「堀北鈴音に流行はわからない」
二学期も終わり今は冬休み、クリスマスという時期に私はケヤキモールで一人買物をしていた。
周囲を見てみるとこの時期なこともあって派手な電飾やクリスマス特有の飾りなども目立ち、そんな雰囲気に流されてか恋人同士の姿もチラホラと見受けられる。
この学校で恋人を作るのはとても難しくリスクもある。しかし彼ら彼女らはそれでも交際に踏み切ったらしい。
恋愛や交際に疎い私にはどこか遠い世界に感じてしまうわね。
もしかしたらこんな日に一人でケヤキモールを歩いている私は浮いているのかもしれない。今、すれ違った男女もどこかこちらも可哀想なものでも見た視線を向けて来ている。
まぁ構わない、気にしても意味のないことだもの。
けれど、ふと、もし私に恋人がいればこういった日に二人で出かけることがあるのかと考えて……あまり上手く想像はできなかった。
これまでそういったことを考えたことも無かったことに加えて、この学校の環境がまた邪魔をする。
「……」
なんとなく、よくわからないけど、頭に天武くんのことが思い浮かぶ。
彼のことを考えると不思議と心がざわつき、しかし変な安心感もあるので不思議な気分となってしまう。慣れない感覚なので頭を振って穏やかな笑みを思考の隅に追いやった。
今、考えるべきはそこではない、私がこうしてケヤキモールに来たのは、友人への誕生日プレゼントを購入する為なのだから。
「よくわからないわね……」
ただし難航していた。私にはこういった経験が圧倒的に不足している。そもそも兄さん以外に誕生日プレゼントを贈ったことがないのよね。
モール内にある様々な店を見て回るけれど、妙案は思い浮かばない。
暫くアクセサリーなどが並べられたショーケースを眺めていても、やはりこれといった物はなかった。
別に今日、絶対に買わなくてはならない訳ではないけれど、おそらく明日や明後日に先延ばしにしても結果は変わらないと思う。
けれど時間は有限、一月一日が私の友人、笹凪天武くんの誕生日なのだから。もう一週間も時間は残っていないわね。
「あれ、堀北さん?」
ああでもない、こうでもないと悩んでいると、背後から声をかけられる。振り返ってみるとそこにいたのは櫛田さんだった。
「もしかして堀北さんもクリスマスプレゼントを買いに来たのかな?」
色々と、本当に色々とあって、一言では語れない程に複雑な関係になってしまった櫛田さんは、この前の決闘を気にも留めていないかのように、いつものニコニコとした顔でこちらに近寄って来る。
きっと内心では、とても複雑な思いがあるのでしょうけど、それでも表面上は取り繕ってくれている。
「いえ、そうではないわ、これは、その……クリスマスプレゼントではなく、誕生日プレゼントよ」
「誕生日……あ、そっか、天武くんの誕生日ってもう少しだもんね、そっかぁ」
納得がいったのか、彼女もまた私の隣に立って、ショーケースの中を眺めていく。
「櫛田さん、貴方は一人?」
「うん、でもこの後、友達と一緒にクリスマスパーティーだから、プレゼントを買いに来たんだよ」
なるほど、交友関係の広い彼女らしい行動ね。
「その、櫛田さん……貴女は誰かへのプレゼントに慣れているわよね? よければ、アドバイスをくれないかしら」
私がそう伝えると、隣にいる櫛田さんは一瞬だけいつもの穏やかな表情を崩すけど、すぐに戻る。
「嫌かな」
「そう、理由を聞いてもいいかしら?」
「寧ろどうしてアドバイスが貰えると思ったのかな? あんなことがあったのに」
「そうね、けれど私はこれから貴女との関係を見直したいと思っているわ」
