ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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章と章の間にある小話となります。


小話集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、反則だと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 混合合宿が始まって数日、面識も少ない上に他人と一緒に、そこまで得意でもない集団行動をすることにストレスを溜めながらも、わざわざ騒ぎ立てて印象を悪くするほど馬鹿でもないので私は大人しく過ごしていた。

 

 複数のクラスの人間が一堂に会するこのグループ合宿は、正直に言わせて貰えば苦痛の方が大きい。

 

 特に女子の集まりは色々と面倒でもあった。誰々が嫌いであったり、苦手であったり、遠ざけたかったりと、その辺はジッと黙り込む男子よりもずっとドロドロしているのかもしれない。

 

 まあ気持ちはわかるし、中学の頃はそれで揉めたりすることなんて日常であったので、こればかりは仕方がないと思う。

 

 せめてもの救いは、同じグループに愛里と一緒に配属されたことかな。その辺は堀北さんに感謝するべきなんだと思う。もし一人だけとか、よく知らないクラスメイトと一緒だったら、ストレスは凄いことになってただろうしね。

 

「……はぁ」

 

 けれど思わず溜息は出てしまう。こればっかりはどうしようもない。多分、私だけじゃないだろうし。

 

「波瑠加ちゃん、大丈夫?」

 

「あ、うん、大丈夫。ちょっと疲れただけだしさ」

 

 今は合宿中のランニング授業の合間、今日の分を走り終わった私たちのグループは、グラウンドの隅に置かれているベンチに腰を下ろしてそれぞれが休んでいた。

 

 そんな時だ、同じように休憩に入った愛里が話しかけて来たのは。

 

 ここ最近、イメチェンをして色々と噂と評価が変動している愛里は、注目の的にもなっている。実際にわかりやすい位にクラスの男子たちは態度が変わったと思う。

 

 それもこれも一人の男の子の気を引く為だ。正直、今時珍しいくらいに愛里は純粋な子だ。だからこそ一緒にいて気が楽なんだろうね。

 

「愛里も平気?」

 

「う、うん……ちょっと辛いけど、頑張るって決めたから」

 

 なんともいじらしくて眩しい言葉と表情だ。凄く可愛いと思ってしまう。テンテンが愛里を見ると父親みたいな視線になるのも今ならわからなくはない。

 

 きよぽんは愛里の気持ちをわかっているのか、それとも気が付かないフリをしているのか、さてどうなんだろうね。

 

 佐藤さんとデートしたり、ここ最近は軽井沢さんから妙に注目されていたり、地味だと言われながらも何だかんだでリア充全開な彼は……う~ん、ここまで可愛くなった愛里をどう思っているのやら。

 

「ねぇねぇ佐倉さん、長谷部さん、昨日の夕食に笹凪くんと一緒にご飯食べてたよね」

 

 愛里と話していると、同じグループに配属されたAクラスの人がそんなことを訊いて来た。彼女は恋愛話が好きなのか、頻繁にグループメンバーに似たような話を振って来る。

 

 気持ちはわからなくはない、私もゴシップや恋愛話は好きな部類ではある。眺めている分には何の問題もなかった。

 

「佐倉さんさぁ~……ここ最近のイメチェンって、男の子関係だよね?」

 

「ふぇッ!? そ、その、それは……あの」

 

「うわぁ、わかりやすいなぁ」

 

 愛里の反応に興味を引かれたのかグイグイと距離を詰めて来るAクラスの子の顔には、わかりやすいくらいに面白いと書かれている。

 

「相手は? やっぱり笹凪くんかな」

 

「て、天武くんは……そういうのじゃなくて、その」

 

「え、それは意外かも、じゃあ幸村くん? それとも三宅くん?」

 

「えっと、その……」

 

 愛里には苦手な距離感なんだろうね、たじろいで右往左往している。

 

「はいはい、その辺にしてあげて」

 

「え~、これからが面白いのに」

 

 気持ちはわからなくはないけど、まだこの距離感は愛里に早いと思う。

 

「じゃあ長谷部さんはどうかな、気になってる相手とかさ」

 

