ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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こんにちは、いつも清隆くんにはお世話になっています

 

 

 

 

 

 

 

「実は君のことは以前から知っていてね」

 

 坂柳理事長に連れられて学園の中を歩いていく、どうやら向かう先は生徒指導室でもなく折檻部屋でもなく、この学校の中にある応接室らしい。

 

 警戒しながらも理事長の後に付いていくと、世間話のような口調でそんなことを言われた。

 

「君の恩師、笹凪木久利姫(きくりひめ)さんにはお世話になった時期があるんだ」

 

 笹凪木久利姫、それが師匠の本名である。内弟子となった時に名字を貰って戸籍も作ってもらった。本来の俺はあの飛行機事故で死んだことになっているらしい。笹凪天武という人間の戸籍は師匠がでっち上げたものである。

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。もう二十年以上も前のことになるかな。あの人が大学で気まぐれに教鞭を振るわれていた時の話だね」

 

 師匠、そんなことをやっていたのか、まぁ気まぐれで色々な仕事に手を出す人だから不思議ではない。すぐに飽きてしまうとも言っていたけど。長く続いたのは芸術の分野だけだっていつか言っていたな。

 

「教授は……あ~、なんと言うか、アレな人だろう?」

 

「そうですね、アレな人ですね」

 

「色々と厳しく接してくださったが、身に染みることもあったと今でも思い出すよ。そんな教授が去年に突然電話をしてきてね、弟子をこっちに寄こすから席を用意しろと言われたんだ」

 

「ん……なんというか、すみません。師匠がご迷惑をかけたみたいで」

 

「ははは、構わないさ。御恩を返すこともそうだけど、あの人が育てた君にも興味があった。予定には無かったけど、迎え入れることに反対はしなかったさ」

 

 坂柳理事長はそう言いながら僅かに苦笑いを浮かべる。きっと師匠の強引さを思い出しているのだろう。

 

「この学校にはもう慣れたかな?」

 

「そうですね。最初は戸惑うことも多かったのは間違いありませんが、友人も多くできてとても楽しんでいます」

 

「それは良かった。よい経験になることを祈っているよ」

 

 そこで坂柳理事長と俺は学校の応接室の前にまで辿り着く。扉を開く前に身だしなみを整え始めたので、こちらもそれに倣ってネクタイや髪を整えた。

 

「実を言うと、想定外のことが起こっていてね」

 

「聞きましょう」

 

「これから私たちが会う人物が護衛を連れて来ている」

 

 それが誰なのかは知らないが、護衛を付けているのだから相応の立場や権力を持っている相手なのだろう。

 

「想定外というのは……護衛がいる点ですか?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「別におかしな話でもないと思いますけど」

 

「そうだね、ここがその人にとって敵地であり、様々な制限がないのならばね」

 

 つまり何らかの方法で、その人物は本来ならば難しい第三者を連れて来ていると。

 

「俺を連れて来たのは荒事を想定してでしょうか?」

 

「そこまで短絡的な人ではないが、私も会うのは久しぶりなのでハッキリとしたことはわからないんだ。もしかしたらということもあるから備えたい」

 

「学生に頼むことではないと思いますよ。この学校の警備員とかの方が良いのでは?」

 

「返す言葉もないよ。けれどこの学校で最も強いのは君だからね、情けない話だが力を貸して欲しい」

 

「わかりました」

 

 そうとしか答えられなかった。後でポイントでも要求するとしよう。

 

 準備が整ったと同時に扉が開かれる。

 

「清隆?」

 

「天武、どうしてここにいるんだ?」

 

「呼ばれたんだ。坂柳理事長に」

 

 応接室に入室するとまず最初に清隆に視線が向かった。あっちも僅かに驚いた顔で見て来る。

 

 何で清隆がここにいるんだ? そんな疑問を頭の隅に追いやってから、次に視線が向かうのは彼の正面にいる二人の男性であった。

 

