聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

128 / 160
それは祝福にも似て

 

 

 暗転する。

 

 不協和音が鳴り響き、ノイズが走る。

 

 ストーンハーストから両胡村に場面が変わる。

 

 ーーーザザ、ザザザッ。

 

 視界が歪む。

 

 何かが焼ける匂い。

 

 炭化した屍。

 

 赤い世界。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 白。

 

 その時のことは、あまり覚えていない。

 正確に言うと、覚えていたくないと思い記憶に蓋をした。

 

 そうしなければ、狂っていた。胸の内を掻きむしる激情が溢れ出し、世界を呪っただろう。

 

「……木造建築ということもあり、火の回りが非常に早く……到着した頃には全焼、して。……村人は、炭化……身元不明………。唯一、綺麗な……顔を……確認、この女性の――ーー」

 

 警察官が言うには、村人は一人残らず亡くなったという。

 

 

「―ーー―身元は分かりますか?」

 

 

 俺は警察官に言われるがまま、遺体を見た。

 長い濡羽の黒髪に縁取られた白い肌。艶やかな朱色の唇は微かに笑みをたたえていた。頬に手で撫でる。肌は滑らかで、驚くほど冷たい。

 

 静代、と掠れた声が漏れた。

 

 彼女は……静代は、こんなにも綺麗なのに死んでいるのだと言う。嘘だ、と思った。眠っているだけだ。そう、言い返したかった。

 

 冷たい。

 冷たいのだ。

 生きている人の温かみを一切感じない。

 安藤静代は、間違いなく死んでいる。

 

「安藤さん、お辛いとは思いますが」

 

 問いかける声に頷く。

 ぼんやりと俺は静代を見詰めた。

 

「……妹です。この娘は俺の妹、安藤静代です」

 

「そう、ですか。……お悔やみ申し上げます。」

 

 気まずそうに目を伏せる警察官に、俺は力なく首を振った。

 

 慰めなんていらない。

 祈りなんて求めない。

 そんなことをしても、もう戻ってこない。

 

 

 空欄。

 

 

「……死因は、一酸化炭素中毒。発見場所は……地下室。火から逃れようと地下室へ……おそらく、地下室から洞窟に――しかし、不審な点が―ーーー」

 

 茫洋とした思考。

 言葉が入ってこない。

 

「……足裏に傷が多く、裸足で岩の上を歩――。倒れた身体の向きが……洞窟の入口の方ではな……地下室の扉を向いて。洞窟の奥まで煙は届かない。そのまま……助かったはず。しかし――妹さんは洞窟に逃げ、何故かもう一度戻――ーーー」

 

 

 白紙、余白、空白。

 

 ブランク。

 

 スペース。

 

 

 ーーー虚無。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ―ー―気がつけば、俺は静代の墓の前に立っていた。

 

 

 ぽたり、と水滴が落ちる音がした。

 

 雨だろうか。

 空を見上げる。

 おかしいな、今日はこんなにも晴れているのに。

 

 ぽたり、ぽたり。

 

「あれ、雨なんて、降って………ふっ、ぐっ」

 

 そこまで言って、俺は自分が泣いていることを知った。それを理解すると、もう駄目だった。全てが決壊した。

 

「しずよ、静代、静代っ、あああっ!」

 

 涙が止まらない。

 

「なんで、何でなんだよっ!! くそ、くそくそっ。静代は誰よりも幸せになるべき存在なのに、なのに!! そのために、俺は、俺は。どうして、どうしてっ……何もしてやれなかった。守ってあげられなかったっ!!!」

 

 空を仰ぎ慟哭する。

 

 俺は神のために祈れない。

 神の存在を信じていない故に、俺はいつだって神ではない誰かのために祈ってきた。だから、罰が当たったのだろうか。

 

 

 そうであるなら――――

 

 

「――死ね。死ね。死ね。死ね。お前が死ね。静代じゃなくて、お前が死ね!! お前だけが死ねっ!! ああ、お前が……俺、俺が死ねば良かったんだっ!!!」

 

 視界が怒りで真っ赤に染まった。

 

「死んでしまえ」

 

 どこまでも激しい感情が噴き出す。

 

「むごたらしく死ね」

 

 衝動的に落ちていた石を拾い、自身の脳天めがけ振り下ろそうとした時、カランと音が聞こえた。

 

 その音は直ぐ後ろから聞こえた。

 振り返ると、そこには誰もいない。

 

 カラン、とまた音がした。

 

 回りを見渡しても何もいない。しかし、俺はそれがただの空耳とは思えなかった。何故なら、その音は静代がいつも履いていた下駄の足音に似ていたからだ。

 

「……静代、なのか?」

 

 応えはない。

 

 当然だ、と思いながらも俺は酷く落胆していた。

 分かっていた癖に落ち込むなど、どこまでも救いようがない。

 

 ため息をついて、目を伏せる。そして、俺は地面に落ちているあるモノに気が付いた。

 

 白く、素朴な花。

 

「っああ、……ふっ、ぐ、うう」

 

 それは静代が好きだった花、白詰草。

 季節外れの白詰草が一輪、ひっそりと置かれていた。

 

 それを見て、止まりかけていた涙が溢れてくる。

 

『兄さん、どうか泣かないで下さい』

 

 そう言って、優しく微笑む静代が、涙でぼやけた視界の先に立っているような気がした。都合が良い妄想も甚だしい。それでも、そう思わずにはいられなかった。

 

 

『――――約束。私を想って、生き続けて』

 

 

 その言葉は、祝福(呪詛)にも似て。

 

 

 

 




生きて想い続けてください。私だけをずっとずっと……永遠に。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。