授業が終わって放課後になると同時に俺はさっそく動き出す。席を立った瞬間にこれから会う人物たちを思い浮かべていると、教室から廊下に出た瞬間に清隆に声をかけられた。
「賞賛票を集めに行くのか?」
「あぁ、今回の試験。プロテクトポイントは君に所持してもらうから、そのつもりでいてほしい」
「そうしてくれ」
おそらく清隆も同じ結論を出していたんだろうな。ホワイトルームからの刺客がいるとわかっている以上は、俺の中では彼に持たせる以外の選択肢がない。
「さすがにクラスメイトに指示はできないか」
「まあね、指示したとしてもどうしてそんなことをって思われるだろうし、それなら他クラスの策略で俺にプロテクトポイントを持たせたくないってことにして、君が偶々選ばれた形の方がまだ言い訳できる」
あまり表でできない話ではあるので、二人してトイレに入って用を済ませながらの会話となった。
トイレで並んで作戦会議か……これはこれで高校生あるあるなのか? 不良漫画にありそうなシーンである。
「寧ろ問題なのはプロテクトポイントを取った後のことだ。こんなタイミングでわざわざ差し込んで来た以上、必ずそれが必要になる場面がある筈だ」
確かに、清隆の言葉は正しいだろう。目の前に学年最後の特別試験も迫っているからな。そこで使わない筈がないか。
「仮に今度の試験で使うことになって、負けた側は責任を持って退学とかになるのかな?」
「その為に使うのは避けたいな」
「同感だ。せっかくこんな権利をくれるんだから、君はそれを守ることを最優先に考えてくれ」
「どうしようもない時もあると思うがな」
「なぁに、勝てばいいのさ……そうだろう?」
「それもそうだ、この学園のトップが刺客である以上は、必ず必要になるものだ」
「回避不能な嵌め技とかして来そうだもんね」
その時の為にもプロテクトポイントの維持は必要だろう。失うことはできるだけ避けたいものだ。
トイレでスッキリして、手を洗っていると、懐に入っていたスマホが立て続けに震えだす。どうやら複数のメールが届いたらしい。
その大半が二年生からだ。内容も共通していて、南雲先輩が学年からポイントを集める指示を出したらしいとのこと。
使用意図はわからないが、どうして二年生のあの人がこのタイミングでポイントを集める必要があるのだろうか? 混合合宿であれだけ大損した上に、俺と龍園にポイントを払ったので結構な量が既に流出しているというのに。
「清隆、今二年生から三十通くらいメールが来たんだけどさ。なんか南雲先輩がポイントを集めてるみたいなんだけど、何故かわかるかな?」
「それだけだと情報が少なすぎて何とも言えないが、このタイミングでか」
「一年に関係があるのか無いのか、微妙な感じだね」
「直接的には関係がないだろう。仮に一年に介入した所でお前がいる以上は何の意味もない。運用するポイントの桁が違うんだからな」
「そりゃそうか。心配するだけ無駄になりそうだ」
南雲先輩の思惑はよくわからないが、億単位のポイントを動かすこちらには何をどうしようが意味がない。子供がトラックと綱引きするようなものである。
やはり力も金も桁外れでぶん殴ってこそだな。
「まあ注意だけはしておこう。とりあえず俺は他クラスと交渉してくるよ……清隆はどうする?」
「軽井沢を使ってクラスの動きを見ておく。もしかしたら軽率な行動に出る奴もいるかもしれないからな」
「いるかな? もう全体の意思は固まっていると思うけど」
そもそも誰が退学になっても必ず救済するのだから、何もかもが茶番になっているというのに。
「万が一に備えてだ」
「ん、了解……じゃあ善意の押し付けに行ってくるよ」
トイレから出て清隆とわかれ、廊下を歩きながらまずどのクラスに行こうかと考えていると、何となく坂柳さんの顔が思い浮かんだ。
「最初は坂柳さんで良いか」
メールを差し出すのは坂柳さん、例の人気のない自販機前で待っていますという内容であった。
あんな特別試験がいきなり発表されたものだから、一年のクラスがある廊下は普段よりもずっと不穏な雰囲気が広がっているようにも思えた。そんな様子なので校舎の片隅にある自販機前に人がいる筈もなく、俺がそこにあったベンチに座ってすぐに杖が床を突く音が耳に届いた。
「待たせてしまいましたか?」