 ソファーに腰かけるのは中年の男である。強く鋭い視線を坂柳理事長に向けてから、俺へと滑らしてくる。

 

 訝しむような、それでいて観察するような、ほんの僅かな同情心も感じられる特殊な視線であると思った。

 

 強い意思と、覚悟、信念を宿す瞳は幾度も見たことがあるな。その堂々とした立ち振る舞いから感じ取れるのは権力者としての風格である。ソファーの背後に立つ男性はおそらく護衛だろう。

 

 僅かに、ほんの僅かにだが体幹が左に傾いている……懐に銃でも忍ばせているな。

 

 この現代日本で銃の携帯を許可される人間は少ない。つまりそれを押し通せるだけの権力を持っているか、法を無視できるだけの覚悟と意思を持った人間であるということだ。

 

「七号か……」

 

 男性はそんな呟きを零す……なるほど、この人は俺の背景や環境をある程度は把握しているらしい。

 

 

 

 

 

 

 けれどそんなことはどうでも良かった。清隆がいることも、ソファーに座る男の名前や背景も、全てを無視して師匠モードの俺が顔を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分からそうした訳ではない。入室した瞬間に師匠モードの俺が勝手に出て来て、頭の中に師匠の教えが鳴り響く。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も言われた。銃は弾かせる前に潰すのが基本と。

 

 師匠曰く、先手必勝。

 

 鼻孔を擽る鉄と整備油の匂いと、薬莢に押し込まれた火薬の匂いを感じ取った瞬間に、その微小な匂いの発生源に向かって俺は身体能力の全てを使って駆けだして、ソファーに座る中年男性の後ろに立つ護衛の男を蹴り飛ばした。

 

「ぐッ!?」

 

 突然の暴行にも慌てず反応したことから、この護衛の高い実力が垣間見えるな。咄嗟に懐に手を伸ばして銃を掴もうとした動作は何度も繰り返されたものであり、きっと慣れているのだろう。

 

 けれど遅い、蹴り飛ばされてくの字に曲がった体は大きく体幹を揺らし、銃を取り出す動作を中断させた。

 

 そして俺はネクタイを掴んで揺れる体を引き寄せ頭突きを行い、この護衛に代わって懐から銃を取り出した。マガジンを取り去り、銃身をスライドさせて装填されていた弾丸も抜き去る。この人の体を再び蹴り飛ばしながら。

 

「ふんッ」

 

 そして残った銃身を雑巾でも絞るかのように捻じ曲げれば、とりあえず脅威は去った。

 

 ぐにゃりとねじ曲がった銃を床に捨てると同時に、俺が蹴り飛ばした護衛の男性が起き上がろうとしていたので、とりあえずその顎先を蹴り飛ばす。

 

 勢い余って首を折らないように配慮したその攻撃は、護衛の男を脳震盪に追いやることになる。

 

 その段階で、師匠モードは徐々に落ち着いていくことになった。

 

 

「「「……」」」

 

「あ、すいません、ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

 

 後に残るのは、そんな俺を見つめる清隆と坂柳理事長と、名前のわからない男性の沈黙と視線だけである。三人ともチベットスナギツネみたいな顔になっていた。

 

 一応、言い訳をさせて欲しい。これをやったのは俺じゃなくて、師匠モードの俺である……うん、無理があるな。今度師匠モードの俺を説教しておこう。

 

「それで清隆、こちらの男性は?」

 

「……」

 

 黙ったままの清隆にそう問いかけると、彼は何とも言えない顔で悩んで見せる。珍しい表情だ。

 

 そして散々悩んだ後に、清隆は短くこう言った。

 

「父親だ、オレの」

 

「あぁ、清隆のお父上か……初めまして、俺は笹凪天武と言います。息子さんの友人です」

 

「そうか、お前が清隆の言っていた友人か。特殊戦力……いや、超人七号、噂には聞いていたが、なるほど、噂以上にアレなようだな。どいつもこいつも指折りの異常者だと言う評価は間違いではないらしい」

