誰かが困っているのなら、手を差し伸べて力になるのが当然のことだと思う。
何度も何度も何度も何度も誰かに助けて欲しいと言われてきたし、その度に力を貸す人生であったと思う。最初は師匠がそうしていたので只の真似事でしかなかったが、いつの間にかそれが己の意思になっていた。
義務感だとかそういう話じゃない。それを俺がやらなければならないと実感したのだ。いつかあった少女が、炎から逃げる家族が、銃口を向けられる子供が、その言葉を叫ぶ度に何かが奮い立った。
耳朶に届く度に何かの殻が壊れて、限界だと思っていた場所はただの過程でしかないと知ることができたと思う。
とても自分勝手で、ナルシスト全開だけど、俺が思い描くカッコよさの原点はきっとそこにあるのだと今ならば断言できる。
その言葉があれば、どんな困難だって立ち向かえて越えて見せられると、何の根拠もありはしないのに確信できてしまうのだった。
人によっては余計なお節介だと言うだろう。ただの自己満足とも言われてしまうかもしれない。けれどそれを押し通す人間こそが俺が目指すべき存在でもある。
自分勝手に、目に映る何もかもを背負って、最後の最後までナルシスト全開で死んでいく。それが俺の夢である。残念なことにこればかりはAクラスで卒業しても叶えてはくれないだろうな。
まあ将来は正義の味方なんて言われても学校は困るか。
「こんにちは、通りすがりの正義の味方です」
寮まで帰って来てエレベーターに乗り、女子エリアである上階まで行って、一之瀬さんの部屋の前でそんな冗談を口にした。
ついでにノックすると、扉の向こうから人の気配を感じ取った。
けれど扉は開かない。開けるべきか閉じるべきか悩んでいるらしい。
「一之瀬さん、聞こえるかい?」
返事はないな。気配だけはそこにある。
「扉を開けるかどうかは君に任せるよ。まあこの状態でも話はできるから何の支障もないさ」
誰かからの視線が恐ろしいと思うのならば、この扉は役に立つ。言葉だけ届けば十分だと思っていると、部屋の扉はゆっくりと静かに開いていった。
扉の向こうにいる一之瀬さんは……憔悴しているようだな、普段の活力がどこかに消えて弱弱しさを感じてしまう。
「笹凪くん……来てくれたんだ」
「言っただろ、魔法をかけに来たって。それに指切りの約束もあるんだ、来ない理由がない」
「優しいね……こんなこと、本当は頼んじゃダメなのに」
「良いさ、俺にカッコつけさせてくれ」
そう伝えると一之瀬さんはぎこちなくではあるが、少しだけ表情を緩めてくれた。そして部屋の奥に俺を案内してくれる。
彼女の部屋はカーテンが閉め切られていてどこか薄暗い印象を与えた。或いはこの部屋の主の雰囲気に引っ張られているからそう感じるんだろうか。
「明かり、付けられる?」
薄暗いままというのもあれなのでそう訊くと、彼女は首を横に振って拒否を示す。ならこのまま話すとしよう。
部屋の中で彼女と向かいあうと、一之瀬さんは眩しい何かでも見つめたかのように俺から視線を逸らしてしまった。どうやら人から見つめられるのも恐ろしいらしい。
なら背中越しで良いか、クッションを抱えた状態で絨毯の上に座り込む一之瀬さんの背後に回ると、そこでこちらも腰を下ろして座わり、背中合わせで話す形となった。
互いの存在は視界にいれない、ただ声だけは届いて、うっすらと背中に熱が感じられるだろう。今はこれで良い。
「一之瀬さん」
「……なに、かな」
「ん……何を話そうか?」
「え?」
「いやさ、勇んで来てみたはいいけど、結局の所は君がどうするのか、どうしたいのかが重要であって、俺は添え物に過ぎないと思ったんだ」
俺にできるのは彼女に少しの勇気を分け与える程度のことでしかない。誰にでもできるであろうそれは、何だったら電話でも構わないだろう。
それでもこうして話せる距離にまで来たのは、きっとカッコつけたかったからなんだろうな。
「勇気が必要ならそう言ってくれ、力が欲しいのなら願ってくれ、支えが必要なら背中くらいは貸そう……君はどうしたいんだい?」
