転生ウマ娘はレースの夢を見るか   作:雪卯鷺

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箱を開けた日のこと

『コレはな、"レース"よ』

 

 お爺さんのこの一言が、ずっと私の心にモヤモヤとした違和感を残している。特段おかしい所のない筈の言葉が、まるで喉に刺さった小骨のように頭にこびりついかかかきて離れない。

 

———何か。私は何か、とても重要な事を見落としているんじゃないだろうか……? 

 

 

 ◆

 

 

 良い子の皆〜! こ〜んに〜ちは〜! エルピスお姉さんだよ〜! 

 え? いつもよりテンションが高い? 

 そう! それもそのはず! 何故なら今は、

 

「がぼがぼ! ごぼ! げほっ、げほっ!」

「ほらもうちょいもうちょい! 頑張れ!」

 

 地獄のトレーニングメニュー(プール編)の真っ最中だから。無理にでもテンション上げなきゃやってられんわ、こんなもん。

 長さ50メートルのプールを3往復5セット。合計1500メートル。1セット毎に休憩を挟むとはいえ、流石にこれだけ泳がされると普通にしんどい。指先だってふやふやだ。

 

「えほっ、えほっ! ぬぁぁ……」

「おう、お疲れ。頑張ったな」

 

 疲れた体に鞭打って、なんとかプールサイドへと這い上がる。このトレーナー、前回の坂路トレーニングで懲りたのかと思えば、全然そんな事ないじゃないか。

 うつ伏せになって息を整えていると、両脇から手を差し込まれ、そのままヒョイと持ち上げられる。扱いがもう完全に犬猫のそれである。

 そのまま休憩用のベンチまで運ばれて、横たえられたと思ったら上からタオルが被せられた。トレーナーなりに気を使っているつもりなんだろうか。

 

「体冷やさないうちにちゃんと拭いとけよ」

「はぁい……」

 

 トレーナーに言われてのそのそと起き上がり、とりあえず適当に体についた水分を拭き取っていく。この時期はまだ温水ではあるけれど、一度水から上がってしまえば後は冷めていくばかり。プールトレーニング後に湯冷めして風邪ひきましたなんて、そんな間抜けなことは流石にしたくない。

 体を拭いているとトレーナーに頭からタオルを被せられて、そのままワシワシと髪を拭かれる。このトレーナー、私をお守が必要な小さい子か何かと勘違いしている節がある。でも楽だから任せちゃう。

 ……こういう事してるからそういう認識されてるのか。

 

「今日はもう終わりだから、後はちゃんと乾かしとけ」

「うぇい」

 

 まあ、それで何か不都合がある訳でもなし、別に私がやらせてるんじゃなくて、トレーナーが自分でやってる事だし。濡れたタオルの処理はトレーナーに任せて、さっさと着替えてしまおう。体を拭いていたタオルを、トレーナーにペイッと投げ渡す。

 

「じゃあこれ、後お願いしま〜す」

「着替えたらトレーナー室な。先戻っとくから」

「うぇい」

 

 トレーナーの言葉に生返事で応えつつ、更衣室へと引き上げる。

 

「……で、なんでアンタ達はさっきからそんな変な顔してんの?」

 

 そして私の後ろに続いて入って来たアイちゃんとストリームちゃんを振り返る。実は二人とも、今日は一緒にトレーニングしていたのだ。二人のトレーナーは今日は会議でいないらしい。なので友人である私との合同トレーニングが組まれたのだ。流石に二人は別メニューだけど。まあ二人は別に距離延長する訳じゃないからね。そんな二人は私とトレーナーのやりとりを、なんだか凄く微妙な顔をしてずっと見ていたのだ。

 

「いや……」

「なんて言うか、その……。……仲が良いね?」

「アァハン?」

 

 何の……? ……あぁ、トレーナーか? いや、でもそんなの……。

 

「いや、そらそうでしょ。トレーナーだし」

「いやぁ、アレはトレーナーと担当とかの距離感じゃないでしょ」

「歳の離れた兄妹みたいだったね」

「えぇ? そう?」

 

 言われてちょっと考えてみる。

 ……確かになんか、アスリートとトレーナーって感じのやり取りではねぇな? 