 

「すいません、体が勝手に動いてしまって。こんなことするつもりは無かったんです」

 

 清隆の父親にそう伝えると、とても疲れた様子で渋面を作られてしまう。俺が完全に悪いのでそんな顔をされるのも受け入れるしかなかった。

 

「月城、無事か?」

 

「うッ……ぐッ」

 

 俺が銃を取り上げた護衛の男性は月城と言うらしい。脳震盪の症状が残っているのか、返事をすることも立ち上がることも出来ないようだ。

 

 俺が悪い、けれどこの現代日本で銃を持っていたこの人も悪い……立場は互角だな。

 

「大丈夫ですよ。後遺症が残らないように配慮しましたので、すぐに起き上がれるようになるでしょう。心配ならこの後に検査入院することをお勧めします」

 

「貴様はどの立場でそんな発言をしているんだ……問答無用で襲い掛かって来たというのに、まるで他人事だな」

 

 師匠モードの俺がやったので、実際に他人事のように感じてしまうのだが、それは言っても無駄だろう。

 

「こちらに完全に非があります。心からの謝罪を」

 

 師匠曰く、謝罪は大切。

 

 なので俺は真摯に頭を下げる。事情がどうあれこちらから手を出したのは事実で、お前が悪いと言われると俺も全てを納得するしかなかった。

 

「つまり貴様は非を認めると? どう落とし前をつけるつもりだ?」

 

「必要なら後日、そちらに賠償金を支払います。ですがこの場でことを大きくしたくありません。内々で処理してお互いに見なかったことにしたいです」

 

「だからどの立場でそんな発言をしているんだ……」

 

「しかしこれは貴方にとっても悪い提案ではないと思います。もしここで問題を大きくすれば、例えば警察などを呼んで法的に処理しようとした場合、このゴツイ銃はなんなんだという話になりますから」

 

「ふぅ……だからここだけの話にしたいと?」

 

「はい。そんな訳なのでお金だけで解決したいです。それで無理ならどうしようもありません……俺に失うものなど何もありませんが、どうやら貴方にはアキレス腱が沢山あるようなので、全力で引きちぎりましょう」

 

「謝罪をしたいのか、脅したいのかどちらなんだ」

 

「……どちらかと言えば前者です」

 

「もしこちらが、それでもお前を徹底的に追い詰めると言ったらどうするつもりだ。そちらの親類縁者や友人などを巻き込んでな」

 

「あ、俺と暴力や脅し込みで対話したいのなら、せめて戦車に乗った状態でお願いします……でも、謝罪したいのは本心です」

 

「……」

 

 その気持ちに嘘偽りはない、俺が悪いのは間違いないからだ。けれどここで徹底的にやると言われれば俺も抵抗すると思う。だって銃が出て来た以上は幾らでも荒探しが出来るだろうし、戦車に乗っていない相手なんて何百人いても大差が無いと断言できる。

 

 清隆のご両親は、それはもう凄い渋面を作ってしまう。話の通じない何かと延々と話しているかのような雰囲気を感じ取れた。

 

 そして未だに倒れ伏している護衛の人、月城さんに再び声をかける。

 

「月城、立てるか?」

 

「えぇ……なん、とか」

 

「お前は足を滑らして倒れた、そうだな?」

 

「……そのようですね」

 

「ご配慮ありがとうございます。本当にすみません……以後、気を付けます」

 

「お気になさらず……私は足を滑らしただけなので。いやはや、歳はとりたくないものです。まさか学生に撫でられる日が来るとは」

 

 脳震盪の症状から回復しつつある月城さんに掌を差し出すが、この人はそれを振り払って自力で立ち上がる。良い体幹だ、よく鍛えているのがわかる。

 

「えっと、月城さん、銃もお返しします」

 

 雑巾のように絞られた銃も返す。もう使い物にならないので問題はないだろう。

 