 すると彼女は今度はこっちにグイグイ来た。その瞳は好奇心で満たされている。きっと私が人の恋愛話を楽しんでいる時も似たような顔をしているんだろうなと、そんなことを考えてしまう。

 

 う~ん、人のあれこれを聞いて楽しむのは好きだけど、いざ自分が矢面に立たされるとかなりやりにくいなあ。

 

「私は、どうだろうね。あんまり意識したことはないかも」

 

「またまた、モテるって聞いてるよ。昨日だって男の子と夕食一緒にしてたしさ」

 

「そういう貴女はどうな訳? さっきから話題に出してるテンテ……笹凪くんとかさ」

 

 かなり強引な話題の方向転換だと思うけど、頭の奥にチラついた光景を消し去るにはこれしかなかった。

 

「笹凪くんかぁ……悪くないよね」

 

 なるほど、テンテンは他所のクラスでも注目されているらしい……無理もないか。

 

「ちょっとビックリするくらい綺麗って言うかさ、男の子なのに女の子っぽいっていうか……あぁ言うの何て言うんだろ、ユニセックスって言うのかな?」

 

 確かに言いたいことはわかる。カッコいいと言うよりは綺麗な男の子っていう表現がテンテンにはよく似合う。女装が似合いそうなランキング堂々の一位は伊達じゃないってことか。

 

 ただ、きっと彼女は知らない……テンテンのあの姿を。

 

「メイド服とかさ、着させたいよね」

 

「えー……付き合いたいとかじゃなくて?」

 

 男の子に女装させたいとか、かなり歪んだ欲望なのではないだろうか?

 

「そりゃまあ切っ掛けがあれば良いかもだけど、あそこまで色々突き抜けてると躊躇しちゃうって言うか、自分からはなかなかねぇ……もっと向こうからがっついてくれたらなあ、距離を縮め易いんだけどさ」

 

 付き合うことが想像し辛いという言葉に何となく納得してしまう。あそこまで何もかもが特別だと隣に立つ自分を想像できないからだ。

 

 だから女子は受け身になってしまうのかもしれない。何か切っ掛けか、ここぞというタイミングがあれば話は別なんだろうけど。

 

 切っ掛けか……躊躇を無視して距離を縮めたいと思う何か。

 

 その瞬間に私の脳裏に過るのは、龍園くんたちの手下を圧倒して沈めるテンテンの姿である。普段の穏やかな顔は怜悧に研ぎ澄まされて、鋭い視線と圧倒的な力で私たちを助けてくれた光景だった。

 

「……」

 

 あまり、意識しないようにしていた光景を思い出すと、少しだけ頬が熱くなる感覚を覚える。こういった熱を外に出したくないから意識しないようにしてたんだけどなあ……。

 

「波瑠加ちゃん、大丈夫? 顔、赤くなってるけど」

 

 愛里が私の顔を覗き込んで来るので、慌てて冷静を取り繕っていく。

 

「ランニングで疲れただけ~」

 

「む、無理はしないでね」

 

 心配をかけてしまったみたいだ。本当に体調は大丈夫なので少しだけ申し訳ない気分になってしまう。

 

 頬に帯びた熱を振り払うように頭を振って、同時にあの時のテンテンの姿を思考の隅に追いやる。

 

 変に意識して本人の前で顔を赤くするのだけは避けたかった。

 

 今の距離感は心地が良いし、壊したくも無い。私には切っ掛けとタイミングもあったから、一歩引いてしまうような壁も吹っ飛んでしまっている。どこかで何かが噛み合えば、きっと隣に並ぶことを想像してしまう。

 

 今はまだ早いんだろうね……愛里と同じように、もっと努力しないといけない。

 

 足を引っ張らないと、あの時決めたんだから。

 

 そんなことを思っていると、思考の片隅に追いやったあの時のテンテンの姿が戻って来て、また変な熱を頬が帯びてしまう。

 

 でも仕方がない、あんな光景を見せつけられたら、女子はどうしようもなくなってしまう。女殺しにも程があった。

 

 恋愛と言うものを意識せず、異性と言うものを意識せず、心地いい距離感で満足していたのに……。

 

 

 

 正直、あそこまでカッコいい所を見せつけてくるのは、反則だと思う。

 

 

