ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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片付けなければならない問題

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、相変わらず先生がいると場がピリピリするね。君たちも苦労するんじゃないかな?」

 

「いえ別に」

 

「師匠に比べたらペンギンみたいで可愛いです」

 

「そ、そうか……」

 

 もしかしたら今のは坂柳理事長なりに場を和ませようとしたのだろうか? だとしたらもっと気の利いた返事をするべきだったのかもしれない。

 

「坂柳理事長、答えられる範囲でいいんですが、先程あの男が――父親が言っていたことで気になったことがあります」

 

「ひょっとして、君が入学に至った話のことかな?」

 

「そうです」

 

「うん。綾小路先生の言う通りさ。この学校は全国の中学生に対して、こちらが事前に調査をして当校に所属するに値すると判断した生徒にだけ入学を認める。毎年各中学校の管理者と連携して取り組んでいるんだ」

 

「それでは、この学校に推薦が出た時点で、もしかして入学は確定していると言うことですか?」

 

 俺の疑問に理事長は大きく頷く。なんてこった、じゃあテストも面接も全部飾りでしかないってことになる。結構頑張ったつもりだったんだけどな。

 

「ただ君たち二人の場合はそういった推薦も無かったから、僕の独断ということになってしまうけどね」

 

「確かに、俺は中学はおろか小学校も通っていなかったので、推薦なんて貰える筈もありませんよね」

 

 つまり完全完璧にコネ入学ということになる。喜ぶべきか悲しむべきかよくわからないな。

 

「いつか君たちにもわかってくる。僕らが目指す育成方針がどんなもので、どんな効果を生み出していくのか」

 

「教育の良し悪しは俺にはわかりません」

 

「笹凪くんはずっと教授の教えを受けていたから、一般的な教育というものに触れる機会も無かったのかな」

 

 おそらくそれは清隆も同じ筈だが、彼の場合は極めて高度であるが常識的に収まる範囲の教育であった筈だ。少なくとも師匠に比べればまだ科学的だったと思う。

 

「せっかくだから聞いておこう。教授からどんな教えを受けていたんだい?」

 

 坂柳理事長がそう訊いてくると、清隆も興味を引かれたのか意識と姿勢をこちらに向けて来る。

 

「師匠は言っていました……教育とは改造だと。そして成長とは改造で、鍛錬とは改造で、人生とは改造で、勉強とは改造で、改造で改造で改造で改造だと……生と死すらも、改造らしいです」

 

「そ、そうか……大変だったね」

 

「ホワイトルームとはまた違う方向性だな。興味深くはある」

 

 清隆が興味を持っちゃったよ……やめとけ、あの人の改造は冗談でも誇張でもないから。

 

「何度もドンパチ現場には連れていかれるし、ゴリラや熊と戦わされるし、ジャングルに一カ月近く放置されて、山から突き落とされて、バカみたいに重たい仁王像を背負いながら三日三晩走らされるわで……この世の地獄を舐め尽くしてもまだ足りないって言われるような生活でした」

 

「お、おぅ……苦労したんだな」

 

「ん~、昔から容赦のない人だったけど。お弟子さんにはなお厳しく接していたようだね」

 

 清隆と理事長から向けられるのは同情的な視線である。

 

「ですがまぁ、そんな師匠を俺は尊敬しています。俺に生き方の全てを教えてくれましたので」

 

 改造だって慣れてくればどうということもない。日常の延長である。骨も筋肉も内臓も日に日に頑丈になっていったからな。もしかしたら俺もいつか師匠みたいに老いが遅くなるのかもしれない。そうなるにはまだまだ鍛えないといけないだろうけど。

 

「けれど師匠はこうも言っていました。お前に足りないものをここで学んで来いと」

 

「うん。この学園が君と、そして清隆くんにとって様々な学びの場となることを祈っているよ」

 

 最後に坂柳理事長はそう言って微笑んだ。こうして予期せぬ会談は終わることになるのだった。

 

 俺と清隆は応接室を出て日常へと帰ることになる。色々と濃い人たちだったと思い返しながらようやく一息つけることになった。

 

「君のお父さん、濃かったね」

 

「それはそうだが……あっちもお前にだけは言われたくないだろう」

 

「あはは、かもしれないね。いや、俺もね、あんなことをするつもりは無かったんだけど、ついね」

 

 本当にやらかしたと思っている。しかも師匠モードの俺がやったことだからどこか他人事に感じてしまうのだから、とても質が悪い。最悪とさえ言っても良いだろう。

 