 ぐにゃぐにゃに曲がった銃を見て月城さんはチベットスナギツネみたいな顔になってしまう。本当にごめんなさい。師匠モードの俺に馬鹿な真似はするなと言っておきます。

 

 

 

「お久しぶりです綾小路先生」

 

「坂柳。随分と懐かしい顔だな。7、8年ぶりか」

 

「父から理事長の座を引き継いで、もうそれくらいになりますか。早いものです」

 

 凄いなこの人たち……まるで何も無かったかのように話し始めたぞ。

 

 理事長は視線をソファーに座る清隆の父親から、その背後に体をふらつかせながらも立つ月城さんに向けた。

 

「よくこの学園に護衛を連れてこれましたね?」

 

「やりたくはなかったが、多少の出費を覚悟すればな……ここには七号がいることは聞いていた、最低限の備えは必要だと判断したまでだ。まぁ尤も、無駄に終わったようだがな」

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 納得した様子の理事長は、今度は清隆に顔を向けた。

 

「君が綾小路先生の……確か清隆くん、だったね。初めまして」

 

「どうも。こちらの話は終わったんでオレは戻ります」

 

「あぁ少し待ってもらえるかな。綾小路先生と君、そして笹凪くんも交えて少し話がしたくてね」

 

 親子水入らず、なんて言葉がこの二人の間で成立するかどうかは知らないが、俺は完全に部外者である。何故ここにいるのかよくわからなかった。護衛も無力化できたようなものだし帰りたい。

 

「さぁ、座って」

 

 清隆と俺はソファーに座ることになる。正面に机を挟んでご両親と月城さんがいる。

 

「災難だな、お前も」

 

「清隆、それはどういう意味だい?」

 

「多分、面倒ごとに巻き込まれているぞ」

 

「まぁそれならそれで仕方がないかな。どうにかするよ」

 

 大丈夫、きっと俺よりも目の前にいる人たちの方がアキレス腱が多いだろうから。

 

 そんなことを清隆にアイコンタクトで伝えると、彼は疲れたような顔をする。その顔は少しだけご両親に似ていると思ってしまった。

 

「校長から話は伺いました。彼を退学させたいとの意向でしたね」

 

「そうだ。親がそれを希望している以上、学校側は直ちに遂行する必要がある」

 

「それに関しては、本人の意思も重要でしょう。どうかな?」

 

「退学する気は一切ありません」

 

「茶番だ。こちらが問題にしているのは別のものだ。親の許可なく入学した高校を辞めさせると言っているだけだ」

 

 清隆は親の許可なくこの学園に入ったということか。師匠に蹴り飛ばされて入学した俺とは正反対である。

 

 綾小路さんの要求に坂柳理事長は強い意思でそれを拒絶していく。ここで、はいわかりましたと言われると俺も困るのでありがたい対応であった。

 

 だって、友人に去られると寂しい気持ちになる。当たり前の感情を俺だって持っているのだ。

 

「俺はお前のやり方を否定するつもりはない。父親の意思を継ぐのもいい。だが、そうであるのならば何故清隆をこの学校に入学させた……それに、そこの七号もだ」

 

「何故、ですか。面接と試験の結果、合格に値すると判断したからですよ」

 

「はぐらかすな。この学校は一般のそれと違うことは聞き及んでいる。本来清隆は合格対象にはなりえなかった筈だ。面接や試験が飾りであることは知っている」

 

 えぇ……つまりこの学校は完全に別の基準で生徒の入学を決めているということか。

 

 そのラインは何だろうか? 何かしらがある筈なんだが。

 

「秘密裏にこの学校への推薦がなされる決まりの筈。そしてその時点で確実に合格することは決まっている。裏を返せば、推薦がなされていない生徒は如何なる存在であろうとも全て不合格にならなければおかしい……清隆とそこの七号がその剪定の中にあるはずもない。つまり不合格にならなければおかしい」