 

 人間関係の面倒とか、女子の牽制とか、躊躇とか距離感とか、何もかもを吹き飛ばして心臓を握って来るんだから、本当に反則だった。

 

 まぁ、心地の良い距離で満足しておこう。きっと今は、その先に踏み込んでも足を引っ張っちゃうだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試験中も怠けることはできない」

 

 

 

 

 

 

 最初に彼を見つけたのはただの偶然であった。この全学年が集まった混合合宿の試験中、ほんの気まぐれに朝のジョギングをしている時の話である。

 

 試験の説明が行われた初日、男女に分かれる直前に、クラスメイトの桐山が耳にタコが出来るほどに煩く勝手な行動を控えるようにと言って来たが、わざわざ説明されずとも試験の内容はしっかりと理解できている。

 

 勝手なことなどするつもりもなく、理由もない、朝のジョギングはその勝手には当たらないことは間違いないので止めるつもりはない。

 

 同じ小グループに割り振られた同級生たちからは、私の行動を理解してもらえなかったが……やんわりと試験中なのだから体力を温存すべきだと言われただけで、最終的に彼女たちも止めることはなかった。

 

 よくわからないな。早起きは三文の得という言葉もあるというのに。

 

 実際に、面白い光景も見ることはできたし。こうして朝早くに行動しているのもどうやら私だけではないらしい。

 

 グラウンドを走り回っている金髪の彼は、確か高円寺六助。以前にポイントを卒業時に購入したいと取引を持ち掛けて来た相手だ。残念なことに私はそこまで余裕がある訳ではないので流れてしまったが。

 

 そしてもう一人、同じように朝早く行動している者が一人……こちらは山深い校舎の裏山に足を運んでトレーニングを行っているようだ。

 

 そちらに足先を向けたのはほんの気まぐれであり、同時にあの超人めいた一年生が何をしているのか興味もあったからだ。

 

 笹凪天武、人類を超越した身体能力を持つ、異質異常な一年生。

 

 彼は日が差したばかりの早朝に校舎の裏山に踏み入り、そこでまず幾つかの丸太を調達する。太く頑丈な樹木を力づくで引きちぎり、枝を素手で毟り取って綺麗な歪みのない二本の丸太を調達した。

 

 どちらの丸太も太く巨大だ、数十キロは軽く超えるだろう。二つ合わせれば百キロは間違いなく超える。そんな重量であることは間違いない。

 

 彼はその巨大で太い丸太を、それぞれ両方の手で掴んで持ち上げる。

 

 普通の膂力では持ち上げることなど叶わないし、掴んだとしてもすぐにすっぽ抜けてしまう筈だが、そんなことにはならずに小枝のように振り回されることになった。

 

 ブオン、ブオンと、太い丸太が振るわれる度に大きな風音が巻き上がり、それはこちらにまで届くことになった。

 

「バレエ……いや、神楽か」

 

 笹凪が二本の巨大な丸太を掴んで行うのは円舞にも似た動きである。最初はその動きからバレエを想像したのだが、どちらかというと神楽舞に近いことはすぐにわかる。

 

 よくあれだけ大きな丸太を持ってすっぽ抜けないものだ、とてつもない握力のなせる技だろう。

 

 クルリ、クルリと回転して、時に跳ね、時に舞を逆にして、その度に豪快な風音を奏でながらも、荒々しさよりも静謐さをどうした訳か感じ取れる。

 

 特筆すべきなのは、巨大な丸太を握って持ち上げる腕力や握力もそうだが、それだけの重量を持ちながら一ミリもぶれることのない体幹だろうか。

 

 前かがみになることも、後ろに尻餅をつくこともない、おそらくは百キロを超える重量を持ち上げながらだ。

 

 つまりは、笹凪にとってあのトレーニングは日常ということだろう。姿勢を乱すほどのことでもなければ、呼吸を荒くすることもない、その程度のものである。

 

 クルクルと回りながら神楽舞を続ける笹凪は、こちらに気が付いたのか視線だけを私に向けて来た。

 

 気が付かれたか、まぁ彼ならば気が付かない筈もないか。私も隠れていた訳でもないので仕方がないだろう。

 