 でも、まあいいか。なんだかんだ今の関係の方が、私としてはやり易いというか、気楽で良い。この気やすさも、信頼関係の一つの形だろう。

 

「……と、私は思うんだけど。どうだろう」

「いや。当人同士がそれで良いなら、私らはなんも言わんけど……」

 

 なんだかストリームちゃんの歯切れが悪い。なんだろうか。何かそんなに、気にかかるような事があっただろうか。

 

「なんかさ。トレーニングとかトレーナーさんの愚痴とか前に聞いたけど、なんだかんだエルピスちゃんも楽しんでるよね?」

「おぉん?」

 

 アイちゃんに言われてちょっと考えてみる。

 そうかな……。そうかも……。やっぱりなんだかんだ言って、今の私に必要な事だしね。トレーナーだって慣れないことを私の為にやってくれてるんだと思うと、まあ悪い気はしないしその気持ちにも応えてあげたいとは思う。

 うん。私、結構楽しんでるな。

 

「ふふっ。そうかも」

 

 思わず笑いも溢れる。契約してから全然経ってないけど、あのトレーナーとのトレーニングは案外悪くない。

 髪を乾かしていたドライヤーを止めて、毛先を触る。水気は完全に取れている。横髪を後ろに回して、一つに括る。これでいつも通りだ。尻尾の毛にも乱れはない。完璧だ。

 

「じゃあ、私はこれからミーティングだから。また明日ね」

 

 そう言って、二人に手を振って更衣室を後にする。早く行かないと、トレーナーを待たせてしまっている。

 

「……アレで意外と相性良いのかね」

「まあ仲が良い分には良いんじゃない?」

 

 そんな二人の言葉を背に、私はトレーナー室へと向かった。

 

 

 ◆

 

 

『ゴホッ、ゴホッ』

『おじいちゃん、大丈夫?』

『おーおー。こんなもん大したことないわ』

 

 最近の夢の中ではお爺さんの体調はあまり良くないようで、よく咳をしている所を見るようになった。そしてお爺さんがそんな状態でも、毎週末に私と二人でテレビの前に集まってレースを見るのは変わらなかった。

 最近になって、私はその時の私が何を言っていたのかをしっかりと思い出せるようになっていて、なんだか前世の私という存在がじっくりと私の中に馴染んでいくような、そんな感覚を覚えていた。

 

『おじいちゃん、今日は"———"走る?』

 

 当時の私はすっかりレースにハマってしまって、毎週メインレースの時間になるとお爺さんと一緒にテレビの前へと陣取って、食い入るように見ていた。あの頃はお爺さんがメインレースの中継しか見ない人だったから、私もレースは一日に一回しかない物だと思っていたっけ。

 そしてそんな私にもお気に入りのウマ娘がいて、レースの度にお爺さんにその日はそのウマ娘が走るのかを聞いていた。

 

『いんや、今日はおらんわ』

『えー! "———"見たい!』

 

 新聞を拡げて、出走者を確認しながらお爺さんは言う。私はそんなお爺さんにはどうしようもない事で駄々を捏ねては、よくお爺さんを困らせていた。

 

『坊主はホンマに"———"が好きやの』

『うん! だってカッコいいもん!』

 

 お爺さんはそう言って笑いながら、私の頭をわしわしと少し乱暴な手付きで撫でる。ちょっと痛いけれど、それでも私はその瞬間がそんなに嫌ではなかった。

 

 ……ああ、そうだ。彼女はいつもかっこよかった。ゲートが開けば真っ先に飛び出して先頭に立ち、決してハナを譲らずゴールを目指す。ターフの緑に栗色の髪が映えて、とても綺麗だった。

 

———さて、そのウマ娘は一体なんて名前だっただろうか……? 