 

「確かにその通りです。ですが清隆くんと笹凪くんに関しては僕の独断で入学を許可しました。それが必要であると思ったんです……まぁ笹凪くんに関しては教授からのお願いという側面もありましたが」

 

「あの妖怪婆か……」

 

「あ~、ちょっといいですか?」

 

 いつまでも大人たちの話を黙って聞いているつもりはない。そもそも雲行きが怪しいまま流される訳にもいかないし、清隆を退学させるのも困る、静かにしている気は欠片もないぞ。

 

 綾小路さんとその月城さん、そして清隆と坂柳理事長の視線が発言した俺に集まる。

 

「えっと、改めて自己紹介を、笹凪天武と申します。以後、お見知りおきを」

 

「……」

 

 どうして綾小路さんは俺に猛獣でも見たような視線を向けるんだろうか?

 

「清隆とは同じクラスに在籍しています。よき友人であり隣人としてよき縁を築いています」

 

「勘違いはしていないか? こいつはそういった感情を持ち合わせてはいない、そちらのことも都合の良い駒としか思っていないだろう……それでも友人だと言うのか?」

 

「ん? 俺は友人に見返りを求めたことはないので、それで問題ないのでは? 清隆の内心や考えがどうであるかなど俺には関係がありませんよ。敵であろうと味方であろうと、仲間であろうと友人であろうと、最後には裏切られようと、俺にとっては重要な縁ですから……いつかどこかで死ぬ時に、繋いだ縁を思い出せれば俺はそれで満足です」

 

「……その物言い、あの妖怪婆の教え子なだけはあるな。いっそおそろしい程に純粋で単純だ。本心で言っているのがなお質が悪い」

 

「褒め言葉でしょうか?」

 

「そう受け取っても構わん」

 

「ありがとうございます……ええっとですね、俺が言いたいのは、清隆を連れ戻すのは止めて頂きたいんです」

 

「どこまで理解している?」

 

「ホワイトルーム関連の話は清隆から全て説明されました」

 

 そう伝えると綾小路さんは少し意外そうな顔をした。清隆がそういった部分を他人に話していることはこの人の中では考えられないことであったらしい。

 

「だとしたらわかっている筈だ……君が知っている情報はこちらの触れられたくない暗部だと」

 

 お前や貴様から、君に呼び方が変わったのは何か理由があるのだろうか? いや、今、考えるべきことではないか。

 

「そうみたいですね、きっと触れられたくないだろうし、知っている人間は可能な限り減らしたいであろうことも理解しています……けれど、それら全てを理解した上で言っています。彼の退学には反対です」

 

「家族の問題に他人である君が口を挟む理由は?」

 

「俺が彼の友人だからです。彼がこの学園から去るのはとても寂しい……それ以上の理由が必要でしょうか?」

 

「まるで子供の癇癪だな、あれは嫌だ、これは嫌だと」

 

「俺たちはまだ高校生ですよ、そして清隆もです……大人になるまでの、少しの期間くらいは楽しんでも許される筈だ」

 

「断ると、そう言ったら?」

 

「とても困ります……俺ではなく、きっと貴方が」

 

「傲慢だな、その言い方もあの妖怪婆らしい」

 

 その言い方、三度目だな……。

 

 

 

 

 

「次……師匠を侮辱したら俺と貴方の間で戦争を始めます」

 

 

 

 

 

 妖怪婆とこの男は何度言うつもりだ。師匠を馬鹿にされていつまでも黙っていられるほど俺は寛大ではない。俺個人なら幾らでも馬鹿にしても構わないし、子ども扱いして侮ってくれても問題はないが、師匠に関しては別だ。

 

 そこだけは、俺の名誉や誇りよりも重く価値がある。一度二度は目を瞑ろうかと思ったが、三度目ともなれば警告の一つでも挟まなければならないだろう。

 

