ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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蹴り飛ばせればそれで全てが解決する、けれど誰もがそれをなせる訳ではない

 

 

 

 

 

 

 現状において俺に出来ることは少ない。一之瀬さんがこの状況に立ち向かう姿勢を見せている以上は、これは一之瀬さんと坂柳さんの戦いでもあるので、下手な横槍は無粋であるとも思うからだ。

 

 しかし坂柳さんは神室さんを動かして間接的に俺も動かそうとしている。この意図が読めなくて不気味であった。

 

 仮に彼女の目的が一之瀬さん、そしてCクラスへの攻撃であるとするならば、余計な第三者の介入など絶対に避けたい筈だろう。だというのに遠回しに動けと誘いをかけてくる。不思議に思うなと言う方が難しい。

 

 一之瀬さんをどう助けるかではなく、坂柳さんがどこを目指しているかの方向性で思考した方が良いのか?

 

 彼女の目的、俺を動かす理由……坂柳さんの利益、そんなことを考えながら美術的活動を行い。残りは部屋に帰ってからやろうと考えた放課後、寮のロビーまで帰って来た時に異変は起こった。

 

 ザワザワと、何やら生徒たちが集まって困惑していたのだ。

 

 クラスを問わず、男女も問わず、何やら紙を眺めながら不安な様子を見せていた。眉を顰める者もいれば、明らかに苛立つ者もいて、穏やかな雰囲気ではない。

 

「清隆」

 

 そんな生徒たちの一人である清隆に声をかける。

 

「何かあったのかい?」

 

「ポストにこんな手紙が投函されていたらしい」

 

 彼が差し出して来たのはどこにでもありそうなコピー用紙であり、中身を確認してみるとあまり笑えない文字が記されているのがわかった。

 

 特に飾り気もなく、どこまでも淡々と、いっそ冷たい印象すら与えるほどに簡素に「一之瀬帆波は犯罪者である」とだけ書かれている。

 

「ん……これだけか。具体的なことは何も書かれてはいないようだけど」

 

「例の誹謗中傷の追加燃料って所か」

 

「だろうね……清隆はどう思う?」

 

「便所の落書きと大差がないと思うが……」

 

「誰も彼もがそう思えたら良いんだけど」

 

 俺と清隆だけでなく、大勢の生徒がこのプリントを見て様々な反応を見せており、その中にはAクラスの生徒もいた。

 

 よく目立つ禿頭と混合合宿で一緒のグループとなっていた戸塚の姿も確認できる。あちらも俺に気が付いたのかこちらに寄って来た。

 

「やあ葛城、戸塚、君たちも確認したみたいだね」

 

「あぁ……一之瀬も呆れていることだろうな」

 

「けど、ここまであからさまな表現で書くと、色々不都合が起こりそうなものですよね。絶対に支障が出ますって」

 

 この二人もプリントの内容に思う所があるのか、眉を顰めて何とも言えない顔になっているな。

 

「こうも個人を名指しして誹謗中傷となると、訴えを起こされても不思議ではないだろうな」

 

「馬鹿ですよねー」

 

「だが……こんな単純なことがわからない人間でもないだろう、アイツは」

 

 戸塚の言葉を否定して葛城は一人のクラスメイトの姿を思い浮かべているようだ。そもそも彼はAクラスなのである程度は坂柳派の動きも感じ取っているのだろう。

 

「葛城、君の方から坂柳さんに忠告できないのかい?」

 

「俺から忠告しておこう……だがあまり期待はするな。アイツはきっとやってないの一点張りだろうからな」

 

 ふむ、今の葛城の発言でAクラスの派閥争いの状況もある程度は察することができるな。彼は坂柳さんに忠告できるくらいの発言力はあるらしい。ここ最近は押され気味であるとは聞いてはいるが、完全に押し切られている訳ではないらしい。

 

 さて勢力差はどれくらいだろうと想像してみるが、体育祭の時は六対四と言った感じだったのでそれが逆転しているくらいだろうか。

 

「俺としても放置はできないが、こちらの言うことを素直に聞くヤツでもない……大きな動きがあるとしても、一之瀬次第となるだろう」

 

「まあそうか、一之瀬さんが訴えればそれで済む話だね」

 