「……」
彼女は私の言葉に黙り込んでしまう。その複雑な内心は読み取れない。
「櫛田さん、もしかして貴女は私を退学させることをまだ諦めていないのかしら?」
「やだなぁ、そういう約束での勝負だったんだから、負けてしまった以上はもう何もしないよ」
「そう、なら良かったわ」
きっと、今の言葉には嘘があるんでしょうね。
「それに、何をしようがきっと無駄になるもん」
「え?」
「もし仮にね、私がまた堀北さんを追い込もうとしても、絶対に天武くんが立ち塞がるよね……なら、どうするの? 例えば他のクラスの人とか、もしくは生徒会長とか、その辺の人たちと手を組む? 坂柳さんとか南雲生徒会長とか……それで、天武くんに勝てるかな?」
アクセサリー類が入ったショーケースから視線を逸らして、櫛田さんは静かにそう言った。
「うん、無理……誰も天武くんには勝てないよ。無駄なことはしたくないかな」
「えぇ、そうね、諦めてくれたのなら何も言うことはないわ」
なるほど、だから彼女は諦めてくれた……或いは、そんな脅威と見ている天武くんそのものを味方に引き入れようとしているのかもしれない。
「それで、もう一度お願いするのだけど……アドバイスを貰えないかしら?」
「一度断ったと思うけど」
「けれど、櫛田さん以上に頼りになる相手もいないのよ、この手のことは……だから、お願いします」
しっかりと頭を下げてそう伝えると、櫛田さんは何とも言えない複雑な表情になった。
そのまま暫く時間が過ぎ去ると、彼女は諦めたかのように溜息を吐く。
「はぁ……なんで私が敵に塩を送らなきゃダメなのよ」
やや強い口調と、苛立ちが混じった表情は彼女の裏の顔だけれど、少しだけ疲れや憐れみが混じっているようにも見える。
ほんの少しだけ、以前よりも彼女と距離が近くなったのかもしれない、少なくとも素の自分を簡単に見せてくれるようになったと思うわね。
「う~ん、そうだなぁ、天武くんへの誕生日プレゼントかぁ……何がいいかなぁ」
素の彼女はすぐに姿を消していつもの彼女に戻ると、一緒にプレゼント選びに悩んでくれた。
そうして二人並んで色々と考えていると、櫛田さんは突然に意地の悪い顔をしてからこんな提案をしてくる。
「ねぇ堀北さん、異性への誕生日プレゼントの流行ってわかるかな?」
「流行、そんなものがあるのかしら?」
「うん、もちろんあるよ、そういう流行とかしっかり押さえておくと、やっぱり喜んでくれるんじゃないかな?」
なるほど、一理はあるわね。
櫛田さんに勧められて案内されたのは、一見すると誕生日プレゼントを選ぶには不似合いな場所であるケヤキモール内の本屋であった。
彼女はこんな場所で何を勧めるつもりなのかしら?
「はい、堀北さん。この本を贈るのが今のトレンドだよ」
「これは……」
そう言って彼女は進めてきたのは、世間一般でいう所の結婚情報誌であった。
ウエディングドレス特集であったり、結婚式場の紹介であったり、後は何故か婚姻届けまで付録で付いているような雑誌を彼女は勧めてくる。
「これが、今の流行なのかしら?」
「うん、今の女の子はね、男の子の誕生日にはこの雑誌を贈るのがブームなんだって言われてるんだよ」
「そうなのね……私には理解できないことだけど、こういう流行もあるのね」
ニヤニヤと、意地の悪い顔を浮かべる櫛田さんは、これでもかと私に結婚情報誌を勧めて来る。これこそが天武くんへの誕生日プレゼントに相応しいと。
流行であったり、誕生日プレゼントに疎い私には上手く判断できないけれど……こういったことに慣れている櫛田さんが言うのなら間違いはないのかしら?
