「テンテン、きよぽん、ここ良い?」
混合合宿も五日目。特に大きな困難もなく、不安要素も見当たらない状況が続いており、高円寺が相変わらず自由に過ごす以外に特筆すべき所もない。その高円寺も何だかんだで最終的にはしっかりゴールしてくれるので、本当に問題が発生していない。
ランニングの途中に高円寺がいなくなっても、掃除をサボっていても「ほっとけ」で完結するのでなんとも楽である。最終的にこっちでフォローするだけであり、それがこのグループの方針である。
後は最終日直前にでもこちらで作った筆記試験対策の問題を石崎たちに配れば良い。
そんな五日目の夕食時、鈴音さんから女子グループの状況を聞いてから、清隆と一緒に食事をとっていると、波瑠加さんと愛里さん、そして明人と啓誠がやってきた。
「ここ数日、二人が妙に見つけにくかったり、さっさと終わらせて色んな人に声かけてたから、こういうのもなんか久しぶりかもねー」
「ごめんね波瑠加さん、色々と情報が欲しくて動き回ってたんだ」
「だろうね、まぁ邪魔するのもアレだから声かけなかったんだけどさ」
四人はそれぞれ席に着いて食事を始める。こうして清隆グループが集まるのも試験の最中は初めてのことかもしれない。
「皆は大丈夫かい? 何か問題は起こってないかな?」
「こっちは大丈夫かな、知らない人ばっかりだけど愛里がいるしね~」
「うん、それに、堀北さんも頻繁に話を聞きにきてくれるから」
まさか堀北さんがそんな動きをしているとは。まぁ女子グループの動きを把握して問題があれば早期に動きたいんだろう。
「寧ろ、問題なのはお前たちのグループなんじゃないのか?」
「そうだな、一番の不安要素だ」
明人と啓誠が食事をしながらそんなことを訊いてくる。まぁ龍園と高円寺がいる魔のグループだからな。
「あ、そっか、テンテンときよぽんって龍園くんと高円寺くんと一緒なんだっけ? うわぁ……」
「こっちは大きな問題はないかな。龍園はこの前の一件以来大人しいもんだし、六助はなんだかんだで最低限の結果を残してくれるからね」
「ふ~ん、流石の龍園くんたちも、あんなことしてぶっ飛ばされた後だと、大人しいもんか、喧嘩自慢っぽいから心折れちゃったのかもね」
以前の喧嘩という、ほぼ一方的な蹂躙によって不良グループが大人しくなったと波瑠加さんは認識したらしい。残念だけど龍園は開き直っているだけだ。
「まぁ、多少なりとも反省したからこそ、賠償金もしっかり支払ったんだろう」
啓誠も納得した様子である。このグループと軽井沢さんには、龍園がクラスメイトとAクラスから奪い取っていたであろうプライベートポイントを平等に分け与えている。ざっと一人頭100万に届かないくらいの額となっていた。
それで多少は溜飲が下がってくれたのか、あの件は完全に終わりとなっているのだ。
「明人と啓誠はどうかな?」
「大きな問題はないと言いたいが……」
明人の視線が啓誠に向かった。
「すまない、運動面では足を引っ張っているかもしれない」
「別に責めてる訳じゃない。勉強では面倒見て貰ってるからな」
「あぁ、わかっている」
どうやら上手く明人がサポートしているようだ。勉強面では逆に頼りにしているのだろう。
「ただまぁ、思っていたよりは動けているかもしれないな。体育祭前の地獄の特訓を経験していると、ランニングも何とか付いていけると思う」
なるほど、ノリと勢いで始めたあのスパルタ訓練も何だかんだで力になっているのかもしれない。確かにアレを経験した後にただランニングするだけならば、気が楽に感じるだろう。
「あのスパルタ訓練ね~」
体育祭前を思い出したのか波瑠加さんが笑った。引っ張られるように愛里さんも悪いとは思いながらも笑っていく。
まあ女子は外野から見ているだけだったので、あの辛さはイマイチ実感できないのかもしれないな。
そして愛里さんが笑うと、少しだけ周囲の雰囲気がギクシャクする。正確にはやけに近い席に腰を下ろして、今もチラチラと視線を向けている山内がやけに興奮するのだ。
今まではそんな意識を向けていなかったと思うが、愛里さんが眼鏡を外した辺りから色々と印象が変わったらしい。
波瑠加さんと俺が背中を押した結果だろうか、彼女は彼女でこのままではいけないと奮い立ち、徐々にだが積極性を身に付けると決めたようだ。
眼鏡を外し、姿勢を正す、小さくもわかりやすい変化は、きっと大きな勇気が必要だったのかもしれない。それでもやると決めたのが彼女である。
結果として、山内がやたらと声をかけて来るようになったのは……うん、一応は成果の一つと言えるだろう。清隆も何だかんだで愛里さんの成長というものを喜んでいるようにも見えるので、スタートラインはもう切っていた。
軽井沢さんもそれは同じで、清隆の近くに愛里さんという強敵が現れたことで、少し危機感を抱いているらしい。食堂の一角でグループのメンバーと食事をしながらも、視線をこちらに向けて来る頻度が多い。