 俺はどうでもいい。だがそこだけは超えるなと、言葉にして伝えておかなければ、いつまでも繰り返されてしまう。

 

 師匠の名誉は、俺の全てよりも優先されるのだから。

 

 積み重なった苛立ちによってか、自然と師匠モードに移行していた。鋭くなった気配を感じ取ってか綾小路さんの背後に控えていた月城さんが慌てて前に出ようとするが、それを彼は手で制して止めた。

 

「戦争か、子供が使う言葉ではないな。ちゃんと理解して言っているのだろうな」

 

「証明してみせましょうか? 今からホワイトルームに殴り込みにいきましょう。そこにいる人たちを再起不能にすれば脅しの言葉でなく手段の一つだと理解してくれますかね」

 

「そのようなことが本当に可能だと思っているのか?」

 

「何を言っているんだ貴方は。出来る出来ない、可能か不可能かの次元の話は最初から議論していない……俺はそれをやるから、貴方は持ちうる全てでそれを阻止する、後はどちらが最後に立っているかの話をしている」

 

「本当によく似ている……そこにある秩序とバランスを無視して我を押し通そうとする、押し通せるだけの力を持っている。ある意味、最も俺が苦手とする存在だ」

 

「師匠の名誉は、俺の全てよりも重い……侮辱するのは止めていただきたい」

 

 別にこの人だけの話ではない、坂柳理事長だろうが他の誰かであろうが、そこだけは譲れない一線だ。

 

「綾小路さん、貴方にも触れられたくない場所、譲れない部分はある筈だ。俺にとっての師匠がそれです……そこを踏みにじられたのならば、後は戦争をするしかない。違いますか?」

 

 子供とか大人とかそういう話は関係が無い、意味も無い、これは一人の人間としての名誉と信念の話だ。

 

 綾小路さんは俺の瞳を覗き込むように見つめて数秒ほど思案する。そして最後には疲れたような溜息を吐いてこう言った。

 

「なるほど、噂以上だ……はぁ、良いだろう。こちらの言葉が過ぎた、笹凪木久利姫を侮辱する言葉を撤回しよう」

 

「ありがとうございます……ついでに清隆の退学も思い留まってはくれませんか?」

 

 すると綾小路さんは返答をすぐにはせず、思案する様子を見せる。清隆同様に何を考えているのかわかり辛い人なので、観察していても内心が読み取れない。

 

 時間にして数秒ほど、考え込んだ後に綾小路さんはこう言った。

 

「それは無理だ。君が先程言った言葉を返そう……譲れない部分はある」

 

 少し、違和感を覚えるな。誤魔化している……いや違うな、本音や内心を上手く隠そうとしている? それとも別に思惑があるのか?

 

 よくわからないな、こういう人の内心は覗きにくい。

 

「なるほど、確かにそう言われてしまうと、俺は何も言い返せません。名誉と信念は尊重するものですから……しかし、退学にしろと言われて、はいそうですかと受け入れる筈もありません。清隆もそうだろう?」

 

「その通りだ」

 

 黙ってことの成り行きを見守っていた彼に話を振ると、当然だとばかりに頷かれる。

 

「坂柳理事長もそうですよね? 少なくとも学校側には生徒を監督して守る義務がある筈です」

 

 あるのか? この学校はかなりあれだけど、その辺の一線は超えてはいない筈だと思いたい。

 

「そうだね、少なくとも保護者の一方的な事情だけで決めたりはしないよ」

 

「ならばここでの議論にどれだけの意味がありますかね? 綾小路さんは清隆を退学させたい、我々はそれを阻止したい……この話はいつまでも終わりません。どこまで行っても平行線で、そして無意味で非生産的な時間です」

 

「確かに、坂柳が頷かない以上はそうだろう。これ以上の議論は無意味だ」

 

「綾小路先生、何をなさるおつもりです? あまり手荒な真似をされますと……」

 

