ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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最終目的は勝つことでも騙すことでもなく、次の布石を打つことにある

 

 

 

 

 

 

 体育館に集まった全校生徒たちの困惑は最大限にまで高まっている。訳が分からないとばかりに右往左往する者もいれば事の成り行きを見極めようと冷静に振る舞う者、或いは火の粉が飛んでくることを避けるように無関係を装う者、ただ誰にも共通していることは視線や意識を南雲先輩に向けていることだろう。

 

 彼が作った舞台で、彼が用意した演出で、彼がそうなるように誘導したのだから当たり前だ。この観客たちにとびっきりのドッキリを見せつけるのが南雲先輩の目的であったのだが、きっと彼は今こう思っている筈だ。

 

 これは、自分が作った舞台じゃないと。

 

「何を……何をしたんですか堀北先輩ッ!?」

 

 先程までの余裕と薄ら笑みはなく、大きな動揺と混乱を観客たちに見せつけながら南雲先輩はそう叫ぶ。

 

「説明が必要か? 俺とお前の状況は全く同じ、ただそれだけだろう」

 

「それは、でも……なんでこんな」

 

 堀北先輩はあくまで冷静に、静かにそう伝えるだけだ。

 

「南雲、出来る事ならば、お前を最後まで信頼したかった。考えや目指すべき方向は違ったとしても、誓いを違えることはない男だと……だが、無視することのできない事実がここにある」

 

 大きな混乱に右往左往している南雲先輩を見つめながら、堀北先輩はこう言った。

 

「お前の言う正々堂々が、この場のどこにある?」

 

「ッ!?」

 

「最初から、信頼を裏切るつもりであったのだとするのならば、この茶番劇も仕方があるまい」

 

「全部、わかっていたんですか? 俺がやろうとしていることも、思惑も……」

 

「いや、俺は何もしていない……ただ、この茶番劇に乗っただけに過ぎん」

 

「……茶番劇?」

 

 未だに混乱から立ち直っていない彼に、堀北先輩は背中を向けた。そして最後の祈りと期待を込めてこう言うのだった。

 

 これは最後の慈悲であり、最後の期待だと言うかのように。

 

「南雲……失望させないでくれ」

 

 向かい合い、見つめるのは南雲先輩ではない、3年Aクラスの仲間たちであった。

 

「皆、俺は橘を救済したい……力を貸してくれ」

 

 それは激励であった。励ましの言葉であり、ある意味では南雲先輩の背中を押す為の言葉でもあるのだろう。

 

 もしここで朝比奈先輩を救済しなければ、きっとあの人は南雲先輩に完全に失望することになる。

 

 堀北先輩の言葉にクラスメイトたちは悩む姿を見せることもなく、こう言い切った。

 

「遠慮することは無い。俺たちのポイントを持っていけ」

 

「うん、この試験でもかなり稼げたから、被害は最小限だろうしね」

 

 南雲先輩はどんな思いでこの光景を見ているのだろうか? 少なくともこれは彼の絵図にはない光景だろう。

 

「3年A組は橘の救済を行います」

 

 迷うことなくそう宣言して、彼らは試験の失格者が出たペナルティーとして100、加えて救済として300、合計で400クラスポイントと2000万プライベートポイントを学校側に支払うことを決めた。

 

 そしてまた、視線が南雲先輩に向けられる。

 

「南雲、お前はどうする?」

 

 唖然とする南雲先輩は視線を落ち着きなく揺れ動かしながら、必死に頭を働かせてこの状況を理解しようとしているようだが、明確な答えが出なかったのだろう。ただ視線を2年A組のクラスメイトに向けるだけだ。

 

 訳がわからずとも、理解に及ばなくとも、それでも彼は目の前にある現実に抗うようにこう言い放つ。

 

「なずなを……救済する」

 

 だろうな、そう言うしかないのだろう……もしここで彼女を切り捨てて見ろ。それはもう完全敗北を認めることであり「俺は貴方に勝てません」と声高く宣言するにも等しい。

 

