聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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 ーーーー狂/愛こそ全て。


All You Need Is Insanity

 

 

 

 空を仰ぐ青いドレスの女性。

 

 ……青き女神。

 

 その言葉が俺の脳をかき乱す。

 

「ぐっ……ああっ、はぁ、あぐぅ」

 

 息ができない。岩に鉄を叩き付けたような甲高いノイズが走る。断続的な砂嵐が視界を遮る。

 

 頭の中に、何かが入り込んでくる。

 

 俺は朦朧とする意識の中、膝をついた。木々の間に揺らめく夕日に手を伸ばす。

 

 優しく絡めとられ、ひんやりとした体温が伝わる。

 

 

 誰かが俺の手を―――

 

 

 それと同時に、視界が真っ白になった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――ーー私は狂っている。

 

 

 貴き我が血。

 

 この印章がその証であり、私こそ王家に連なる者。だからこそ、私は役目を果たさなければならない。聖地を奪還し、我が血族の威信を取り戻す。それこそ我が使命。

 

 

 

 ***

 

 

 

 名誉と栄光を手にするはずの旅路だった。

 

 聖戦の名の元に、多くの異教徒を凌辱し、奪略し、殺戮した。それが正しい行いだと信じていた。

 

 ぽたりぽたり、血が流れ続ける。

 

 また、仲間が死んだ。

 これで何人目だろうか。

 ああ、そうか。

 私は屍が百を越えてから、数えるのを止めたのだ。

 

 血で黄昏に染まる戦場。

 

 こびりつく臓物の臭い。

 

 投げ捨てられた屍の山。

 

 屍に集るハエを見て、私は嗤った。

 楽しくも嬉しくもない。しかし、嗤いが止まらない。

 

 気付いてしまったからだ。

 

 仲間も異教徒も屍になれば、腐り落ち何も残らない。この世界は、あまりにも残酷だ。

 

 名誉も栄光も夢と同じく、虚構に満ちている。そこに何の意味があるというのだ。

 

 ああ、誠に現実こそ悪夢に他ならない。

 

 

 ***

 

 

 戦いを終え、数少ない腹心とともに森の中をさ迷い歩く。帰る場所などありはしない。例えあったとしても、私はそこに行くことはできない。何も得ることができなかった私にはその資格はない。悪夢は現実であるからこそ、私は真の眠りにつくことができないのだ。

 

 どれほど、歩いただろう。

 

 私たちは大きな岩が環状に置かれている場所へと行き着いた。ここで終わってしまおうか。私には何もない。私は生きている意味さえ失っている。生きることに救いなどない。しかし、死が唯一の救いとなり得るのだろうか。

 

 

 カラン、と音がした。

 

 

 暗転/反転

 

 

 心臓が哭いている。

 臓物、脳、血管全てが脈動している。

 

 見てはいけない、と脳裏で警鐘が鳴り響く。

 触れてはいけない。話してはいけない。

 そうしないと、狂ってしまう。

 

 そうだ。狂気は伝染する病のようなもの。

 

 だからこそ、隠さねばならぬ。

 

 カラン、と地面を蹴る音が聞こえる。蹄の音だ。踊っている。踊っている……本当に? 

 

 カラン、ともっと近くで音がした。

 近くで、いや、あまりにも近すぎる。……まるで、耳元で囁かれているようだ。

 

 ああ、そうか。

 これは脳に直接響いているのだ。

 

 それを理解した瞬間、ザザッっと脳が焼ける音がした。良い匂いだ。脳髄が沸騰する。ああ、ああ。ひひ、ひひひっ。

 

 

 焼ける焼ける狂う狂狂狂狂狂……ザザッ、カラン。

 

 

 

 ―――ああ、肉塊(かのじょ)は一体……?

 

 

 

 ソレが視界に入った瞬間、私はその中に女神を見た。

 

 真っ白な花畑。

 

 風に舞う青い衣。

 

 銀色の髪は煌めき揺蕩う。

 

 鮮紅の瞳はただ宇宙(そら)を映している。

 

 私は、心から彼女を美しいと思った。

 

 がらんどうの心に、色彩が甦る。そして、理解した。彼女の深淵こそが私をここに導いたのだ。

 

 まさに運命。在りし日の戦場は、あの屍の山は、どこまでも響く阿鼻叫喚は、今ここで彼女と会うためにあったのだ。

 

 愛しい人よ。

 

 どうか笑って欲しい。

 

 どうか振り向いて欲しい。

 

 私は貴女の心が欲しいのだ。

 

 貴女が宇宙を夢見るなら、私は身分も名も捨てカエルム(宇宙)になろう。ああ、貴女に愛する待ち人がいたとしても、それは私にとって些細なことだ。

 

 宇宙を通して待ち人を想うならば、カエルムとなる私を愛していることと同義。あは、ひひっ、くひひひ。

 

 女神の器はもうひび割れ、死が溢れかけている。

 

 駄目だ。それでは駄目だ。

 

 新たに用意しなければならない。

 

 私は女神のために全てを犯し、全てを罰し、全てを殺す。何を犠牲にしても良い。彼女こそ我が免罪符。

 

 血をもって女神に器を捧げよう。

 この悪夢に女神を繋ぎ止める楔の器を捧げよう。

 

 そして、ここに石櫃を建てるのだ。

 彼女を守り、隠すための石櫃。

 そう、ストーンハーストを。

 

 

 ――ーーああ、故に、私は愛して(狂って)いる。

 

 

 

 故に、貴女を見ることが叶うのだ。     

 だから、聖句を唱えたまえよ。

 

 いと尊きお方。

 

 私は貴女に従います。

 

 私は罪人。

 

 どうか、私の罪をお許しください。

 

 ああ、大いなるお方。

 

 あなたは私の罪からの救い主。

 

 貴女に、全てを捧げます。

   

 

 女神に拝謁する資格を持つ者。

 

 ペレグリヌスとは、かねてからそういうものだ。

 

 

 

 ――ー―ああ、君もそうなのだろう?

 

 

 

 

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