 

 

 ◆

 

 

「フフン。またアタシの勝ちね」

「うぐぐ……。今度こそは勝ったと思ったのに……」

 

 いつものトレーニングコース。そこで私は膝に手をついて、スカーレットちゃんを見上げていた。最近は走り終わった後に動けなくなるなんて事もなくなってきて、少しはスタミナもついてきたんじゃないだろうか。

 しかし戦績の方はもう酷いもので、10回やっても勝てない、なんて日もザラになってきた。こんな事ではスカーレットちゃんもトレーニングにならないんじゃと思ったけど、それでも彼女はまだ私と走ってくれている。

 でも、これじゃダメだ。彼女の優しさに甘えてちゃいけない。もっと速く、彼女と並べるように。彼女と一緒に居ても良いと、思えるように。

 

「さ、エルピスもやる気出してきた事だし、もう一本いきましょうか」

「え」

 

 嘘でしょちょっと待って。今日もう結構走ったじゃん。さっき一本終わってから3分も経ってないじゃん。それでまたもう一本はやめてくださいしんでしまいます。スタミナついたとはいえ、そんな連続出走は考慮してないの! 

 という事を必死に訴えて、なんとか休憩時間を延長してもらった。スカーレットちゃんは見るからに不満気だったけど、流石に泣き付かんばかりの勢いで詰め寄られたら止む無しという感じだ。

 

 ……こんな所でも、彼女との埋められない差のような物を見せつけられて嫌になる。別に私だって、この場でだけやってるって訳じゃない。帰ってからも筋トレだってしてるし、スタミナをつける為にランニングだってしてる。それなのに、スカーレットちゃんとの差は縮まるどころか開く一方で、私は取り残されるばかり。

 おそらく彼女はもう、本格化が始まっているのだろう。私には未だその兆候はない。早くしないと、この差は取り返しのつかない物になってしまう。

 

———それとも、もう既に……? 

 

「〜〜っ!」

「わっ!? 急にどうしたのよ?」

 

 不意に過った嫌な考えを、頭を振って振り払う。

 まだだ。まだ私はやれる。今は無理だったとしても、いつかスカーレットちゃんにだって追いついてみせる。

 

「休憩終わりっ! さあ、もう一本いこう!」

「あら、良いの? 別にもう少し休んでても良いんだけど」

「良いの! なんかちょっと走りたい気分なの!」

 

 スカーレットちゃんを急かすようにスタート位置へと立つ。少し体を動かせば、この嫌な考えもすぐにどこかに行くはずだと、自分に言い聞かせて。

 

 

 この後、めちゃくちゃ負けまくった。

 

 

 ◆

 

 

 その日の夢は、いつもとは少し様子が違った。

 

 

 ふと、目が覚めた。

 

 室内は暗く、ベッド間を遮るカーテンはキッチリと閉じられている。周囲からは何の物音も……いや、何か聞こえる。それで目が覚めたはずなのだ。

 じっと耳を澄ます。

 

『……ぁぁ、うっ』

 

 呻き声。

 今この部屋には二人しかいない。私は恐る恐るカーテンの向こうへと声をかけた。

 

『おじいちゃん……?』

『うぅ……。はぁっ、はぁっ』

 

 返事の代わりに苦しそうな声と荒い呼吸が聞こえてきた。

 体を起こしてもう一度声をかける。

 

『おじいちゃん、大丈夫?』

『ぅあぁ……、うぅ……』

 

 何度声をかけても返ってくるのは呻き声だけ。

 どうすればいいのかわからなくなった私は、枕元にあったナースコールを手に取ると夢中になってボタンを押した。一瞬の間があって、マイク越しに女の人の声が聞こえてくる。

 

『はい、どうしました?』

『あの! おじいちゃんが……! 苦しそうで……、あの、息が荒くて!』

『わかりました。すぐに行きますね』

 

 今の状況をどう伝えればいいのかわからず、口から出る言葉はいまいち要領を得ない。それでも私の必死さは伝わったのか、マイクの向こうの人はこちらに来てくれるらしい。

 それから三分と経たずに扉の開く音がして、誰かが部屋に入ってくる気配がした。部屋に入ってきた人はすぐに異常に気がついたようで、慌ただしい足音が隣のベッドに駆け寄るのが聞こえた。

 

『太田さん、大丈夫ですか!? 太田さん!?』

 

 お爺さんに呼びかける声、誰かに応援を頼む声、複数人の足音、それらを布団に包まって聞いているうちに、気がつけば周りは明るくなっていた。

 知らないうちに眠っていたのか、はたまた夢の中で時間の経過を飛ばされたのか。それはわからないけれど、いつの間にかすっかりと夜は明けて、部屋の中は静まり返っていた。お爺さんは一体どうなったのだろうか。