こういうのは、眺めている分にはとても楽しいな。
「天武、そちらのグループは試験本番で何か対策を考えているのか?」
「運動面ではなんの心配もいらない奴らばかりだから、筆記とスピーチにちょっとテコ入れするくらいかな。具体的には要点を纏めた対策問題を前日に配ろうと思っている」
「うん、やはりそうなるか」
啓誠も似たようなことは考えていたのだろう。
「明日の夕食辺りに打ち合わせしようか?」
「そうしてくれるか、こちらも幾つか問題を纏めておこう」
やはり勉強面では頼りになる男である。そして体育祭のスパルタ特訓を乗り越えたことで、ランニングでも深刻な状況になっていないらしい。あちらのグループも上手く回っているようで何よりだ。
少なくとも見える範囲に不安要素はない。この試験は大規模かつ複雑なのでどうしても目が届かない場所も出て来るので、こういった情報収集は欠かせないだろう。
「清隆くんも、頑張ってね」
「あぁ、そっちもな」
清隆と愛里さんのやり取りを眺めながら、グループでの夕食は終わりとなった。
この二人が話していると山内と軽井沢さんがムッとした顔になるので、本当に眺めているだけで面白い。
なんて考えるのは性格が悪いのだろうか? 高校生の青春って感じで凄く素敵だと思っているだけなんだが。
「面白いよね~、あの二人」
食事を終えて立ち上がり、食器を返却する時に波瑠加さんが俺に小声でそう言って来た。全くもって同意である。
「清隆も何だかんだで驚いてるみたいだし、効果はあったんじゃないかな」
「でしょ? まぁ山内くんとか他にも色々と愛里を見る目が変わったみたいだけどね」
「仕方がないよ、愛里さんの変化はそれだけ大きなものだった」
「お、もしかしてテンテンも?」
「もちろん、愛里さんは綺麗になったと思っているよ」
正直な気持ちを伝えると、波瑠加さんは少しだけ眉を顰めてこちらに軽くチョップをしてきた。
「下心はない、純粋にそう思っただけだ」
「わかってるけどね~、イラッとしたから何となくこうしたくなった」
あまり愛里さんに不埒な視線は向けられないみたいだ。いや、そもそもそんなつもりは欠片もないのだけれども。
「まあテンテンの愛里を見る目って、なんか父親っぽい感じだから良いんだけどさ」
「俺はそんな風に見えるのかい?」
「ちょっとだけね。だから許す」
「ん、ありがとう」
そこで波瑠加さんは笑って背を向けて女子側の校舎に歩いていく。それを見送った俺もまた清隆と合流して男子側の校舎に帰っていくのだった。
今日もまた彫刻だと考えていると、共同部屋に入った瞬間に橋本からこんな質問が届く。
「なあなあ、お前らってあの子と仲いいのか?」
「愛里のことか?」
橋本に清隆がそう返すと、大きな頷きが返ってきた。
「いやさ、ちょっと前から噂になってただろ? グラビアアイドルの雫なんじゃないかってさ」
そう言えば眼鏡を外した辺りからそんな噂が学校に広がっていたな。以前の彼女なら無数の視線と興味に委縮してしまったのかもしれないが、今は清隆グループで行動することが多いので、孤独感や閉塞感は感じていないらしい。
後、波瑠加さんが上手くフォローしているようだ。
「グラビアアイドルかどうかは知らないが、よく話す仲ではあるな」
「そうだね、そういうグループだし」
俺と清隆の言葉に橋本たちは羨ましそうに唸った。
「意外だよなぁ、眼鏡外せば美人って漫画の中にしかないネタだと思ってたけど、あそこまで化けるとはなぁ」
「長谷部も美人だしよ、見せつけてんのかお前らは」
石崎も参戦してきて何故か苛立ったかのようにそう言ってくる。戸塚やCクラスの男子も参戦して嫉妬の視線が凄い。どうやらずっと男子だけの共同生活に色々と不満が積み重なっていたのだろう。
異性が恋しいと、誰かが思うのは仕方がないことなのかもしれない。
「あーくそー。男ばっかりといると気がおかしくなっちまいそうだ。とにかく男だけだと臭ぇんだよな」
石崎は彫刻刀片手に、仏像を彫りながらそんなことを言ってくる。俺もまた同じように仏像作りに加わってこう返す。
「別に完全な接触禁止って訳じゃないんだから、夕食時にでも声をかければいいじゃないか。橋本みたいにさ」
「自慢してんのか? それができたら苦労しねえんだよッ!!」
「君は意外と初心というか、シャイな所があるみたいだね」
俺がそういうと彼はぐぬぬと唸ってしまう。不良なのに初心とか、それで良いのかと思ってしまうな。
「つーか、この面子で彼女持ちとかいるのか?」
橋本もまた仏像を作りながらそんなことを言って共同部屋を見渡すのだが、これといった返事は返ってこないので、どうやらここに彼女持ちはいないらしい。
「そういうお前はどうなんだよ、チャラ男」
「おいおい石崎、酷い評価だな、俺はこう見えて誠実なんだぜ」
今のはツッコミ待ちの言葉だろうか?
