特別試験、通称ペーパーシャッフルが行われることが告知されて暫く、俺はクラスを代表して職員室に来ていた。
この試験では自分たちが作った問題で他クラスをぶん殴ると言う試験なので、指名先が被ることはどうしてもある。そして職員室に呼び出されたということはそういうことなのだろう。
「葛城、どうやらAクラスも龍園クラスを指名したみたいだね」
「当然だ。入学当初はBクラスだった一之瀬たちの総合力は未だに高い。他に選択肢が無かったからな」
「おや、それなら俺たちも候補に入るんじゃないかな? 今でこそBクラスまで上がったけど、前にも言ったようにまだまだ実力不足は否めないしね」
「かもしれん。しかしそちらのクラスは学業優秀者が多いことも把握している。中間テストの結果はこちらでも確認したが、お前と堀北は全教科満点を取っていたしな。警戒するには十分だろう」
「だから龍園クラスか、まぁこっちも似たようなもんさ。さすがに君や一之瀬さんにテストで挑むのは難しいって判断だよ」
「だろうな」
そんな会話をしていると今度は職員室に一之瀬さんが入って来る。おそらく似たような用件で呼び出されたのだろう。彼女のクラスも龍園クラスを指名したらしい。大人気じゃないか彼は。
一之瀬さんクラスは総合的に見てそこまでAクラスとの差がないと思っていたので、もしかしたら強気にAクラスを指名するかとも思っていたが、一連の特別試験であまり結果が得られなかったので、ここは堅実に動いたのかもしれない。
「あ、笹凪くん、それに葛城くんも、やっぱり指名が被っちゃったのかな?」
「そうみたいだね、一之瀬さん」
「考えることはどこも同じか」
「だね、くじ引きで決まっちゃうだろうけど、恨みっこ無しだからね」
こればかりは運頼みになる。ならば俺の出番だ。
「揃ったな。ではこれよりクジ引きを行う、誰から行く?」
三人が揃ったことで真嶋先生が箱の中に入ったクジをこちらに提示してきたので、それを見て俺たちはどうするかと視線を交わらせた。
「反対意見が無いのなら俺から行かせて貰っても構わないかい?」
「どのタイミングで引こうと確率は変わらん。こちらはそれで構わない」
「うん、私もそれで良いよ」
「それじゃあ遠慮なく」
三つあるクジの一つを気負うことなく手に取って中を確認する。あの占い師が言うには俺は一生で使いきれないほどの幸運を持つらしいので、上手く行くことを願っていると、どうやら良い結果を掴み取れたらしい。
「どうやら俺が当たりのようだ」
「あちゃ~、最初に持っていかれちゃったかぁ」
「ふふ、ごめんね一之瀬さん、葛城。どうやら運が良かったらしい」
「こればかりは、どうしようもないだろう」
事実は事実として受け止める葛城と一之瀬さんは、龍園が俺たちのクラスを指名しているので、直接対決をすることになるのだろう。
そんなやりとりが職員室で行われた数日後、俺たちはペーパーシャッフルでのペアを決める為の小テストの返却が行われるのだった。
「良かった。想定通りだったみたいだね」
小テストが行われる前にクラスメイトたちは色々と情報収集に走っていたのだ。部活に所属している者たちなどは先輩から話を聞いたり、教師たちに質問して少ないヒントを集めたりだ。
その結果として、小テストの結果によってペアが決まると判断したのだ。成績上位者と下位者による組み合わせという法則があるとしてテストに挑み、その考えが間違っていなかったことが今日証明された。
「わかってはいたことだけど、こうして推測が正しかったと証明されると、やはり安心するわね」
鈴音さんも須藤と組むことが決まって一安心している。成績上位者同士でペアを組むことだけは避けたかったからな。
俺は誰がペアになるのかと黒板に張り出された用紙を眺めていると、どうやら佐倉さんが相手となるらしい。
「佐倉さん、よろしくね」
「よ、よ、宜しくお願いします……あの、その、迷惑をかけちゃうかもしれないけど」
「あぁ、あんまり気にしないで、その為のペアだから……ふふ、それとも、清隆と組みたかったのかな?」
「ッ!?」
