どうやら鈴音さんと櫛田さんが次の特別試験で決闘することになったらしい。
いやいや何でそうなったんだって聞いた時は動揺したのだが、彼女曰くそう持っていくことしかできなかったそうだ。
鈴音さんが勝利すれば櫛田さんはもう妨害や裏切りはしない、逆に櫛田さんが勝てば鈴音さんとどうした訳か清隆が退学することになるらしい。単純な口約束ではなく、第三者である堀北先輩を巻き込んでこの戦いを認められたのだから、両者の本気がよくわかってしまう。
もしかしたら、この提案は櫛田さんにとっては渡りに船だったのだろうか? よっぽど都合の良い展開やルールで無ければそもそも個人をピンポイントで退学させるのは難しいのだから、今回の決闘はとてもシンプルである。それこそ龍園と協力している関係上、テスト問題を得ることも難しくはないのだから。
勝てれば確執のある相手を退学にできる。ごちゃごちゃと考えながら特別試験で暗躍するよりはずっと簡単な展開であった。
そして負けた所で櫛田さんに失うものはないのだ。一時的に身動きが取れなくなるかもしれないが、退学する訳でもなければ賠償を払う訳でもない、頃合いになればまた動き出せば良い。何のデメリットもない。
だからこの決闘は成立することになる。言ってしまえば鈴音さんだけがリスクを負っているだけなのだから、こんなに都合の良い展開もないだろう。
「大丈夫なんだね?」
「えぇ、何も問題はない」
「櫛田さんはもしかしたら龍園からテスト問題を入手するかもしれないけど?」
「だから何だと言うのよ、それを踏み砕いて私は勝利するわ」
「自信があるのなら構わない。俺から言うべきことは頑張れって言葉だけだ」
授業も終わって放課後、人気が無くなった教室で鈴音さんと櫛田さんの決闘の話を聞かされて、色々と言いたいこともあったのだが、俺は全てを呑みこんで鈴音さんにそう返す。
「違うでしょう?」
「え?」
しかし鈴音さんは俺の激励を否定してしまう。どうやら欲しかった言葉ではないらしい。
「貴方は、私を褒めるべきだと思うのよ」
そして彼女は僅かに顔を赤くしてそんなことを言ってくるのだ。どうやらそろそろお兄さん風に褒めて欲しい欲求が限界まで来ているのだろう。
「わかったよ、確かに頑張った人は褒められるべきだ。やると決めたのならしっかり勝ってきてほしい、そしたら俺も君を褒めよう」
「えぇ、それで良いのよ」
満足そうに頷く彼女は、緩みそうになっている唇をモニュモニュと動かして何とか表情を怜悧に取り繕うとしているのだが、バレバレである。
四月頃のハリネズミモードの堀北さんが懐かしいな、今ではブラコンって印象しか持てないや。良い事なんだろうけどさ。
「勉強会もあるんだ、自分の勉強時間もちゃんと確保できるのかい?」
「何も問題ないわね。前にも言ったけど、最近はとても調子が良いのよ。スラスラと頭の中に入って来ると言うのかしら、今までの勉強がなんだか非効率だったと思えるほどにね」
師匠モードの影響だろうな。深まった集中が色々と良い影響を与えているらしい。俺にも同じ経験があるのでよくわかる。
「よし、ならそのまま油断せずに試験に挑もう」
「そうね、褒めてくれるっていう約束、忘れないで頂戴」
「あぁ、任せてくれ」
そう伝えると彼女はクスリと笑って鞄に手をかけると、放課後の勉強会が行われる図書室に向かうのだった。
「しかし退学か、清隆まで巻き込まれるなんてな」
鈴音さんと俺の会話を黙って聞いていた清隆も、同じように鞄を肩にかけて教室の椅子から立ち上がった。
「仕方がないことだった……避けたくはあったが、櫛田も馬鹿ではない」
「それで巻き込まれちゃった訳か、対策は?」
「今の堀北ならば問題ないだろうが、一応の保険はかけておくつもりだ」
「ん、なら問題はないか」
清隆がそう言うのだから、既に対策は考えているのだろう。そもそも鈴音さんが小細工を踏み砕いて勝利する可能性も十分高い。だから万が一の保険であった。