 

『おはようございま〜す。起きてますか〜?』

 

 そんな事を考えていると、丁度よく私の朝の世話をするために看護師さんがやって来た。手際良くテキパキと私の朝食の用意をする看護師さんにお爺さんの事を聞いてみると、彼女はほんの一瞬だけ表情を曇らせたものの、すぐに普段通りの笑顔を作って私の顔を覗き込んだ。

 

『おじいちゃんね、体調悪くなって別の部屋に移る事になったの』

 

 だからこれからは会うのが難しくなるかもね、と言いながら彼女は私の頭を撫でた。その手付きはお爺さんとは違い、柔らかくて優しかった。でも、私はそれに何故か物足りなさを感じていた。

 あの時の私は、あの看護師さんの言葉を疑いもせず信じていたけれど、でもこうして後から考えてみると、あれは多分きっと「そういう事」だったんだろうな、と今になって思う。

 

 そしてそれから先、私がお爺さんに会う事は二度となかった。

 

 

 ◆

 

 

「保坂!」

 

 とある日の事。今日の昼飯は何にするかと考えながら歩いていると、後ろから声をかけられる。その声に振り返ると、一人の男がこちらに手を振って歩いてきている所だった。

 

「拓己か。久しぶりだな」

「そっちこそ、元気そうだな」

 

 ワイシャツの上に薄手のカーディガン、紺色のスラックスといういかにも爽やかな好青年といった出立ちの男の名前は葉山拓己(はやまたくみ)。トレーナー養成校で同期だった男だ。

 試験合格後はお互い余り時間が取れずに話す機会がなかったが、向こうから声をかけてくるとは珍しい。

 

「少し時間あるか? 久しぶりに飯でも食いながら話そうじゃないか」

「時間はまあ、あるが……」

 

 拓己の言葉に、俺は返事を濁す。急に声をかけてきたと思ったら飯を一緒に食おうとは、一体何を企んでいるのか。ニコニコと俺を見てくる拓己に、つい訝し気な視線を送ってしまう。

 拓己はそんな俺の視線に気づいていないのか、はたまた気づいていて敢えて無視しているのか、曖昧な俺の返事を聞いた途端にこれ幸いと俺の背後へとまわる。

 

「それは良かった。よし行こう。食堂か? カフェテリアか?」

「オイ、コラ。ちょっと待てテメエ」

 

 そしてそのまま俺の背を押して、急かすように歩き始める。当然ながら、俺はそれに逆らうように足を止める。身長差もある為、拓己に多少押されたところで、そう簡単に動く事はない。そもそも時間があるとは言ったが、まだ一緒に飯を食うのを了承した覚えはない。

 

「一体何企んでんだ、お前」

「企むなんて、人聞きの悪い。ちょっと久しぶりに友好を深めようってだけだよ」

 

 ホントかー? ホントにそれだけかー? 

 

 胡散臭い笑みを浮かべる拓己を、ジトッとした目で見つめる。最初は笑みを崩さなかった拓己も、やがて俺の胡乱気な視線に耐えられなくなったか、溜め息を吐いて降参するように両手を上げた。

 

「いや、スマン。実は相談に乗ってもらいたい事があってな」

「始めからそう言え。……で、何があった?」

 

 食堂へと足を向けながら、道すがら拓己に何があったのかを聞く。養成校ではそこそこに成績の良かった拓己が、人に頼らざるを得ないとなると、なかなかの面倒事に違いない。

 

「いや、実はスカウトの為にアプローチをかけてる娘がいるんだが、契約前にその娘の並走のトレーニングを見る事になってな。お前、担当決まってただろ? だからアドバイスが欲しくてさ」

「アドバイスは良いが、何? 契約前にトレーニングの面倒見る事になってんの? どういう状況?」

 

 トレーニングを受けるなら、それはもう契約してしまえば良いのではないのか? トレーニングプランの確認か? 自分に合うかどうかをテストしてるのか? そこまで自分に自信のあるウマ娘なのか? 

