暗転する。
不協和音が鳴り響き、ノイズが走る。
ストーンハーストから両胡村に場面が変わる。
ーーーザザ、ザザザッ。
視界が歪む。
何かが焼ける匂い。
炭化した屍。
赤い世界。
***
白。
その時のことは、あまり覚えていない。
正確に言うと、覚えていたくないと思い記憶に蓋をした。
そうしなければ、狂っていた。胸の内を掻きむしる激情が溢れ出し、世界を呪っただろう。
「……木造建築ということもあり、火の回りが非常に早く……到着した頃には全焼、して。……村人は、炭化……身元不明………。唯一、綺麗な……顔を……確認、この女性の――ーー」
警察官が言うには、村人は一人残らず亡くなったという。
「―ーー―身元は分かりますか?」
俺は警察官に言われるがまま、遺体を見た。
長い濡羽の黒髪に縁取られた白い肌。艶やかな朱色の唇は微かに笑みをたたえていた。頬に手で撫でる。肌は滑らかで、驚くほど冷たい。
静代、と掠れた声が漏れた。
彼女は……静代は、こんなにも綺麗なのに死んでいるのだと言う。嘘だ、と思った。眠っているだけだ。そう、言い返したかった。
冷たい。
冷たいのだ。
生きている人の温かみを一切感じない。
安藤静代は、間違いなく死んでいる。
「安藤さん、お辛いとは思いますが」
問いかける声に頷く。
ぼんやりと俺は静代を見詰めた。
「……妹です。この娘は俺の妹、安藤静代です」
「そう、ですか。……お悔やみ申し上げます。」
気まずそうに目を伏せる警察官に、俺は力なく首を振った。
慰めなんていらない。
祈りなんて求めない。
そんなことをしても、もう戻ってこない。
空欄。
「……死因は、一酸化炭素中毒。発見場所は……地下室。火から逃れようと地下室へ……おそらく、地下室から洞窟に――しかし、不審な点が―ーーー」
茫洋とした思考。
言葉が入ってこない。
「……足裏に傷が多く、裸足で岩の上を歩――。倒れた身体の向きが……洞窟の入口の方ではな……地下室の扉を向いて。洞窟の奥まで煙は届かない。そのまま……助かったはず。しかし――妹さんは洞窟に逃げ、何故かもう一度戻――ーーー」
白紙、余白、空白。
ブランク。
スペース。
ーーー虚無。
***
―ー―気がつけば、俺は静代の墓の前に立っていた。
ぽたり、と水滴が落ちる音がした。
雨だろうか。
空を見上げる。
おかしいな、今日はこんなにも晴れているのに。
ぽたり、ぽたり。
「あれ、雨なんて、降って………ふっ、ぐっ」
そこまで言って、俺は自分が泣いていることを知った。それを理解すると、もう駄目だった。全てが決壊した。
「しずよ、静代、静代っ、あああっ!」
涙が止まらない。
「なんで、何でなんだよっ!! くそ、くそくそっ。静代は誰よりも幸せになるべき存在なのに、なのに!! そのために、俺は、俺は。どうして、どうしてっ……何もしてやれなかった。守ってあげられなかったっ!!!」
空を仰ぎ慟哭する。
俺は神のために祈れない。
神の存在を信じていない故に、俺はいつだって神ではない誰かのために祈ってきた。だから、罰が当たったのだろうか。
そうであるなら――――
「――死ね。死ね。死ね。死ね。お前が死ね。静代じゃなくて、お前が死ね!! お前だけが死ねっ!! ああ、お前が……俺、俺が死ねば良かったんだっ!!!」
視界が怒りで真っ赤に染まった。
「死んでしまえ」
どこまでも激しい感情が噴き出す。
「むごたらしく死ね」
衝動的に落ちていた石を拾い、自身の脳天めがけ振り下ろそうとした時、カランと音が聞こえた。
その音は直ぐ後ろから聞こえた。
振り返ると、そこには誰もいない。
カラン、とまた音がした。
回りを見渡しても何もいない。しかし、俺はそれがただの空耳とは思えなかった。何故なら、その音は静代がいつも履いていた下駄の足音に似ていたからだ。
「……静代、なのか?」
応えはない。
当然だ、と思いながらも俺は酷く落胆していた。
分かっていた癖に落ち込むなど、どこまでも救いようがない。
ため息をついて、目を伏せる。そして、俺は地面に落ちているあるモノに気が付いた。
白く、素朴な花。
「っああ、……ふっ、ぐ、うう」
それは静代が好きだった花、白詰草。
季節外れの白詰草が一輪、ひっそりと置かれていた。
それを見て、止まりかけていた涙が溢れてくる。
『兄さん、どうか泣かないで下さい』
そう言って、優しく微笑む静代が、涙でぼやけた視界の先に立っているような気がした。都合が良い妄想も甚だしい。それでも、そう思わずにはいられなかった。
『――――約束。私を想って、生き続けて』
その言葉は、
生きて想い続けてください。私だけをずっとずっと……永遠に。