「天武くんは、これなら喜んでくれるかしら?」
「絶対に喜んでくれるよ、間違いなく!!」
「貴女がそこまで勧めてくるのなら……」
勧められるまま、私はその雑誌に手を伸ばして購入することになる。流行と言うものがわからない私にとっては、この手のことに詳しいであろう櫛田さんの言葉を疑うことはなかった。絶対的に経験値が足りていないのだから。
今にして思えば、ここで櫛田さんが浮かべている「勝った」という意地の悪い顔をもっと気にするべきだったのだと思う。
私が自分の過ちに気が付いたのは、この雑誌を買って寮に帰る時、ロビーで同じように部屋に帰ろうとしていた綾小路くんと偶々出会った時になる。
「珍しいな、お前はこう言う日も部屋で勉強していると思っていたんだが……もしかして天武と出かけてたのか?」
私服姿の綾小路くんは、意外そうな顔を隠そうともしないわね。言っていることは間違ってはいないのだけど、そんな風に思われるのは少し納得できないわね。
「違うわ……ただ、彼への誕生日プレゼントを探していたの、散々迷惑をかけて世話になったのだから、それくらいはするべきだもの」
「そうだな」
「綾小路くん、貴方も友人を自称するのなら、何かしら用意しているのでしょう?」
「カップラーメンの詰め合わせと、ハムとソーセージでも贈るつもりだが」
「それは……誕生日プレゼントとしてはどうなのかしら?」
「いや、天武はアクセサリーとかよくわからない小物よりも、そういった物の方が嬉しいはずだぞ……男への誕生日プレゼントなら百点満点らしいからな」
「そういうものなのね」
「因みに訊いておくが。堀北はどんな物を贈るつもりなんだ?」
「私はこれよ、櫛田さんが言うには、こういった物を贈るのが流行らしいから」
そう言って私は購入した雑誌を彼に見せる……すると、彼は見たことも無いような複雑な顔を見せる。なんでそんな反応をされるのかしら?
「なん……だと」
「何かしらその反応は? 言いたいことがあるのならハッキリ言いなさい」
綾小路君はそこで、これまで見たことも無いほどに真剣な顔になって、私にこう言った。
「いいか堀北、よく聞くんだ……お前は今、死地にいる」
「どういうことかしら?」
「部屋に帰ったらまずパソコンでしっかりと誕生日プレゼントで検索して調べるんだ。オレから言えるのはそれだけだ」
「よくわからないけれど……」
部屋に戻った後、私は言われた通りに検索して……散々な情報を得ることになる。考えてみれば当たり前のことだけど、流石に誕生日プレゼントに結婚情報を贈るだなんて、とんでもない爆弾になってしまう。
櫛田さん……貴女は本当に強敵のようね。
「佐倉愛里は気になって仕方がない」
き、清隆くんが……デ、デートしている!? 佐藤さんと、クリスマスに!?
あば、あばばば、あばばばばばッ!?
つ、つまり、清隆くんと佐藤さんは……!?
「あちゃ~……」
「しまった、露見してしまったか」
私の後ろで、波瑠加ちゃんと天武くんの声が聞こえて来るけど、今は気にしていられなかった……だ、だって、佐藤さんと清隆くんが……。
「こうなるのを避ける為にカラオケで遊ぶことにしたんだけどねぇ……出た所で視界に入っちゃったかぁ」
「まぁそんなこともあるよ……運が無かったと思うしかないさ」
「愛里大丈夫かな? なんか口の端っこから魂的な物が漏れ出てるけど」
「波瑠加さん、とりあえずそれを押し込んでから彼女のケアを行おうか」
「それしかないか……ほら愛里、戻っておいで。ちょーっとこっちでお話しようね」
私は波瑠加ちゃんに引きずられてズルズルとケヤキモールのカフェに引き込まれていくけれど、視線はずっと清隆くんたちから逸らすことができません。
今日はクリスマス、とても特別で、大切な日……グループの皆で集まって楽しもうと言う話になって、けれど清隆くんの予定は合わなくて、途中までは明人くんと啓誠くんもいたけれど途中で切り上げてしまって。残った波瑠加ちゃんと天武くんはどうしてか人目に付かないカラオケで過ごすことを薦めてきたんだけど……いや、そうじゃなくて、重要なのは清隆くんが……あばば。