 それで学校側が介入すれば全て終わる話だ。おそらく決定的な証拠なんて出て来ないだろうし、清隆の言う通り便所の落書きみたいなものなので効果のほどはわからないが、それでもここまで大胆に動けなくなるだろう。

 

 本当に、ただそれだけで済む話ではある……そして、それが出来ないのが一之瀬さんだとわかっているのかもしれないな。

 

「一之瀬が帰って来たようだぞ」

 

 清隆の声に視線は寮の玄関へと向かった。そこには少し焦った様子で寮のロビーに入って来た一之瀬さんの姿があった。クラスメイトから連絡を受けて急遽戻って来たようだ。

 

 そんな彼女にクラスメイトの一人が悲痛な顔をしながらプリントを渡して、彼女に状況の説明を行っているのが見えてしまう。

 

「……」

 

 そして彼女は絶句した。揺れる瞳で何十秒も記されている内容を確認してから、喉を鳴らしてこう訊ねる。

 

「……これがポストに?」

 

「うん……酷い事するよね。多分一年全員に……」

 

 もしかして俺のポストにも入っているのだろうか、もし一つ一つに投函したのだとしたら大層な手間だった。悪意と目的をしっかりと持たなければまず行わない行動だな。

 

「ねえ、もう我慢する必要ないよ。先生に相談しよう? こんなの許せない」

 

 Cクラスの、確か網倉麻子さんだったかな。一之瀬さんと近しい生徒が悲し気な顔をしながらそう言えば、同調するように他のクラスメイトも頷いていく。

 

「そうだよ。先生たちなら、きっと犯人を見つけてくれるよ!!」

 

「大丈夫。私、これくらいのこと気にしないから」

 

 一之瀬さんは気が付いていないのかもしれない。そういった自分の表情が少しだけ陰りがあることに。

 

「だ、ダメだよ。これじゃ帆波ちゃん、どんどん悪い噂広まっちゃう」

 

「皆ごめんね、私のことで変に気を使わせちゃって。でも、本当に気にしないで」

 

 そうもいかないのが友人であり、クラスメイトであるのだが、変に頑なな様子を見せる彼女に誰もが言葉を閉ざす。

 

 あくまで耐え忍ぶ方針であるらしい。もしくは訴えに出れない事情が彼女にはあるのだろうか?

 

 何であれ今回の一件は一之瀬さんがどこにボールを投げるかが重要になってくる。俺としては坂柳さんの顔面に全力で投げ返せば良いと思うのだけど、それが出来ないのが一之瀬さんである。

 

 驚き、困惑して、瞳を揺らす一之瀬さんは、それでもそれら全てを覆い隠すかのように笑顔を見せてクラスメイトたちを気丈な振る舞いを見せているのだが、足を踏み外したかのような違和感はどうしても拭えない。

 

「一之瀬さん」

 

 そんな彼女に声をかけると、ビクッと体を反応させて少しだけ怯えられてしまった。

 

「あ、笹凪くん……えっと、これは、その……」

 

「便所の落書きみたいなものさ、あまり気にしても仕方がないよ」

 

「そうだね……その通りだよ」

 

 そう思うんなら、もっと元気な顔を見せて欲しい。

 

 俺は彼女の眼前に自分の小指を持っていき、ピコピコと揺らして見せた。

 

「忘れないで、指切りはとても大切な結びつきだ……少なくとも俺は忘れていないからね」

 

「……うん」

 

 ほんの僅かにだが調子が戻った……とは口が裂けても言えないが、大事な時に思い出せるくらいには印象付けられたのかもしれない。

 

 この戦いはあくまで一之瀬さんのものだ。出来る事ならば彼女自身の力で何もかもを吹き飛ばして突き進んで欲しいと思っている。指切りの約束はいざという時の為の保険であることが好ましい。

 

 雑音も、つまらない誹謗中傷も、悪意や挑発も、全てを乗り越えてこれが私の実力なんだと言い切れることを俺は望んでいた。

 

 

 

 望んでいたのだが、一之瀬さんが次の日に学校に来ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坂柳さんの目的が不明なんだよね」

 

 一之瀬さんが体調を崩して学校を休んでいると言う噂が広がって暫く、高校生にとっては特別な日となる今日はバレンタインデー。男子生徒にとっては何だかんだで期待と願いに胸を膨らませる日であるのだが、そんな日に最初に顔を合せた相手は清隆であった。

