聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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閑話 アマルティア

 

 

 

 

 ――――夢を見ている。

 

 

 

 私ではない、誰かの記憶。

 

 ずっとずっと、私はそれを見続けている。

 

 その人にとって命よりも大切なもの。魂に刻み込まれた想い。だから、待ち続けた。

 

 けれど、けれど……あなたは私を置き去った。

 

 終わる前も、終わった後も。二度も、あなたは私に背を向けた。

 

 あなたを恨むことができれば、楽になれたかもしれない。あなたを嫌いになることができれば、救われたのかもしれない。それでも、私はあなたを愛している。愛している。愛している。この命が尽きようと、愛しているのです。

 

 

 だから、私は――――もう、待たない。

 

 

 胎動する闇。乾いた足音。あの赤黒い何か。

 

 声が聞こえる。

 

 沢山の声。頭に響く。共鳴し、カランと踊る。

 

 

 溶けて、解けて、融けて。

 

 

 錯いて、裂いて、咲いて。

 

 

 誰が? 私が? あなたが?

 

 

 私は誰?

 

 私は、誰?

 

 

 

 ――――あなたを迎えに行きます。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っ、私は……!」

 

 息を吹き返すように、目が覚めた。視界は不安定。身体は小刻みに震えている。これは、拒否反応。私以外の誰かに対する拒否反応だ。

 

「違う。私は、私は……」

 

 この夢を見ると、とても不安になる。境界線が曖昧になる。私は、アマルティア……いいえ、アマル。私はアマルだ。

 

 アンディ様と共にあるのは、このアマルだ。その誰かなどではない。アンディ様は、私の光。私の主。私の愛するお方。

 

 私はその誰かの杯ではない。アンディ様は、その誰かのものではない。許さない。絶対に許さない。だって、がらんどうな私は、もういないのだから。

 

 ゆらり、と蜃気楼のように空間が歪む。

 

 

 ――――カラン、と石床を蹴る音がした。

 

 

 気づけば、ソレが目の前に立っていた。

 

 姿は分かるのに、顔は咲いた花のように揺らいでいる。表情は分からない。ただその者が無感情で視線をさ迷わせていることは伺い知れた。数秒して、その眼が私を捉えた瞬間、ソレは嗤ったように見えた。嗤っているのに、その姿は深淵の如く淀んでいる。

 

 私も嗤い返す。

 

 お前など必要ない、と嗤い返す。

 

「……ここに貴様の居場所などない」

 

 同情などするものか。どう否定しようが、貴様はあの方より役目を選んだ。そうして、全てを失った。今さら未練がましく何を宣う。心底吐き気がする。融けて消えてなくなりそうなこの焦燥感も全ては自らが招いたことだ。

 

「未来にして、過去の亡霊よ。貴様はそこで見ているが良い。……指を咥えて」

 

 感情の色が見えない濁ったソレが揺らぐ。じわりと、何かが這い寄るような感覚。

 どうやら私はソレの機嫌を損ねてしまったらしい。当然だ。あえて、損ねるように言ったのだから。存外に私は好戦的な性格らしい。有象無象など生きようが死のうがどうでも良い。路傍の石ほど興味がない。憐憫の情など知ったことか。

 

 

 ……ああ、貴様もそうなのだろう?

 

 

 貴様も私も壊れている。

 

 人としてどうしようもなく、壊れている。

 

 

 だからこそ、あの方に救いを見出だすのだ。唯一、私の、私たちの心を震わせるアンディ様に。あの方の側にいるときだけ、私たちは人でいられる。人でなしの獣が、人として夢を見れるのだ。

 

 ああ、それは何とも甘美なことか。

 

「ん、ふぁあ、あー、アマル?」

 

 愛しいお方の声。

 

 私を呼ぶ声。

 

「……はい、アンディ様。貴方のアマルはここに居ますよ」

 

 ベットの中で身動ぎするアンディ様の頭を胸に手繰り寄せ、優しく抱き締める。

 

「おー、そうか。ん、はふぅ、相変わらずアマルはどこもかしこも柔らかいなぁ」

 

 アンディ様はまだ寝惚けているよう。私の胸に顔を擦り付け、満足げに鼻を鳴らした。間延びした声が大変可愛らしい。思わず頬が緩む。アンディ様の旋毛に口付けを落とし、私は視線をソレに戻した。

 

 そこにはもう誰も居なかった。最初から存在していなかったとでも言うように。

 

 

「――が亡霊なら、――は――――」

 

 

 耳元で微かな囁き声が聞こえた。

 

 

「――――悪竜だ」

 

 

 その呟きの不快感を吹き飛ばすように、アンディ様の頭を撫でる。ふっと息を吐いて、私は瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

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