ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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最後に誰かが笑っていればそれで全て良し

 

 

 

 

 

 

 坂柳さんに上手いこと操作されてプライベートポイント関連の契約がひっそりと打ち切られることが決まった翌日。俺は普段よりも少しだけ異なる時間帯に登校することになった。

 

 制服に着替えて寮のロビーに向かい、そこで待つこと数分、待ち合わせしていた人物である一之瀬さんがエレベーターから姿を現す。

 

「あ……笹凪くん」

 

「おはよう」

 

「うん……ごめんね、呼び出しちゃって」

 

「良いよ。それより急ごうか」

 

「そうだね」

 

 いつもより少しだけ遅い時間帯なので下手すれば遅れる可能性もある。まだまだホームルームが始まるまでは時間があるだろうが、ここで立ち話をしていることもできない。

 

「調子は戻ったみたいで何よりだ」

 

「うん、元気いっぱいだよ」

 

 いつも通りの朗らかな笑顔を見せる一之瀬さんは昨日の暗いようすを完全に消し去っていた。まだまだ思う所はきっとあるのだろうが、全てを受け入れて背負い、前に進んでいくことを決めたらしい。

 

 良い笑顔だと思う。悲しんでいる顔よりもずっと魅力的であった。

 

 二人並んで寮から学校に向かう途中で、一之瀬さんは申し訳ないような顔と声色でこう伝えて来る。

 

「あの、本当にごめんね」

 

「それは何の謝罪かな?」

 

「えっと、色々とね……心配させちゃった事や、情けない姿を見せた事もそうだし、いつもいつも甘えちゃってるなとも思ってまして……私って駄目だなって」

 

「あまり謝られても困るのが本音かな、なんだか悪いことしたような気分になってくるから」

 

「そんなことないよ!! 何度も、何度も、助けられてるんだから!!」

 

「なら謝罪なんていらないさ」

 

「じゃあ、感謝の言葉だね……本当に、ありがとう」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 このままだと永遠に謝罪やら感謝やらで話が進まなそうに感じたので、俺は強引に話題を次に切り替えた。

 

「それよりもだ、これからも坂柳さんからの妨害工作が行われると思うけど、覚悟はいいかな?」

 

 正確にはそんなことはもう起こらない。坂柳さん側に理由が無くなったからだ。けれど最後にお約束として撃退されることを受け入れていたので、最後の舌戦が行われることになっている。

 

 そこで言い負けるようならばと思っていたが、一之瀬さんの表情を見る限りは心配はいらないらしい。

 

 強い意思と覚悟を持った瞳が俺に向けられていて、迷うことのない頷きがそこにはあった。

 

「ん、大丈夫みたいだね」

 

「正直、怖いかな、でも時間は寄り添ってくれないんだよね」

 

「その通りだ。ならば立ち止まっている時間はない」

 

「なら頑張らないと……」

 

 そこで彼女は一瞬だが不安そうな顔を覗かせて、俺の瞳を覗き込むかのように見つめて来る。

 

「でも、挫けそうになっても……笹凪くんがいるよ」

 

 彼女の指先が揺れ動き、胸の前で右手の小指を覆い隠すように左の掌が包んだ。大切な何かを慈しむように。

 

「あぁ、辛くなったら思い出してくれ。小指の約束はとても大切なものだ……約束一つで人は強くなれる、何度だって立ち上がれるさ」

 

「また、私に魔法をかけてくれるかな?」

 

「君が望むのなら、何度だって」

 

 安心したように微笑む一之瀬さんは、僅かに残っていた陰りを吹き飛ばして校舎に踏み入った。下駄箱で靴を履き替えて向かう先は自分のクラスである。

 

「不思議だね、笹凪くんがそう言うと凄く勇気が溢れてくるんだ」

 

「そりゃそうさ、魔法をかけているからね」

 

「うん……本当に、そうなんだと思う」

 

 冗談っぽく言ったのだが、彼女は本気になって受け止めてくれた。どんな形であれ力になれたのならば、正義の味方の面目は保てているのかもしれないな。

 

 俺と彼女はそのまま連れ添って歩いていき、最後に教室の前まで辿り着く。廊下と教室を隔てる扉に近づくに連れて一之瀬さんの緊張が高まっていったようにも思えて、いざ開こうと手を伸ばした段階で硬直してしまう。

 

 最後の勇気を、欲しているようにも思えた。

 

「大丈夫だよ。恐れる必要は何もないさ……君は君らしく進めばいい」

 

「……うん」

 

「辛くなったら思い出して、結んだ約束が必ず力になるから」

 

「うんッ」

 

 彼女の肩に手を置いて、ほんの少しだけ後押しをすると、その体は硬直を解いて教室の扉を開く。一之瀬さんにとってはそれはとても重く感じたのだろうが、それでも踏み出すことを決めたらしい。

 

 当然ながら教室から視線が集まる、驚きと安堵と気遣いと、様々なものが。

 

 それら全てを一身に受けて一之瀬さんは僅かに空気を吸い込み、いつも通りにクラスメイトたちにこう伝えるのだった。

 

