ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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うるせえ!! そんなことよりデートするぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 グループの結成であったり、テスト問題製作であったり、クラスメイト全体のスキルアップであったりと、ここ最近は本当に忙しかったと思う。

 

 だがそれは充実した時間でもあるということだ。友人との語らいも、成長も、師匠と過ごした山奥の神社では得られなかったものである。もしかしたら師匠はこういった時間を俺に知らせたかったのかもしれない。

 

 高校生なんてテレビに映る芸能人と大差が無かった俺にとって、どこか遠いものであったのは間違いないが、こうして尊い時間を得られたのは良い経験になると思う。

 

 クラスを裏切り、俺と一緒にテスト問題を作っている櫛田さんとの時間だって、俺にとっては重要で大事な縁であると考えていた。

 

 順調にテスト製作も続き、敢えてトイレに行って問題集が詰められたノートを無防備に放置することも何回かあった。ノートの間に挟んでいた一本の髪の毛が落ちていたので櫛田さんは中身を確認したのだろう。

 

 おそらく、スマホで撮影をして問題を保存した筈だ。

 

 そしてその情報は龍園に渡されることになるのだろう。しかしこのノートにある問題がテストに使用されることはない。

 

 何より重要なのは、櫛田さんから渡された情報を、龍園はもう重宝することが無い。彼はもう櫛田さんを信頼も信用もしていないからだ。

 

 そもそも龍園の目的がこの特別試験で勝利することよりも、黒幕探しに向けられているような気さえした。或いはテスト関連は金田や椎名さんのような秀才組に丸投げしているのかもしれない。

 

 何であれ、櫛田さんの裏切りが貫通することはない。彼女は決められた敗北に突き進んでいるに過ぎなかった。

 

 万が一に備えて茶柱先生にも釘を刺している。ポイントを支払ってまで俺以外の人物がテスト問題を提出してきても受け取るフリだけをして処理するように頼んでいる。

 

 戦いはどう勝つかではなく、どう終わらせるかが重要だ。戦術的ではなく戦略的な思考で動くべきである。その結果が櫛田さんの一人相撲であった。

 

 既にこの特別試験での決着はついているので、俺にとって重要なのはテスト云々よりも櫛田さんと鈴音さんの決闘であり、その後のフォローなのだろう。

 

 残念ながらこちらに関しては、どう終わらせるかの目途がまだ立っていない。悲しいことに。

 

 とりあえず最悪なのは鈴音さんが敗北して清隆と一緒に退学することであるが、清隆曰く一応の保険があるらしいので安心はしている。

 

 後は鈴音さんのテスト当日の調子次第と言った所だろう。

 

「やぁ、調子はどうだい?」

 

 テスト当日、教室に入って鈴音さんに声をかける。

 

 あぁ……何も問題はなさそうだな。強い集中状態を維持している。不完全ではあるけど師匠モードだ。これならば心配はいらないだろう。

 

 どれだけひねくれた問題だろうと、彼女の中にある知識量と集中状態が合わされば、敵なしとさえ言える。

 

 正攻法であらゆる物を踏み砕けるだけの力が今の鈴音さんにはあった。

 

「完璧よ」

 

 彼女は短くそう答えて、視線を手元にあるノートに向ける。最終的な予習復習も欠かしていないらしい。

 

「私が勝ったら、約束を果たしてもらうからそのつもりでいて」

 

「あぁ、頑張った人は沢山褒められるべきだ。だから勝って欲しい」

 

 そう伝えると鈴音さんは僅かに唇を緩めて柔和な笑顔を見せてくれた。緊張と集中と脱力が完璧な状態で絡み合っている様子だ。コンディションは完璧とさえ言えるだろう。

 

「清隆、そっちはどうかな?」

 

「何も問題はない」

 

 それはテストもそうだろうが、彼が仕込んだという保険に関しても同様なのだろう。何をするつもりか知らないが、以前に櫛田さんがやけに機嫌悪くしながらテスト問題を作っていたことの原因なのだろう。

 

 教室にある自分の席に座ってそこからクラスメイトたちを眺めてみると、全員が緊張しているのがよくわかった。この学校ではテスト前はいつもこうなるものだ。

 

 だが不安ではなく、挑戦することへの緊張であることは一目瞭然だ。一学期のこのクラスとは何もかもが異なる。Bクラスという立ち位置が彼らに本当に大きな影響を与えているのは間違いない。

 

 予習復習に励むもの、瞼を閉じて精神を集中するもの、池や山内や須藤でさえそれは変わらなかった。

 