 なんにせよ、一度でも他人のトレーニングの癖のような物が付けば、矯正にも時間がかかる。だから普通のトレーナーは、契約前にトレーニングをつけるのに良い顔をしない。そんな、普通であれば避けるような事をわざわざやろうというのは、よほどの事があるのだろう。

 

「で。そんなややこしい事をするのは、一体どこのお嬢さんで?」

「ダイワスカーレットだよ。保坂も名前は知ってるだろう」

 

 ……ほう? 

 

 

 ◆

 

 

 私一人になった病室。何故か普段よりも少し広く感じるその部屋で、私は一人寂しくテレビと向かい合っていた。いつも隣であのウマ娘は調子が良い、あのウマ娘は少し分が悪い、と楽しそうに解説をしてくれたお爺さんも今はいない。

 それでも私はたった一人、テレビの前に座っていた。レースを見るのを楽しみにしている、というのも勿論だけど。多分この時の私は、そうしないとお爺さんとの縁が消えてしまうと思っていたのかもしれない。

 

 テレビの中では丁度ゲート入りが始まった所だった。高らかにファンファーレが鳴り響き、拍手と歓声が上がった。

 ぼんやりとその様子を眺めていた私は、ゲート前に集まる出走者の中に見慣れた栗毛を見つけた。どうやら、今日は彼女が出走する日だったらしい。

 ゲート入りは順調に進み、いよいよ発走の瞬間がやってきた。

 

『さあ。各バ、ゲートに収まって体勢整いました』

 

 ゲートが開くまでの一瞬の静寂。私はこの瞬間が好きだった。

 ピン、と空気が張り詰めたような感覚。そして、

 

———ガコンッ

 

 最初に飛び出してきたのは、やっぱり彼女だった。

 

『スタートしました。ほぼ揃いました。先行争い。"—ワ——"ジワッと行きました。半バ身ほどリードを取ります』

 

 競りかけてくる他のウマ娘を物ともせず、先頭に立った彼女は後続を引き連れてターフを駆ける。その姿はやっぱり惚れ惚れするほど美しい。

 レースは彼女が先頭のまま、最終コーナーに入る。

 

 後ろから誰が競りかけようと、ただひたすらに前を見て走る彼女。その瞳は、ただただ自らの勝利だけを見つめている。

 

 

 彼女の名前は、なんだっただろう。

 

 

『今直線に向かいました! "—イ——"! "——ス—"先頭で一バ身リード!』

 

 

 まるで風のように駆けるその姿に憧れた。

 私もいつか()()()のようになりたいと思った。

 

 

『"——カー—ト"!』

 

 

 私もいつか()()()()()()()()()()()()()

 彼女の、名前は———。

 

 

『ダイワスカーレット!』

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 呼吸が苦しい。心臓がバクバクしている。

 夜中に突然飛び起きた私を両親が心配しているが、私は全くそれどころではなかった。

 今までノイズ混じりだった記憶の中のお爺さんの言葉や、不鮮明だったテレビの中の映像が、段々とクリアになっていく。

 

 色とりどりの勝負服を纏ったウマ娘達が、四つ脚で人を背中に乗せた動物の姿に変わった。背に乗った人達は、ウマ娘が着ていた勝負服とよく似たデザインの服を着ている。

 頭の中に、お爺さんの言葉が響く。

 

———これはな、"競馬"よ。

 

『競馬』。そうだ、競馬だ。

 多くの人が熱狂する、その熱に引き込まれたのだ。

 

———なんや、"馬"見るのは初めてか? 

 

『馬』。そうだ、馬だ。

 力強くどこまでも風のように駆け抜ける、その姿に惹かれたのだ。

 

———競馬は馬と"ジョッキー"が一つになって競い合って1番を目指す、まあスポーツみたいなもんや。

 

『ジョッキー』。そうだ、ジョッキーだ。

 馬と一体になって共に駆ける、その姿に憧れたのだ。

 

 私もいつか、彼等のようになりたいと、彼等と同じ場所に立ってみたいと思ったのだ。

 まるで箱の中に入れていた物が溢れ出すかのように、次々と忘れていた記憶が蘇る。

 

 

 

 嗚呼、全部思い出した。

 

 

 

———思い出して、しまった。

 

 

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