ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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勉強会を成立させろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間テストが迫ることで盛大に焦ることになるのはやはり赤点組だろう。茶柱先生は赤点を取ると一発退学と言っていたので、例え赤点組でなくとも盛大に焦る。

 

「皆、中間テストが二週間後に迫っている。なので今日から勉強会を開こうと思うんだ」

 

 誰よりも早く行動に移すのはやはり平田である。人望もリーダーシップもあるので本当にできた男である。

 

 女子生徒はこぞって参加するだろうし、赤点組だってこの状況下で参加しない意味が無い。

 

 ただこんな状況であっても何故か一夜漬けで乗り越えられると信じて疑わない者も何人かいるようではあるが。

 

 その三人とは池、山内、須藤の三人である。

 

 いや、彼らも焦りは内心ではある筈だ。それでもどこか斜に構えた態度なのはクラス全体の雰囲気や敵意が原因なのだろう。

 

 ポイントが減った原因の多くが彼ら三人であり、Sシステムの公開と説明があってから強い敵意を向けられるようになったのだ。

 

 それ自体は仕方がない、仕方がないと思うのだが、同じようにポイントを減らしていたであろう女子の一部ですら彼らに敵意を向けたのは正直どうかと思う。

 

 彼らも悪いが、彼女たちも悪いのだ。きっとあの三人の中でもなんで俺たちだけ槍玉にあげられてんだよと憤りがある筈、それでも平田に近しい女子たちはクラスカーストが高いので批判はされ難い。結果ヘイトが彼らに集中する。うん、悪循環だな。

 

 疎外感と憤りと、後悔と意地と申し訳なさと、強く出れない立場から、斜に構えてしまうのだろう。

 

 そんな彼らは平田主催の勉強会にも参加せずにフラフラとしている。ここで待ったをかけたのが堀北さんである。

 

 どうやら彼女も勉強会を開くつもりらしい。あのハリネズミモード全開で。

 

 鋭い針を向けながら勉強会を開こうとしても上手く行かないことはわかりきっているし、手伝いに駆り出された綾小路もそれは理解しており、結果として橋渡し役が必要となった。

 

「いやぁ、櫛田さんがいてくれて良かったよ。ほんっと頼りになる、よッ、大天使!! よッ、大統領!!」

 

「も、もう笹凪くん、褒め方が独特だよ」

 

「いやいや、本当に感謝してるのさ。俺や堀北さんが呼びかけてもあの三人は参加しなかっただろうからさ。その点、優しくて美人な櫛田さんなら効果抜群だ、しかも頭も良いから教師役も期待できる、完璧じゃあないか」

 

「……」

 

 櫛田さんは褒められて悪い気がしなかったのか、少しだけ照れた様子で頬を染め、僅かに体を震わせる。見ていてとても目の保養になるのだが、背中に突き刺さる堀北さんの鋭い視線が痛いな。

 

「あれ、どうしたの堀北さん? 怖い顔してるよ。どうしたのかな?」

 

「別に……何でもないわよ」

 

 櫛田さんがここにいることにまだ納得していない様子の堀北さん。この二人の相性が悪いってことはなんとなくわかるけど、今回だけは我慢して欲しい。

 

 俺と綾小路と堀北さんだけでは、あの三人を勉強会に参加させることは不可能だったからだ。

 

 だから睨まないで欲しい、ちゃんと三人を連れて来たことで帳消しにしよう。

 

 今は放課後、赤点組救済の勉強会がようやく開始された。

 

 池も山内も須藤も、どれだけ斜に構えていようとも心の内には焦りがある。だからこそ櫛田と言う餌を用意して勉強に参加しやすい状況を作った。仕方がないから参加してやるという言い訳を使わす為に。

 

 うん、面倒だよね。でもそういうのは大事で、どれだけ面倒であっても必要なことでもある。

 

 誰も彼もが鋭い言葉と正論で殴りつけてねじ伏せるだけでは駄目、社会を回していく上で、多少の配慮と虚飾は必要なのだろう。

 