「どうも」

 

「あぁ」

 

 神楽舞を続けながら気軽に挨拶をしてくるので、こちらも挨拶を返す。しかし笹凪は神楽舞を止めることなく続けていき、それを観察する私に時折不思議そうな視線を向けて来る。

 

 私もよくマイペースだと言われがちだが、目の前に人がいるのに丸太を持って神楽舞を続ける彼も大差はないのだろうな。

 

「君はいつもこんなトレーニングをしているのかい?」

 

「こればかりって訳ではありませんけど、まぁ似たようなことは……ただ、ここだとどうしても環境があれなので、器具も急ごしらえですから」

 

「だろうな」

 

「普段はバーベルでやってます。こんな丸太じゃなくて」

 

「なるほど、確かにその方が扱いやすいだろう」

 

 つまり彼は百キロを超えるであろうバーベルを持って、普段はこの神楽舞をしていることになる。体育祭で見せたあの超人的な身体能力はこうして作られているという訳だ。

 

「ふむ、興味深い光景だ。なかなかに美しい」

 

 指先で額縁を作り、その中に丸太を振り回しながらクルクルと回転する笹凪を収めると、一つの絵画のように見えて来る。

 

 手に持っているのが太い丸太でなく、七支刀などであればもっと様になったかもしれない。その不思議な容姿も相まってどこか神秘的にすら見えたことだろう。

 

「ところで先輩、俺たちは一応は初対面ですよね」

 

「そうかもしれないね」

 

「自己紹介くらいはした方が良いですかね」

 

「全くもってその通りだ。しかしその様子だと君は私のことを既に知っているのでは?」

 

「まぁ似たような人がウチのクラスにいるので……それに噂も色々と聞いています」

 

「私も君の噂は色々と聞いているよ。なんでも女装趣味があるとかないとか」

 

「どこソースですかその噂……」

 

 呆れた顔をしながらも舞を止めない笹凪は、大きな溜息を吐いてからこう言った。

 

「初めまして、一年の笹凪天武です。美人の先輩」

 

「二年の鬼龍院だ、宜しく頼むよ、可愛らしい後輩」

 

 独特の、不思議な雰囲気と空気を持つ笹凪とは、そんな挨拶を切っ掛けとして交流していくことになるのだった。

 

 この退屈な試験の中では、一番有意義な一時間であったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイバーダイン社製のファッキンクソメイド」

 

 

 

 

 

 

 絢爛豪華、という表現がよく似合う空間であった。どこかの国にあるどこかの古城を貸し切って行われるパーティーには煌びやかなシャンデリアが輝き、高価な酒と食材を惜しげも無く使った料理が並んでいる。

 

 パーティーホールの片隅では有名な楽団が穏やかな空間を演出する為に楽器を奏で、そんな彼らに注目することもなく主役たちはそれぞれが話題に花を咲かせていた。

 

 この空間に誘われた者たちも身なりが整っており、身にまとったドレスや装飾品は一目で高価な物だとわかってしまう。

 

 選ばれた者だけの、わかりやすいくらいに権力者の集まり、そんな空間であった。

 

 ただし、この場で話される会話は一般的とは言えない。マフィアがどうの、麻薬がどうの、兵器がどうの、次の選挙がどうの、アレが目障りどうのと、時折物騒で法秩序を軽く扱う内容が飛び交っている。

 

 つまりはそういう集団なのだろう。アウトローの権力者ばかりである。それも闇社会にどっぷりと浸かり切った者たちだ。

 

 何より顔を覆いたくなるのは、そんな集団と仲良く握手して穏やかに会話をしているのが、どこかの国の政治家であったりするのだから、世も末であった。

 

 取り締まる側と、取り締われる側が、これからについて話すという最悪のパーティーという訳である。

 

 だが、こんな歪な空間は、世界のどこにでもありふれた光景であるとも言えるのかもしれない。

 

「ドクター、以前に貴方がプレゼンした例のウイルスだが、上層部からはなかなか良い感触を得られたよ」

 

「ほう、それは何よりですね」

 

「一儲けできそうだ」

 

「ふふふ、量産を進めておきましょうか」

 