「私は……」
一之瀬さんはそこで、迷いながらもどう説明すべきか言葉を選んでいるようにも思えた。
「笹凪くんは、後悔したことはあるかな?」
「数え切れないほどに」
「あ……そうなんだ、意外かも」
そうだろうか? 後悔しない人間なんて一人もいないと思うけどな。
誰かを助けられなかった時に、もっと多くの鍛錬を積んでいればと、もっと早く強くなれていたらと何度も思ったものだ。師匠ですらそうだったのだから俺には避けられないものであった。
「私もね、あるんだ……凄く後悔して、どうしようもないくらいに馬鹿な真似をしたことが」
ああ、それが彼女が前に進めない理由なのだろうな。
「軽蔑する、かな?」
「そこまで薄情な人間ではないと思いたいな」
ほんの僅かに沈黙が広がった。俺から何かを言うことはなく、背中にいる一之瀬さんからの反応を待つ。
僅かな身動ぎも、緊張も、何だったら心臓の鼓動すらも今なら感じ取れる。
「……万引きをね、したんだ」
絞り出すように、そして何かを差し出すかのように、彼女はそう言った。
「ん、続けて」
「責めないんだ」
「今は君の過去に向き合う時間だ」
そもそも万引きを責めだしたら俺はどうなんだという話になる。だって俺と師匠が捕まっていないのは物理的に逮捕することができないから見逃して貰っているに過ぎない……それくらいのことはやらかしているので、万引きなんて可愛いものであった。
いや、まあ今は関係がないか。一之瀬さんの話を大人しく聞くとしよう。
「私の家は母子家庭でね、妹と私とお母さんの三人暮らし……特別不幸だって思ったことは一度も無かった。でも二人の子供を育てながら働くお母さんは、いつも大変そうだった」
母親か……どこか遠い存在である。ほんの僅かな時間しか一緒にいられなかったと記憶しており、墜落する飛行機の混乱の中で、迷うことなく俺を冷蔵庫の奥に押し込んで最後には笑っていたな。
「だから中学を卒業したらさ、働きに出ようと思ってたんだよね。高校に行くのにも沢山のお金がかかるから。就職してお母さんを助けて妹の方をって思ってた……でもお母さんはそれに反対したんだ」
母親としてはどちらか片方ではなく、どちらもしっかりと進学させたかったんだろう。
「お金が無くても、一生懸命勉強すれば特待生制度を利用できることを知ってからは必死に勉強して、学校でも一番だって言われるようになって……このまま進んでいければって思った時に、お母さんは倒れてしまった」
「……苦労をしていたんだろうね」
「うん、凄く、苦労させちゃった……」
我が子を進学させたい一心だったことは想像できる。無理に無理を重ねて倒れてしまうほどに。
一之瀬さんが言うにはそこに妹の誕生日が重なってしまったらしい。いつもどんな時でも我慢を強いられていながらも、それでもそれらを表に出すこともなく良い子を貫いていた妹の誕生日は、それどころでは無くなってしまったということだ。
「今でも覚えてる。病室のベッドで泣きながら謝るお母さんに、ありったけの罵声を浴びせていた妹の顔を。泣きながら楽しみにしていたヘアクリップのことを叫んでいた妹の顔を。そんな妹を私は責められなかった。ずっと我慢してきた先で欲しがった一度だけの誕生日プレゼントを……」
「ん……」
そうとしか返せないな。その光景を見ていたであろう一之瀬さんからしてみれば、自分の中にある何かが傾いた瞬間でもあったことだろう。
妹が欲しがっていた物を彼女は懐に入れた。それを渡して一時の笑顔を見て安心して、僅かな幸福と安心感を得て、他ならない母親によって現実に引き戻されることになったらしい。
母親の怒りも、絶望も、土下座も全てを見た筈だ。
学校にも広がったらしい。周囲の視線を恐れるようになって中学三年の半年間は殆ど部屋に引きこもってしまい、逃げるようにこの異常な高校に来てしまったのが一之瀬さんである。
ここならば一からやり直せると、そう思った。それが一之瀬さんの原点であった。