 クラスメイトたちが見ているのは一つ上のクラスであるAクラス。既に龍園たちではないのだ。

 

 良いクラスになったと、本当にそう思う。

 

「これより期末テストを行う。一時間目は現代文だ。開始の合図まで用紙を表にひっくり返すことは禁止されている。注意するように」

 

 テストの始まりを告げる予鈴が鳴ると同時に茶柱先生がそう言った。生徒たちは事前に言われていた通り、鞄や教科書などを教室の後ろにあるロッカーに閉まって机には筆記用具だけを置く。

 

 その頃には全員の緊張が最大まで高まったことだろう。右後ろにいる鈴音さんも、そして櫛田さんもまた、体と心を引き締めていた。

 

 二人の間に結ばれた契約、そして決闘は、こうして始まることになる。

 

「では始めッ!!」

 

 茶柱先生の言葉と共に、机の上に置かれたテスト用紙を捲って内容を確認していく。このテスト問題を作ったのは龍園クラスだ、まずは難易度の確認が重要だろう。

 

 ざっと内容を確認していく。こちらと同様に学校側からの修正もかなり入ったと思われる問題が多い。

 

 つまり、俺が作ったテストと大差がない難易度である。そして同程度の難易度のテストを俺はクラスメイトたちに解かしていた、これならば大きな問題もないだろう。

 

 この時点でこちらの勝算はほぼ100パーセントになったとさえ言えた。そもそも龍園もここで勝つことに本気でも無かったように思えるな、彼はどうにもクラスポイントを軽視する考えがあるらしい。

 

 勝負を捨てたと言うよりは、勝ち方に拘っていないのかもしれない。このテストも秀才組に丸投げしてノータッチの可能性すらあった。

 

 彼が見ているもの、目指している場所、クラスポイントの増減よりもプライベートポイントに拘る方針……さて、どうしたものだろうな。

 

 テスト問題は次々と処理していき、全てを問題なく書き込んでから最終チェックを二度行う。そして自己採点で100点を取ったことを確信してから、俺は龍園のことを思い浮かべる。

 

 もうこの試験での決着はついたと確信している。櫛田さんの困惑した様子も確認できるので、きっと龍園との間に決定的な齟齬があったのだろう。つまりは決闘に関しても鈴音さんに軍配が上がるのは間違いない。

 

 俺が考えるべきなのは勝ちが確定した試験ではなく、きっと櫛田さんのことなんだろうな。

 

 彼女の心、考え、そして願いと未来……。

 

 俺の後ろの席にいる清隆は、もしかしたら櫛田さんを退学させることを内心では考えているのかもしれない。鈴音さんが大きなゆとりと視野を持った今、櫛田さんの存在はいつ爆発するかわからない不発弾のように思っているだろうから。

 

 その考えを俺は完全には否定できない。危険が大きいと言われたら何も言い返せない。

 

 けれど思い浮かぶのは、ここ最近の櫛田さんの姿や様子である。いつも通りの穏やかで愛らしい表情と、その瞳の奥にある隠し切れないどす黒い何か。

 

 複雑で、深刻で、不器用で、とても魅力的な人だ。

 

 そして師匠の言葉を思い出す。

 

 色々な人がいるのが社会だと、俺と師匠と敵だけで完結しないのが世の中だと、そう言われた。

 

 頭の良い人、悪い人、運動の出来る者、出来ない者、言葉が足らぬ人もいれば無駄に話が長い人もいるだろう。

 

 自らの弱さを自覚できない誰か、或いは意味も無く大きく見せようとする誰か。

 

 器用な人、不器用な人。

 

 それら全てが形作るのが社会であり、歴史であると師匠は言っていた。

 

 その数だけの縁と出会いがあり、ただ一つとして無駄な繋がりなど無いのだとも。

 

 多くの縁を結び、一つ一つを大切にすることが重要とは師匠の教えである。そこに敵も味方も裏も表も関係がない。

 

 だから俺は清隆と違って、彼女との縁を大事にしたいと思う。別にそれは彼女に限った話ではなく、鈴音さんや清隆、もっと言えば学年全体や学校全体でも同じことである。

 

 人の数だけの縁と経験があるのだ、敵ですら俺にとっては喜ばしい存在であった。

 

「なんでッ……」

 

 そんなことを思いながら次々とテストを進めていき、大きな問題もなく全てを回答することができた。異変を感じ取ったのは四限目の数学のテストである。

 

