聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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共鳴するもの

 

 

 Dies iræ Dies iræ, solvet sæclum in favilla:

 

 

 怒りの日なる彼の日は、世界を灰に帰すべし、

 

 

 teste David cum Sibylla Quantus tremor est futurus,

 

 

 ダヴィドとシビルとの告げし如く、人々の震慴驚怖は幾何ぞや。

 

 

 quando judex est venturus,cuncta stricte discussurus.

 

 

 何事をも厳しく糺し給はむとて、判官の来り給う時。

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 ぼんやりと蝋燭で照らされた薄暗い廊下を歩く。

 こつりこつり、と石床を蹴る乾いた音を聞きながら、俺は視線を上げた。

 

 尖頭アーチが特徴的な高い天井。

 

 交差リブ・ヴォールト。

 

 フライング・バットレス。

 

 このストーンハースト修道院は、典型的なゴシック様式の建築物だ。神《ひかり》に最も近い場所とされている教会や修道院、特にゴシック様式の建築おいて、光を取り入れることを何より重視する……はずなのだが、ストーンハースト修道院はその限りではなかった。

 

 光が届かない通路。

 

 ステンドグラスさえない礼拝堂。

 

 陰気でどこか不気味な雰囲気。

 

 フランチェスコから聞いた話では、ゴシック建築様式であるにも関わらず、ここまで光を取り入れない修道院は珍しい部類に入るらしい。それが陰気でどこか不気味な雰囲気を助長させているのは間違いない。修道院は外部から閉ざされた場所だから、余計に暗く感じる。

 

 修道院は修道士たちが規律に従い共同生活をする修練の場であり、そこには認められた者でなければ生活する事はできない。世俗から隔離された場所である故に、どこか現実離れした独特の雰囲気がある。

 

 それに比べ、教会は人々が礼拝や儀礼、あるいは公的な手続きを行う場でもあった。故に、教会はキリスト教信者たちの集会場というイメージが一番しっくりくる。

 

 日本人の教会と修道院についての認識はかなり曖昧で、それらを同一視する人々も少なくない。しかし、修道院と教会を同じ括りにすること自体、間違っていると言わざるを得ない。

 

「……はぁ、くそったれ」

 

 俺は吐き捨てるように溜め息をついた。客観的に見ても、俺は酷くナーバスになっていた。

 

 今度は先程よりも大きな溜め息を吐いて、俺は右手を左胸に重ねた。鼓動を確かめるというより、押さえ付けるようにぎゅっと力を込める。

 

「ーーぐっ」

 

 息が詰まりそうなこの痛みこそ、俺がここにいるという存在証明だ。

 

 笑ってしまう。

 そんな自傷行為じみた存在証明が、俺を俺たらしめているなんて、本当に嗤ってしまう。

 

 目を瞑って、俺は深呼吸をする。

 

 蝋燭の溶けた匂い。カビた埃の匂い。流込む冷たい空気の匂い。それを鼻から肺に流し込み、気持ちを落ち着かせた。そして、意識を先程の出来事に集中させる。

 

 俺が墓場で見た悪夢。

 

 あれは原初の夢、あるいは白痴の悪夢と呼ばれる存在……カエルム・ストーンハーストのものだったのだろう。

 

 あの悪夢の中で、彼は自身を王家に連なる者であると言っていた。更に、それを証明するものが印章なのだ、と。

 

 印章……それについて俺には覚えがあった。

 

 アマルの机の隠し引き出しに印章が入っていたのだ。そうなると、カエルムの言い分が正しければ、アマルは王家に連なる者……つまり、王族の末裔ということになる。

 

 ーーー血をもって女神に器を捧げよう。

 

 悪夢でカエルムはそう言っていた。

 ここで言う『血』は、ただ血液を指している訳ではなく、おそらく『カエルムの血族』のことを指すのではないか。 

 

 要するに、自身の子孫を女神の器として提供すると彼は言ったのだ。何とも身勝手で、救いようがない。吐き気がする程おぞましい。

 

 それもこれも、カエルムがあの青き衣の女性に執着していたからだ。いや、正しくは恋という狂気に陥ったのだ。

 

 恋をしたから狂ったのか。狂ったからこそ恋をしたのか。そんなことは、きっと彼にとって些細なことだったのだろう。

 

 俺はヨハンナの言葉を思い出す。あの時、微睡みの中にいた俺に向けて彼女が発した言葉だ。

 

『――く、どの。しっかり、気を強く持ちなさいっ! ああ、――と、共鳴してしまっているのか。いや、黒殿……っ、駄目だ。白痴の悪夢にのまれてはいけないっ!』

 

 (共鳴……俺が、一体誰と?)

 

 そこまで考えて、いや、と頭を振った。

 

 答えは分かっている。ただ、認めたくなかっただけだ。

 

 ああ、そうだ。

 

 俺は誰でもなく、カエルム・ストーンハーストと共鳴していたのだ。

 

 

「……だから、俺はここの言葉や文字が理解できたんだな。ストーンハーストに来た時から、ずっと間抜けにもカエルムに影響を受けていたんだ」

 

 左手でロザリオを強く握る。

 

「修道院やアマルについて考えた時、意識が飛んだり、思考が曖昧になったりしたのは、カエルムが俺の考えを妨害していたからか。……自身の秘密の核心に触れぬように」

 

 糞食らえ。

 

 俺は心の中でカエルムに中指を立てる。

 

「空の器、か。……カエルム、お前は俺の弱さにつけこんで、俺の身体を奪うつもりだったんだな。お前のお想い人(青い衣の女性)と共にある、それだけを願って。本当に、糞くらえだっ!」

 

 ぎりっと、唇を噛みしめる。強く噛みしめたせいで、唇が裂けどろりとした血が口に流込み、錆びた鉄の味が口内に広がった。

 

 

 

 

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