坂柳さんの登場である。相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「いいや、俺も今来たばかりだよ」
「フフ、何だかこのやり取りは、デートの待ち合わせみたいですね」
「ん、確かにね」
昨日と全く同じやり取りを、立場を逆にして繰り返すのは、少し変な感じだった。
彼女は俺の隣に座って姿勢を正す。あまり焦らされるのもアレなので、俺から話をするとしようか。
ここから先は、俺が2000万を押し付ける為の言い訳作りである。
「さっそくなんだけどさ、坂柳さんはこの試験をどうするつもりなんだい?」
「それほど複雑な試験という訳でもありません。言ってしまえばこれはクラスにとって不要な誰かをリスクなく切り捨てる試験なのですから。単純に最も総合力の低い人を排除すれば解決するでしょう」
「ん、そういった考え方もまた一つの真理だ」
「天武くんはどうでしょうか?」
「俺としてはプロテクトポイントを購入するだけの試験かな」
「フフフ、なるほど。貴方ならばそうなるでしょうね」
考え方こそ違うが、これはどちらもこの試験を超える上での答えの一つだ。効率的に考える坂柳さんと、単純にポイントが有り余っている俺、出した答えが違うだけの話である。
きっと一之瀬さんや龍園も異なる答えを出している筈だ。そして誰の答えが正しいかどうかの議論に意味はないだろう。
「さて、本題に入ろうか……あんまり言葉を飾っても意味がないからシンプルに説明するとね。俺はこの試験で退学者を出したくないから、坂柳さんに協力して欲しいんだ」
「具体的にはどのような形で?」
「2000万をそっちに流す言い訳が欲しい。だから他クラスへの賞賛票の幾つかをこっちに渡して欲しいんだけど……それと清隆にプロテクトポイントを持たせたくてさ。ほら、君が教えてくれた例の人のこともある。保険は多いほどいい」
「協力するのは吝かではありませんが……」
そこで坂柳さんは何やら考え込む。俺の提案と自身の考えを重ね合そうとしているのだろうか?
「天武くん、今回の試験で私もまたプロテクトポイントを所持したいと思っています。おそらく学年最後の特別試験で必要になるでしょうから」
「つまり俺たちの利害は一致している訳だね……しかし君ならば普通に取れるんじゃないかな」
「そこまで簡単な話でもありません。ご存知でしょうがAクラスは二つの派閥に分かれていますので」
「今は坂柳さんが優勢だって噂で聞いているけど」
「えぇ、しかし完全に押し切れるほどではありません」
六対四、そんな感じなのだろうか。
「そろそろAクラスも一枚岩にならないと、今後大きな支障が出て来るのは間違いありません」
「だろうね」
クラスが真っ二つにわかれた状態で他所のクラスと戦うとか、俺なら絶対に嫌だ。
「そちらのクラスの賞賛票を幾つかこちらに流してください。おそらく葛城くんはこの試験で私を追い落とそうと考えるでしょうから」
「一枚岩になりきれていない状況ならば、そう考えても仕方がないだろうね」
これでもし葛城派の勢いが虫の息とかだったら議論の余地なく坂柳さんが切り捨てる相手を選べたんだろうが、勢力差が六対四ぐらいなら安心とは言い切れない。
それこそ葛城だって、もしかしたら今頃、票操作に奔走している可能性もある。最悪、自分が最下位にならないようにしなければならないだろうからな。
「葛城くんは他クラスの賞賛票を集めて自分と派閥に流し、私たちの批判票を相殺するつもりでしょう。そして自分たちの派閥からは私への批判票で固める。そんな所でしょうか」
やってそうだなと考えていると、俺のスマホがまたもや震える。メールの差出人はその葛城であった。この後会えないかという内容であり、おそらく交渉がしたいのだろう。
「どうやら彼も奔走しているようですね」
クスクスと笑う坂柳さんは、俺に届いたメールが誰の物なのかわかったらしい。
「まあ葛城のことはどうでもいい。俺はただ2000万を他所のクラスに押し付ける言い訳が欲しいだけだからね……ん、こういうのはどうだろうか。君はこの試験で葛城本人かその派閥のメンバーを追い落とす。その上でその人物を救済するというのは」
「まるでマッチポンプですね」
「けれど君はクラスメイトを救済する為に苦労して資金を工面した頼れるリーダー的な感じに……うぅん、ツッコミどころが多いかな?」
「どういう意味ですか?」
