聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

124 / 159
歪んだ既視感

 

 

 

 

 

 

 (わたくし)宇宙(そら)を見上げる。

 

 二度と戻れない場所、追憶の彼方、微睡む星雲の先の先。

 

 ああ、母よ。

 

 あるいは、我が半身よ。

 

 貴女は、まだそこにいるのだろうか。

 

 

 

 ***

 

 

 

 何処までも沈んでいく深淵。

 

 それはまさにアマルのふにふにと柔らかい胸のことである、と寝惚けた頭で俺はロクでもないことを考えていた。

 

 仕方がない。だって、目覚めるとアマルに抱き寄せられ、胸を押し付けられたのだ。つまり、俺は豊かなアマルの胸に絶賛甘やかされ中なのである。

 

(……字面を並べると何とも情けない男だな、俺)

 

 げんなりと肩を落とす。そうこうしていると、ちゅっ、とリップ音が聞こえた。旋毛にキスをされらしい。俺、お前の一回り年上なんだけど。駄目男製造機とはアマルのような女を指すのだろう。まぁ、悪い気はしないけど。

 

 仄かな薔薇の香り。ああ、落ち着く。このまま二度寝してやろうか。そこまで思って違和感を感じた。

 

 ――――どくり、どくり、どくり、どくり。

 

 アマルの心拍がかなり早い。どこか蠢くような心音が繰り返される。緊張しているのか身体も強張っている。慌てて胸から顔を上げた。

 

「……アマル?」

 

 彼女は張り詰めた表情で虚空を睨み付けていた。血が抜けたような青白い肌。それに相反して、燃え上がる鮮血色の瞳。

 

「何だか顔色が悪いぞ、アマル。大丈夫か?」

 

 ふっ、と息を浅く吐く音。優しく髪を撫でられる。

 

「――ええ、はい。勿論、大丈夫ですよ」

 

「本当か?」

 

「アンディ様、私は貴方様を謀るはずがございません」

 

 穏やかにアマルは微笑んだ。その表情に俺は奇妙なほど既視感を抱く。気に入らない。思わず、手に力が籠る。

 

「そうだな。お前は俺を絶対に偽らない。でも、自分自身のことはその限りじゃない」

 

 アマルは目を見張った。

 

「お前は俺だけじゃなくて、もっと自分のことを大切にすべきだ。アマル、お前はいつも自分のことを勘定に入れていないだろう? 自分の体調が悪くても俺ばかり優先して、甘やかして、まるで―――ー」

 

 

 ――――静代みたいだ。

 

 

「っ、あ……ッ」

 

 思わず口を押さえる。俺は何を言おうとした。

 

『兄さんが嬉しいなら、静代も嬉しいです。兄さんが喜んでくれるなら、静代は何だってします。……そう、何だって』

 

 脳裏に響いた静代の声。

 

 自分のことはいつだって後回し。小さな頃から静代はそうだった。自分がどんなに体調が悪い時でも、俺の世話を怠らない。あまつさえ自分のお菓子や玩具、お気に入りの物、全て俺に譲って穏やかに微笑むのだ。

 俺はそれが嫌だった。当たり前に自分を切り捨て、幸せだと笑うその姿があまりにも痛々しくて辛かったのだ。

 

 安藤家の双子の妹は、兄に仕え跡継ぎを孕み育てる。それが定めだと言う家も世間もおかしい。どうしようもなく狂っている。

 

 

 ――ー―そんなの本当の幸せなんかじゃない。

 

 

『……兄さんは、いつも勝手に私の幸せを決めるのですね』

 

 静代の言葉が聞こえた気がした。どろりとした粘着質の感情。それはどこまでも冒涜的な響きだった。

 

「アンディ様?」

 

 不安げなアマルの声。

 

 駄目だ。落ち着け。ロザリオを握る。そうすると、不思議と心が凪ぐ。既に癖になったロザリオを握る動作。ロザリオの感触を確かめてたから、意識して眉間を和らげた。

 

「まぁ、なんだ……」

 

 誤魔化すように今度は俺からアマルを抱き寄せる。そうすると、アマルはぐりぐりと身体を擦りつけてきた。そのすぐマーキングする癖はどうにかならないのか、と思わず苦笑する。

 

「俺はお前が心配だってこと。だから、あんまり無理してくれるなよ」

 

「ああ、アンディ様。私の主、私の光、私の全て。こんな私を案じてくださる。……なんて、お優しいお方」

 

 きゅうん。甘え息を漏らすアマル。子犬か。

 

「俺はお前の彼氏なんだから、その、あれだ。しんどくなったら言えよ。抱え込んだら許さないからな」

 

 自分で言いながら、気恥ずかしくて死んでしまいそうになった。真っ赤になった情けない顔を見せないように、更にアマルを強く抱き締めた。

 

 こんなこと言うはずじゃなかったんだが、なぜだろう。そうしないといけないと思った。アマルと一緒にいることは、間違いなんかじゃない。そう思わないと、また俺は……。

 

「分かったか、アマル」

 

「はい。はいっ! アンディ様」

 

 嬉しそうに何度も頷くアマル。本当に分かってるんだろうな? 一抹の不安を覚えながら、俺は視線を上げ、アマルが見詰めていた場所を眺めた。そこにはいつもの部屋の光景が広がっていた。

 

 アマルは一体何を見ていたのだろうか。

 

 あの鮮血色の瞳で。

 

 

 

 ーーーーゆらりと、影が棚引いた。

 

 

 

 

 




誤字・脱字のご指摘いつもありがとうございます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。