「さて、どうしよっかテンテン?」
「ん……良い機会だ、ここはこの状況を最大限利用しようじゃないか」
カフェの席に座って、茫然自失となっている私の前で、波瑠加ちゃんと天武くんはそんな話をしているけど……どこか遠い世界のように感じてしまう。
「愛里さん、知っているかな……清隆は実はモテるんだ」
「ッ!?」
その言葉にようやく私の意識は引き戻されて、波瑠加ちゃんに押し込まれたフワフワした何かを呑み込むこともできた。
「確かイケメンランキングでもなかなかの上位にいた筈だよ」
た、確かに……清隆くんは、カッコいい!? 前に触れた手も力強くて、運動も勉強もできて、しかも優しい。
だ、だから、佐藤さんとデートしてもおかしくないのかな。
「世間一般では平田のような正統派なイケメンが持て囃されるのだろう。けれどね、人の好みは千差万別で、清隆の方が良いと思う人もいるんだ」
「……」
「そして清隆も何だかんだで男だ。女子に近寄られて悪い気はしないだろうね」
さっき、波瑠加ちゃんに押し込んで貰った何かがまた口から漏れ出そうになってしまう。
「このまま流れ次第では、新学期頃には清隆と佐藤さんは付き合うことになるのかもしれない……いや、俺としてはそれでもいいんだ、それもまた彼の選択であり、考えなのだと祝福できる」
「ちょっと待ってねテンテン、また口から飛び出しそうになってるから……」
波瑠加ちゃんがまた何かを私の口の中に押し戻す。
「しかし愛里さん、君もまた俺の友人であると思っている……そして機会とは平等に与えられるものだとも」
「わ、私は……その」
「あぁわかっているよ、難しいのだろう、勇気のいることでもあるんだろう……だが、踏み込まなければ何も得ることはできない。口を開けているだけで餌が貰えるのは雛鳥だけだ。その点で言えば佐藤さんは素晴らしい、まさに捕食者のそれだ」
「まぁ積極的な方が有利なのはそうかもね~」
波瑠加ちゃんの相槌に私はますます追い込まれてしまう。
「もちろん、簡単なことではないんだろう。愛里さんは愛里さんで、自分のペースがある……しかしだ、これだけは忘れないで欲しい、清隆はモテるのだということを」
「そ、それは、その……でも、私は」
「あぁ、そうだね。俺はきっと、凄く難しいことを言っているんだと思う」
カフェの机を挟んで正面にいる天武くんは、とても穏やかな表情をしている。凄く怖くて、それ以上に優しい人だって知っているけど、偶に父性を感じさせるような表情になると波瑠加ちゃんが以前に言っていたことを思い出す。
そう考えると、もしかしたら私は天武くんに幼い子供のように思われているのかな?
「未来のことなんて誰にもわからない、当たり前のことだけど俺たちにできるのはより良い未来に踏み出すことだけだ。きっと佐藤さんはそれができる人なんだろうね」
そして、それを出来ないのが私なんだと思ってしまう。ずっとそうだったから、これまでも、きっとこれからも。
「沢山悩んで、そして勇気ある一歩を踏み出して欲しい。それが俺の偽らざる本音だ。それは愛里さんへの言葉でもあるし、きっと清隆への言葉でもあると思う。ごめんね、凄く偉そうに語っちゃって」
「うぅん……そんなこと、ないよ。私が、いつも引っ込み思案だから駄目なんだと思う」
これまでもそうで、きっと踏み出さなければこれからも同じなんだと思う。
けれど、これまでと違うことがある……私には、入学当初では考えられないほどに、友人が出来たから。
私や波瑠加ちゃん、啓誠くんや明人くんがDクラスに連れ去られて動けなくなった時、天武くんは恐れることも戸惑うこともなく助けに来てくれて、それはきっと凄く勇気のあることで、誰にだってできることじゃない。
こんな風に、あの人のようになりたいと、天武くんはそう思わせるような人だと思う。胸の奥にある言葉では言い表せることのできない思いを、前に進めてくれる。
憧れと、そう言えるものを、天武くんは私にくれたのかもしれない。
「わ、私に……何ができるかな?」
そう伝えると、天武くんは穏やかに笑う。そして波瑠加ちゃんも。
「ん、男の俺に上手いアドバイスはどうにもね、波瑠加さんはどうかな?」