「まあやってしまったことは仕方がない。反省しつつ次に活かすとしよう」

 

 とりあえず師匠モードの俺に説教だな。今も頭の片隅で、今日の授業とこれまで学んだ十五年分の学びと記憶を思い出して予習復習をしている憎らしいあの野郎にお灸をすえなければならない。

 

「今からグループと合流するかい?」

 

「いや、もう解散してるみたいだぞ、今日は寒いからな」

 

「なら久しぶりにラーメンでも食べに行こうか?」

 

「それも良いかもな……そうだ、さっきあの男が言っていたことで気になったことがある。超人七号ってなんだ?」

 

「え、あ~……なんて言えば良いんだろうな。確か国が定めた基準みたいなものがあってね。国家、社会、経済、法、秩序や国民に甚大な被害を与えると思われる個人を超人って言うらしいよ」

 

「そんな連中がいるのか。七号ということは、他にも六人いるのか?」

 

「いや、確か二十人位いたと思う。俺も全員は知らないけど」

 

「天武みたいなのが二十人もいるのか、どうなってるんだこの国は……」

 

 戦慄したかのようにそう呟く清隆だが、彼もその内認定されてもおかしくないと思う。それこそホワイトルームで学んだ知識でなんやかんやして脅威と国に判断されれば一発だ。

 

 そんなことを話しながら廊下を歩いていると、壁に背中を預けて手を組んだ状態の茶柱先生が視界に入って来る。もしかして清隆を待っていたんだろうか。

 

「父親との対面はどうだった?」

 

 僅かに煙草の匂いを漂わせている茶柱先生はそう問いかける。最近は僅かに穏やかな表情を見せることも多かった人だが、今は五月頃の冷たく鋭い雰囲気を前面に出していた。

 

 珍しく緊張している様子も見える。この人もあまり内心を覗かせない人で、観察するのが難しいのだが、今は綻びが多く見えるな。それだけ動揺しているのかもしれない。

 

「下手な探りを入れても無駄ですよ。もう全て理解しました」

 

「……理解した、とは?」

 

「茶柱先生。貴女がオレに言ったことは殆どが嘘だった、ということですよ」

 

 そう言えば、清隆は茶柱先生に脅されていたんだったな。

 

「あの男は茶柱先生に接触などしていない。当然、退学にするよう迫ってもいない」

 

「いいや、お前の父親は私に協力を求めて来た。事実、私がお前に教えたように退学を迫ってきた筈だ」

 

「もう化かし合いも結構ですよ……それに、今更その行動に言うべきことはありません。色々と納得できないこともありましたが、得るものも多かったので」

 

 そこで清隆は俺に視線を向けて来る。確かにもし茶柱先生が清隆を脅さなかった場合、彼は俺とあの夜の手合わせに至らなかったかもしれないな。

 

 そう考えると俺も茶柱先生に感謝した方が良いのかもしれない……いや、それは駄目だな。教師として考えうる限り最悪の手段だろうから。

 

「茶柱先生、俺からも一つ良いですか?」

 

「なんだ?」

 

「どうして清隆を脅してまでAクラスに上がりたいんでしょうか。単純に教師としての評価の為なのか、それとも別の思惑があったりします?」

 

「もしあったとして、お前たちに説明する必要がどこにあるというんだ」

 

「いや、あるでしょう、清隆を脅してるんですから。何の説明もなく納得しろだなんて、どうかと思いますよ」

 

 説得ではなく脅迫なので説明する意味もないのかもしれないが。

 

「まぁ、話したくないというのなら構いませんけどね……けれど、これだけは言わせてください。生徒を脅すのは止めた方が良いですよ」

 

「……」

 

 黙ったままの茶柱先生に、これだけは言っておかなければならない。

 

「わざわざ脅さなくても、素直にAクラスを目指したいから協力してくれって言えば良かったんです。脅して弱みを握って、この学校に染まり過ぎです」

 

「そうだな、天武の言う通りだ。教師のやることじゃない」

 

 清隆もここぞとばかりに合わせて来る。どうやら内心ではこき使われることに不満があったらしい。当たり前のことではあるけど。

 

「それでどうする、今更協力しろと言って、お前たちは素直に力を振るうのか?」

 

「はい、もちろんです」

 

「いやに素直だな」

 

「茶柱先生がひねくれてるだけですって。安心してください、少なくとも俺はこれからもAクラスを目指すことに全力を尽くしますので。清隆はどうする?」

 

