかりに声を荒げる者もいた。そう言えばそんな話もあったなと俺は思い出す。

 

 そもそも師匠に勧められて、というか放り込まれるようにここに来たので、将来の目標だったり夢を持っていない。そんな俺はこの中では異端なのだろうか?

 

 師匠曰く憧れだけでは未熟者、恋を知って半人前、夢を見つけてようやく一人前って言ってたかな。

 

 どれか一つだけでは未熟な人間にしかならない。三つ揃えて努力すれば無敵になれるとかなんとか。

 

 憧れは既にある。師匠だ。

 

 けれど残りの二つを知らない、だからお前には高校生活が必要なんだと言われたから入学したんだよな。

 

 この学園で残りの二つが見つかり、俺が本当の意味で一人前の人間になれるかどうかはわからないけど、探すつもりではある。

 

 憧れだけでは師匠に追いつくことはできないからだ。

 

 茶柱先生がこの前にやったテストの結果を張りだして、赤点組に盛大に危機感を押し付けているのを眺めながらこれからのことを考える。

 

 一先ずの目標として、赤点組の救助を行うとしよう。

 

 師匠曰く、友人は大切。

 

 

 

 

 

 

 

 

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