聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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キリエ・エレイソン

 

 

 

 『女神の器』

 

 その言葉にはふたつの意味がある。

 女神の器を孕む女性、そして女神の依り代になる女性。俺達で言うと、前者が静代を指し、後者が静代が産むはずだった娘を指す。

 

 そこまで聞いて普通の人間ならば疑問に思うことだろう。どうして()静代()でなければならなかったのか。

 

 ……そう、子どもを作るだけなら、何も俺でなくても良い。むしろ、血が繋がらない男と契ぐべきなのである。しかし、両親を含めた全ての村人は、俺達兄妹が夫婦になることを望んだ。何故なら、神降ろしの儀式を行う為には、()()()()()()()()()必要があったからだ。

 

 元々、双子はひとりの人間が子宮の中で分かれてしまったのだと考えられていた。双子は魂が繋がっているのだ、と。

 

 俺たちのような男女の双子は、魂の繋がりを持つと同様に陰陽の性質を持つとされている。

 

 男が陽であり生を司り、女が陰であり死を司る。双子がひとつになることで、生と死を繋ぎ、引いては現世と常世を繋ぐのである。そうすることで、はじめてこの世のものではない存在を現実に誘い、依り代に降ろすことができる。

 

 そして都合が良いことに、あるいは不幸なことに安藤家は双子が産まれやすい家系であった。

 

 自ら望んだ訳ではない。

 

 自ら願った訳でもない。

 

 自ら祈った訳ではない。

 

 俺の意思など関係なく、誰も彼も淀む眼で「役目を果たせ」と宣う。だからこそ、俺は裏切った。村人たちはきっと嘆いたことだろう。怒ったことだろう。恨んだことだろう。

 

 

 ――ーーだが お前たちが 俺に そうさせたのだ。

 

 

 村人たちの誤算は、俺が役目を絶対に投げ捨てないと思っていたことだ。その盲信が俺を救った。ああ、何とも皮肉なことか。心の奥底から、嗤いが込み上げてくる。

 

 ざまあみろ。ただ、そう思った。

 

 禁忌を犯し狂気を孕ませることに、何ら疑問を抱かないこの村人たち。自ら考えることすら忘れ、ただ神にすがり安寧を享受するだけのモノと成り下がった。

 

 カラン。

 

 乾いた音が脳裏に響く。

 

 カラン。

 

 一歩、また一歩。

 

 カラン。

 

 音が鳴る。

 

 カラン。

 

 地面を下駄で蹴る音。

 

 カラン。

 

 地面を蹄で蹴る音。

 

 忘れられた原初の記憶。

 

 蠢き這いずる影。

 

 耳元で囁く声。

 

 血のような赤い世界。

 

 あの、胎動する――――

 

 

「――――」

 

 呼ばれて、顔を上げる。

 

「――――――」

 

 呼ばれて、彼女を見る。

 

「――――――――」

 

 彼女の瞳が俺を捉えた。

 

 

「――う、ああ……ぐっ、は」

 

 

 ノイズが走る。

 

 彼女は誰だ? 

 

 顔が揺らめき、判別がつかない。静代なのか、アマルなのか、別の誰かなのか。分からない。俺には分からない。

 

 女神の器。

 

 女神を孕む子宮。

 

 女神の依り代。

 

 その器の中身は何だ。人か死者か、神なのか。

 

 

 ……君は(だあれ)

 

 

 

 ***

 

 

 

「く、ど……どのっ! くろ、どの、黒殿ッ!」

 

「あっ」

 

 気付けば、視界一杯にヨハンナの顔がうつっていた。悲鳴をあげそうになり、素早く掌で口を塞ぐ。震えが止まらない。心臓が大きく脈打つ。

 

「ふ、んん、はぁはぁっ」

 

「黒殿、大丈夫だ。落ち着いて。大丈夫、私は決して貴殿を害さない。だから、どうか泣かないで」

 

 ヨハンナの言葉で、自分が涙を流していることに初めて気が付いた。  

 

「ヨハンナ、俺……俺は」

 

「ああ、黒殿」

 