「あの男と茶柱先生の関係が嘘だとわかったんだ。従う理由はなくなったな……それに天武や堀北もいる、オレがいなくても勝手にAクラスに上がると思う」

 

「そうか、ならこれからは俺を助けてくれ」

 

「うん?」

 

「茶柱先生に脅されたからじゃなくて、俺の力になってくれ」

 

 嫌々、仕方なくではなく、これから先は自分の意思で戦って欲しい。そんな願いを込めてそう伝えると、清隆は僅かに考えてから納得したように頷く。

 

「わかった……別に丸投げするつもりはない。それも良いかもしれないな」

 

「だそうですよ茶柱先生、お願いなんてこんな感じで良いんですって」

 

 別にこれは皮肉で言っている訳ではない。変に遠回りして脅しとか弱みとかそういう考えに染まり切っているこの人の目を覚ましたかっただけである。

 

「安心してください、必ずAクラスに上がりますから。俺の矜持の全てで何もかもを引きずり回してね」

 

 そう伝えると茶柱先生はどこか遠くを見るような瞳となった。何かを思い出すような、それでいてもう届かないものを眺めるかのような視線だ。

 

 当たり前のことだけど、この人だって色々な経験をしてこの場所にいるということだろう。いつかその心の内を語ってくれる日が来るのだろうか、今の俺にはわからない。

 

「そうか、わかった。その意思があるのなら何も言うまい。これからも期待している」

 

 どんな思いや考えが彼女の中を去来したのかはわからなかったが、最終的にはいつもの鋭い顔つきに戻ってそう言うのだった。

 

 去っていく茶柱先生を見送って、廊下に取り残された俺と清隆は反対側に歩き出す。

 

「ラーメン食べに行くか……後、相談したいこともあってさ」

 

「堀北のことか?」

 

「どうしてわかったんだい?」

 

「ここ最近は露骨に機嫌が悪かったからな。隣の席からの圧力も凄いんだ、正直、さっさと解決して欲しい」

 

 廊下を歩きながら校舎の玄関を目指す途中で話すのはそんな内容だった。

 

 そう、俺には今、とても大きくて深刻な悩みがあるのだ。

 

 

 その名も、堀北鈴音さんブチギレ問題である。

 

 

 実はここ最近、鈴音さんの機嫌がとても悪い。それはもう最悪だ。しかも俺にだけ刺々しい。暫く見なかったハリネズミモードをクラスで俺にだけ向けて来るようになったのだ。

 

 悲しいね……確かにさ、褒める約束をしたのに、それを放り出して櫛田さんをデートに誘ったことは悪かったと思うよ? けれどそこまで怒らなくてもいいじゃないか……なんてことを彼女に伝えたらそれはもうブチギレられてしまった。

 

 そんなに褒められたかったのかと気が付いた頃にはもう遅い。俺と鈴音さんとの間には無数の針が立ち塞がっていたのだ。

 

 ハリネズミモードの鈴音さんも可愛いから好きなんだけど。多分、これを言ったらまた怒られるのでそこは自重している。

 

「俺は、何を間違ったと思う?」

 

「敢えて言うのならば、全てだろうな」

 

「そうか。けれど桔梗さんとは友達になることができたんだから±ゼロかもしれない」

 

「……お前は一度殴られた方が良いかもしれないな」

 

 まさか清隆からそんなことを言われる日が来るとはね。

 

「どうすれば鈴音さんは許してくれるのやら……」

 

「変に拗れる前にしっかり機嫌を取っておけ」

 

「その方法をまさに知りたいのさ」

 

 そんな会話をしながら下駄箱で靴を履き替えていると、俺たちの隣をスマホを耳に当てた状態で会話をしながら歩く一人の女子生徒が通り抜ける。

 

 僅かな甘い匂いは最近になってよく鼻孔を擽るようになったものだ。

 

「調子に乗ってるなぁ、雅のヤツ。にしても堀北生徒会長も使えないって言うか、雅を止めてくれるって期待してたのに。これじゃあゴリラくんに殴らせるしかないじゃん、雅の頭が吹っ飛んじゃうよ」

 

 通話を終えたスマホを耳から離して溜息交じりにそんなことを呟く女子生徒は、そちらに気を取られていたからなのか、足を引っ掛けてしまい体幹を大きく揺らしてしまった。

 

「危ないですよ、朝比奈先輩」

 

 そして俺は転びそうになっていた女子生徒、朝比奈先輩の肩を掴んで転倒を阻止した。

 