進んで来たと言うよりは、絶望と後悔から抜け出す為にここに来た。やり直せると願いながら。
合宿の時に坂柳さんが言っていたな、一之瀬さんには善人であらねばならない理由があると。過去の後悔と罪がある故にその必要があったと言うことである。
「それが、私の罪……万引きして、お母さんも、妹も傷つけてしまったの。本当に、何をしてたんだろって、今でも思う」
ずっと胸の奥で抱えていた何かを吐き出すように言葉を紡いでいく彼女は、最後には全てを表に出して大きく溜息を吐いた。
ならば、ここがスタートラインだな。
「一之瀬さん」
「……」
「君の過去を安易に許すことは俺にはできない、それは君自身が乗り越えるべきものだ」
「……」
「時間は戻せないし、止まることもない、わかるね?」
「うん……」
「後悔をしているのならそれで良い。後悔を知らない人間よりも遥かに立派だ。その分だけ誰かに優しくなれる……だから、それを力に変えていけば良い。月並みな言葉だけれど、俺はそれで良いと思うよ」
「できるかな……こんな私に」
「少なくとも俺が知っている一之瀬さんは、それができる人だってことを疑っていないさ」
ほんの少しだけ、背中に感じる彼女の熱が近くなったようにも思える。
「怖いのかい?」
姿こそ、この体勢では見えないが、小さく頷いたのがわかった。
「自分を信じられないのかい?」
また頷きを感じ取る。
「それでも、広がっている現実は変わらないよ……こうしている間も、君のクラスは勿論のこと、俺たちや坂柳さんや龍園だって先に進んでいる」
「うん……わかってる、でも」
「あぁ、踏み出すことは簡単じゃないんだろう」
「本当に、ダメだね、私は……今も、笹凪くんに甘えようとしちゃってる。いつもいつも、ことあるごとに相談してるのに、また……」
「そうだね。君とこんな話をするのも初めてじゃない」
「ごめんね……大丈夫、大丈夫だから、私は……」
一人で立ち上がれないと思ったから俺に連絡してきたことは彼女にもわかっているらしい。それでも何とか立ち直ろうとしているようだが、それが出来れば苦労はしないだろう。
支えが必要だ、差し伸べられる掌が重要だ、たった一人で生きていける人間なんていないのだから。
それは俺も変わらない、なら彼女だって同じ筈だ。
「一之瀬さん、君には何度か言ったことがあるよね。プールでも、ペーパーシャッフルの時も、俺はこんなことを言ったのを覚えているかな」
「どれ、かな……」
「時間は君に寄り添ってなどくれない……だよ」
「……うん、覚えてるよ」
「その言葉をもう一度君に伝えよう……時間は君に寄り添ってくれない、絶対にだ。この世で唯一平等な物があるとするならば、それは時間の流れだけだ。ここで立ち止まっている君にも、坂柳さんや龍園や俺にだってどこまでも平等だ。どれだけ辛くても進んで行かなければならないし、立ち止まっていることもできない、許されない……それが誰かを率いる者の責任だよ」
「わかってる……わかってるよ、だから……立たなきゃ、戦わなきゃダメなんだよね」
「そうだ。それが君がやらなければならないことだ。君が倒れればクラスメイトたちも次々倒れるだろう」
少しだけ、背中に感じる彼女の熱が遠ざかる。必死に立ち上がろうとして、抗おうとするかのように。けれどあまりにも弱弱しく、震えと怯えが隠しきれていない背中であった。
「時間は、寄り添ってなんてくれないんだから……私はッ」
このまま全てを背負って立ち上がれるだろうか? それで進んでいけるだろうか? 彼女は少し特別なように見えて、普通の女の子でもあるのに。
そう考えると、とても大きな理不尽を背負っているようにも思えるな。
だからほんの少しだけ力を貸そう。余計なお節介は俺が憧れる存在に必要不可欠なものなのだから。
少しだけ、彼女が持ち上げようとしている重圧を肩代わりすれば良い。正義の味方とはそうやって万人の苦労を背負う人のことを指すのだ。