 

 寮から出てロビーで待っていると清隆も登校する為に当然現れる。なので二人並んで学校へ向かう途中にそんな相談を彼にしていた。

 

「一之瀬を貶めて、Cクラスにダメージを与えることなんじゃないのか?」

 

「それはそうなんだろうけど、神室さんを操って俺を動かそうとしてるみたいでね……あ~、神室さんって誰かわかるかな?」

 

「あぁ、知っている。坂柳の手下だろ……万び――いや、何でもない」

 

 清隆も神室さんのことは知っているらしい。どこかで接触する機会があったのかもしれない。

 

「その神室さんがね、坂柳さんの指示で遠回しに俺を動かそうとしてるみたいでさ」

 

 そう伝えると清隆は思案顔になる。

 

「だとしたら妙な話だ、わざわざ邪魔しろだなんて言うのはな」

 

「ん、そうだよね」

 

「坂柳の目的は、一之瀬ではなく他にあるのかもしれないな」

 

「結局、そこに行き着いてしまうか」

 

「何か思い当たることはないのか?」

 

「残念ながら何にも。ダンスの誘いなら正面から来て欲しいもんだよ。こんな遠回りしなくても滑稽に踊って笑われてあげるのに……あぁ、でも、一つだけ思い出したことがあるかな。混合合宿の時に坂柳さんと話す機会があったんだけど、その時に彼女にこう言われたんだ。誰かの苦労を背負えるようなお節介に期待しますって」

 

「そんなことを期待されても困るだろ」

 

「そうかな、俺は嬉しいけどね」

 

 こちらの言葉が上手く伝わらなかったのか、清隆は少しだけ怪訝そうな顔をした。

 

「誰かの苦労を背負えるなんて、凄くカッコいいじゃないか」

 

「そうだった……お前はそういう奴だったな」

 

 少しだけ呆れたような顔をされてしまった。偶に彼はこういう表情を見せて来る。

 

「坂柳の目的はそこにあるのかもな」

 

「ん? どういうことかな?」

 

「そのままの意味だ」

 

 よくわからない言葉である。俺は別に苦労を押し付けられることは構わないし、寧ろ嬉しいくらいなんだが。

 

「どうであれ、さっさと一之瀬を助けておけ。取り返しがつかなくなる前にだ」

 

「清隆も手伝って欲しい」

 

「今回の件で俺に出来ることは正直少ないが……そうだな、より大きな噂で押し流すというのはどうだ? 要は、一之瀬への誹謗中傷が霞むくらいに事を大きくすればいい」

 

「噂と誹謗中傷の拡大を、それも無差別にってことだね」

 

 相変わらず性格の悪い作戦を思いつく男である。南雲先輩を嵌めた時もラスボスみたいな顔をしていたので、そういう役回りがとても上手いのだろう。

 

「ああ、事が大きくなれば学校や生徒会も動かざるを得ない。それくらい一年全体を炎上させれば坂柳も黙ると思うが……いや、目的が一之瀬でないのなら手段が変わるだけか」

 

 手段が変わるか、誹謗中傷ではなく他の方法で一之瀬さんを追い込むことになると彼は考えているらしい。

 

「一之瀬さんが力強く蹴り飛ばしてくれればそれで全部解決なんだけどね」

 

「そうだな、それが一番話が早い」

 

 学校の玄関に入るとどこか色めきだった空気を感じ取る。こればかりはやはり独特のものなのだろうな。何を隠そう俺も少しドキドキしてたりするんだよね。

 

 二月十四日、男子にとっても女子にとっても、特別な日なのだから。

 

 毎年師匠からチョコは貰っていたけど、今年は学園生活の真っ只中なので例年のようにはならないと期待してしまう。

 

「ふふふ、清隆。今日はバレンタインデーだよ」

 

「別に普段と変わらない日だと思うが」

 

「ほほう、全く欠片も意識していないと言うのかい」

 

「……そうだと言えば嘘になるな」

 

「ん、正直でよろしい……やっぱり高校生なんだしさ、こういうイベントでドキドキしたいもんだよね。高校生らしさっていうのを凄く感じられる日だと思うんだ」

 

「天武はチョコが欲しいのか?」

 