「皆、おはよう!!」

 

 その言葉をクラスメイトたち言ったことを廊下から見送って、俺はひっそりと退場していくことになる。誰もが一之瀬さんを迎え入れている中で、神崎と一人の女生徒だけが俺に視線を向けているのが見える。

 

 女子生徒、姫野さんはあくまで興味が無さそうに。そして神崎は少しだけ顎を引いて感謝の意思を伝えて来た。

 

 言うべきことは何もない、後は一之瀬さんクラスの問題である。正義の味方は余計なお節介だけしてさっさと消えるべきだろう。

 

 歓喜の声が漏れ出る教室から距離を取るように廊下を歩きだすと、正面から杖が床を叩く独特の音が聞こえて来た。坂柳さんとその手下たちの登場であった。

 

 橋本と鬼頭と神室さんを従えてこちらに近づいてくる坂柳さんは、俺の目の前で立ち止まっていつもどおり不敵に微笑む。

 

「おはようございます、天武くん」

 

「おはよう、坂柳さん。橋本と鬼頭、そして神室さんもおはよう」

 

 この三人は一之瀬さんの誹謗中傷に奔走していたらしいので、ここ最近は何だかんだで忙しかったらしい。Cクラスに詰め寄られたりもしていたからな。

 

「一之瀬さん、復帰されたようですね」

 

 未だに歓喜の声が漏れ出る教室に視線をやって、坂柳さんは面白そうにそう言った。

 

「おいおい、水を差しに来たのかい?」

 

「違いますよ。悪役としてのお約束を果たしに来たんです。そういう話だったではありませんか」

 

「そうだったね……ん、宜しくお願いするよ」

 

 最後に悪役は言い負けて退散する。そういう筋書きである。坂柳さんもそこはわかっているらしい。

 

「それにしても天武くん……貴方は気分を害さないのですね」

 

「君がやったことに?」

 

「ええ、もう少し苛立つのではと思っていたのですが」

 

「ん~……難しい問題だな。思う所が無いって話でもないんだけど」

 

「その割には冷静なように見えましたので」

 

「いや、俺が君の立場なら同じようにどうにか契約を破棄できないかって考えただろうし、君がクラスを率いる立場として勝利を目指す為に考えたことだ……俺もクラスを引っ張っていかないとダメだから、気持ちはわからなくはないんだ」

 

 ある意味、坂柳さんは葛城の尻拭いをしていると言っても良い。方法は褒められたものではないけれど、勝利を目指す上で避けては通れないことでもあった。

 

 だから俺は坂柳さんに一定の理解を向けている。もし彼女を否定してしまえば、俺はきっとこの学園にいる大半の人間を否定することになるだろうから。

 

「それにだ、この一件は最初から俺と君の戦いだった……そう考えると一之瀬さんを巻き込んでしまったのは俺とも考えられる」

 

 いや、まあ、坂柳さんが最悪なのは変わらないんだけれども、俺にも責任の一端があるようにも思えてしまう。

 

 もっと早く気が付いて巻き込まないように先手を打てよ間抜けと、師匠モードの俺が脳内で怒っているのだ。

 

 うるさいぞ、ちょっと引っ込んでてくれ。

 

「つまりだ、間抜けは俺だったと言えるね……君はリーダーとして勝利を目指して、最高の利益を得る為の戦略を考えて押し通した。俺がそれを卑怯卑劣と罵るのはちょっと違うなって考えてる……それもまた、戦いの作法だと言えるのかもしれないね」

 

「戦いの作法、ですか……なるほど、貴方らしい考え方ですね」

 

「勝つためにあらゆる方法を模索して行使する。それは戦いの作法と言えるだろう?」

 

「そうですね」

 

「だから俺は君が戦車を持ち出してきたり、ミサイルをぶっ放してきても、それが勝つための戦略であるならば、戦いの作法だと受け入れよう」

 

 戦車は壊せばいいし、ミサイルは回避すればいい、それだけの話であった。

 

 そして俺は事前に一之瀬さんへの誹謗中傷を防げなかった間抜けなだけである。最初は坂柳さんと一之瀬さんの戦いだと思って様子見していたからな。今にして思えばもっと焦っておけば良かったと考えていた。

 

「なるほど……本当に、いっそ恐ろしいほどに純粋ですね」

 

 清隆のお父さんにも似たようなことを言われた記憶があるな。俺は別に純粋でもなんでもないんだが……。

 

「そうでもない、ただ己の未熟さを言い訳にしたくないだけなんだ……それにだ、別に思う所が無いとも言い切れない。言ってしまえばこれは敗北でもあるんだ、君と俺の戦いのね」

 

「それは……どうでしょうね、断言はできないと思いますが」

 

「いやいや、配慮までされてしまえばもう言い訳すらも出来ない。だからこの胸の奥にある敗北感を拭う為にも、また改めてAクラスに挑ませて貰おうかな……確かそういう約束だったよね」

 

「えぇ、それに相応しい試験が来たその時は、対決を行うという話は忘れていません。そもそも私からお願いしたことなんですから」

 