俺と清隆は並んで教室を出て廊下を歩きだす。今回は幸村グループに顔を出してマンネリ防止に努めることになっているので、このままカフェで勉強会となるだろう。
それに幸村にはテスト問題製作でアドバイスも貰いたかったので、丁度いいとも言えた。
二人でこのまま校舎を出ることになるのだが、その前に俺たちに声をかけてきた人物がいた。軽井沢さんである。
「あれ、二人とも今から帰るの?」
「やぁ軽井沢さん」
「天武くんは今日はこっちのグループだっけ?」
「いや、今日は幸村グループだよ」
どうやら彼女はこれから図書室で平田グループの勉強会に参加するらしい。
「そっか、あっちか、確か清隆も同じグループだよね?」
「あぁ」
「ふ~ん、あんまり足引っ張んないようにね」
「どういう意味だ?」
「え、だってアンタも赤点組じゃない」
この前のテストでは平均で70点超えだったので、そんなことはないと思うのだが、軽井沢さんの認識ではまだそんな印象であるらしい。
「軽井沢さん、実は清隆って凄く頭が良いんだよ」
凄く頭が良いというか、おそらく人類屈指のレベルなんだろうけどね。
そう考えるとホワイトルームって凄いな。清隆一人を生み出すのにどれだけの屍が積み上がったのかは知らないけど。
「へぇ~、なんか意外かも。悪だくみしてニヤニヤしてるような印象しかないや。後、セクハラ大魔王だし」
「セ、セクハラ大魔王……」
ちょっとだけ清隆がショックを受けたような顔をしている。諦めろ、黒幕役の宿命みたいなもんだ。
「だってそうじゃん、あんな失礼なこと言われたんだからッ」
船上試験の時、軽井沢さんは清隆からとんでもなく失礼な扱いを受けたらしく、その時の怒りが再燃したのかプンプンと怒りだす。
「落ち着け軽井沢。怒ってないで勉強会に合流しろ、遅れてしまうぞ」
「天武くん、こいつ絶対反省してない!! デコピンッ、もう一回デコピン!!」
「おい止めろ馬鹿ッ、次は首が折れるかもしれないだろう!!」
珍しく清隆が声を荒げて動揺している。そこまで俺のデコピンは恐ろしいものになっているのだろうか?
「はいはい、二人とも落ち着いて。清隆もしっかり反省しているみたいだから、ここは大らかな心で許してあげて欲しい」
俺がそう伝えると軽井沢さんは疑わしそうな目で清隆を見つめる。不信は深い様だ。
「そうだろ清隆?」
「もちろんだ、俺ほど反省している人類はいない」
なんか調子の良いこと言い出したな。軽井沢さんの視線はとても怪訝な感じになっている。
「まぁ、私を守ってくれるんなら何でも良いんだけどね。そこだけは絶対に忘れないでよね?」
「わかっている」
「なんか言葉が軽い、嘘くさい、誠意が足りない」
「……」
こら清隆、そこで「面倒な奴」だって顔をするんじゃない。そういうのはわかっちゃうものだから。
軽井沢さんは無言で自分の指をデコピンの形にした。そして清隆はわかりやすく動揺する。
「私を守る、忘れてないよね?」
「あぁ、わかってる。オレも天武も忘れてはいない」
「天武くんも、当然忘れてないよね?」
「一日たりとも忘れたことはないさ」
それでも軽井沢さんは疑わしそうな視線や表情を消してはくれない。悲しい事だね。
「改めて誓おうか?」
「え? どういうこと?」
「信用できないのなら、言葉にして誓おうかって話だよ」
「そんなの、口だけならなんとでも言えるし……」
不安なのだろうな。彼女の過去を考えれば人間関係に慎重になるのは当然で、不信感に満たされることもまた自然なことであった。
けれどそれでは困る。彼女は女子チームのリーダーであり、その影響力は大きい。やる気は維持して貰いたいのだ。
「ん、そんなことはない。確かに軽井沢さんからしてみれば何の保証にもならないのかもしれないが、俺は一度結んだ誓いを破るほど不誠実な生き方はしたことはないよ。そして達成できない言葉も口にはしないさ」
そんなカッコ悪い生き方をすれば、きっと俺は師匠に殴られて首から上が吹っ飛ぶ。
「だから改めて誓おう、俺は君を守ることに己の矜持の全てを注ぐと。この言葉は約束ではなく誓約だ、決して軽く扱うことはない」