「この学校だと彼女作るのはちょっとハードルが高いのでは?」
同じく小振りな仏像を製作しているCクラスの男子がそう言うと、どこか納得したような雰囲気が広がっていった。
「じゃあさ、この学校に入る前に彼女がいた奴はいないのか?」
また橋本がそう言って部屋を見渡すのだが、やはりこれといった返事はない。
「よう、龍園、お前はどうなんだよ?」
そして彼の視線は、同じく仏像を彫っている龍園に向けられた。
「あぁん? そんなこと知って何になるんだよ?」
「興味本位だっての。後、お前が女子と付き合ってるのがなんか想像できないんだよな。付き合ってても打算だらけっつうか」
「てめぇ橋本ッ!! 龍園さんが打算塗れの薄汚い恋愛しかしてこなかったとでも言いたいのかよ!?」
「でも実際にそうだろ? 石崎、お前は龍園が仲良く彼女と手を繋いでデートしてるのが想像できるのか?」
「で、できるに決まってんだろッ……龍園さんは、龍園さんはなぁッ!! 意外にも付き合った彼女には優しくて、誕生日や記念日だって薔薇の花束でしっかり祝ってくれるっての、道を歩いてる時は車道側に立って、気遣いを忘れないッ……そうですよね龍園さんッ!?」
「石崎、お前はもう黙ってろ」
うん、龍園のイメージというか、雰囲気に全く似合わない振る舞いだ。それならまだ打算塗れの恋愛をしていて欲しいとさえ思ってしまうほどである。
「龍園がそんな紳士な訳ないだろ、それなら彼女の首を絞めるのが好きって言われた方がまだ納得できるね」
「はッ、散々な言われようだな。そういうお前はどうなんだ橋本? 聞いてるぜ、随分と色んな相手に粉かけてるってなぁ」
「まぁ否定はしない、俺って結構モテるからさ」
余裕たっぷりな言葉にモテない組が悔しそうな顔をしていた。
こういう恋愛話で盛り上がるのって、凄く高校生らしいので嫌いじゃない。寧ろ楽しみにしていたまではあるな。俺は今、高校でやりたいことリストの一つを達成しているのかもしれない。
「中学の時も結構彼女はいたけどさ、聞いちゃう? 俺の恋愛遍歴を?」
「はッ、テメエのブツで満足させられる筈がないだろ、ゴリラ共と違ってなぁ……どうせ飽きられて捨てられたんだろうが」
「人外連中と一緒にすんじゃねえよッ!?」
龍園の言葉に共同部屋には笑い声が広がっていく。この話が続くと拙いと思ったのか、橋本は標的を高円寺に変えた。
「高円寺はどうだ? なんか上級生と一緒にいるのをよく見かけるけどよ」
「ふッ、この私に恋愛を語らせると長くなるが良いのかね? 一晩では語りあかせない程に濃密になるだろうしねえ」
「あ、いや、やっぱ良いわ……マジでそうなりそうだし」
次に橋本の矛先は清隆に向けられる。
「綾小路は? 仲いい女子もいるみたいだし、さっきも佐倉と長谷部とメシ食ってただろ。もしかしてどっちかに本命とかいたりするのか?」
「いや、そんなことはないが」
製作していた仏像を注意深く観察して、変なこだわりを発揮しようとしていた清隆は、集まった注目から逃れるようにそんなことを言った。
「じゃあさ、高校に入る前はどうなんだよ? そのキングでやっぱり色々と食い散らかしてたのか?」
「そのあだ名は止めてくれ……この高校に入る前か」
彼はそこで何やら悩み考え込むような仕草をするのだが、すぐに首を振って思考を振り払ってしまう。何かしら思う所があったのだろうか? 俺はホワイトルームの内情はよく知らないが、まともな恋愛が出来たとは思えない。
それとも、何かしら思い出すような誰かがいたのだろうか?