「その通りだ一之瀬さん、時間は君に寄り添ってはくれない……けれど、代わりに俺は君に寄り添うことができるよ」
「……ぇ」
「安心してくれ、ここに俺がいる……何が出来ると言うこともないけれど、背中くらいは貸せるさ」
「……」
「時間は平等だ、けれど俺は、少しだけ君に贔屓しよう」
すると、離れようとしていた一之瀬さんの背中が、こちらに傾いて完全に支え合う姿勢となった。互いに重心を後ろにやって背中を預けあう形となってしまう。
「少しだけこうしてようか」
「……うん」
「それで、落ち着いたら前を見よう」
「……うんッ」
「大丈夫だよ、皆、これまでの一之瀬さんを見てきたんだ……受け入れてくれるさ」
「そう、かな?」
「ああ、もし駄目でも力になる……小指の約束は、そこまで軽いものじゃないからね。だから今は、安心して休みなさい」
背中に感じる一之瀬さんは、少し震えているな。もしかしたら泣いているのかもしれない……表情は見えないけども。
「辛くなったら思い出して、小指の約束を……人は約束一つで強くなれる」
師匠がそう言っていた。なら間違いである筈がない。
「笹凪くん」
「どうしたんだい」
そこから先の言葉は、とても小さくて、囁くような声量であった。けれどしっかりと耳に届く。
「ありがとう」
「ん」
もう大丈夫だろう、ほんの少しだけ、彼女が背負う重圧が軽くなったと確信することができた。
勇気を分け与えることができただろうか、そうであるのならば正義の味方としてこれ以上ないくらいに幸福であった。
さて、後は彼女次第だ。俺は俺で正義の味方らしく余計なお節介に奔走するとしようか。彼女を立ち直らせてそれで全て解決という訳でもないのだから。
結局、俺と彼女はその後、背中合わせの姿勢で暫く過ごし、夜の七時を過ぎた頃に別れることになった。別れ際に見せてくれた笑顔は印象的であった。
扉が閉まり、懐からスマホを取り出して、俺が最初に連絡を入れたのは坂柳さんである。
三度目のコール音と同時に通話が接続されて、スマホの向こうからどこか上機嫌な坂柳さんの声が届く。
『天武くん、そろそろ連絡をしてくれると思っていましたよ』
「だろうね、君にとってみれば最初からこの結末を目標にしていた訳だ。一之瀬さんへの攻撃は彼女自身ではなく俺を動かす為にあった……勘違いしていたよ、これは君と一之瀬さんの戦いじゃない、俺と君の戦いだったんだ」
『えぇ、その通りです。最初から私の目的は貴方にありました。ならば、私が言いたいことはわかりますよね』
「ああ、おおよその見当はついてるさ」
そもそも一之瀬さんが訴えないからと言って、あそこまでの誹謗中傷はやりすぎだし、ポストに告発文を投書するなんて証拠が残るようなリスクの高い真似を簡単には行えない。
もちろん、坂柳さんには一之瀬さんが訴えに出ないという確信はあったのだろう。だからってリスクが高すぎる行為であることは変わらない。
だとすれば、そのリスクを受け入れてでもやるべき事、目指すべき目標があったと推測もできる。最初は清隆をおびき寄せようとしているのかと思っていたけど、俺たちがAクラスに挑むという意思は示しているし、その約束だってしていた。
彼女の目的は、清隆でもなければ一之瀬さんでもない……その最終目標は、俺から譲歩を引き出すことにある。
「これ以上、一之瀬さんが悲しんでいる姿を見たくはない……正義の味方というのも楽ではないね」
『フフフ、それが貴方の魅力ではありませんか。誰かの苦労を背負えるお節介、とても素晴らしいものです』
「それで振り回されてたら世話ないよ……仕方がないことだけどさ」
『かもしれませんね、ですが私は好ましいと思いますよ』
「その言葉を、せめてもの慰めにしておこう……さて、本題だ」
『一之瀬さんへと誹謗中傷を止めろと、そう言いたいのですね』
「あぁそうだ。仮にもし今回の一件をなんとか回避しても、きっと君はあの手この手で一之瀬さんを追い込むんだろう?」