「う~ん、メイク変えてみるとか、眼鏡を外してみるとか……パッと思いつくのはその辺かなぁ~」
「確かに、印象は変わるかもね。オシャレや流行なんかは俺にはわからないけど、姿勢は大事だということはわかるよ。俯き気味よりも顎を引いて背筋を伸ばした方がキリッとした印象を与えられるだろう」
「でしょ? それじゃあ愛里改造作戦、行っちゃおっか?」
「え、え? あの、波瑠加ちゃん?」
「大丈夫、大丈夫、前から色々と弄ってみたかったんだよね~。愛里って素材はピカイチなのに、どこか損してるっていうかさ。良い機会だから試してみようよ。テンテンは後で男子目線の感想くれる?」
「了解した、任せてくれ」
こうして引っ込み思案な私は少しだけ前に踏み出すことになる。きっと以前の私なら恥ずかしくてどうしようもできなかったことも、友達が支えてくれるのなら進んでいける。
見た目だけじゃない、これから先、皆の足を引っ張らないように勉強も、そして運動も頑張らないといけない。
この憧れが、その力をくれたのだと思う。
「天才と超人」
クリスマスを二日後に控えた23日、学校も冬休みに入り学生たちは一時の安らぎを謳歌する中、私は今日とある人物と待ち合わせをしていた。
「御機嫌よう、天武くん」
「やぁ坂柳さん、御機嫌よう」
ケヤキモール内にある個室を提供できるカフェの一室、夏休みに彼と話した場所と同じ部屋で私たちは落ち合う。個室に入って来た彼は穏やかな笑みを浮かべて私と真澄さんに挨拶をしてきます。
「神室さんも、御機嫌よう」
「うん」
天武くんと真澄さんは同じ美術部なので接する機会も多い筈ですが、あまり親しい関係ではないようですね。いえ、あまり社交的ではない真澄さんがしっかり挨拶を返す辺り、一般的な男子生徒よりも親しいとも表現できます。
きっと真澄さんは天武くんを脅威に感じて、同時に評価もしている、そんな所でしょうか。
「今日は急な申し出を受けてくださってありがとうございます」
「構わないよ。何か予定があった訳でもないからね」
「おや、そうなのですか? クリスマスも目前なのですから、浮き名の一つや二つ、流しているものだと思いましたが」
「そうであれたら華やかだったんだけどね。残念ながらそうはいかなかったよ」
こちらの冗談に、彼は変わらず穏やかな笑みを浮かべながらそう返す。慌てるでも恥ずかしがるでもなく、いつも通りに。
ふむ、こうも揺るがないと、それはそれでつまらないものがありますね。
「坂柳さんはどうかな? クリスマスの予定は?」
「残念ながらこちらも寂しいものです」
「そうか、君のクラスの男子は見る目がないようだね」
「ふふ、こちらの男子生徒にそう言ってあげてください」
席に座った彼はココアとケーキセットを注文して、品が届いて僅かに喉を潤してから改めてこう言った。
「それで、どうして俺は呼ばれたのかな?」
「おや、友人をお茶に誘ってはいけませんか? 別にこれが初めてでもありませんよ」
「なるほど、じゃあお喋りしようか、友人らしくね」
「まあ話があるというのも事実なのですけどね」
「ん、聞こうじゃないか、お茶しながらね」
「えぇ、その前に……真澄さん、申し訳ありませんが、少し席を外してもらえませんか?」
「はぁ、何でよ?」
「彼と内密の話があるので」
「……それは、私には聞かせられないことな訳?」
「はい、知る必要がありません」
そう伝えると真澄さんは渋々といった様子で個室の外に出ていきました。少し申し訳ない気持ちになりますね。後で沢山構ってあげましょう。
「良かったのかい?」
「聞かせられない話もするかもしれませんので」
私がそう言うと、天武くんは僅かに警戒を高めました。普段の穏やかな表情も嫌いではありませんが、背筋を震わせるような鋭い雰囲気の方が好ましく感じますね。
「貴方に遠回しなことを言っても仕方がないと思うので、シンプルにいきましょうか……私としては、そろそろ綾小路くんと戦ってみたいのです」
「確か幼馴染と以前に言っていたね」
「あぁ、誤魔化す必要も取り繕う必要もありませんよ。私はホワイトルームに関してはある程度知っているので、彼の出自も存在理由も把握しています」