「ととッ……ごめんね、そしてありがと」

 

「いえ、お気をつけて」

 

「あ、もしかして今から帰り?」

 

「えぇ、友人とラーメンでも食べに行こうかと」

 

 朝比奈先輩は俺と清隆を見て納得した様子を見せる。

 

「これ、落ちてました」

 

 そして清隆は朝比奈先輩が倒れそうになった時に落としてしまったお守りを拾い上げて彼女に手渡した。

 

「恥ずかしい所見せちゃったな。でも良かった、無くしてたかもしれないし、ありがと」

 

 少し照れながら笑った朝比奈先輩はお礼を言ってそのまま寮へと帰っていく。俺たちはケヤキモールに行くので方向は正反対だ。

 

「さっきの、上級生のようだが、知り合いなのか?」

 

「スパイだ」

 

「そう言えば、上級生にもスパイを作っているんだったな。買収したのか」

 

「いや、向こうから接触してきたんだよ。買収した方のスパイは別にいる。情報は色々な方向から集めた方が良いからね」

 

「向こうから……お前が大量のポイントを持ってることを嗅ぎつけた訳か」

 

「その辺も理由の一つではあるんだろうけど、別の理由もあるようでね。二年の南雲って人、知ってるだろ、生徒会長の」

 

「あぁ」

 

「痴話喧嘩なのか嫉妬なのか、それとも良心からなのか知らないけど、その人を止めたいらしくて情報を流して貰ってるんだ。南雲先輩に関しては、どうせ絡んで来るだろうから今の内に外堀を埋めておきたくてね、嫌がらせが本格的になったら早めに対処もしたい……まぁ南雲先輩の指示で動いてる可能性もあるから、あんまり信用はできないんだけどさ」

 

「オレは詳しくは知らないが、危険な相手のようだな」

 

「危険、なのかな? 大勢の退学者を出してるみたいだけど……まだ清隆のお父さんの方が怖いと思うよ」

 

 だってあの人、指示一つで人も殺せるような人で、それを行うことに迷いがないタイプの人間だ。それに比べたら高校生なんて大した恐ろしさじゃないだろう。

 

 軍事衛星を乗っ取るハッカーとか、気に入らない相手を射殺する自衛官とか、滅茶苦茶狂信的な信者を大量生産する人よりもずっと南雲先輩は優しくて穏やかだ。

 

「まあ何であれ、立ち塞がって来るのなら相手をするさ」

 

 きっといい経験になるだろう。敵だろうと味方だろうと、俺にとっては大切な縁を結べる誰かは尊く思える。

 

「そんな訳で清隆には、俺が南雲先輩と戦っている時に、後ろから心臓を突き刺して欲しい。アキレス腱でも良いよ」

 

「なら、しっかりと場を整えないとな……そもそも、そんな状況になるのか?」

 

「さぁ、もしかしたらその前に退学爆弾で吹き飛ぶかもしれないね」

 

 以前、清隆と話していたクラス移動させてすぐに退学してクラスポイントをマイナスさせてから復学するという、ポイントに物を言わせた理不尽爆弾の実験に使っても良いかもしれない……滅茶苦茶恨まれるだろうけど。

 

 24億を集めると決めた時点で、同学年にその手段を行使する必要が無くなったから、やるなら二年生か三年生なんだよね。実際に可能かどうかの確認も含めた実験でもあるからな。

 

 南雲先輩は学年全体を支配しているって話だけど、全ての生徒がはいわかりましたと従っている訳でもない。退学爆弾を抱えて突っ込む人員も探せばいるだろう。

 

 ただ俺にだって良心はあるので、こっちから仕掛けることはない。けれど向こうから来るのなら話は別だ。俺は俺の友人を守る為にあらゆる手段を用意して実行しなければならない。

 

 南雲先輩をぶん殴って黙らせることになるか、それとも清隆がアキレス腱を後ろから突くことになるのか、あるいは退学爆弾で吹き飛ぶのか、もしかしたらスパイに刺されるのか、どんな展開になるにせよ手を抜く訳にはいかないな。

 

 まぁ今はまだ堀北先輩に夢中みたいなので心配する意味はないか、寧ろ注意すべきなのは龍園の方だろう。

 

 そしてその龍園や南雲先輩よりも、更に手強いと思われるハリネズミモードの鈴音さんとも戦わなくてはいけない。

 

 うん、前途多難だな。

 

 

 

 

 

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