『当然です、ありとあらゆる手を使って……ですが、それを止める方法が一つだけありますよ』
スマホを介して耳に届く声はなにやら上機嫌だ。やれやれ、滑稽に踊ってあげるとするか。
「そちらの要求を聞こうじゃないか」
坂柳さんは、最初からここを目指していたということだろう。その為の一之瀬さん潰しで、その為の俺の横槍だ。
まあいいだろう。誰かの苦労を背負うのが俺の生き方なのだから。
『こちらの要求はただ一つ。現在、Aクラスとそちらのクラスの間で行われているプライベートポイントの譲渡、その廃止です』
それこそが坂柳さんの目的であり、今回の一件での着地点でもあった。
なるほど、これならば危ない橋を渡ってでもやらねばならないだろうし、これから先を見据えた時に何としても排除しなければならない要因だ。多少のリスクや危険を受け入れてでも押し通さなければならないだろう。
「わかった、受け入れよう」
『おや、要求しておいてなんですが、構わないのですか?』
「構わないなんてことはないけれど、受け入れないとこの一件がいつまでも終わらないだろう。いつまでもズルズルと暗闘するくらいならスッパリと終わらせた方が気分がいいさ」
『フフフ、貴方ならばそう言ってくれると思っていましたよ』
「たかだか数字の差し引きだ……女性の笑顔には代えられないさ」
『良いセリフですね、一之瀬さんに少し妬いてしまいます』
「ただある程度の形は整えておこうか。多分廃止しましたって言ってもこっちのクラスメイトたちが納得しないと思うんだ。なので表向きはこれからもプライベートポイントの譲渡は続けられている形にしたい」
『そうですね、ではこうするのはどうでしょう? Aクラスからは表向きポイントの徴収と譲渡は行われており、私と天武くんの間でそれは行われているというのは』
「けれど、実際には君からポイントは送られていない、そういうことだね?」
寮のエレベーターから下りて自室に向かう途中に、そんな確認を行った。
「幸いなことにAクラスから送られてきたポイントの管理は俺に一括されている。君と俺が黙っていればバレることもないだろう」
『はい、私もクラスのポイントを一ヶ所に集められるので不満はありません』
抜け目のない人である。クラスメイトのポイントを自分に集約して運用するつもりのようだ。
「ではそんな感じで行こうか」
『宜しくお願いします』
「最終確認だけど、これで終わりってことで良いんだよね?」
『そのつもりです。だってもう、一之瀬さんを追い詰める理由がなくなりましたから……それに』
「……それに?」
『貴方に嫌われたくもないので、この辺で手を引きましょう』
「別に俺は君を嫌ってなんていないよ」
『フフ、乙女心というのは複雑なものなんですよ』
「そういうものか、少し勉強になった」
部屋に入り、ベッドに腰かけると、ようやく一日の終わりを実感することができた。
「一之瀬さんも明日には学校に来ると思うから。悪役を受け入れたのなら最後までお約束を貫いて欲しいな」
『ふむ、悪辣な悪役は最後には言い負かされて撤退、と言った所でしょうか……良いでしょう、天武くんに敬意を表してそれくらいは受け入れます』
「ありがとう」
坂柳さんの表情こそ見えないが、きっといつも通りの不敵な笑みを浮かべているんだろうことはわかる。
『お礼はいりません、なにせ私は悪役ですから』
そんな通話を最後に通信は終わる。俺はベッドに背中を預けてようやく安心することができる訳だ。
だれかの苦労を背負うのが正義の味方である。そんな所を坂柳さんに盛大に利用されたということだろう。
まあいいか、だからって俺のやることは変わらないのだから。
これからも、どれだけ馬鹿にされて笑われたとしても、自分勝手に余計なお節介を押し付けていくだけである。
そうやって死んで逝けたら、どれほど幸福だろうか。
だからこれから先も沢山の人の苦労を代わりに背負っていくのだろう。
正義の味方とは、つまりそういう人であるのだから。