「ん……そうか、なら構わないか。その理由を訊いても?」
こちらの全てを観測するかのような、底知れない何かを封じ込めた瞳が向けられる。
「偽りの天才を屠る、それではいけませんか?」
きっとこの言葉は他者を納得させるには、色々と不十分なのでしょうね。
「私は綾小路くんに勝って証明したいのです。人工の天才など、作れる筈がないのだと」
それが私の、あのガラスの向こう側にいる子供たちを見た時からの目標。
「君はもしかしてホワイトルームに否定的なのかい?」
「一定の理解と、一定の批判と言っておきましょうか。天武くんもそうなのではありませんか?」
「そうだね、同じ結論だ……しかし俺は君のような証明を求めたいとも思わないかな。だから疑問にも思うんだ、どうして坂柳さんはそんなことを思ったのか」
どうしてかと問われると、思い浮かぶのは私を抱き上げながら同じようにガラスの向こう側を眺める父の姿であった。
ホワイトルームという環境に、希望と憂いと悲しみを見出す父の顔が。
そう考えると私の目標は、父の悲しみを打ち払いたいと言う、とても単純なものになるのかもしれません。私がホワイトルームを否定することでそこに繋がると、あんな施設は無駄なのだと証明できれば、その憂いが無くなるのかもしれないと考えたのが始まりになってしまう。
「ふふ、そうですね。お父様に喜んで欲しいから、それではいけませんか?」
こんなセリフが返ってくるとは思わなかったのか、天武くんはココアが入ったカップを持ちながらキョトンとした顔をしています。
彼のペースを少しだけ崩せたと思うと、どこか嬉しい気分になりますね。
「そうか……お父上の為にね、理由としては確かにそれで十分か。けれど清隆に勝ちたいのなら、今この場に呼んで何かしらの勝負でもしたらどうかな? 君が得意なチェスもある訳だしね」
「わかっていませんね。私はずっと彼に挑み勝利することを願っていたのですよ? だというのに、そんな形でなんてもったいない」
そう、こんなカフェの個室でひっそりとだなんて、あまりにもつまらない。
ロマンチストと笑われてしまおうと、彼との戦いは劇的でなければならない。意地と言われてしまえばそれまでになってしまうけど、重要なことですね。
「この人に勝ちたいと、そんな願いが、このカフェで叶ってしまうなんて……寂しいではありませんか」
すると彼はクスクスと笑って見せる。微笑ましい何かを見つけたかのように。
「坂柳さんは俺が思っていたよりもずっと、ロマンチストのようだね……でも、うん、そうだ、劇的っていうのは大事なのかもしれないな、ロマンと言うのは大切だ」
「わかっていただけたようで何よりです……だからこそ、クラスを率いる天武くんに舞台を整えて欲しいんです。実はここに来る前に綾小路くんと接触したんですけど、あまり乗り気ではないようでして、天武くんに訊けと丸投げしてきたんです」
「全く、面倒事はこっちに押し付けてくるんだから困ったものだ……ん、どうせ俺たちもその内にAクラスに挑むつもりではあったから、都合が良いと言えるのかもしれないね」
「では?」
「あぁ、今後行われる特別試験の状況次第では、こちらから挑ませてもらおう」
「貴方ならば、そう言ってくれると思っていましたよ」
綾小路くんも、こういった積極性は見習って欲しいものですね。
「しかし君は清隆を偽りの天才だと言うが、俺からしてみれば彼は十分に天才だと思うんだけどね。清隆が言うには彼以上の存在はまだいないみたいだし……ホワイトルームが凄いと言うよりは、単純に清隆が凄いんじゃないかって考えているんだけど」
「確かに、その可能性は否定できないでしょう。それを確かめる為にも、戦いたいんですよ」
「ん……君の考えは君だけのものだ。俺が否定した所でなんの意味もない」
クスっと笑った天武くんは、カップに入っていたココアを飲み干す。
「どうなるかは今後の展開次第だけど約束するよ。俺たちは君たちに挑ませてもらう、矜持に恥じぬ戦いにしよう」
「えぇ、その時が来れば存分に」
打てば響くようにこちらの望む言葉が返って来る。こういったやりとりは良いものですね。