わかりやすく動揺する佐倉さんを見るのは面白くはあった。勉強会でのグループ分けで清隆と同じ組に振り分けられているので、そこで満足して欲しい。
「そっちのグループでの勉強会はどうかな? 上手くやれそうかい?」
クラスに馴染めていない面子を集めた印象であったが、佐倉さんの反応を見る限りは上手く進めていて、長谷部さんも三宅も集中力や学力が壊滅的という訳ではないので問題はないらしい。
講師役の幸村を清隆が補佐する形で進んでいるようだ。佐倉さんも何とか付いていけているとのこと。
「さ、最初は緊張したけど……うん、大丈夫」
「そうか、良かった。何か困ったことがあったら清隆に頼ると良いよ」
「う、うん……」
問題なく進んでいるようならば何も言うべきことはない。早めに勉強会を開催できて滞りなく動いているのならば良い傾向なのだろう。早めに形になったのは結果にも繋がる筈だ。
俺のペアも決まったのでいよいよ試験に本腰入れないとな。退学者が出ないような配慮ある問題作りもそうだが、俺自身もテストにしっかりと向き合わないと。
とりあえず満点は取るつもりではあるけど、ひねくれた問題が出て来るともしかしたらと考えられる。
それに考えなければならないことがもう一つある。それは友人への誕生日プレゼントであった。とある筋から入手した情報では龍園の誕生日が迫っているらしい。しかも清隆の誕生日もだ。
ここ最近、清隆はやけにソワソワして俺をチラ見してくるのだ。そんな顔をされると用意しない訳にもいかないので、誕生日プレゼントはしっかりと考えなければならない。
やれやれ可愛い奴だと思いながらも、なんだかんだと気合を入れてしまう俺はもしかしたらチョロい男なのかもしれない。
友人への誕生日プレゼントに何を贈るべきか考える。これはこれでとても高校生らしいじゃないか。うん、凄く良いと思う。
龍園にはキーホルダーサイズの仏像の詰め合わせで問題ないだろう。彼はそれくらい雑な扱いで大丈夫、問題なのは清隆である。
あの世間知らずで常識の欠けた所のある清隆だ、何を貰って喜ぶのか謎であった。
ここは龍園とお揃いの仏像のキーホルダーの詰め合わせだろうか? 毎日色違いの仏像をスマホに着けてくれるだろうか? いやいやありえないだろう。
「そんな訳でね、俺は悩んでいるんだ」
放課後、今日は平田グループの勉強会に顔を出してマンネリ防止に励んでいる。ある程度、勉強も進んで日が暮れて来た頃、そろそろお開きといったタイミングで俺はクラスメイトたちにそう質問していた。
興味を示してくれたのは平田と軽井沢さん、そして松下さんである。佐藤さんがいれば同じように興味を向けてくれたかもしれないが、彼女は堀北さんグループに振り分けられているのでここにはいない。
勉強会を開いていた図書室の一角、椅子に腰かけて深刻な様子でそう伝えると、三人は悩んでくれた。
「綾小路くんへの誕生日プレゼントかぁ、確かにちょっと想像ができないかもしれないね」
「そうなんだ平田。彼にわかりやすい趣味なんかあれば良いんだが……どうにも想像できない」
そんなことを言うと平田は頬を掻いて僅かに笑って見せる、けれどここで一緒に悩んでくれるのが彼の長所だと思う。良い男だ。
「洋介くんと天武くんの言いたいこともわかるなぁ、アイツって何が好きなんだろ?」
ここ最近、名前呼びになった軽井沢さんも同じように首を傾ける。
「因みに笹凪くんは、今は何を贈ろうって考えてるの?」
俺の中では出来る女枠の松下さんは話を次に進めてくれた。
「これといった趣味もない、興味も薄い、そんな男子高校生への贈り物なんだから、ここはやはりカップラーメンの詰め合わせがベストかなって」
食べれば邪魔にならない、非常食にもなる、それに旨い。俺は誕生日プレゼントにこれが貰えればとても満足できるのだけど。
「あぁ~……う~ん」
「松下さん的にはどう?」
「男子が相手だし、甘く採点して50点かなぁ」
「女の子相手なら0点だけどね」
軽井沢さん的にも無しなチョイスらしい。俺は貰うと嬉しいんだけどなぁ。
「平田、どうやら男子と女子の間には埋められない価値観の差があるらしい」