「七号をこの場に連れて来たお前がそれを言うのか……安心しろ、何らかの圧力をかけるつもりは毛頭ない。だが、学校のルールを元に清隆が退学する分には問題が生まれる筈もない」

 

 つまり圧力はかけないが裏工作はするということだ。そしてそれを跳ね除けることは難しい。

 

「えぇ、それは約束します。先生の息子さんだからと特別扱いは致しません」

 

「なら話は終わったようだ。これで失礼する」

 

 綾小路さんはそこでソファーから立ち上がった。そして俺を見つめて来る。

 

 複雑な表情だ。色々な感情が見え隠れしていた。それでもそれらを完全に前に出さないのは見事と言うしかない。

 

 俺を見つめるのは、苦労も後悔も挫折も全てを力に変えて進んで行ける、そんな男の瞳であった。

 

「超人七号、せっかくだから聞いておこう。君にはホワイトルームがどのように映る?」

 

「俺が知っているその場所は清隆から聞いただけの情報しかないので、現時点では善悪も上下も左右も功罪も語れません……ですので、いつかどこかで機会があれば見学したいと思っています」

 

 もしかしたらその前に殴り込みにいく展開もあるかもしれないが、今はまだ興味の方が強い。

 

「ホワイトルームが正しいか否か……きっとそれを決めるのは百年先の未来でしょうから、その時まで長生きします」

 

「ふむ、まぁ良いだろう。短絡的に結論を出さない所は評価する」

 

「あ、でも、忠告があります……いえ、アドバイスですね」

 

「それはなんだ?」

 

「清隆が言うには、ホワイトルームは食事がクソ不味いそうです。改善なされた方が良いと愚考します。栄養学も良いけど、美味しいも重要ですよ。食育という言葉もあるくらいなんですから」

 

「検討しておこう」

 

「それともう一つ」

 

「なんだ」

 

「清隆にはいつも助けて貰っています。ここで彼と出会えたことを、俺は嬉しく思っています。お父上にも感謝を」

 

「それは皮肉か?」

 

「いいえ、本心です。俺はこの学校に来るまで友人は一人もいなかったので……とても嬉しいんです」

 

「そうか、これからも励むと良い」

 

 特に何か思う所があった訳ではなく、内心を悟らせない鉄仮面を維持したまま、綾小路さんは若干ふら付いている月城さんと一緒に部屋を出ていく。

 

「強い人だな」

 

「あの男がか?」

 

 清隆の言葉に頷きを返す。

 

「あぁ、意思と信念を曲がらない武器にできる人は少ない……そしてそういった人は、どんな時でも立ち止まることもなく進んで行ける」

 

 善人ではないだろうけど、強者であることは間違いない。どれだけ才能に優れていても、それを持ち合わせていない人も多いからだ。

 

「確かに……そうかもしれないな」

 

「これから楽しみだね、きっとあの人は色々と手を伸ばしてくるよ」

 

 その複雑な内心の全てを見通すことはできなかったけど、あの人はあの人の目的の為にこれからも進んで行く筈だ。清隆に何を求めているのかもまだハッキリしない。

 

 綾小路さんが目指すゴールは、まだまだ不透明だ。

 

「そう言えるのはお前だけだ」

 

 清隆は俺を呆れたような顔で見て来る。そんな表情を眺めていると随分と表情豊かになったと思う。

 

 良い顔だ、無表情よりもずっと人間らしい。ご両親にも見せてあげた方が良い。

 

「それと清隆、君にも言っておくことがある」

 

「なんだ?」

 

「あまりこっちに遠慮する必要はないよ。俺と君は友人であり相棒だ」

 

「……」

 

 そう伝えると彼は少しだけ考え込む。そして納得したように頷いてからこう言った。

 

「そうだな。これからはそうしよう……立ち塞がる何もかもを排除するぞ、二人でな」

 

「あぁ、それで良い」

 

 うん、その言葉が聞きたかった。

 

 

 

 

 

 

 

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