「他意はないさ……まあ何であれだ、俺は退学になりそうな誰かを救済したい、余計なお節介を押し付けたいんだ。だからそっちに2000万渡すからなんかいい感じに着地させて欲しい」
「フフフ、なんだか急に雑になりましたね」
「賞賛票が欲しいとかそういうのは、ただの言い訳だからね」
何が面白かったのか坂柳さんは口元を指で隠して上品に笑う。どういったところが琴線に触れたのかわからないが、楽しそうなので良しとしよう。
「坂柳さん。俺の自己満足に付き合ってください」
最終的にはそんな言葉になってしまう。俺の行動を表すのならばそれが全てだった。
だってこれ以上の表現はどこにもない。全てそれで説明が出来てしまうからだ。
「わかりました、協力しましょう」
「ありがとう。とても助かるよ……しかし君は誰か不要な人物を切り捨てるつもりだったんだろう?」
「それが理想ではありましたが、これを機に葛城くんたちを抑えて優位に立つことができるでしょうからね、そちらを優先です」
「何だって構わないさ、俺はとても助かる」
「何の利益もなく2000万ものポイントを放出するというのに、助かるとは……本当に、お人好しですね」
「そうじゃない……言っただろう。俺の行動の全ては自己満足だ」
「ええ、確かに自己満足です……ですがそれは真の意味での善人で、それでしか助けることの出来ない誰かがきっといるんでしょうね」
「褒められているのなら嬉しいよ」
「まさに褒めているんですよ。本当に……恐ろしいほどに貴方は純粋です」
俺を見つめる坂柳さんは、どこか物憂げな表情をしているようにも見える。なんで心配されているのだろうか?
「天武くん、いつか貴方は……誰も並び立つことのできない場所まで行ってしまうのかもしれませんね。誰も追いつけず、誰とも語り合えない、誰も並び立てない、そんな場所に……貴方が進もうとしているのはそういう未来なのではと、そんなことを考えてしまいました」
「もしかして、心配してくれているのかい?」
「私が貴方を心配するのは、それほどおかしなことでしょうか」
「いや、君はとても冷静で、必要があれば残酷にもなれる。理性より計算を優先する人だからさ。他人を心配することにちょっと違和感があってね」
「確かにその通り。必要があれば卑怯卑劣と罵られようとも、勝利を目指すでしょう。それは私の一つの側面なのですから否定できる筈もありません」
ですが、と言葉を区切って俺を見つめて来る。
「友誼を結んだ相手を心配するのもまた、私を構成する一部なのですよ?」
「返す言葉もないよ、それが人間だ。変な勘ぐりをしてしまったね。心配してくれてありがとう……そしてすまなかった」
「構いませんよ。貴方のその在り方に付け込むことも私という人間の、また一つの側面なので」
「それでいいさ。俺は完璧ではないし、万能にも程遠い……己の未熟さを知る機会は多い方がいい」
嘘偽りなくそう伝えると、坂柳さんは物憂げな表情を隠していつもの不敵な笑顔に戻る。
そしてベンチから立ち上がって杖を突いた。
「貴方が孤独にならない未来を、祈っておきましょう」
「大丈夫だよ。俺は友人の大切さを知っているから」
その言葉に満足したのか、坂柳さんは可愛らしい笑顔を見せてから、杖を突いて歩いていくのだった。
とりあえずAクラスはこれで良いだろう。後で坂柳さんに2000万ポイントを送るとして、次に行くとするか。
今から一之瀬さんと会えるだろうか? 彼女は生徒会の職務もあるから放課後はなかなか難しい。とりあえずメールだけ送って暇が出来たら話すとしようかと考えていると。またもやスマホが震える……今日は本当によく震えるな。
「どうしました、朝比奈先輩」
電話をかけて来たのは朝比奈先輩であった。ベンチから立ち上がりかけていた俺は、再び腰を下ろすことになる。
『あ、ごめんね、今は大丈夫かな?』
「時間はありますよ」
『なら良かった……えっとさ、何か君たちの学年、滅茶苦茶な試験が始まったって聞いてさ』
「ええ、そっちにも噂は広がってるんですね」
『そりゃね、私たちの学年では無かったもんこんな試験、もうビックリ』
「一年生の状況でも知りたいんですか? 二年生とはなんの関係もないと思いますし、そちらに影響を与えるようなものでもないと思いますけど」
いや、そういえば南雲先輩がポイントを集めているとタレコミがあったな。
