むぐむぐ、と黒パンに食らい付き思わず眉をひそめた。相変わらずなんて硬いパンだ。口の中の水分が一気に失われ、咀嚼することさえ一苦労。何度食べても酸味があるクセの強い味に慣れない。エールで一気にパンを腹に流し込む。
視線を感じ、顔を上げる。それから、うへぇと俺は情けない声を漏らしてしまった。対面に座るアマルが、ニコニコと満面の笑みを浮かべこちらをじっと見詰めていたからだ。
「あの、アマル。アマルさんや。そんなに見られるとすごく食べにくいんだが……」
「ふふっ、申し訳ありません。アンディ様があまりにも素敵すぎて見惚れていました」
「……あのな、アマル。俺はただパンを食べてるだけだぞ? どこに見惚れる要素があるって言うんだ?」
「硬いパンをちぎり、頬張るアンディ様の姿は漢らしく惚れ惚れします。ライ麦の酸味に顔をしかめるアンディ様は、艶やかでうっとりしてしまいます。エールを一気に飲み干す表情は凛々しいのに、パン屑を口元につけたアンディ様は可愛らしく、そのギャップにアマルはどうにかなってしまいそうです。それから―ーー―」
やばい、これ以上はいけない。早く止めないと惚気を垂れ流し続ける永久機関になるぞ。
「あー、ストップっ! もう分かった。分かったから、ちょっと黙ろうな。それと、口にパン屑がついてたならもっと早く言ってくれ」
「だって、でも、アンディ様。私、まだ言い足りませんが」
「アマル、勘弁してくれ」
「むぅ……分かりました」
ぷくぅ、と不満げに頬を膨らませるアマルを尻目に口元を拭う。
「ん、どうだ取れたか?」
「はい。……いいえ、アンディ様」
こくり、とアマルは一度頷いた。しかし、考えるように数秒沈黙した後、否定の言葉を口にした。
どうしたんだろう?
あまりにも不自然な少女の言動に苦笑する。
アマルは元々理知的で大人びているが、勢いのまま突き進む年相応な幼さを心に秘めている。そのアンバランスさがアマルの魅力であるのだが、時々歯止めがきかなくなるので要注意である。何せ被害を受けるのはいつだって俺なのだ。故に、慎重にいきたいというのが本音だ。
「そのまま、動かないで下さいね。私が取って差し上げますから」
「ん? おう、じゃあ頼む」
「お任せください」
アマルは椅子から立ち上がると、ベットに腰掛ける俺の隣に座り顔を寄せた。ふんわりと薔薇の香りが鼻腔を擽る。
「……アンディ様、ん、れろ、ちゅ」
ああ、もう、くそ、油断したっ。慎重にいきたいと言った側からこれだよっ!
柔らかい舌で何度も口角を舐められ、思考が停止し身体が固まる。アマルは俺の首に手を回すと、身体を密着させた。
「ちゅ、ん、はぁ、アンディ様、まだパン屑が付いています。もっと、もっと綺麗にしますねっ」
慌ててアマルを制止しようとして、思い切り舌を噛んでしまい、ああッ、と情けない呻き声が口からこぼれ落ちた。
その呻き声を肯定と取ったのか、アマルは嬉しそうに微笑み唇へと舌を這わせよう……として俺のデコピンをくらい悶絶した。
「あぅっ!」
アマルは可愛らしい声を上げて、額を押さえた。
「はぁ、全く。いいかアマル。今は食事中だぞ。このエロ修道女め。お前はもうちょっと自制を覚えろ」
羞恥心で火照った顔を冷ますため、片手を額に当て溜め息をひとつ。首に回された手をほどいて、身体を離す。アマルはへちょりと情けなく眉を下げた。
「うー、でもでも、あんでぃさまぁ」
「でもじゃない。反省しろ反省。そもそも、ほんとは俺が口元を拭った時、パン屑とれてただろ?」
うふふ、とアマルは笑った。
それはまるで完璧な人工物のような美しい笑みだった。
「そのようなことはありません」
「……嘘だったら今晩は一緒に寝ないぞ」
「取れていました」
即答だった。
そんなに独りで寝たくないのか。本当に頭が痛くなってきた。楚々とした見た目の癖に、色ボケとかギャップがありすぎる。誰だよ、アマルをこんな風に育てたのは!
「…………ちくしょう、犯人は俺か」
「アンディ様、アンディ様。アマルは正直に申し上げました。ですから、今晩もアンディ様と褥を共にしてもよろしいですよね? 沢山、私を可愛がって欲しいです」
それ以上は止めてくれ。机の角に頭をぶつけて死にたくなる。俺は深い溜め息を吐いてから、アマルを真っ直ぐ見詰めた。
「てい」
もう一度、デコピン。だが、今度はさっきよりも優しく。
「ひゃう! あ、あんでぃさま、いたいです」
「そう痛くはしてないだろ」
「いたいです」
アマルは拗ねた調子で額を俺の胸にグリグリと押しける。可愛い反抗をしよって、この子犬め。気持ちを落ち着かせるため、アマルの美しい銀糸の髪を指に巻き付け遊ぶ。何度巻き付けても癖すら付かないことに感動した。
「朝から甘えてばっかりだな。どうしたんだ?」
「……アマルはアンディ様の
「んー、まぁ、そうだけど」
「だから、そんなものに負けたくありません」
アマルは剣呑な眼差しで、ロザリオを見詰めた。毛を逆立ちさせた子犬が今にも噛みつきそうな雰囲気。これは、絶対めんどくさくなるやつだ。取り敢えず、ロザリオを握ってアマルの視線から外すことにした。
「そんなものを握らず私を抱き締めて下さい」
「……無機物に嫉妬するなよ」
「私の方がずっと役に立ちます」
「……無機物に張り合うなよ。ほら、席に戻ってくれ。ちゃんとご飯を食べよう、な?」
アマルは、むぅと唸った。それから、分かりましたと、渋々自席に戻り食事を再開した。
「はぁ」
溜め息。
アマルはこのロザリオが誰の物なのかきっと知っている。それなのに、彼女はロザリオを外せと言わない。他の女の香りを纏うことすら許さなかったあのアマルが、である。どういう風の吹き回しだろう。
『そう……自ら救いを手放すのか』
俺はロザリオを初めて見たアマルが、吐き捨てるようにそう言ったことを思い出した。それは皮肉というよりも、どこか羨望に似た言葉だった。
明日の昼までアンケートして、それによってどのヒロイン√の短編を書くか決めます。
現段階見ると、やったねヨハンナちゃん大勝利!な感じだけどまだ巻き返せる可能性もある。
フランチェスコと謎に競り合っているソフィアさんには是非とも頑張って頂きたい。