「あはは、僕はそれでも十分満足できるけど、確かに誕生日プレゼントって感じはしないかもね」
「えぇ~、男子ってそんなんで良いの? どう思う松下さん?」
「笹凪くんが言うように、男子と女子の価値観は違うんだろうね」
女子二人からは赤点を貰ってしまったらしい。カップラーメンの詰め合わせ、良いと思うんだけどな。
「まぁ男子同士なんだからそれでも良いのかもしれないけど、女子相手だと絶対に0点だから、そこは忘れない方が良いかな」
最終的には軽井沢さんに強引にそう締めくくられてしまう。ダメ出しだけされる相談となってしまった。
龍園が相手ならミニチュアサイズの仏像で良いんだけどなぁ。カップラーメンの詰め合わせは誕生日らしくないと言うことらしい。
「そんな訳なんだが、清隆はどう思う?」
「それを本人に訊くのはどうなんだ?」
学生寮に帰って来てすぐに清隆の部屋に訪れる。そして問いかけたのはどんな誕生日プレゼントが良いかという質問である。
わからないならグダグダ悩んでいないで本人に訊けばいいという、とてもシンプルな考えのもと、こうして部屋を訪れた訳である。
「いやさ、カップラーメンの詰め合わせはクラスメイトからダメ出しされてしまったんだ」
「オレはそれでも嬉しいけどな、実に無駄のない贈り物だ」
「だよな、アクセサリーとかよりもずっと嬉しいよな」
「あぁ、女子の考えはよくわからない」
同意するように頷くと、清隆も同じようにコクコクと頷く。たぶんこんな感じだから俺たちは女子からダメ出しされてしまうんだろうな。
「まぁ問題無いようならカップラーメンの詰め合わせを贈るとしよう。松下さんと軽井沢さんが言うにはそれだと50点らしいから、一緒にハムとソーセージの詰め合わせと万年筆も付けようじゃないか」
「おぉ、100点満点だ」
清隆の反応も悪くない。凝った物よりもそういった物の方がずっと良いと思うのは、やはり男子だからなのだろうか?
「まぁ女子が相手だとそうも行かないんだろうね」
「そういうものなのか?」
「たぶん、誕生日にカップラーメンの詰め合わせなんて贈ったら、とても怒られると思う」
「男女の価値観の違いと言う奴か……気を付けないとな」
「ほほう、気を付けるような相手がいるのかい? やはりペアになった佐藤さんかな? それとも佐倉さんかい?」
「もしもの話だ。現状でそんな相手はいない」
「未来のことなんて誰にもわからないさ。試しに誰かと交際してみるのも良いんじゃないかな。高校生っぽいじゃないか」
「ふむ、まぁそういった方面も学習しておく方が良いかもしれないが……」
学習ね、彼らしい言葉だと思う。
「だが、面倒事も多くなるだろう。ホワイトルーム関連のごたごたに巻き込む可能性がある。弱点はあまり作りたくない」
「そんなの俺に任せればいいじゃないか……ちょっと行って全部壊してくるよ、戦車とかは出てこないんだろう?」
「色々なリスクも付きまとうからそれは最終手段だ……というか、戦車が出てこなければどうにでも出来るのか、いよいよ人間を辞めてるな」
「まさか、俺はまだ人類だ。師匠に比べれば未熟者だよ」
なるほど、清隆もそういった展開も想定はしているらしい……やる気が出て来るね。
その選択肢は様々なリスクが付きまとうと彼は言うが、法も権力も圧倒的な暴力を前にすれば無意味で儚いものだ。ホワイトルームの運営がどれだけの権力を振るえるのか定かではないが、全部ぶん殴ればそれで解決すると思う。
物騒な算段を頭の中で考えているが今はどうでも良いか。せっかくなので夕飯の担当を賭けてチェスで勝負しながら作戦会議と情報交換をすることになる。清隆の部屋でやる事と言えばこれしかない。
「勉強会はどんな感じだい? 佐倉さんから聞いた感じだと大きな問題もないようだけど」
「あぁ、幸村が上手く調整している。補佐も必要ないくらいだ」
「そりゃ良かった。まぁそのグループの面子は別に授業態度が悪かったり、やる気がない人たちでもないからね」
そこは安心だ。赤点組が多く問題児ばかりの鈴音さんグループが一番苦労するかもしれない。
「櫛田はどうだ?」
