聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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貴方がいる空

 

 

 

 ああ、罪人よ。

 

 (こうべ)を垂れよ。

 

 例えその傷が癒えたとしても、例えその記憶が忘れ去られてたとしても、君たちの咎は、その傷跡(スティグマ)は決して消えることはない。

 

 ――恐れよ。畏れよ。虞よ。

 

 我が血脈は全てを奪い、犯し、殺すだろう。

 

 頭を垂れよ。

 

 それが唯一の贖罪であると知るが良い。

 

 故に、断頭台へ頭を垂れたまえよ。

 

 

 ……それが唯一の慈悲であると知るが良い。

 

 

 

 

 ***

 

 

 雨が降っていた。

 

 それも、どしゃ降りの大雨。なんなら、雷のおまけ付き。昼間は良く晴れていたのに、天気というものは全くもって気まぐれである。そこまで考えて、ヨハンナとの会話が脳裏に浮かんだ。

 

 俺の正面に座っているアマルを眺める。アマルはナイフを器用に使って、俺のために林檎の皮を剥いてくれていた。林檎の青く酸味のきいた香りが鼻を擽った。

 

「空、か…………」

 

「アンディ様?」

 

 呟いた言葉は、自分でも驚く程震えていた。右手に持っていた黒パンを置いて、小さくため息を吐く。

 

「アンディ様、どうされたのですか? ご体調が優れないのですか?」

 

 アマルはそんな俺の表情を見て、へちょりと心配げに眉を下げた。

 

 俺は今どんな表情を浮かべているのだろうか。きっと情けない顔をしているんだろう。

 

「アンディ様」

 

 俺の右手に、アマルは自身の手を重ねた。少女の小さく細い指が、俺の手の甲を優しく撫でる。それはどこか愛撫にも似て、ドキリと胸が高鳴った。

 

「……アンディ様」

 

 もう一度名前を呼ばれる。

 

 俺は頷いて、アマルに問いかけた。

 

「なあ、アマルは空は好きか?」

 

「……空、ですか?」

 

「ああ。で、どうなんだ?」

 

「嫌いです」

 

 短く、迷いのない返答だった。

 

 アマルは俺に対して嘘をつかない。だから、これは彼女の本当の気持ちなのだろう。

 

 アマルは静かに、視線を空に向けた。

 紅い瞳は光を失い、影を落とす。

 

「夜明け空は不透明で寒々しい。青空は深淵に似ている。夕焼けは笑って闇夜を連れてくる。夜は……夜は、何よりも騒がしいから、嫌いです」

 

 その言葉の深い意味は分からない。そして、アマルがいかなる思いを抱いているのかも。

 

 それで良いと思う自分がいる。

 

 それじゃ駄目だと思う自分もいる。

 

 どうすれば良いのだろうか、そう考えるよりも先に口から音が漏れた。

 

「――ーーなら、どうしたら空を好きになれるんだ?」

 

「どうしたら、空を……えっと、その、うぅ」

 

 アマルは不安げに瞳をさ迷わせた。

 

 アマルは「はい」か「いいえ」で答えられない質問が苦手だ。きっと今まで何かを考え選択することがなかった人生だったのだろう。

 

 彼女は自ら選択すること自体してはいけないのだ、と思ってさえいたのかもしれない。その自虐的な思考は、あまりにも寂しく悲しい。

 

 重ねられた手を離して、改めてアマルの手を握る。アマルはその繋いだ手に視線を落とし、微かに頬を緩めた。

 

「――アンディ様と共に迎える夜明け空。アンディ様と共に見上げる青空。アンディ様と共に眺める夕焼け空。アンディ様とひとつになれる夜空」

 

 アマルは噛み締めるように、言葉を続ける。

 

「私はどうしようもなく空が嫌いだけれど、私の隣でアンディ様がそれを綺麗だと笑うならば、私も空を綺麗だと思うことができるでしょう。アンディ様は私の全てです。だから、私は……アンディ様が好きなものを好きになりたいと、そう思うのです」

 

「んん、お、おう。そうか。ありがとう」

 

 予想外の回答に動揺する。いや、予想外ではあるが何度か似たようなことを言われた気がするな。「月が綺麗ですね」以上の気恥ずかしさを感じる。

 

「……なぁ、お前。それ言ってて恥ずかしくないか?」

 

「えっ、何故ですか?」

 

 きょとん。

 

 まさにそんな表情だった。俺は額に左手を当てて、ため息を漏らす。

 

「はぁ、何故ときたか。……うん、何かもう良いや。あー、そのなんだ。晩飯を再開しますか」

 

「アンディ様がそうおっしゃるならそのように」

 

 従順にアマルは微笑んだ。その癖、俺の右手から手を離さない。言葉と行動が矛盾している。

 

「アマル、手を離してくれないと飯が食えないんだが」

 

「はい」

 

 俺の言葉に頷く。頷きはするものの、依然として手を離してくれない。鮮紅の瞳はただ俺だけを写していた。

 

「アマル」

 

「はい」

 

「あの、手を離してくれ」

 

「はい、アンディ様」

 

「……アマル、だから手をだな」

 

「はい」

 

「離してくれ」

 

「はい、アンディ様」

 

 

 ……その不毛なやり取りは、アマルが満足するまで続いた。

 

 

 

 

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