 櫛田さんの押し殺したような声が師匠イヤーに届く。激しい動揺もその背中から感じ取ることができた。

 

「どうした櫛田」

 

 茶柱先生がそう声をかけると、慌てて櫛田さんは取り繕った。

 

「い、いえすみません。何でもありません」

 

 きっと彼女は龍園からテスト問題を横流しして貰う手筈だったのだろう。しかし土壇場で何もかもをひっくり返されてしまったらしい。

 

 そもそも龍園は既に櫛田さんに見切りをつけている。体育祭で参加表が変更された時点で彼女を信用することも重宝することも無くなったのだ。

 

 だから彼女の利益になる行動もない。だからこの決闘は櫛田さんの敗北が決まったのだった。

 

 逆に鈴音さんはこの一か月間は徹底的なまでに真っ当な努力を積み重ねて来たのだ、負ける要素がどこにもない。

 

 クラスとしても、そして個人としても、完全な勝敗が決したので、俺はようやく安心してテストに挑むことができる。

 

 最後の最後まで油断することなく、全ての問題を完璧に処理してから、俺はようやく安堵の溜息を吐く。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 そしてこっちとほぼ同じタイミングで、右後ろの席に座る鈴音さんからも安堵の溜息が聞こえて来た。

 

「どうだったかな?」

 

「何一つとして心配はいらないわ。人生で最高の結果と手ごたえなのは間違いないわね」

 

「ケアレスミスやうっかりは?」

 

「何度も確認した、その上で100点だと確信しているのよ」

 

「そうか、なら何も問題はなさそうだね」

 

 絶対の自信と共に100点を取ったと断言できるだけの手ごたえだったのだろう。ならばこれでどれだけ下手な展開になろうとも引き分けとなる。

 

「鈴音、報告したいこともあるし一緒に帰らねえか?」

 

 二人して一安心していると、テストを終えた須藤が近づいてきてそう言った。

 

「報告したいこと? 申し訳ないけれど、ここで話して貰える?」

 

「今日のテスト、全教科で50点ちょっとみたいな感じでな。あれだけ勉強を教えてくれたってのによ……すまねぇ」

 

「ダメではないわ、寧ろ今回の難易度のテストでそれなら十分とさえ言えるわね。赤点ラインを確実に超えたのだから誇りなさい」

 

 確かに一学期の頃の須藤ならば平均で50点台というのは考えられなかった。ここ最近の伸びが凄まじいことになっているな。

 

「私は少し予定があるから貴方はお友達とでも一緒に帰って」

 

「なんか予定があるのか? まさか笹凪と……」

 

「いいえ、彼とではなく櫛田さんと話があるのよ」

 

「櫛田とか、ならしゃーねえな」

 

 どうやら須藤は俺と鈴音さんの関係を疑っていたらしい。可愛い男である。

 

 ここ最近の成長も目を見張るものがあり、やはり恋は人を強くするのだと納得するしかない。

 

 須藤には夢がある、そして恋も知った。ならば彼は俺よりも人として成熟しているという証明なのだろう。

 

 まさか須藤に人として先に行かれる日が来るとは、俺はやはり未熟者である。

 

 池と山内と一緒に帰っていく彼を見送ってから、鈴音さんは櫛田さんとの対話に挑む為に移動していく。

 

「綾小路くん、付いてきて」

 

「わかった」

 

「俺も行っていいかな? 賭けには関係がないけど。うん、俺も櫛田さんに話があるから」

 

 フラフラとして足取りで教室を出て行った櫛田さんの後を追っていき、鈴音さんは廊下で声をかける。俺はその後に話があるので距離を置いて身を隠した。

 

「櫛田さん、少し時間いいかしら。確認しておきたいことがあるの。ここだと人の行き来があるから場所を変えてもいい?」

 

「話の内容次第だけど、ここじゃ問題かもね」

 

 お互いに話したいことはわかっているのだろう。二人はそのまま人気のない場所まで移動していく。綾小路はひっそりと付いていって、俺は教室の外で待機することになった。

 

 特別棟の教室に入った三人を確認して、廊下の壁に背中を預けて櫛田さんが出て来るのを待つしかない。

 

「結果を待たなくても明らかだね」

 

 教室から漏れ出て来る声は櫛田さんの物だ。どうやら彼女も敗北を確信しているらしい。

 

「私は良くて80点止まりじゃないかな。ううん、もしかしたら届かないかもしれないね。だから賭けは貴女の勝ちだよ堀北さん」

 

「正式には結果が出てからだけど……私の勝ちになるのかしらね」

 