 堀北先輩に勝って超えたいと願う彼が、それを選ぶはずもなかった。

 

 しかしこちらのクラスは満場一致とはいかなかったらしい。反対意見が出てしまう。

 

「待て……待て待て落ち着け、南雲、冷静に考えろ」

 

 ああやって反対意見を出せるということは、あの先輩は2年Aクラスでもそれなりの発言力があるということだろう。

 

「反対するつもりか!?」

 

 Aクラスのリーダーは苛立ち交じりにそう叫ぶが、彼はどこまでも冷静であった。

 

「冷静になれ南雲。俺たちは既に猪狩先輩に2000万を渡している」

 

「ポイントなら学年全体から集められるだろうが!!」

 

「だとしても限度があると言っているんだ……確かに集めることはできるだろう。だが不満は確実に大きくなる」

 

「それがな――――」

 

「冷静になれと言っているッ!!」

 

 なるほど、あの人は南雲先輩にも意見できるし、現状を俯瞰して見れるだけの判断力や意思も持っている。もし南雲先輩がいなければ2年Aクラスはあの人が仕切っていたのかもしれないな。

 

 ああいう人が一人いるかいないかは、重要だ。

 

「今回の件で朝比奈を救済した場合、Bクラスに大きく距離を詰められることになる」

 

「だとしても……大きな問題はない筈だ」

 

「確かにクラス変動が起こるほどではない……だが、Bクラスは今ならばと色気づくかもしれん。今回の失態を踏み台にして、お前の統治が揺らぐ可能性だってある。ポイントを徴取したとして、全員が笑顔で渡すとも思えん」

 

 統治が揺らぐか……まぁ信頼は陰るだろうし不満は高まるだろう。

 

「わかるだろ南雲……皆、お前に期待しているんだ。お前が作ろうとしているものを、与えてくれるチャンスを欲している。だからこそのポイントで、だからこそのお前だ」

 

「だからってッ」

 

「戦略的に考えろ、朝比奈を救済すればただ単純な数字の差し引きだけの損害では収まらないんだ」

 

 うん、やはりあの人は冷静だ。南雲先輩の統治に罅が入ることをしっかりと理解しているらしい。

 

 けれど無駄だ、彼の考えと心配は、こちらが打った「布石」を封殺するほどではない。

 

 統治が揺らぐ? 応とも、これから「2年生全員」がスパイになる可能性を秘めるんだから、間違いなく揺らぐだろう。

 

「今までずっとそうしてきた、これからもそうするべきだ……感情論じゃない、戦略論で行動するべきだと俺は思う」

 

 その言葉に南雲先輩は表情を歪めて奥歯を鳴らした。

 

「本来、この試験だって何もしなければ猪狩先輩に2000万ポイントを払う必要もなかったんだ。ここで更に2000万ともなれば、不満は確実に大きくなる。お前は4000万ポイントをドブに捨てたとも言われるかもしれん」

 

 誰もが笑顔でポイントを差し出すかと言われれば、絶対に嘘になる。それでも2年生が南雲先輩にポイントを差し出すのは彼が与えてくれることになっているチャンスを欲しているからに他ならない。

 

 言葉を飾らずに表現するのならば、南雲先輩の為にポイントを出している訳じゃない。チャンスが欲しいからこその行動だ。

 

 間違っても、ドブに捨てる為ではない。ましてやこんな醜態を眺める為でもない。

 

「だとしても……なずなを救済する。これは決定事項だ」

 

「意思は変わらないのか?」

 

「お前の言いたいことはわかった……理解もしよう、それでもだ」

 

「……」

 

 

「もしここで、なずなを切り捨ててみろ……ただ、どうしようもない大間抜けがいただけの話になってしまう」

 

 

 僅かに落ち着きを取り戻した南雲先輩は、静かにそう言って方針を固める。これ以上の反論は許さないとばかりに。

 

 意思が曲がらないと伝わったのだろう。反論を示していた男子生徒は、静かに瞼を閉じて一歩下がった。

 

「なずな……どうして、助けてくれと言わなかったんだ?」

 