嘘偽りなくそう伝えると、軽井沢さんはようやく疑わしそうな視線を消してくれた。
「はぁ、アンタもこれくらい言えたら良いのにね」
「無理だ。天武と同じにするな」
「清隆は言葉よりも結果で語るタイプってことさ……ん、軽々しい言葉よりもその方が良いかもしれないね」
もし軽井沢さんが危機に陥ったら何を置いても優先して守るとしよう。大丈夫、戦車が出て来ても絶対に守るから安心して欲しい。
「最近は龍園の動きも活発だ。軽井沢さんも十分気を付けて欲しい。もし何かあれば俺か清隆にすぐ連絡だ」
「うん、わかった。セクハラ大魔王はともかく天武くんは頼りになりそうだしね」
どうやら清隆のあだ名はセクハラ大魔王で決まりらしい。彼はとても落ち込んだ様子だった。
「それじゃあ私はこれから勉強会だから」
「あぁ、やる気のある感じで頼むよ」
「勉強会が始まる前にもそんな指示は受けたけどさ、それだけで良い訳?」
「それがまさに重要なんだよ。女子チームのリーダーがAクラスを目指すのに本気になってる姿勢が、周囲に良い影響を与えるのさ」
「まぁ確かに、皆のやる気は凄い感じだけど」
「これからもそれを上手く維持して欲しい。まさにその雰囲気を軽井沢さんに作って欲しいんだ。君の姿勢はそのまま女子チームの姿勢だからね」
「わかった、頑張るよ」
俺が軽井沢さんに主に頼んでいるのは雰囲気作りである。士気の調整とも言えるな。
「後、しっかりと勉強しておけ。馬鹿にリーダーは務まらないぞ」
「う、うっさいセクハラ大魔王ッ!!」
ガオッと吼えて軽井沢さんは不機嫌になってしまった。さっきまで機嫌も直って良い感じだったというのに。
怒りを込めた足取りで勉強会が開かれる図書室に歩いていく軽井沢さん、その背中を見送ってから俺たちもまた歩き出すのだった。
「最後の一言は余計だったかもね」
「だが、軽井沢に必要なことだ。いつまでも強気な態度だけで誰かを引っ張っていける訳じゃないからな。数字というわかりやすい結果が大事だ……少なくとも赤点ラインからは余裕で脱して貰わないとな」
「なるほどね」
厳しい考え方である。そして何も間違ってなどいなかった。
「まぁ今のクラスの雰囲気はとても良い。軽井沢さんの姿勢が皆を引っ張って、皆の姿勢が彼女を引っ張っていくだろうさ」
「そうだな、お前が言っていたBクラスという立ち位置の効果が、ここ最近は如実に表れている」
「そりゃそうさ。ずっとDクラスで彷徨ってるよりも、もう少しでAクラスって状況の方がずっとやる気に繋がるからね」
清隆の言う通り、その効果が最近はとても強く感じられることが多くなった。須藤のやる気は体育祭以降は限界突破しているし、あの池と山内ですらしっかりと勉強会に参加してちゃんと取り組んでいると鈴音さんが言っていた。
Aクラスに挑む日も、そう遠いことではないのかもしれない。
「次の特別試験の内容次第ではあるけど、そろそろAクラスと戦ってみようか?」
校舎を出て勉強会が開かれているカフェに向かっている途中、清隆に試しとばかりにそう質問してみると、彼は顎に手を当てて考え込む。
「実力的にはまだ足りていないと思うが……」
「そうだね、そこは俺も同感だ。けれど試験の状況やルールによっては不可能じゃない筈だ。もちろん勝つつもりで行くけど、負けたら負けたで良い経験になると思うよ」
「そういう考えもあるか、試験の内容次第だな。上手くやれそうなら狙ってみるのも良いと思う」
「なら決まりだね」
「楽しそうだな」
「24億を引っ張って来るって決めたからね。俺にとってはこの学校で行われる全てが青春の一ページになったんだよ」
「そう考えられるのはお前くらいだ……進捗は順調なのか?」
「高円寺の協力があったから予定より大幅に前倒しに出来てるさ。マネーロンダリング用の会社も作って、後は資金を引っ張って来る機会を見逃さないだけだね」
だから品評会には積極的に作品を出している。そしてその作品を買うのは高円寺と一緒に作ったマネーロンダリング会社である……うん、改めて考えると滅茶苦茶やってるよね。
