聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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誤字脱字の訂正ありがとうございます!


残すべきもの

 

 

 

 ――ストーンハースト修道院。

 

 俺が迷い込んだ場所。

 

 迷い込んだという言葉が適切なのかは分からない。喚ばれたのか、連れてこられたのか。だが、そんなことは些細なことだ。過程はどうあれ結果的に俺はここにいる。それが全てである。

 

 無駄な思考を振り払う。とりあえず、今はアマルと修道院の関係を紐解いていくことにする。

 

 アマル……アマルティア。 

 

 腰まで伸びた銀髪と鮮紅の瞳を持つ少女。

 齢15歳ながら、凛とした出で立ちで年齢よりもずっと大人びて見える。華奢で柔らかい肉体を持ち、抱き心地も最高。特にあの豊かな胸の揉み心地と言ったら……いや、何を考えるんだ俺。今はそんなこと想像している場合じゃない。アマルの身体を思い浮かべ緩んだ頬を強く叩く。

 

 ――んん、こほん。

 

 アマルはストーンハーストの修道女だ。しかし、彼女は他の修道士からは居ない者として扱われていた。

 

 そもそも、である。

 何故彼女が修道士たちからそのような扱いを受けていたのか。

 

(異教を信仰していた村を焼き払った凄惨な過去。ペレグリヌスであるカエルム・ストーンハーストがその残穢の地に建てた修道院。彼が修道院をあえてこの地に建てた理由は、秘密を外に漏らさないため、そしてアマルを閉じ込める牢獄を造るため)

 

 ……いや、アマルを閉じ込めるために、このストーンハースト修道院建てられたという表現は妥当ではないかもしれない。修道院が建築されたのは、今からずっとずっと昔の話だ。アマルはまだ産まれてさえいないだろう。

 

 そこまで考えて、突然脳の中に以前アマルが語った言葉がフラッシュバックした。

 

『過去も今も未来も必要ない。私たちは曖昧な境界線の上に立っている。いつか混ざり合い、溶けて、消えるだけのものなら、生きることに何の意味があるのか。そう思っていました。だから、幸せを願うことはありませんでした。最初から得られないものに、手を伸ばすほど愚かではない。ただ早く終わってしまいたい』

 

 この時、アマルはどのような表情を浮かべていただろうか。どこか儚げな少女の姿が脳裏にちらついた。

 

『世界は灰色と闇色だけ。ただ、影が蠢いている。ここで悪夢のために歌い、彼女の目覚めを待っている。それが私の居場所。私たちの世界』

 

 今まで気に止めてすらいなかったが、アマルは時々『私たち』という言葉を使用していた。

 

 この私たちというのは、アマル以外の誰を形容していたのだろうか。

 

(アマルは孤独の中で生き、決して修道士たちと触れ合うことはなかった。そうなると、アマルの亡くなった姉。彼女のことを言っているのかもしれないな。もしくは、それ以外の家族……)

 

 ふう、と息を吐く。

 

 無意識に握りしめた掌が、汗ばんでいることに気が付いた。緊張を和らげるために眉間を揉んでから、気持ちを再度引き締める。

 

 アマルの家族。

 

 彼女の双子の姉。

 

 それから、両親、祖父母。

 

 もっと前の祖先。

 

(……いや、待てよ)

 

 もし『私たち』がアマルの血族を指すのならば、何代にも渡って彼らはこのストーンハーストに閉じ込めれていたのか?

 

 血族を外に出すことは、秘密を守るための誓約に反する。しかし、その血は必ず残さなければならない。そうなると、ペレグリヌス(異邦人)を招く必要がある。そして、その役割を与えられたのが今代のペレグリヌスたる俺、安藤隆。

 

 アマルの姉が亡くなった理由、両親がいない本当の理由は実際のところ分からない。だが、と思う。修道院の中で、アマルティアの血を受け継ぎ、次代へ繋げるたった一人だけがいれば良い。むしろ、それ以外の血族は必要ない。そうも考えられていたとしたら?

 

 

 だから彼ら/彼女らは―――

 

 

「……黒殿」

 

「えっ、うわ――ッ!?」

 

 俺を呼ぶ声に驚き、体勢を崩してしまう。何とか留まろうと足を踏ん張るが、間に合わない。浮遊感を感じ血の気が引いた。

 

 そう言えば、今俺井戸の縁に座ってるんだった。

 

 あっ、これは落ちる。

 

 他人事のように思って、乾いた笑みが漏れた。人間って、諦める選択肢しかないとき笑ってしまう生き物なんだな、と諦観の念を抱いた。

 

「黒殿っ!」

 

 叫び声が響く。

 

 ああ、そっか。

 

 これヨハンナの声だ。

 

 そう理解すると同時に、強い力で引っ張り上げられた。その勢いのまま地面に倒れ落ち、硬い地面と激突……するどころか柔らかい何かがクッションになり大事にはいたらなかった。

 

「ッ黒殿、大丈夫ですか!?」

 

 顔を上げると、俺の身体を抱き締め心配気に見詰めているヨハンナが目に入った。ああ、あの柔らかい何かは、ヨハンナのお……いかんいかん。頭を振って、邪念を振り払う。

 

「ーーえっと、ああ、うん。大丈夫。ヨハンナ、助けてくれてありがとう」

 

「いいえ。そもそもいきなり声をかけ、貴殿を驚かしてしまった私が悪いのです。ああ、貴殿に怪我がなくて本当に良かった」

 

 ヨハンナは微笑んだ。

 俺もつられて微笑む。

 

「で、ヨハンナ。俺に何か用があったのか?」

 

「ああ、そうですね。特にこれと言って用はありません」

 

「ないのかよ!」

 

「……用がなければ、話しかけてはいけませんか?」

 

 肩を落として、寂しそうな雰囲気。ああ、止めろ俺そんな空気に弱いんだジーザス。

 

「いや、そんなことない。どんどん話しかけてこいや!」

 

「そう言われると、何故だか話しかけたくなくなりますね」

 

「……スゥーーさてはお前、俺をからかってるだろ?」

 

「何を今更」

 

 片眉を微かに上げて、嗤われた。

 

 くそ、完全に遊ばれてる。

 

「すごい美人だからって、調子にのるなよ!」

 

「それは、遠回りに褒めているのだろうか?」 

 

「ち、違う! あー、もう本当に調子狂うな。さっきまで色々考え込んでたことが、全部ふっとんだわ!」

 

「……ふふっ。そう、なら良かった」

 

 優しい声。

 

 聞くだけで泣きそうになる、そんな声。その声を聞き、ヨハンナが俺を気遣ってくれていたことに気が付いた。きっと俺の追い詰められた顔を見て、心配になり声をかけてくれたのだろう。

 

 ……それは、何とも不器用な心遣いだった。

 

 嬉しくて、気恥ずかしい。そんな複雑な心境を誤魔化すよう彼女に向け言葉を発する。

 

「ヨハンナ、お前ってさ。結構、着痩せするたちなんだな」

 

「えっ? ……着痩せ……えっ、あ、う……ひゃあああ!」

 

 数秒置いて、俺の言葉を理解したヨハンナは、素早く俺から距離をとった。うわ、瞬発力がすごい。感心する。

 

「く、くろどのの、ばかぁ、このたわけぇ!」

 

 顔を真っ赤に染めて、胸を隠すよう両手で自身をかき抱くヨハンナ。その年相応の可愛らしい表情に癒される俺は、本当にどうしようもない。

 

 ……というか、これ完全にセクハラでは?

 

 そこまで思考を巡らせて、それ以上考えることを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




一番ヒロインっぽいのは、ヨハンナな気がしてきた……。
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