 次に南雲先輩の視線は朝比奈先輩に向かう。彼の視線を受け止めて彼女が内心で何を思ったのかは俺にはわからない。

 

「ずっと妨害されてたし、それに男女で分かれてた試験でできることなんて高が知れてる、雅に迷惑もかけたくなかった……そういう言い訳はさ、幾らでも出て来るけど、一番は私と同じ状況に橘先輩がなってるって言われたらさ」

 

「それでもッ……言えただろ」

 

「言えないよ……橘先輩を追い詰めてる雅に、助けてなんて……それをしたら最後、きっと私は大事な何かを失うことになっちゃうなって」

 

 そんな言葉や思いに、南雲先輩はまた奥歯を鳴らして、とても複雑そうな顔を見せる。怒りと言うよりはやるせなさのような何かを感じているのかもしれない。

 

 或いは、怒りを向ける対象は朝比奈先輩ではなく、彼女を巻き込んで退学に追い込もうとした小グループの2年生たちなのだろうか。

 

 動揺と困惑とやるせなさを噛み砕き、遂に南雲先輩は怒りを露わにした。

 

「やってくれたなあおいッ……今まで恩情を与えてやってきたのに、いよいよ退学になりたいらしいな!!」

 

 睨みつけるのは反南雲派の2年生たちである。彼としてはこれ以上ないくらいに苛立たしい存在なのだろう。

 

 ただそちらも対策済みだ。この茶番劇の出資者として最低限の義務と責任を俺は果たしている。

 

「覚悟しておけッ、もうお前らに容赦はしない」

 

「いや、私たちは、この試験が終わったらアンタのクラスに移動するから」

 

「……え?」

 

「この小グループだけじゃなくて、アンタに反感を抱いてる……まぁ反南雲派なんて呼ばれる奴らは全員、Aクラスに移動するのよ」

 

「な、なに言って……はぁ?」

 

「正直、アンタのことは好きじゃない。親友だってアンタに退学させられた……けど、せっかくAクラスに上がれるんだからここから先は協力してあげる」

 

 体育館に集まった生徒たちの動揺は計り知れない。これまで一度も行われること無かったクラス移動を、一気に複数名の生徒が達成するのだから、衝撃はやはり大きい。

 

「だから南雲、これからはクラスメイトとして宜しくね。私たちはアンタに懐柔されて手下になってあげる」

 

「……」

 

 最終的に南雲先輩は黙ってしまった。意味が分からないとその表情で訴えている。

 

 俺が彼らを救済したのはこの茶番劇の出資者としての義務であり責任である。今回の件で協力を取り付ける条件にAクラスへの移動と南雲先輩による攻撃の回避を条件に盛り込むのが最低ラインであった。

 

 南雲先輩に、反南雲派を守らせる。出来る事ならばそのまま妨害工作や破壊工作をやって欲しくもあったが、彼らもせっかくAクラスになれたのだからそんな馬鹿はしない。これから先はきっと進んで南雲先輩の手下になるだろう。

 

 けれどそれで良かった。そもそも俺は義務を果たしているだけで、別に彼ら彼女らにそこまで負担を強いるつもりもない。

 

 これは布石であり宣伝だ。2年生全員をスパイにする為の広告でしかなく。それ以上は求めない。

 

 きっと南雲先輩は彼らを懐柔するだろう。それで良いし、そうなって貰わないと困る。

 

 もしかしたら、懐柔された彼らから俺に偽の情報を与える二重スパイ的な役割として動かすことも考えられるので、やはり俺と反南雲派の関係はここで切れることになる。

 

 まあいいだろう。俺は義務と責任は果たしたので、後は彼ら自身の力でクラス闘争を勝ち取っていけばいい。

 

 彼らの役目は、南雲先輩へのスパイでもなければ妨害でもない、広告塔だ。

 

 そもそも最初から、それ以上を求めていない。

 

 混乱と、驚愕と、様々な思惑が入り混じった混合合宿はこれで終わることになる。最初から最後まで茶番劇でしかなかったな。

 