「もちろんだ。女子からチョコを貰えると嬉しい、もし戦果が一つも無かったとしてもそれはそれで青春って感じだ。どちらに転んでも俺は今、凄く高校生だって思える完璧な日じゃないか」

 

「ならさっそく貰ってくると良い」

 

「え?」

 

 下駄箱で靴を履き替えながらそんなことを話していると、清隆が廊下の方に視線をやると、そこには一人の女生徒が立っていた。

 

 この日特有の、浮ついた空気を醸し出させているのは、なんと龍園クラスの生徒である。直接的な絡みはほぼ皆無であるが、体育祭の一件で少しだけ会話したことがある女子生徒だ。

 

 彼女は木下さん。可哀想にも龍園に足を怪我させられて脅しの材料にされてしまった子であり、ほんの僅かにだがあの時に会話したことがあるな。

 

「あの、笹凪くん……これ、あの時のお礼というか、謝罪というか……受け取って欲しいな」

 

 照れた様子でチョコが入っているであろう小包を差し出してくる木下さんを見て、俺は今日が最高の日になると確信するのだった。

 

 甘党であり青春渇望症の俺にとって、バレンタインデーは最高の日なのかもしれない。

 

「ありがとう木下さん、凄く嬉しいよ」

 

「あ、名前、知っててくれたんだ」

 

「もちろんさ」

 

「あはは……なんか照れちゃうな」

 

 恥ずかしがってモジモジと体を揺らす木下さんは、俺がチョコを受け取ったことに満足して、踵を返して校舎の奥に足早に去っていくのだった。

 

「清隆……俺はこの学校に来て、本当に良かったと思っている」

 

「そ、そうか……そこまで喜んでもらえるなら相手も本望だろう」

 

 甘党万歳な日である。師匠から毎年貰ってはいたけれど、他の人から貰ったことはないから、とても新鮮な気分になっていた。

 

 幸福はここにある。これでこその高校生とさえ言えるだろう。この殺伐とした学校で唯一の癒しかもしれない。

 

「今日は幾つ貰えるかな。せっかくだから競走でもするかい?」

 

「勘弁してくれ、そんなことで競い合うつもりはない」

 

「そうか……貰ったチョコの数で一喜一憂するのも青春っぽいと思ってたんだけど」

 

「お前の青春観はどこか中学生だな」

 

 そうなのだろうか……言われてみると確かにそうなのかもしれない。

 

「しかしあれだな、オレもチョコを貰えたりするんだろうか」

 

「貰えるさ、佐倉さんとか軽井沢さんとか波瑠加さんとか。後は、桔梗さんとか」

 

「櫛田辺りは知り合いの男子全員に渡しそうだから……希望はあるか」

 

 何だかんだで清隆もバレンタインデーを楽しもうとしているのかもしれない。ホワイトルームではチョコは貰えなかったんだろうか? だとしたらとても悲しい空間と言うしかない。

 

 二人並んで教室に向かう途中、正統派イケメンの平田が女子に囲まれてチョコを貰っているのを確認して、微笑ましい気分になりながらも教室の扉を開くと、やはりここも普段と空気が違っていた。

 

 男子も、女子もだ。これぞ俺が想像していたバレンタインデーそのものである。

 

「おう来たか綾小路、笹凪、お前らもちょっとこっちに来いよ」

 

 そしてこういう日に、男子たちで戦果を確認して一喜一憂するのも青春あるあるだと聞いていたので、須藤に呼ばれて俺はルンルン気分で近づいていった。

 

「それでどうだ……チョコ、貰ったのか?」

 

「ふッ」

 

「な、その余裕の笑みは、まさかッ」

 

「バレンタインデー……実に良い」

 

 池と山内と須藤から悔し気な声が漏れ出る。

 

「ま、まさかとは思うけどよ……それって鈴音から貰ったヤツじゃないよな?」

 

「いや、残念だけど鈴音さんからじゃないよ。そもそも彼女はこういうイベントにそこまで積極的じゃないと思うけど」

 

 実際の所はどうなんだろうか? 視線を鈴音さんの席に向けてみると、彼女はいつものように読書をしながらホームルームが始まるまでの時間を潰しており、普段と何も変わらない様子であった。

 

 まあ貰えたら嬉しいけど、高望みだけはしないように心掛けておこう。

 