 そんな会話が当たり前のように行われている。少し場所が違えば武器や兵器の話になっている辺り、誰も気にした様子がない。そういう場所なのだろう。

 

「どこかで実戦運用できれば良いのだけれどね」

 

「その辺は政治の分野ですのでお任せしますよ」

 

 ドクターと呼ばれた男は何気なくそんな会話をしている。自分の作ったウイルスで大量の死傷者が出るであろうことを気にしていないらしい。

 

 重要なのは、どれだけの儲けを出せるかどうか、そこだけだ。

 

「おっと、失礼、少しワインを頂いてきます」

 

「あぁ、構わないよドクター。話は後でもできるからね」

 

 彼はやや強引に話を終わらしてから絢爛豪華でありながらヘドロを敷き詰めたようなパーティ会場を歩いていく。

 

 身なりの整った権力者や政治家たちが隠すこともなく黒い話を続ける中で、彼らを邪魔しないように給仕に徹する何名かのメイドたちの一人に、どうやら彼はさっきから目を奪われていたらしい。

 

「そこの君」

 

「はい、どうしましたか?」

 

「ワインを一つ貰おうか」

 

「どうぞこちらを」

 

 彼が注目していたパーティーの給仕を行っていたメイドの一人は、トレイの上に載せられていた白ワインの入ったグラスを差し出してくる。

 

 それを受け取って優雅に味わいながらも、ドクターと呼ばれた男の視線は目の前のメイドに向けられていた。

 

「どうかいたしましたか?」

 

「いや、なに、可憐だと思ってね」

 

「え、あ……そんな、困ります」

 

「ふふ、そうかね。お世辞ではなく本心だったのだがね……白い肌も、艶のある髪も、宝石のような瞳も、実に良い」

 

 そう、男はこのパーティー会場に来てから一目見てこのメイドに注目したのだ。美しい容姿もそうだが纏う雰囲気が独特であり、思わず喉を鳴らしたほどである。

 

 好色と噂されるくらいには手が早いと自覚はあるらしく、男は目の前のメイドに近寄り、その腰に手を回した。

 

 コルセットの感触だろうか、メイド服の下には何やら固い感触がある。

 

「どうかな? この後、二人で語り合うというのは」

 

「そ、そんなこと……怒られてしまいますから」

 

「大丈夫、僕はこのパーティーの主催者とは親しいからね、後で言い訳しておくよ……それに、君にとっても悪い話ではない筈だよ。これでも財布の紐が緩くてね」

 

「……」

 

 美しく可憐なメイドは、困ったような顔をしながらも、隠し切れない期待を覗かせながら、男の誘いに乗ることにしたらしい。

 

 古城の改装されたこのパーティー会場は招待客を休ませる為の客室も多く、ドクターと呼ばれた男にもまた割り振られた部屋があった。

 

 少し離れた位置から聞こえて来るパーティーの喧騒を耳にしながらも、メイドと男はその客室で二人きりになっている。

 

「緊張しているのかい?」

 

「はい、少しだけ」

 

「なに、固くなる必要はないよ……優しくしてあげるからね」

 

 男はベッドの上に腰かけたメイドの隣に座ると、指先を肩に置いて抱き寄せ、遂には顎先を持ち上げて見つめ合った。

 

「アースアイという奴かな? 実に美しい瞳だ」

 

「……」

 

 閨に入る前の口説き文句に、メイドは照れてしまったのか視線を僅かに下げてしまう。

 

 そんな所もまた愛らしい、そんなことを思ったのかどうかはしらないが、男は遂にメイドをベッドに押し倒してしまい、その唇を奪おうとして――――。

 

 

 

 

 

「まさかオッサンにディープキスされそうになるなんてな」

 

 

 

 

 

 どうやら男は意識を失ったらしい。側頭部を指先で独特の力加減とタイミングでノックされて、頭蓋骨の内部で振動を反響させられた結果、脳震盪となってしまったからだ。

 

 ぐったりと力を抜いてベッドに転がるドクターを横に置いて、メイドは懐から小型の無線機を取り出すとこう言った。

 

「二号さん、届いてますか?」

 

『おう、感度良好だ。可愛らしい声がばっちり届いてるぜ、プリティメイドさんよ』

 