 確認は全て終わった。何もかもが全て思惑通りに進んだ。1から100まで予定通りである。未だにざわめきと困惑を残す体育館を後にして、俺は外に歩き出す。

 

「ふぅ、ようやく落ち着けるな」

 

 ここ数日はずっと南雲先輩の監視と警戒であまり心休まる時間がなかった。おそらく100パーセントに近い形で勝利することができると考えてはいたが、だからといって慢心していい理由にはならないし、油断する意味もない。

 

 なので結果発表も終わったこの段階で、ようやく緊張をほぐすことができた訳だ。

 

「まぁ、朝比奈先輩も橘先輩も救済できたんだ……上出来か」

 

「そうだな」

 

 返事を期待した独り言ではなかったが、グラウンドにあるベンチに座った俺は声をかけられてしまう。

 

 視線を声がした方向に向けてみると、そこには堀北先輩が立っていた。彼はそのままこちらに歩み寄って来て俺が腰かけているベンチに同じく座る。

 

「今回は世話になった」

 

「俺はこの台本を動かす為のスポンサーになっただけですけどね」

 

 作戦の大部分を考えたのは清隆である、俺は本当にポイントだけを出したに過ぎない。

 

 まあそのポイントが無ければ、こんな茶番劇は成立しなかったんだろう。

 

「だとしてもだ。完全な不意打ちで橘が追い込まれることだけは避けられたんだ。礼を言っておく……感謝を」

 

「お気になさらず、俺の都合もかなり混ぜ合わせた作戦だったので……今回の件は、これから先の戦いを有利にする為の布石でしかありません」

 

「ほう、今回の茶番劇は、ただの前座だったと?」

 

「えぇ、本命は……2年生全員をスパイにすることです」

 

「お前は南雲と同様に、思考を自己完結する癖があるようだな、わかるように話せ」

 

「あぁ、すみません。未来が見えすぎるのもって奴、俺も言った方が良いですかね?」

 

 冗談めかしにそう言うと、グラウンドのベンチの隣に座った堀北先輩は、あの夜の南雲先輩のセリフを思い出したのか少しだけ面白そうな顔をした。

 

「まぁ冗談は置いておいて……今回の一連のあれこれは全て次の布石でしかありません。具体的なことを説明すると、反南雲派の人たちをAクラスに移動させることが最大の目的でした」

 

「南雲に懐柔させて手下にすることがか?」

 

「それは俺の最低限の義務であり責任でしかありません……その本質は、俺が2000万ポイントを他人に渡すことに躊躇しない奴だと2年生全体に宣伝することですよ。反南雲派の人たちはその広告塔です」

 

「なるほど、見えて来た……つまりお前は、2年生全体に選択肢を与えた訳か」

 

「えぇ、その通りです。反南雲派の人たちがAクラスに移った事実は、大きな衝撃を与えることになるでしょう。当然ながらどうやってと2年生は思い、どうすればと考えて調べる」

 

「そしてお前に辿り着く」

 

 堀北先輩の言葉に頷きを返す。

 

「俺も隠している訳ではないのですぐに2年生全体に広まるでしょうね……そして彼ら彼女らはこう思う。南雲の掲げる実力主義が実現しなかった時に、或いは与えられたチャンスを物にできなかった時に備えて、あの1年生と縁を結んでおこうと」

 

「保険として、か……」

 

「その通りです。もちろん、全員が行動に移すことはないでしょう、何だかんだで南雲先輩を支持しながらも、内心ではという奴です……だが選択肢と保険は多ければ多いほど良い」

 

「一度でもそう考えてしまえば最後、選択肢の一つになる。もし今後、南雲がお前に攻撃を仕掛けようとしても、お前に恩を売っておこうと情報を流す2年生が出て来るだろうな」

 

「具体的な人数まではわかりませんが、間違いなく……それこそ2年生全体が潜在的にスパイになる可能性を秘める訳ですね」

 

 きっと南雲先輩の動きがこれまで以上に鮮明になる筈だ。今回の試験のように先手で潰すのが理想なので、これからもそうあって欲しい。

 