「いや、そういった相手はいなかったな」
「なんだ、宝の持ち腐れか」
女子たちだとこういう話題の時はもったキャピキャピした感じになるのかもしれないが、男子同士だとどうしてもこんな感じになってしまうんだろうな。
男は本当に子供っぽいといつかクラスの女子が言っていたことを思い出して、こんな感じの話題を繰り広げていると否定することができない。
でもこういう馬鹿なやりとりは凄く面白くて楽しい。風呂場でのアレもそうだったけど、高校生男子が決まって通るやりとりっぽくて、憧れでもあった。
「よし、じゃあ大本命、笹凪の話を聞いてみるか」
「ん、俺の恋愛かい? まぁ人様に誇れるほど大した経験はないけれど……そうだなあ、これまで出会って来た女性の中で印象に残っているのはそこそこいるね。もしかしたら恋を教えてくれるんじゃないかと思う人たちが」
「お、ようやく実のある話が聞けそうだな」
どこか楽しそうな雰囲気が広がって共同部屋にいる全員の注目がこちらに集中してくる。ただし彼らの手は休むことなく仏像製作に向けられているが。
「お前の相手なんぞメスゴリラ以外にいねえだろうが」
「おいおい龍園、そんな訳ないだろう。俺は恋は知らないが、流石にそういった感情を向けるのは同じ人類さ」
「お前は……まさか、この期に及んで自分が人間だと思ってやがるのか?」
「幾ら何でも失礼過ぎるだろッ……おい清隆、納得したみたいに頷くんじゃない」
いや、清隆だけじゃない、この共同部屋にいる全員が似たような顔をしているだと!?
「まあまあ落ち着けって。それより笹凪の恋愛を聞かしてくれよ。その様子だと中学時代は彼女がいたのか?」
「いや、俺は中学も小学校も通ってなかったよ。恩師の仕事を手伝いながら色々と勉強を教えて貰って過ごしてたんだ」
「ホームスタデイって奴か。なるほどなぁ、だからDクラスに配属されたのか」
「学校の判断基準は知らないが、橋本の言う通りなんだろうね……まぁそれはどうでも良い。恩師の仕事の関係で色々な所に顔を出して、まぁそうすると色んな人と出会う訳だ」
「その人、何の仕事してるんだよ?」
「……交渉官、かな?」
敢えて師匠の仕事を言葉で表現するのならば、そういうことになる。物理的な交渉官だ。
争いは、戦う人がいなくなれば終わるからね。
「色々な場所に行って、色々な人と出会った……もちろん女の子ともだ」
「お、そういう話を聞きたかったんだよ」
「ただまぁ、恋愛と言うかどうかは微妙だ。後々別れが来るとはわかっていたし、良い感じにはなれたけど恋人にはなれなかったんだよね」
師匠曰く、別れも愛の一つらしい。
恋を教えてくれそうな人は何人かいたけど、最後には離れてしまったんだよね。
「特に印象に残っている子の話をしようか……アレは腐敗と不正が横行するとある国に師匠と赴いた時だ。その国には鉄の宰相と呼ばれる人がいて、大規模な組織改革に乗り出していて……けれどそんな人にも弱点はあった。一人娘というね」
「え、俺たち、何の話を聞かされてんだ?」
石崎が不思議そうに首を傾げている。確かに恋愛トークっぽくない話ではあるのかもしれない。
「その人は自らの弱点となる愛娘をアメリカに亡命させることに決めた。そこで俺は100万ドルという報酬に釣られてボディガードを引き受けたんだよ」
「なぁ、笹凪の奴、なんの話してるんだ?」
「オレが知る訳ないだろ」
「大変だったよ。賞金稼ぎやら傭兵やらがウジャウジャ押し寄せてきてね……最初はその子とも喧嘩ばかりだった。けれどまぁ、困難を乗り越える度に仲良くなれた気がするよ」
うん、強くて綺麗な子だった。偶にアメリカの映画やドラマに出演しているから、最後の夜にハワイのホテルで語ってくれた女優になるという夢はしっかりと叶えられたらしい。
「アレが恋だったのかどうかはわからない……けれど、大切な絆だったのは間違いないね。他にも何人か印象に残っている子がいて――――」
こうして合宿の夜は深まっていく。こういう時にはやっぱり恋愛トークは欠かせないということだろう。とても高校生らしいと言える夜であった。