 無線機からはどこか楽しさを隠しきれてない声が届く。面白くて仕方がないとでも言いたげな声色である。

 

「マジで勘弁してください……俺はこの仕事が終わったら、このクソみたいな作戦を立てた連中をぶん殴るつもりなので」

 

『ははは、でもこうして連絡してきたってことは上手くいったってことだろ。例のウイルステロリストを確保できたのか?』

 

「えぇ、ベッドの上でグッスリです」

 

『だはははッ、黒髪のメイド好きって情報は本当だったのか、お前さんはハニートラップでも食っていけるかもな』

 

「マジでアンタもぶん殴りますよ」

 

『まぁそう言うなって……対象を確保したんならとっととズラかるぞ。長居は無用だ』

 

「わかってます、合流地点は予定通りの場所で良いですね」

 

 無線機でそんなことを話しながら、メイドは昏倒させたドクターの首根っこを掴んで移動しようとするのだが、その瞬間にこの客室の扉が突然に開く。

 

「ドクター、大臣が内密の話があるとの、こと……で」

 

 廊下から姿を現したのは屈強な男である。おそらくはこのパーティー会場の警備だろう。そして今にもバルコニーからドクターを抱えて飛び降りようとしているメイドと視線が絡み合った。

 

「……あッ」

 

「貴様何をしているッ!?」

 

 懐から銃を取り出す動作の、なんと滑らかなことか。

 

 構える、狙う、安全装置を外す、引き金を引く、それらの行程を一瞬で終了させた男は、しかしそれ以上の速さで動いたメイドに翻弄されることになる。

 

 引き金を引くほんの手前で、銃口の角度と指先の動きで銃撃を見切ったメイドは、体を半身にすることで放たれた弾丸を回避すると、そのまま手に持っていたドクターを投げ捨てて身軽になり、一瞬で肉薄して男の手首を握り潰すと、股間を蹴り上げて悶絶させた。

 

 あまりの衝撃に意識を失った男ではあるが、彼が放った一発の銃弾が流れを変えることになったのは間違いない。

 

 なにせ銃声が響いたのだ。当然ながらその音を聞いた者は多く、一瞬で警報が鳴り響いて古城のパーティー会場は物々しい雰囲気に包まれていく。

 

「やってしまった」

 

『おい七号、何があった? 警報が鳴り響いているぞ』

 

「二号さん、潜入が露見しました」

 

『オーライ、全てオーライだ……プランBで行くぞ』

 

「プランBなんてありましたっけ?」

 

『ねえよそんなもん、暴れまわって堂々と正面玄関からオサラバするだけさ』

 

「それが許されるなら最初からそうしましょうよ!? なんで俺はメイド服を着せられて潜入したんですか!?」

 

『うるせえな。作戦を立てたのは俺じゃねえよ』

 

 メイドは苛立ちながらそう叫んでいるが、こちらに迫って来る大量の足音を感じ取って臨戦態勢に移行していた。

 

『よし七号、こっちから援護するから好きに暴れ回れ。一応言っておくが、そのウイルステロリストは死なせるなよ。聞き出したいことが山ほどあるからな』

 

「わかってますって、そっちも間違って俺を誤射しないでくださいよ」

 

『安心しろ、俺が目標を外したのは生涯で一度だけさ……お前さんの師匠だけだ』

 

「そうでしたね……それじゃあ暴れて邪魔する人たちを薙ぎ払って堂々と出て行きますんで、上手い事合わせてください」

 

『了解、派手にやれ』

 

 メイドは無線通話を切ってから、床で未だに意識を失って倒れているドクターの頭をもう一度だけ叩いてより深く意識を吹き飛ばすと、改めてこっちに向かってくる無数の足音と気配に集中することになる。

 

 意識を高めて目に映る全てをスローモーションにすると、そんな中でメイドだけは普段通りに動けるような感覚にまで至り、一歩踏み込む。

 

 部屋の扉が勢いよく開かれたのは全く同時であり、次の瞬間には客室に踏み込んで来た屈強な男たちは発砲することもできないまま一瞬で制圧されてしまう。

 