 大丈夫だ、とヨハンナは何度もそう繰り返す。少し硬いが何より温かい掌で、目元を拭ってくれた。その手を引っ張り、俺はヨハンナの肩に頭を埋めた。彼女はそんな俺の行動を一切咎めることはせず、ただ背中を優しく撫でてくれた。 

 

 暫くして、一気に年下の女の子に慰められていることを強く自覚した。大人として、恥ずかしい。慌てて離れる。頬が熱い。

 

「よ、ヨハンナ、ごめんな。俺、迷惑かけちまった」

 

「迷惑などと思っていない」

 

 ヨハンナは、短くそう答えた。そして、俺の右手を両手で包むように掴む。じんわりと、ヨハンナの手から熱が伝わる。

 

 彼女は何も聞かなかった。俺が書庫へ侵入していることも、涙を流していた理由も何ひとつ。

 

「何も聞かないのか?」

 

 俺の問いに、ヨハンナは一瞬目を細めた。それから、微かに唇を緩めた。そこには苦しみや怒りといったマイナスの感情は一切読み取れず、ただ我が子を慈しむような表情だった。

 

「……聞いて、欲しいのですか?」

 

 逆に問いかけられた。きっとこれは彼女なりの最終確認なのだろう。全てを話しても、ヨハンナは受け入れてくれる。それは、推測ではなく確信だった。しかし、そうしてはいけないのだ、と本能的が訴えかけてくる。言ってしまえば、ヨハンナはもう越えてはいけない線を越えてしまうのだ、と。

 

「いや」

 

 心臓を服の上から押し付けることで、消え去りそうな気持ちを殺した。そうしないと、何もかも懺悔したくなるからだ。

 

「そう……ならば聞きません」

 

「うん」

 

「……貴殿は強い人。だからこそ、誰より弱い人。それが私にとってどうしようもなく愛しく、どうしようもなく悲しい。そんな貴殿、いえ、貴方だからこそ私はーーーー」

 

「ヨハンナ?」

 

「黒殿、これを……」

 

 ヨハンナは懐から木製の十字架を取り出した。そして、磨耗し丸みを帯びたそれを俺に差し出す。この十字架はヨハンナが常に身に付けていた物だ。何かを思案する度に、彼女はこれを触る癖があった。きっと大切なものなのだろう。

 

「私のロザリオだ。これを貴方に差し上げます」

 

「……でも、これお前にとって大切な物じゃないのか?」

 

「スコトゥスにとってはそうだろう。だが、(ヨハンナ)には必要ないものです。だから、受け取って欲しい」

 

 再びヨハンナはロザリオを差し出した。受け取ってくれるまで引かないぞ、と念を押される。そこまで言われてしまえば、どうしようもない。俺は戸惑いながら、ロザリオを受け取った。

 

 

 

「――ーーああ、安心した」

 

 

 

 俺がそのロザリオを首にかけたところを見て、ヨハンナは儚げに頬を緩めた。何故だかひどく心がざわつく。

 

 それを誤魔化すように、ロザリオを触る。そして、愚問だと思いつつも、ヨハンナに問いかけてみる。

 

「お前は神様を信じているか?」

 

 彼女は静かに微笑んだ。

 

「……はい、勿論」

 

 ヨハンナは頷いて、十字を切る。

 

 俺にはそれが、首をかき切り罰を下している仕草のように見えた。

 

 

 ――ーーキリエ・エレイソン

 

 

 ああ、主よ、憐れみたまえ。

 

 

 




いつも誤字脱字の修正ありがとうございますー!

今、息抜き短編としてIFのヒロインルートを書こうかな、ふと思ったもんで。どうせならアンケート機能を使って読者さんの意見を聞いてみようか、と逃げ道を塞ぎにかかってます。

「おいおい、アマルはどうすんだ。浮気は良くないぞ。清楚系ドスケベ修道女アマルのエロイチャをもっと書くんだよ!」という読者さんは、感想の方でその熱いパトスをぶつけてください。(後から、アマルの選択肢を増やそうとしたけど、アンケート項目追加の仕方が調べても分からんかったアホがここにいる)

気が向いたら、テキトーにぽちぽち投票しておくんなまなしー。
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