 言い訳、大変結構、それで実際に上手く動くのならば大いに歓迎できる。

 

 人類だれもが相手を思いやる言葉で会話をできれば、例えそれが上辺だけのものであっても、きっと回っていくはずだ。

 

 櫛田さんのように上手く、そして巧みに相手を煽てられていれば世界はどれだけ平和だろうか。

 

 そんな櫛田さんとは対照的に、堀北鈴音という女性はとにかく正論と鋭い言葉で相手をぶん殴ることに一切の躊躇いがない人物であった。

 

 

 

「あまりに無知、無能すぎるわ」

 

 

 

 今日も彼女を中心に世界が回っているらしい。

 

「こんな問題も解けなくてどうしていくのか、想像するだけでゾッとするわね」

 

 勉強会が始まってまだ一時間をたっていない。だが既に崩壊が始まっている。

 

 最初は、うん、躓きながらも櫛田さんの手伝いもあってなんとか進んでいたのは間違いない。彼女の魅力に当てられて鼻の下を伸ばしながらもしっかりと勉強は進んでいたのだから。

 

 須藤たちの態度が悪かったのも事実ではあるが、それでも勉強会の体裁は整っていた。

 

 正論でぶん殴ろうとする堀北さん、勉強に付いていけないながらも一歩一歩丁寧に進めようとする俺と櫛田さん。

 

 鋭い言い分にキレる須藤に、最後に無表情で眺める綾小路。

 

 教える側も教えられる側も決定的にすれ違った関係で、それでもなんとか形を整えようとしているのに、堀北さんはそれを真っ二つに両断するのだった。

 

「せえな、お前には関係ないだろッ」

 

 苛立った様子の須藤に勉強会の場は一気に冷え込む。そんな彼に一切怯む様子もなく睨みつける堀北さん、どちらも引く気はないらしい。

 

「言いたいこと言いやがって、勉強なんざ、将来なんの役にも立たないんだよ」

 

 あちらがこう言えば、こちらがこう言う、堀北さんは気が付いているかどうか知らないが、須藤と同じくらいに感情的になっているのだろう。

 

「今すぐ勉強を、いいえ、学校をやめて貰えないかしら? バスケットのプロなんてくだらない夢は捨てて、バイトでもしながら惨めに暮らすことね……私は愚かな貴方たちと違ってAクラスを目指しているのよ、足手まといはさっさと退学して消えて頂戴」

 

「……おい、堀北」

 

 綾小路が止めようとするのだが、須藤と堀北さんの耳には届かない。

 

「はッ、Aクラスだぁ? できる訳ねえだろうがそんなこと、俺もお前も不良品なんだからなッ!! 偉そうなこと言いながらてめえもDクラスだろうが」

 

「……なんですって?」

 

「ほ、堀北さん、須藤くんッ……落ち着こう、ね?」

 

「櫛田さん、危ないから離れなさい」

 

 睨み合って詰め寄る須藤と立ち向かう堀北さんの間に割って入ろうとする櫛田さんを、俺は背中に隠して代わりに前に出る。

 

「はい、そろそろ止まろうか、このやり取りに何の意味もないよ。どちらも感情的になるべきじゃない」

 

「うるっせぇな!! てめえもすっこんでろ!!」

 

「私は感情的になっていない、同列に語らないで」

 

「そうかな? 須藤も堀北さんも、互いの目標をできる訳ないと否定して馬鹿にしている……須藤はプロのバスケット選手を目指しているのに堀北さんの目標を否定するのかい?」

 

 次に視線は堀北さんに向かう。

 

「そして堀北さんはAクラスを目指すと言う目標を掲げているのに、須藤の目標は否定するのかい? それは相手を貶めるだけでなく、自分自身の目標すら汚す言葉だ」

 

 そう伝えると二人の瞳が僅かに揺らいだ。

 

「そんな目標は叶いっこない、君たちは今、そう罵り合っているんだ。自分のことを棚に上げてね。こんな不毛な時間に何の意味もない……違うか?」

 

「……ッ」

 