「さて、メイドらしくお掃除の時間だね……最初からこうすれば良かったんだよ」

 

 メイドは薄く笑うと、この古城のパーティー会場を縦横無尽に駆け回ることになるのだった。

 

 立ち塞がる何もかもを薙ぎ払う、屈強な警備員も、強面のマフィアたちも、職業軍人も、全てをだ。

 

 高がメイド一人と侮った者は一瞬で沈み、それが十度も繰り返されれば混乱はより大きくなったことだろう。

 

「クソッ、ブラボーチームがやられちまった!! なんなんだあのメイドは!?」

 

「警備本部ッ!! もっと人手を寄こしてくれ!! メイドが止められねえ!?」

 

 何度も何度も仲間を叩き潰された結果、警備の一部が応援を要請するようになる。だがそんな報告を聞かされても相手は困るだろう。メイドが暴れているからありったけの戦力を持ってこいと言われても正気を疑うだけである。

 

 仮にも暴力を生業とする者たちが、揃いも揃ってメイドがどうのこうのと報告してくるのだから、警備本部もさぞ困った筈だ。

 

『おい聞こえるか馬鹿ども、報告はしっかりとしろ、何が暴れてるって?』

 

「メイドだよ!! ブラボーチームもアルファーチームも全部やられちまった!!」

 

『なんでそんな奴に手間取ってるんだお前らは』

 

「銃も爆薬も当たらないんだ、凄いスピードで動き回って、とんでもない力で暴れまわって……ひッ、こっち来た!?」

 

『落ち着け、そのメイドは何か特殊な武器を持っているのか?』

 

「持ってねえよ!? だから困ってるんだ!?」

 

 無線機の向こうからは大きな混乱が伝わって来る。メイド一人に随分と翻弄されているらしい。

 

『よしわかった。今からそっちに援軍を送ろう……そのサイバーダイン社製のファッキンクソメイドは今どこにいる?』

 

「ダンスホールで銀のトレイとフォーク片手に優雅に踊ってやがる!!」

 

 そんなやり取りが行われた数分後、到着した援軍は全てメイドと正体不明の狙撃によって制圧されることになることを、彼らはまだ知らない。

 

 こうして古城のパーティー会場は阿鼻叫喚の混乱に呑み込まれていくことになる。

 

 サイバーダイン社製のファッキンクソメイドという表現は、あながち間違いではなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ……ゆ、夢か」

 

 

 なんて夢を見ているんだ俺は……この混合合宿で気が付いていない内に変なストレスでも溜めてたってことか? だとしたら、らしくねえな。

 

 ベッドから起き上がって周囲を見渡すと、学園にある寮の私室から見える光景ではなく、幾つかの二段ベッドが並ぶ共同部屋の光景だった。

 

 まだ朝日が差し込んで間もない、起きてる奴は……二匹のゴリラだけだ。

 

 片方はまた朝のトレーニングでもやってるとして、もう片方のゴリラは相変わらず一睡もせずに彫刻を行っていたらしい。

 

「やあ龍園……おはよう。なんだかうなされていたよ」

 

「……あぁ?」

 

 確かにうなされていたのだろう、汗も額に流れている。それもこれも訳がわからない夢を見たせいだ。

 

「まぁこんな試験の最中だからね、ストレスも溜まって寝辛くもなるさ」

 

 彫刻刀片手に奇妙なオブジェを作る笹凪は、微笑を浮かべながらそんなことを言っていた。その顔は夢に出て来た滅茶苦茶なメイドと……似てなくはないな。長めのかつらでも被せればそっくりだ。

 

 いや、まぁ、あんな訳の分からない夢とこいつは何の関係もないのだろうが。

 

「笹凪ィ……テメエは女装趣味があるのか?」

 

「え、無いけど……急にどうしたんだい?」

 

「いや……なんでもねぇ、気にすんな」

 

 そりゃそうだ、あのメイドがコイツな訳がねえ。考えてみれば当たり前のことだな。幾らこいつが女みたいな顔をしていてゴリラみたいな力があろうとも、あんな滅茶苦茶な状態に陥る訳がないな。

 

 変な夢を見たもんだ、それもこれもこの退屈な試験が悪い。

 

 

 

 

 

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