「じゃあ話は済んだみたいだし、俺はそろそろ帰ろうかな。あまり神室さんも外で放置するのも悪いからね」
「おや、せっかくの冬休みにこうして場を設けたのですから、このまま遊びに誘ってくれても良いんですよ?」
「俺としてはそれはそれで嬉しいけど、神室さんと遊びに来たんじゃないのかい?」
「彼女は別に貴方を嫌っている訳ではありませんよ。遊びに誘うと照れながらなんだかんだと付き合ってくれると思いませんか?」
「なるほど……迷惑じゃないのならせっかくの機会だ、一緒に遊びに行こうか?」
そんな誘いをしてくる天武くんはやはり照れた様子はなく、少しだけそれが腹立たしかった私は、こんな意地悪なことを言ってしまう。
きっと彼ならば、私が望む言葉をくれるだろうと期待して。
「もうお忘れですか天武くん、私は貴方が思っている以上にロマンチストなんです。女性を誘う時は、それなりに雰囲気を整えて貰いませんと」
冗談交じりに、しかし僅かな願いを込めてそう伝えると。彼はどこか納得したかのように頷いてから笑顔を浮かべました。
こちらの意図が伝わったのか、彼は大仰に、そして舞台役者のように、大袈裟な動きで手を差し出してこう言います。
「坂柳さん、よろしければお手をどうぞ……こんな感じかな?」
「ふふ……はい、エスコートを許しましょう」
彼は不思議な人だ。敵であり、友であり、超えるべき相手であり、遠くて近いそんな人と言えるでしょう。
敵として立ち塞がっても、友として背中を預けても、不思議と安心感と納得を与えてくれるのは、彼の特徴と言えるのかもしれません。
心地の良い時間を今は楽しみましょう。それはきっと、この学校でしか得られないものなのですから。
「師匠からの誕生日プレゼント」
それは破壊の化身であった。
火山の噴火が人の形をしていれば、大嵐が人の形ならば、押し寄せる土石流が人の姿をしていれば、切り裂くような雷が人であったのならば、きっと彼女になるのかもしれない。
立ち並ぶ障壁は悉くが粉砕されて、鋼鉄の戦車は見るも無残に薙ぎ払われる。銃口はその姿を捕らえることが敵わず、彼女の横断を止めることは難しかった。
気まぐれにその破壊の化身が戦車の砲身を掴み取れば、ありえないことなのに戦車は小枝のように振り回される。
戦車で戦車を吹き飛ばす、バットでボールを弾くかのように。
ありえない光景であるが、そのありえないを現実にするのがその女であった。
大地を踏みしめれば蜘蛛の巣状に砕け、拳を振るえば全てが粉砕される。
雷が切り裂くように、地震が砕くように、その行動の全てが止められない。
理不尽そのものとさえ言える彼女の蹂躙はそのまま続いていき、ものの五分でその場にいたあらゆる脅威がねじ伏せられるのだった。
彼女の横断が終われば、そこに何も残ってはいなかった。
「うむ……よい戦いであった」
その女は小枝のように振り回していた戦車を手放して静かにそう言った。そして静寂が広がった戦場に背を向けて離れていく。
後に残ったのは何もない。そこにあった筈の基地もテロリストも兵器も、全てが消滅して瓦礫の山が残るだけである。
「弟子、そちらはどうだ?」
「あ、師匠、お疲れさまです。凄く疲れましたけど大丈夫そうです」
少し戦場から離れるとそこには一人の少年が待っていた、或いは少女かもしれない。
少年、もしくは少女が腰かけているのは走行不能になった戦車らしい。砲身がへの字に曲がり、キャタピラが外れたそれを椅子代わりにしているようだ。
「そっちはどうですか……聞くだけ無駄みたいですね」
「よい戦場であった」
「こっちは凄く大変でしたけど……あ、そうだ。師匠、どうすれば戦車って楽に倒せますか?」
「殴る」
「他には?」
「蹴ればいいさ」
「……他には?」
「投げればいいだろう」
「すみません……俺には難しそうです。もっと手ごろな方法ってありませんかね。こいつを壊すのにも結構苦労したんですよ」
そういって少年はポンポンと自分が腰かけている壊れた戦車を撫でる。
「これはどうやって壊したんだい?」