「その必要はないんじゃないないかな。賭けはそっちの勝ち、満足した?」

 

「なら信じて良いのかしら。これから先、私たちの邪魔をしないでくれると」

 

「約束は果たすよ。それがどれだけ納得のいっていないことでもね。書面でも書く?」

 

 無意味だと、俺は教室から漏れ出てくる櫛田さんの言葉にそう思った。

 

「必要ないわ。互いに信じることから始めましょう」

 

「やだよ、だって堀北さんが大嫌いだもん」

 

「そう、そうね。けれどこれからは違うと信じたいの……少なくとも私は、貴女と共にAクラスを目指したいわ」

 

「本当に変わったね、堀北さん……中学じゃそんなこと言う人じゃなかったのに」

 

「ここに来てから、自分の未熟さは嫌というほど思い知ったもの……いつまでも子供じゃいられなかったの」

 

「何それ、私への当てつけ?」

 

「違うわ……自分自身への言葉よ」

 

「……」

 

 櫛田さんからの返答は無かった。けれど教室の外まで漏れ出て来るような溜息が聞こえて来る。

 

「一つ訊いていいかな? 綾小路くんは私の過去や本性を知っているみたいだけど、天武くんはどうなのかな?」

 

「それは……」

 

「あぁ、言わなくていいよ、その反応でだいたいわかったから……そっかぁ、知ってるんだね、天武くんだけには知って欲しくなかったなぁ」

 

 そこで俺は、教室の扉を開いて櫛田さんと鈴音さん、そして黙って話を聞いていた清隆の前に姿を晒した。

 

「鈴音さんを責めないでやってくれ、彼女は渋ったが、俺から強引に聞き出したんだ」

 

「天武くん……」

 

 俺と櫛田さんの視線が絡み合った。彼女の表情や瞳には様々な感情が揺れ動いており現れては消えて行く。動揺が大きいようだ。

 

「あははッ、全部知ってたんだね……私の過去も本性も、知っててあんな対応してたんだ。ねぇどんな気分だったの? 言ってあげるよ、馬鹿な女だって思いながら一緒にテストを作ってたんでしょ?」

 

 後悔と、絶望と、失望と、憤りと、何よりも強い怒りを宿した瞳で彼女は俺を睨んで来る。

 

「内心では私のこと気持ち悪いと思ってたんだよね? 性悪の裏切り者だって笑ってたんだよね? それとも裏切られたって勝手に失望でもしたの?」

 

「いや、全く、欠片もそんなことは思ってないよ。君のことは嫌いじゃないしね」

 

「嘘だッ!!」

 

 とうとう彼女は涙を浮かべてそう叫んでしまう。けれど今の言葉は嘘でも配慮でもなく本心だ。

 

「だって俺は、その程度のことで誰かを嫌ったりはしないからね」

 

「……」

 

「もっと言えば、君の過去にも本性にも興味がない……複雑な人は魅力的だとさえ思っていたよ」

 

「嘘だよ、そんなの……」

 

「ん……君に話したいのはこんなことじゃなくて、伝えたい言葉もこれじゃないな」

 

「え?」

 

 ここでどれだけ、どれほどの言葉を伝えた所で彼女は受け入れないし納得もしないだろう。そして俺も彼女の過去や思いや目標を否定するつもりは無かった。

 

 俺がここに来た理由、櫛田さんに伝えたい言葉、それは彼女の過去も本性も全く関係が無く、完全完璧に自己中心的なものでしかない。

 

 

 黙ってことの成り行きを注視していた清隆と鈴音さんはとりあえずいないものとして、俺は正面にいる櫛田さんに向かってこんな誘いをした。

 

 

 以前、清隆グループの皆と一緒に見に行った映画に出ていたハリウッド俳優のようにキザな感じで。そして舞台役者のように大仰に、童話に出て来る都合の良い王子様のように演じながら、彼女の掌を掬い上げるように触れて俺の本音を伝える。

 

 こういうのは、変に恥ずかしがるよりも少し気取った感じで良いだろう。

 

 

 

「櫛田桔梗さん、今から私とデートをしていただけませんか?」

 

 

 

 過去になんて興味がない、本性だってどうでもいい、目的だって大した意味も感じていない。

 

 そんなつまらない全てよりも、彼女とデートをしたいという、極めて高校生らしい欲求を俺は満たしたかった。

 

 だって、その方がずっと楽しいだろうから。

 

 

 

 

 




堀北「……」綾小路「……」
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