「2年生の纏まりと団結は、南雲先輩と言う選択肢しか残されていないが故の団結です……しかし、ここに新しい選択肢が現れた。保険として恩を売っておこうと考えてくれるでしょうね。それはつまり、南雲先輩の統治に突き刺さった確実な罅ですよ」

 

「この茶番劇は、その為の布石という訳か……なんとも壮大な話だ。億単位のポイントを使ってそんなことをするとは、流石に南雲も脱帽するだろうな」

 

 呆れたような、感心したような、色々な感情が混じった視線を向けられてしまう。

 

「今回の試験は、南雲先輩の策略を回避する為ではなく、2年生全体にその可能性と選択肢を植え付ける為だけにありました……以上が、こちらの都合です」

 

 隣の堀北先輩に「何か質問はありますか?」と視線で問いかけると、彼は納得したように頷いた。

 

「言うことは何もない……南雲に同情するほどだ。こんな後輩が後ろにいることにな」

 

「褒められる程でもありませんよ。俺のやっていることはただポイントの暴力ですから」

 

 同じ額のポイントを動かせるような誰かがいるのならば、俺と同じことができるだろう。つまりこの作戦は別に特別な物でもでなければ斬新でもない。

 

「だとしても、お前と同じことができる者がいない以上は、唯一絶対の力でもあるだろう」

 

「かもしれませんね」

 

 そこで話は終わったとばかりに、ベンチから立ち上がった。

 

 視線は背後、俺と堀北先輩を見つめていた南雲先輩に向けられることになる。ずっと俺たちを見つめていたことには気が付いていた。

 

 特に話すことはない。なので俺は南雲先輩を避けるように歩きながらクラスに合流する為に進んでいく。

 

 だが、彼は進路を遮るかのように立ち塞がった……堀北先輩と話していた俺を見て、この茶番劇の参加者であると理解したのだろう。

 

 少し考えればわかる。反南雲派のあの自信が嘘でも飾りでもないことが、そして大量のプライベートポイントを有していると言う噂、結びつけるには十分だ。

 

「笹凪」

 

「何でしょうか?」

 

「俺と戦え」

 

「理由は?」

 

「……このままでは終われないからだ。ああ認めよう、とんでもない大間抜けだったってな。俺の完全敗北だ」

 

 気持ちはわからなくはない、けれど俺にそのつもりは無かった。少なくとも今はまだ。

 

「お断りします」

 

「待てッ!? 頼む、待ってくれ」

 

 またもや奥歯を鳴らして表情を歪める彼の隣を通り過ぎようとして、しかし肩を掴まれて阻止されてしまった。

 

「ああ、誤解の無いように言っておきますけど、別に貴方と競い合うのが嫌な訳ではありません」

 

「なら、どうしてだ?」

 

「理由を説明するのなら……俺ではなく南雲先輩側にありますよ」

 

「なんだと……」

 

「少なくとも今の貴方に、俺は勝ちたいとも、負けたくないとも思えませんので」

 

「……」

 

 こちらの言葉に唖然とする南雲先輩の手を振り払って、校舎に向かって歩き出す。

 

「覚悟を決め、意思を束ね、願いを背負い、漢を上げてください……この人に勝ちたいと、超えたいと思えるような人になってもらいたい。もしその時がくれば、俺の方から貴方に挑みますよ」

 

 だから今はまだ、この人と戦いたいとは思えなかった。勝っても負けても何も感じないだろうから。

 

 何も言葉を発しないまま、唖然として黙り込む南雲先輩を置き去りにして、この話は終わりとなった。

 

 いつか俺はあの人に挑む時が来るのかもしれない、その時はこんな金の暴力じゃなくて、真の意味で実力を競い合いたい。

 

 その先に待っているのは勝利だろうと敗北だろうと構わない。この人に勝ちたいと思わせてくれて、この人に負けたくないと言わせてくれるなら、それだけで満足だ。

 

 いつかそんな日が来ることを祈りながら、この長い特別試験は終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

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