 鈴音さんの左前、つまりは清隆の一つ前の席に座ると同時に、教室の扉が開いて大きな包みを抱えた桔梗さんが姿を現した瞬間に、Bクラス男子の大半が待ってましたとばかりに興奮を露わにした。

 

 そう、我がクラスには最終手段として桔梗さんがいるのだ。これで戦果がゼロという悲惨で無様な結果にはならないだろう。たとえ完全完璧な義理チョコだったとしても。

 

「き、桔梗ちゃんッ」

 

「待ってた、待ってたよ!!」

 

 バレンタインデーであっても普段と変わらないと投げやりになっていた男子たちは、ニコニコと笑う桔梗さんが天使に見えた筈だ。

 

「あはは、そこまで期待されちゃうと、ちょっと困っちゃうな」

 

 そう言いながらも抱えていた袋の中から彼女はしっかりとチョコが入った小包を取り出してありがたいことに男子たちに一つ一つ配っていく。

 

 特に何か特別感のない、既製品のチョコではある上に、全員が平等であることは間違いない。言ってしまえばこれ以上ないくらい義理チョコであるのだが、それでも男にとっては嬉しい。

 

 池は興奮して何やら篠原さんに睨まれているし、山内は最近は愛里さんに夢中だったというのに鼻の下を伸ばしている。須藤でさえ少し照れた様子で受け取っていた。

 

 そんな風に一つ一つ男子たちのチョコを配っていき、いよいよ俺の所まで桔梗さんが近づいて来た所で一つ飛ばされてしまった――――あれ?

 

「はい、綾小路くん」

 

「ありがとう櫛田」

 

 俺の一つ後ろの席からそんな会話が聞こえて来る……悲しいなあ、俺は桔梗さんから嫌われてしまったのだろうか。確かに色々あったけど最終的には認め合えたと思っていたんだけどな。

 

 なんだか悲しい気分になりながら地を這う芋虫のことを考えていると、クスクスとした笑い声が耳に届く。

 

 少し振り返ってみると悪戯が成功した子供みたいな顔をする桔梗さんがいた。

 

「はい、天武くんにも」

 

「ありがとう……もしかしたら貰えないんじゃないかと、君を疑ってしまった俺は最低な男だと思う」

 

「もう、ちょっと揶揄っただけだよ――」

 

 桔梗さんはそこで言葉を区切り、俺の耳に口元を近づけてこう囁いてくる。

 

「それに、天武くんのはちょっとだけ特別かも……どこが違うかは、自分で確かめてみてね」

 

 ニコニコと可愛らしく笑いながら、去り際に鈴音さんにいつも通り挑発的な流し目を送ってから彼女は自分の席に戻っていく。

 

 手渡された小包は皆が貰った物と大差がないように思えるが、よく観察してみると小包に結ばれたリボンの色が違うようだ。ちょっとだけ豪華で色違いなそれは、皆のアイドルである彼女ができる細やかな演出ということだろう。

 

 可愛らしい人である。でも鈴音さんを挑発して不機嫌にさせるのは止めて欲しい。

 

「笹凪くん、戦果はどんな感じ?」

 

 今度は松下さんが声をかけてくる。ちょっとこちらを挑発するような物言いは、チョコが一つも貰えてない場合は悲しい気持ちになったかもしれないが、今の俺には余裕があるので涼しいものだ。

 

「ぼちぼちかな」

 

「その様子だと良い感じみたいだね。じゃあ私からも、Bクラス女子チームを代表して、日ごろの感謝をどうぞ」

 

 どうやら彼女は複数の女子たちの代表としてチョコを渡す役目があるらしい。机の上に置かれたチョコは幾人かが合同でポイントを出し合った物とのこと。

 

「ありがとう」

 

「ふふ、因みに私のチョコはこれだから、ホワイトデーは三倍で宜しくね」

 

 少し大きめのビニール袋の一角を指差してそう主張してくる松下さんは期待に満ちた瞳をしている。これは返礼をしっかりと選ばないといけないらしい。

 

「そういう作法らしいね、期待しておいてよ」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

 やはりバレンタインデーは良いものだ。これぞ青春という時間を味わえる。

 

 午前中でこれなのだから、午後からも期待できるかもしれない。この高校に来て一番楽しんでいるかもしれないな。

 

 

 

 

 

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