満たされていた。もう悔いはない、と。だから迎えが来た時は寂しくはなかった。あの優しかった、暖かかった姉の元へ。家族の元へ逝くのだから。
2026年3月29日。この日彼女は齢15にしてこの世を去った。桜が満開になる少し前の小さな出来事である。
「はずだったのになぁ……」
「あんまりため息ついてると幸せ逃げるぜ?」
「わかってるけどさぁ……そういうクラインがため息ついてどうすんのさ」
彼らはこのアインクラッドの最前線で攻略に励む攻略組の一角である。ギルド名〈風林火山〉。団長のクライン以下全員が武士のような装備で固めている。総勢
「で、キリトは?」
「こいつ見ろよ」
「……あぁ」
キリトがクラインに送ったメッセージを見て、安心したように頷いたユウキ。
昨日、クリスマスイベントの一つとして35層《迷いの森》でボス討伐イベントが行われた。それだけなら大したイベントではない。それどころかクリスマスイブになんで命賭けなきゃいけないんだ、という声も聞いていた。
しかし、事態は一変。そのボスのドロップアイテムの中に、
ユウキがため息をついたのはそのためである。自分は一度死んだはずなのに、なぜかSAOの中にいる。それどころか現実世界の自分の体は同時期よりも症状が悪化して、このSAO内にも完成したばかりのメディキュボイドを使用してログインしている。
困ったような笑みを浮かべながらユウキは、
「なんでかなぁ……」
と、目の前のクラインには聞こえる程度の声量で呟いた。
「なんでって何がだぁ?」
「ボクがまだ生きてる理由」
「そらお前……言っちゃなんだがなんでだろうな?」
「そこは気を使ってなんかこう上手い事言う場面でしょ、だからモテないんだよクラインは」
「な、なにをぅ!!?」
そんな他愛のない時間を過ごしながら、ユウキは世界が変わったあの日を思い出していた。
ユウキこと紺野木綿季は末期のHIV患者である。前と同じように。それどころか、
しかし、木綿季にはなんとなくではあるがわかっていた。おそらくこちらに戻ってきたからである。
SAOが発売される1ヶ月前。目が覚めたとき最初に感じたのは、身体の重さと息苦しさ。そして疑問を伴う寂しさであった。なぜ自分だけが、なぜこの時期なのか。今でも疑問は尽きない。だがこのまま行けば数ヶ月、長くても1年で自分はまた死ぬ。
それを待つという選択肢は端からなかった木綿季は、倉橋先生に頼み込みSAO──ソード・アート・オンラインの世界へ旅立った。
降り立って感じたのは
約束の時間である17時30分まで狩りを続けたユウキは、件の時間にあったアナウンスを右から左に聞き流し”チュートリアル”を終えた。そのままログインした時と同じように駆け出して迷宮区を目指してレベリングを始めた。理由は上で述べた通りだ。
「それでここまで1人で来たのカ?元テスターでもないのニ?」
「うんまぁ、そういうことになる、かな?」
「……生き急いでる訳じゃなきゃいいんだけどナ?」
1層の迷宮区前最後の町であるトールバーナーで、情報屋のアルゴにマッピング状況やその他諸々の攻略状況の提供をしていた。既にレベルは1層で上げられる上限の12に到達している。
SAOサービス開始から約1か月。犠牲者は800人を超えようとしていた。アルゴの調べによるとそのうち3~4割は元ベータテスターらしい。ベータからの変更点による犠牲が主な原因だろうが、情報があるのに自分の知識を鵜呑みにしたのが悪いとユウキは考えている。
「明日この町で攻略会議が行われるゾ」
「なら今日はここで切り上げてメンテするかな」
「ついでだからこいつを持っていってくレ。明日から配布予定なんだけど渡しとク」
投げられた小さな本をしっかりとキャッチし、手を振って2人は別れた。中身はボスの攻撃パターンや形態変化のデータだった。
翌日。情報通りに広場で攻略会議が始まった。集まったのはユウキ含めて45人。ナイト風の男が音頭を取り、会議が進む中パーティーを組んだのはキリトとアスナであった。
前は長いことコンビを組んでいたと聞いていた。だからこそ最初のボス戦は2人と組みたかった。
「それで、コボルドの喉元を突けばいいんだね?」
「あぁ。俺がコボルドのポールアックスをソードスキルで跳ね上げるから、スイッチして2人で弱点を攻撃してほしい」
「わかったわ」
迷宮区前の森の中。ともすれば遠足のような雰囲気の攻略レイドである。そうアスナがこぼし、キリトがそれを苦笑する。
その少し前を歩くユウキはかつての戦いでは使わなかった鋼糸を左腕に巻いている。時折木の枝目掛けて調子を確認していた。主に敵や柱に巻き付けて立体的に攻撃するため。ゆくゆくは鋼糸の端と端に楔を付け設置できるようにしたいと考えている。ユウキのステータスはスピード寄りなので、鋼糸を足場にして高く跳躍することを目標にしている。
目指すは