 坂柳さんは俺を見上げながら挑発的な笑みを見せる。

 

「なら改めて約束しようか。いずれその時が来たら、Aクラスに挑ませて貰うって……この敗北感を胸にいつまでもモヤモヤしていても意味がないから、挑んでこそだ」

 

 だから俺は坂柳さんの前に小指を差し出す。この約束を魂と心に刻み込む為に。

 

 同時に、強い意思を込めて彼女を見つめた。いつのまにか師匠モードに変わっており、どこか冷たい雰囲気を醸し出しながら。

 

 昨日、坂柳さんと指切りをした時は、彼女は「私と結べますか?」とでも言いたげな余裕のある様子であったが、今度はこちらからそうする番であった。

 

「小指を出せ、坂柳」

 

「……ッ」

 

 師匠モードになった上でのこちらの要求に、坂柳は驚きながらも身動ぎして小指を前に差し出した。

 

 驚きと、困惑と、僅かな興奮が、その表情から見て取れる。強敵を前にした時の躊躇と、奇妙な熱が広がっているらしい。

 

 前と同じように俺たちは小指を結び合う。ただし魂に刻み込むのは別のものである。

 

 繋がり合った小指は俺たちの魂に強い縁を結んでいくことだろう。

 

「矜持に恥じぬ戦いにしよう……約束できるか?」

 

 見つめ合い、互いの瞳の奥にある何かを覗きこむ。視線は揺れ動くことを許さず、呼吸すらもいっそ邪魔である。

 

 結び合う小指と視線は、決して軽々しく扱ってはいけない何かがそこに生まれたようにも思えた。

 

「えぇ、約束しましょう……矜持に恥じぬ戦いにすると」

 

 彼女にもこちらの思いは伝わったのか、華奢な小指に力が宿って視線は俺の瞳を揺らぐことなく向けられていく。

 

「ならばいい、その時が来るのを待っている」

 

 結ばれた小指を解くと同時に、師匠モードが遠ざかっていく。彼はちょっと不機嫌な感じだったな。珍しいことだ。

 

「それじゃあ、お約束をしっかりと頼むよ。坂柳さん」

 

「そこはお任せください」

 

 話は終わったので坂柳さんとその手下たちは、どこか龍園味を感じる雰囲気を発しながらCクラスの教室に乗り込んでいくのだった。

 

「何しに来たんだよ坂柳!?」

 

 歓喜の喧騒は敵対心交じりの声に変わっていく、叫んでいるのは柴田だろうか。

 

 そしてここから先は完全に台本があって、お約束通りの展開になるのだろう。悪役は言い負けて惨めに撤退するというありきたりな話である。

 

 聞き耳を立てる必要も無く、結末もわかりきっているので、俺はCクラスの教室を後にしてBクラスへ歩いていく。

 

「おはよう」

 

 そして一之瀬さんと同じように扉を開けると同時にそんな挨拶をすると、自分の席にすばやく向かって腰を下ろす。

 

「全部終わったよ」

 

 そして振り返って後ろの席にいた清隆にそう報告すると、彼は短くこう返してくる。

 

「そうか」

 

「してやられたかな、もっと早く動いておけば良かった」

 

「そんなこともある。それにいいタイミングでもあったのかもな。坂柳のあの性格なら、今回を凌いだとしても別の方法で一之瀬を狙っただろう……一之瀬を潰し終えてもお前が動かなければ次は別の誰かだ」

 

「爆弾みたいだ」

 

「いっそ坂柳を退学させたらどうだ?」

 

 厳しい考え方ではあるが、清隆の言い分も一理はあるんだよね。いや、そこまでやるつもりは無いんだけどさ。

 

「良いさ、そんなつもりはない……これはただ、俺が間抜けだったっていうだけの話なんだから」

 

 もっと早く察知して先手で話をしておけばこうはならなかった。なので勉強代としておこう。

 

「お前は甘いな。龍園辺りなら絶対に通じない作戦だっただろうに」

 

「確かに、彼なら寧ろ勝手に一之瀬さんが潰れてくれてラッキーとか思いそう」

 

 間違いなくニヤついている筈だ。それでこそ龍園だし、そうでなければ困るのが龍園である。

 

「今更嘆いても仕方がない……この返礼は、いずれ直接対決する時にでも、しっかり返せばいいんだからさ」

 

「悔いが無いのなら、それで良いと思うぞ……少しもったいない気もするがな」

 

「それを言われると辛いが、最後には一之瀬さんは笑ってくれたんだ」

 

 ならば満足である。俺はほんの少しでも正義の味方であれたのかもしれない。

 

 

「なら、それで良いじゃないか」

 

 

 最後の最後に誰かの笑顔があるのならば、それはきっと素晴らしいことなんだろう。

 

 それができないのならば、正義の味方は名乗れないのだから。

 

 ほんの少しだけ、助けを求める声によって、昨日の俺よりも今日の俺は強くなれた。後はそれを天まで積み上げるだけである。

 

 

 師匠曰く、男の人生はそれで良いとのこと。

 

 

 

 

 

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