「チッ!!」

 

 堀北さんの表情が歪む。須藤は舌打ちをしてきた。

 

「どこにいくんだい、須藤?」

 

「こんなとこいられるかよ」

 

「そうか」

 

「……付いてくんじゃねぇ!!」

 

「まぁまぁ、少し話をしようじゃないか……堀北さん、櫛田さん、綾小路、悪いんだけど勉強会はそのまま続けてくれ。池、山内、沖谷、席を立つな、どれだけ居心地が悪くとも、やれ」

 

 最後に師匠の雰囲気を真似て発言するとその場の空気が凍り付く、やっぱ師匠は凄い、さすが師匠だ。

 

 世界中の全ての人間が師匠なら平和になるのに……いや、無いな、修羅の国になってしまう。

 

 師匠モードで相手を押さえつけてからすぐに須藤の後を追っていく、肩を揺らしながら見るからに俺は苛立ってると主張しながら歩く須藤に追いつくと、その肩に手を置いた。

 

「なんだよッ!! 邪魔すんッ……」

 

「須藤、来い」

 

 師匠モードは継続である。この状態は疲れるが不思議と相手が従ってくれるので楽な部分もある。

 

 ただ怖がられてしまうのは考え物だな、これでは友達ができない。

 

「とりあえずメシでも食うか、腹減っただろう?」

 

「お、おいッ!!」

 

 怯える須藤を連れて向かうのはケヤキモール内にあるラーメン屋である。放課後なので男子生徒を中心に賑わっているが、幸いにも席が二つ空いていたのでそこに腰を下ろす。

 

「ここは奢ろう、好きな物を頼んでくれ……あ、すいません、注文良いですか? このラーメン定食のご飯大盛りで、須藤は?」

 

「……ラーメン定食大盛り、餃子付きで」

 

 何を言っても無駄だと観念したのか大人しく付き合ってくれた。これくらい素直ならもっと勉強会も捗っただろうに。

 

「明日も勉強会だから参加するだろ?」

 

「はぁ!? 誰が出るかよッ!?」

 

「いや、出るんだ。退学になるぞ? マジでバイトして暮らしていくのか?」

 

「……あんな女に教えられるなんて絶対にごめんだぜ」

 

「堀北さんか、少し感情的になってたみたいだね」

 

「偉そうにペラペラとよ、勉強できるのがそんなに偉いのかって」

 

「まぁまぁ、食べながらゆっくり話そうじゃないか」

 

 かなり苛立ってるな、当たり前のことだけど。

 

「須藤はプロのバスケット選手を目指している訳だ、俺はあまりそういった方面に詳しくはないんだけど、やっぱり狭き門なんだろうな」

 

「まぁ、そりゃな、簡単なことじゃねえだろうよ」

 

「ただ一つわかることはあるかな、君が今ここで退学すればその狭き門は完全に閉じてしまうことはね」

 

「……だから我慢してあの女に勉強を見て貰えってか? 説教ならごめんだぞ」

 

「説教ではない、俺は今、君の未来の話をしているんだ」

 

「……」

 

「話は変わるけど、堀北さんがAクラスを目指している件に関してはどう思う?」

 

「無理にきまってんだろ」

 

「狭き門だろう、それは間違いない。君と同じように」

 

 ここで笑って貶さない辺り、その発言が自分の夢や目標を批判することに繋がると理解はしているのだろう。

 

 互いに認め合って頑張れと尊敬すれば良いだけなんだが、そこまで簡単なことでもないか。

 

「けれど、君はもう笑わないだろう? ここで笑ってしまえば、君の夢や目標も無理だと認めてしまうことになってしまう」

 

「……けッ」

 

 悪態をつきながらも反論はない。短絡的で沸点は低い男だけど、決して完全に愚かな男という訳でもないのだろう。

 

「結局、お前は俺に説教したいのか?」

 

「そう聞こえたのならすまないと思うが……そうじゃない、俺は、う~ん、何がしたいんだろうな?」

 

「てめえもわかってねえのかよ!?」

 