「えっと、言われた通り射角の内側に入ってから飛び移って砲身を折り曲げて、その後にキャタピラと車輪を壊しましたけど、凄く大変なんですよね。だからもっと楽な方法がないかなって……なんかいい感じの技とか教えてくださいよ」
「技なんてものは基礎を天まで積み上げてからの話だよ」
「え~、ダメなんですか?」
「うむ……いや、そう言えばそろそろか」
師匠と呼ばれた女は懐から手製の懐中時計を取り出す。百年ほど前に気まぐれに作ったそれは今も変わらず針を進めていた。
二つの秒針は真上でぴったりと重なっている。つまり今は一日の始まりである。
「はぁ……私もつくづく君には甘いな。良いだろう弟子よ、君に技を一つ授けよう」
「良いんですか? どうして急に心変わりしたんです?」
その質問に懐中時計を見せつけられた。
「今日は一月一日……ここだとあまり実感はないだろうが、今頃日本では新年の始まりだ。つまり、弟子の誕生日だよ」
「あ、そっか、もうそんな時期なんですね。今年はずっと海外にいたからそんなこと忘れてましたよ」
「一月一日は特別な日だ。年を一つ変えることができる。そして君の誕生日、なら特別な贈り物が一つくらいあっても許される」
「なら技を教えてくれるんですね!?」
興奮したように跳ねまわる弟子に、師匠は僅かに笑顔を浮かべて頷く。
「よく見ていなさい。戦車に有効な技の一つだ」
師匠は拳を振って弟子が座っていた戦車の残骸を叩く。すると除夜の鐘でも打ち鳴らしたかのような『ゴ~ン!!』という重厚な音が戦車から響く。
「こうやって上手く衝撃と振動を内部で反響させるんだ。すると戦車の中にいる連中は全員意識を失う。壊す必要もなく無力化できるだろう」
「なるほど、便利ですね」
「やってみなさい」
弟子も師匠を見習って戦車を叩く、しかし重厚な音は響くことはない。
「すいません師匠、もう一度見せてください」
「こうだ」
また重厚な鐘の音が響く。そして弟子はその音を再現するかのように、師匠の動きを真似て戦車を叩く。すると一度目よりもマシな音になるのだった。
「もう一度お願いします」
「こうだ」
三度目、師匠はまた重厚な音を戦車から響かせる。そして弟子もまた三度目の正直とばかりに戦車を叩くと、全く同じ音を響かせて見せる。
「どうですか師匠!? 完璧ですよね?」
「うむ、見事だ。流石は我が弟子だ……とはいえ、動いている相手にするとまた難しい。鍛錬あるのみさ」
「はい、ありがとうございます!! よく考えてみると、師匠に初めて技を教えてもらいましたね」
「誕生日だからね、そんなこともあるよ……嬉しいかい?」
「はい、最高の誕生日になりました」
弟子がとても嬉しそうな顔を見せると、師匠もまた穏やかな笑みを浮かべる。
こんなこともあってか、この師弟は毎年、新年になると誕生日プレゼントと称して技を教えることになるのだった。
弟子にとっては、師匠から授けられる最高のプレゼントであると言えるのかもしれない。
「はッ!? ゆ、夢か?」
なんだかこの感覚も久しぶりに感じるな。最近は鳴りを潜めていたからもう来ないのかと油断していたが、そんな隙を突くかのように突然にやって来たか。
来るなら来るであれだが、来ないなら来ないで寂しいものがある……そう考えるとなかなかに翻弄されているのかもしれない。
だが良いだろう、待ちわびたぞ……楽しみにすらしていたんだからな。
眠っていたベッドから体を起こしてスマホを確認すると、時刻は一月一日の朝八時を示している。
今日は新年の始まりで、オレの友人である天武の誕生日であった。
プレゼントとしてカップラーメンの詰め合わせとハムとソーセージを買ってあるので準備は済んでいる。もう少ししたら渡しにいくとしよう。
だがまだ時間はあるので、さっきまで見た夢の内容を思い返す。
どこかの国の、どこかの戦場で、とある師弟が絆を育む夢であるが、流石に現実感が無さすぎるな。戦車を振り回したりそれで殴りつけるだなんて、まるで漫画の世界だ。
ありえない、人類にできることじゃない。だからオレは素直に思ったことを口にするのだった。
「いや、そうはならんやろ」
どうした訳か関西弁になってしまったが、その理由はオレにもわからなかった。