でもこれ以外の方法で24億を確保するのは不可能だと思ってる。馬鹿やってる自覚はあるけど許して欲しい。
「あ、テンテン、今日はこっちなんだ?」
清隆と一緒にカフェに入ると、そこでは既に幸村と三宅、佐倉さんと長谷部さんが席についていた。
「皆お待たせ」
「構わない、まだ始めてはいなかったからな」
幸村が眼鏡を指で整えながらそう言ってくれた。確かに遅れた訳ではないのでそんなものだろう。
「そっちから何か連絡事項はあるのか?」
「いいや、どこのグループも順調だってさ」
俺はマンネリ防止要員として色々なグループに日替わりで顔を出してるから、他の場所の連絡事項や考えを伝える役目もあった。
「幸村、少しテスト問題で相談があるんだが」
「どういったものだ?」
そして同時に各グループの講師役との連携や意見交換も行わないといけない。実際にそれで問題を製作することもあるので助かってはいる。
何より蚊帳の外にしている訳ではないとアピールできるのが重要だった。実際に意見交換で取り入れた問題は使うかどうかはあまり重要ではなかったりするのだ。
幾つか幸村から意見や考えを聞いて、それを頭の中にいるもう一人の俺に丸投げしてからこの勉強会に普通に参加する。難しいことを考えるのは師匠モードの俺に任せておけば良いだろう。
「それと、勉強会ついでに試験対策テストを作っておいた。良ければ使ってみないか?」
「実際に特別試験で使うものなのか?」
「使うかもしれないし、使わないかもしれないな。どちらかと言えば参考にする程度の物だ。知りたいのはこのテストで今のBクラスがどれだけの点数を取れるかって所でね、同じテストを他のグループにもやって貰っているんだ。知りたいのはクラスの平均点だね」
「テンテン、何でそんなこと知りたいの?」
長谷部さんの質問に俺はこう返す。
「今のBクラスの総合的な学力は、おそらく今回の相手となる龍園クラスを超えていると思っているんだ。最近の雰囲気や学習意欲なんかを加味してそう判断した……つまりだ、俺たちのクラスの平均点より少し下くらいの点数を龍園たちは取ると考えられる。良い具合に釣り合いが取れてるから参考になると思ってね」
「今のBクラスの平均点を知ることで、テストの難易度を微調整したい訳だな?」
「幸村の言う通りだ。このクラスの平均点はそのまま龍園クラスが取るであろう点数であると考えている。テスト製作の予行演習には持って来いだ」
このクラスが70点を取ると言うことは、龍園クラスは少し下くらいの数字になる筈だ。つまり疑似龍園クラスとして今のBクラスは最適なのであった。
後はクラスメイト全体のスキルアップも兼ねている。
「わかった、長谷部と三宅は実質一人に教えているようなものだしそこまで苦労はない。佐倉に関しても綾小路が上手く手伝ってくれているから順調だ。多少の余裕はあるから、笹凪のテストも今日は組み込もう」
「えぇ~、今からテストするの? なんかやる気削がれる」
「おい長谷部、グダグダ言ってないでさっさと終わらせるぞ」
「やる気じゃんみやっち」
「ごねた所でテストが消えるわけじゃないしな」
「わ、私は大丈夫です……どれくらいの点数が取れるか知りたいから」
「佐倉、頑張れ」
「う、うんッ!!」
清隆の激励を受けて佐倉さんはやる気を漲らせた。最初はクラスに馴染み切っていない面子の集まりなので上手く行くかどうか心配であったが、この様子だと何も問題はなかったらしい。
上手く回っていると思う。清隆も最近は……というか一学期の後半くらいから喋る相手が俺と鈴音さんか、後は偶に平田か須藤くらいのものだったから、ちょっと心配してたんだよな。
一学期初期くらいは三馬鹿とかの後ろに付いて回っていた記憶があるけど、俺との実力試し以降はその機会が減っていったようにも思える。もしかして距離を置いていたのだろうか?
何であれこうして普通に話して接することのできる相手が新しく出来そうなので一安心である。まるで子育てに悩むお父さんの心境であった。