「いや、わかっているさ、ただ行動の言語化がとても難しいんだ……それでも敢えて言うなら、えぇっと……ん、そうだな、君に退学になって欲しくないんだと思う。クラスメイトだし、隣人は愛する者だと教わっているからね」

 

「あ、愛? えッ、お前、そういう……」

 

「変な誤解をするな、隣人愛を語っているんだ、情愛や性愛の話じゃない。俺は普通に女の子が好きだよ」

 

「お、おう、そうか。良かったぜ」

 

 何故か額の汗を拭う須藤、妙な勘違いをしているようだ。

 

「ん、遠回しに言葉をこねくり回しても仕方がないな、結論を言おう。俺は君がここで退学になって欲しくはない、だから勉強会に参加して欲しい、以上だ。とてもシンプルな理屈だろう?」

 

「……」

 

「ほら、ラーメンが来たぞ、食べよう」

 

「……おう」

 

 彼の中でこのままではいけないという迷いがある。怒りっぽくて短絡的で喧嘩っ早くて、けれどどうしようもないような愚者ではないのだから、迷いや後悔だって知っている。

 

 ここでもうひと押し、彼が勉強会に参加できる言い訳を用意するとしよう。

 

「そういえば須藤、ポイントってどれだけ残ってる?」

 

「ある程度はあるけどよ……ただ、まぁ、バッシュやらなんやら、欲しいものもあるからな」

 

 今月は45000ポイント振り込まれてる訳だしね、高校生の小遣いとしては上出来である。ただ高価な買い物はできない感じだな。

 

「そうか、なら勉強会に参加する度に俺が食事を奢るってのはどうだろうか? スポーツマンだししっかり食べたいだろうし、節約にもなる」

 

「お前だって毎日人に奢るほど余裕がある訳でもねえだろ」

 

「そうでもないさ、先月分が残ってるからだいぶ余裕がある。今月分のポイントも合わせれば何も問題はない」

 

「……マジか?」

 

「あぁ、悪い話じゃないだろ?」

 

「そりゃそうだが」

 

「ただし、しっかり勉強すること」

 

「……」

 

 須藤の顔が歪む、きっと堀北さんを思い出しているに違いない。

 

「これは、俺の師匠の言葉なんだけどね。人生には大切なことが三つあるんだって……憧れと、恋と、夢、どれか一つだけじゃ未熟者で、二つだけじゃ半端者、三つ揃ってようやく一人前らしい。須藤はもう夢を見つけてるみたいだから未熟者だね」

 

「おい、馬鹿にしてんのか?」

 

「してないよ、俺も立場は同じだから……俺が持ってるのは憧れだけだ、須藤のような夢はない、だから同じ未熟者だ。憧れだけじゃ届かないし、恋だけじゃ続かない、夢だけじゃ意味が無い、三つ揃ってようやく完全なのさ」

 

 だから、俺も須藤も立場は変わらない。三つの内の一つしか知らないからだ。

 

「同じ未熟者同士、共に協力していこうじゃないか」

 

 須藤は夢を知っている、俺にはない物をもう持っている。もしかしたら彼は俺に夢とは何かを教えてくれるかもしれない。

 

「君がバスケに向ける情熱を、そうだな、この奢りのラーメン定食分くらいは勉強会に向けて欲しい」

 

 そこで須藤はガリガリと後頭部を掻く仕草をした。

 

「本当に奢ってくれるんだな?」

 

「二言はないよ」

 

「……たく、わかった、これで良いんだろ?」

 

「ん、おめでとう。君は今日、確かに夢に近づいた」

 

「……変わった奴だなお前」

 

「そうかな?」

 

「これまでは何考えてるのかよくわかんなかったからな……ただまぁ、なんつうか……ありがとよ」

 

「ん、それくらい素直になれたならもう大丈夫そうだね」

 

「このやろ、余裕ぶりやがってッ」

 

 須藤が俺の肩を叩いてくる、こういうのも良いな、なんだかすごく高校生っぽい。

 

 俺は今、とても高校生だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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