「こっちも大きな問題はないかな、一緒にダミーのテストを作ってる最中だよ……あ、そうだ、なんか龍園が君のことを探ろうとしていたようだけど」
「そう言えばメールが来ていたな」
チェスの駒を動かしながら懐から取り出したスマホに送られてきたメールを彼は俺に見せて来る。そこには「お前は誰だ」と書かれた短い文章があった。
「彼は頭の良い男だ、思考力も推理力もある。そして手段を選ばない性格でもあるな……問題はないのかい?」
「だからこそだ……櫛田の件もある、そろそろしっかりと釘を刺して心を折っておきたい」
「敢えて食いつかせるってことか」
「そうだ」
「彼は君だけでなく俺も警戒している筈だ。想定以上の戦力を出してくることもありえると思うけど」
「何も問題はないだろう」
「その心は?」
「龍園が考える想定や予測の限界は、結局は自分の常識と経験と手元で揃えられる武器程度のものでしかない。こちらとは想定の領域や覚悟がそもそも異なる……例えばだが、天武は荒事を行うとしてどんな想定をする?」
「戦車があるか否か、かな。そこが一つのラインになると思う。無いのならGO、あるのなら準備と覚悟を整えた上でGOだ」
「...龍園は、せいぜい人数と武器の有無、或いはお前から見れば誤差程度の人間基準での強弱だ。これから荒事をするにしても当たり前のことだが、戦車がどうのなんてことは最初から考えもしない。そこが龍園の限界で実力の最大値だ」
まるで俺の考えがおかしいみたいな言い方に聞こえるんだけど、勘違いかな?
「そもそも、龍園とお前とでは荒事や脅威に対する考えに決定的な違いがあるぞ。高校生が考える暴力と、ゴリラが考える暴力は異なるんだ……そんな状態で得意な暴力を振るっても意味はない」
「そういうもんかな」
「あぁ、どれだけ龍園が暴力的な男だろうが、どこまで行っても高校生の範疇を超えることはない……プロの格闘家であっても銃には勝てないように、お前やオレには勝てない」
「強気だね」
「事実だからな」
「龍園の脅威はどこまで行っても高校生でしかないってことか……言われてみれば納得だな。武器を用意するにしてもバットとか角材とか刃物くらいだろうし、数を揃えるにしたってせいぜい1クラスが限度か、そう考えると確かに龍園というか、この学校の生徒が振るえる実力の限界がわかるね」
もしこれが龍園でなく、つまりは高校生で無ければもっと警戒が必要だろう。それこそ銃とか爆薬とかを平然と使ってくるような連中も世の中にはいるのだから。
けれどこの学園にいる高校生はそこまでの手段を行使することはできない。だから清隆はそれが龍園の限界であり実力の最大値としている。だからこそ問題ないと判断したのだろう。その程度ならば脅威にならないとして。
可哀想に龍園、君が探して正体を掴もうとしている男は、だいぶ思考がゴリラ寄りだぞ。彼は今、負けるような相手でもないんだから殴って黙らせれば良いと雑に結論を出したのだから。
「ある程度、場とタイミングを整えたら処理しよう」
「ん、具体的には?」
「相手の出方次第になる」
「わかったよ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変にって奴だな」
「行き当たりばったりって訳じゃないんだが、まぁそんな感じだ。あの男の性格的に正面から堂々とはいかないだろうから、オレやお前の弱みになる人物を巻き込む筈だ」
「警戒を厳に、だね」
「ようやくクラスが纏まってきたんだ。つまらない罅を入れる訳にもいかない、いつでも動けるように準備だけ頼む」
「あぁ、色々なパターンを想定しておく。龍園だって馬鹿じゃないんだ、面倒な状況になる可能性も十分にある」
「かもしれないな。だが、得意の暴力が通じない相手にはとことん弱くなる……ならば殴って黙らせれば良いだろう」
「前から思ってたけど、清隆って割とゴリラだよね」
「なん……だと?」
清隆が動かそうとしていたチェスの駒が指先から零れ落ちて、床に転がっていった。
その日の夜はこうして更けていくことになる。色々と話し合ったけど、出した結論がぶん殴って黙らせるなんだから、やっぱり清隆もゴリラなんだと思ってしまう時間であった。