聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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未来にして過去のあなたへ
秘めた想い


 

 

 

 もし、自身がただの女であったのなら、どんな人生を歩んでいたのだろうか。

 

 そんなことを考える。

  

 私が剣など一度も握ったことがない村娘であったら、と。

 

 きっと、家族を支えるために家事を行い、空いた時間に糸を紡ぐ、そんな刺激のない毎日を過ごしていることだろう。そうして、年頃になると村の祭りに参加し、そこで共に踊った男性と結婚する。

 いつしか、その人との間に子どもが生まれ、眠れない夜が続いても、自身の腹を痛めて生んだ我が子を愛しく思うことだろう。夫に寄り添い、子どもの成長を見守るのだ。そして、月日が経ち最期は家族に囲まれひっそり旅立つ。

 

 どこにでも転がっているような女の人生。

 

 面白みはないかもしれない。

 貧しく辛い日々を送るかもしれない。

 

 だが、それで良い。それで良いのだ。幸せはそんな日々の中から生まれるのだから。

 

「……平凡な人生、か」

 

 掌を開く。

 

 幼少期から剣を振り、固くなった私の掌が視界にうつる。女らしさの欠片もない無骨な手。ああ、これが現実だ。私は間違いなく、平凡から程遠い人生を歩んでいる。

 

 (つい)の刻も、静かには迎えられまい。

 

「だが、夢を見ることぐらい許されるだろう? それが、唯一の慰めになるなら尚の事」

 

 もし、自身がただの女であったのなら――――

 

 

「――――恋を、したい」

 

 

 叶うはずもない夢。

 

「無邪気に、純粋に、脇目も振らず、ただの村娘のように」

 

 叶えるつもりもない夢。

 

 だからこそ、私は夢見ることを赦されるのだ。

 

「私は、それで十分だ。そう……これで十分」

 

 私はそのたったひとつ夢を胸にしまい込む。

 

 

 ――――全てが終わるその時まで。

 

 

 

 ***

 

 

 修道院に入り、ほっと息を吐く。一拍おいてから、隣に立つヨハンナに視線を送った。ヨハンナは俺の視線に気が付き、柔らかく微笑んだ。

 

「黒殿、疲れただろう? 今日は、早く自室に戻ると良い」

 

 穏やかな声。その声は、正気を失いかけた俺の心にじんわりと響いた。ヨハンナはいつも俺を助けてくれる。だからこそ、疑問に思うのだ。

 

「ヨハンナはさ。どうしていつも俺を助けてくれるんだ?」

 

「――――――――」

 

 固まった。

 

「よ、ヨハンナ?」

 

 彗星のような彼女の瞳は、今にも大気圏に突入して消えそう。呼吸しているのか、心配になってきた。ヨハンナの顔を覗き込み、目の前でヒラヒラと手を振ってみる。

 

「おーい、ヨハンナ。大丈夫? 生きているか?」

 

 そう言った瞬間、手を掴まれた。怖っ!? 

 

「生存確認せずとも生きているから安心しろというか何故いきなりそんなことを聞くのだ脈略が無さすぎて意味が分からないのだが?」

 

「ちょ、早口すぎて怖いっ! 頼むから、落ち着いてくれ」

 

「私は落ち着いている」

 

 落ち着いてない奴は皆そう言うんだ。その言葉を飲み込んで、なら良かったと片手を軽く上げた。  

 

 数分の沈黙の後、ヨハンナは小さく呟く。

 

「……理由は、必要だろうか?」

 

「そんなことないけど。何でか気になってさ。俺、お前に助けられてばっかだから」

 

「そんなこと、別に気にしなくても良い!」

 

「えっ、その、ごめん」

 

 にべもなくそう告げられ、俺はしゅんと思わず顔を俯けた。

 

「あっ、ええと、その……違うんだ。怒っているとかそういうわけでは、なくて」

 

 語気を強くしすぎて、俺が落ち込んでしまったと勘違いしたのか、ヨハンナはしどろもどろになった。

 

「本当に貴殿が気にする必要がない、と思ったから……私は」

 

 彼女の震える指先から、心の中で葛藤し続けていることが伺い知れた。

 

「黒殿を助けたいと思ったのは、きっと私の浅ましくも愚かな夢の残滓なのだ。だから、貴殿は何も気にする必要はないんだよ」

 

「……ヨハンナの夢?」

 

 ヨハンナはこくりと頷いた。そして、もう一度、私の夢だ、と呟く。それは自身に言い聞かせているような口調だった。

 

「さて、貴殿はもう自室へ戻ると良い。私は少し用があるので、ここで別れよう」

 

「あ、ああ」

 

 穏やかに、哀しげに、ヨハンナは微笑む。その笑顔にどうしようもない不安を覚える。止めてくれ。そんな顔で笑うな。泣きそうな顔で笑うなよ。

 

「ヨハンナ……っ、お前」

 

「黒殿」

 

 言葉を遮り、ヨハンナは俺の首から下げたロザリオをそっと撫でた。

 

「黒殿、このロザリオを決して肌身外さないように。これは、貴殿を守る砦だ。貴殿にはあの方がついている。しかし、それも絶対ではない。先程のようなことは、これからも起こり得るだろう。だからこそ、このロザリオを大切にして欲しい。……どうか忘れないで」

 

 ヨハンナが呟いた言葉。それはロザリオを決して手放さないように、という警句の言葉なのだろうか。それとも、自身の存在を忘れないで、という彼女の願いなのだろうか。

 

 ギシリ、と心が軋む。それを押さえ込むように、唇を噛む。

 

「砦って。なぁ、ヨハンナ、待ってくれ!」

 

「――――黒殿、私はもう行くよ」

 

「ヨハンナっ!」

 

 伸ばした手は、ヨハンナに届かない。俺は呆然と彼女の背中を見送った。

 

 

 ……見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

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