『そうでもなくてさ……えっと、実は昼休みに雅が帆波を呼び出してさ、試験はどうするんだって相談に乗ってたんだけど……あ、帆波のことは当然知ってるよね?』
「もちろん知ってますよ」
『そりゃそうか……あ~それでさ、何か帆波に融資するって話になったみたい』
「なるほど、上級生からの支援ですか……それもまた一つの回答でしょうね」
別に間違ってはいない。俺と坂柳さんの出した答えが異なるように、一之瀬さんもそういう攻略法を考えたということだろう。
彼女は生徒会にも所属しているので、一年生だけでなく二年や三年とも交流がある。まさに縁は力であった。
つまり一之瀬さんはクラスメイトの救済という方向性を選んでいるということだ。彼女らしいと思う。
「南雲先輩が支援するのなら、もしかしたら何も問題なく試験を越えられるのかな、一之瀬さんのクラスは」
自力で突破できるのならもしかして俺のお節介は必要ないと言われるだろうか? それはそれでなんだか悲しい気分になってしまうな。
だが朝比奈先輩が言うには違うらしい。
『そう簡単な話でもないって……雅のヤツ、帆波にポイントを渡す代わりに付き合うことを条件にしたみたいでさ』
「付き合う……男女の交際ということですか?」
『うん、結構な額が足りないらしいんだけど、それを雅が支援する代わりにね』
「ん……よくわかりません。なんでポイントを渡すからそんな話になるんでしょうか?」
『え、いや、だって……それはほら』
「……ほらと言われても困るんですけど」
すると電話の向こうで朝比奈先輩が困惑している様子が伝わって来た。
「一之瀬さんと交際したいなら、普通に仲良くなって、普通に申し込めばいいのでは? なんでポイントを支払う必要があるんですか?」
もしかして俺が知らないだけで、或いは師匠から教えて貰えなかっただけで、そういう作法があるんだろうか?
いや、待てよ、結納金とかそういうことなのかもしれない。それならまだ話はわかる。
「朝比奈先輩?」
ずっと黙ったままの朝比奈先輩に呼びかけると。彼女は少し困惑しながらこう返してくる。
『あ、うん、その通りだよね……ほんと、雅のヤツ何やってんだか』
そして彼女は呆れたように溜息を吐くのだった。
『私が言いたいことはさ、帆波を助けてやって欲しいって話……単純に私たちのクラスから大量のポイントが出ていくのは避けたいってこともあるしね。それに、こんな形で付き合っても帆波はきっと傷ついちゃうだろうからさ』
「混合合宿であれだけやらかしましたもんね」
『それね、まあ雅はAクラスの人数が増えたから、自分の財布に入って来るポイントも増えたってことで納得してるみたいだけど、すぐに4000万なんて額が取り戻せる訳でもないもん』
「反南雲派の人たちは上手く懐柔されましたか、そのぶんだと」
Aクラスに移った彼らは随分と大人しくなったらしい。今では南雲先輩の忠犬だとかなんとか、まあそうなってくれないと困るので予定通りである。
そして南雲先輩もそんな彼ら彼女らを懐柔する方針らしい。朝比奈先輩の言う通りAクラスにいる生徒が多ければ多いほどにクラス全体に支払われる額も増えるので、混合合宿で失ったクラスポイントさえ回復できるのなら、寧ろ南雲先輩にとっては利益のある出来事でもあるのだ。
まあもっとも、内心に関してはわからないが。
『君がそう誘導したんでしょうが……それで、帆波を助けられるの?』
「そこに関しては大きな問題はありません。元々、一之瀬さんに限らず全てのクラスに配って回る予定だったので」
『あ、そっか、それなら安心だ。不要な心配だったかな』
「いいえ、必要な心配です」
『あはは、なら良かった。それじゃあ帆波のこと宜しくね』
通話はそこで途切れる。朝比奈先輩は一之瀬さんを心配してこんな話を持ち掛けて来たということだろう。情の深い優しい人なのかもしれない。
俺はベンチから立ち上がって一之瀬さんにメールを送った。暇ができたら話がしたいと。生徒会の仕事もあるので返信はもう少しかかるかと思っていたが、意外にもメールはすぐに返って来て、今日の放課後に時間を作るとのことらしい。
彼女にも2000万を押し付ける言い訳を考えないといけないな。
本当に難儀な試験だと思う。どう攻略するかではなく、どうポイントを押し付ける言い訳を作るかに悩むなんて、面倒が過ぎると思うのだった。