俺とフランチェスコは、修道院から少し離れたまだ手入れがされていない土地を耕していた。
鍬で土をならし、石を取り除くという単純作業を何度も繰り返す。一振、一振、鍬を地面に突き立てるごとに土埃が舞った。
「っと、だいぶ汚れちまったな」
服に纏わりついた土埃を軽く叩き落としてから、俺はぐっと背筋を反らし、身体を弛緩させた。そうすると急激に眠気が襲ってくる。
「…………はふ、ふあぁっ」
「旦那、ずいぶんと眠そうですねぇ」
気の抜けた欠伸をつく俺を見て、フランチェスコは鍬を振る手を止め苦笑した。
「……ん? ああ、ちょっと夢見が悪くてな」
「そりゃあーーーー」
フランチェスコは眉を下げ、何故か戸惑った表情を浮かべた。数秒の沈黙の後、雰囲気を紛らわすように彼は、こほんっと空咳をついた。
「黒の旦那も疲れてたんでしょうや。たまには、ゆっくり身体を休めた方が良いでさぁ」
「身体はそんなに、疲れてないんだけどな」
どちらかというと、精神が磨耗しているんだ。その言葉は決して口に出さない。これ以上、フランチェスコを巻き込みたくなかった。
「……そうですかい。でも、でもね、旦那。身体は癒えますが、ここはそうもいかねぇです」
親指で心臓をトントンと叩いた。
「旦那。無理しちゃいけねぇ。人ってのは、思っているよりもずっと弱いもんだ。それが悪いってことじゃないでさぁ。大切なのは、弱さを自覚することだ。だから、黒の旦那……無茶はお止めくだせえ」
「……検討することを検討します」
「何ですかい。そりゃ、遠巻きに無茶するってことですかい? はぁ、旦那はまっこと頑固者ですねぇ」
「そんなに褒めるなよ」
「マジで褒めてねぇです」
呆れた、とフランチェスコは肩を竦めた。失礼な奴め、と俺はフランチェスコのお腹をつつく。
つん、ぽよん
つんつん、ぽよんぽよん。
「へへっ」
「ははっ」
お互い気の抜けた笑みが漏れた。先程までのシリアスな雰囲気は立ち消え、男子高校生のようなじゃれあいが始まる。
こんなやりとりができるのは、フランチェスコだけだ。
もう一度、フランチェスコの腹をつつくこうと、足を一歩前に踏み出した。すると、足元でぱきりと何かが割れる音が聞こえた。
「なんだ?」
足を引いて地面を見ると、そこには砕けた貝殻が転がっていた。
「…………こんなところに貝殻?」
俺の知る限り、修道院の食事に貝が出されたことは今まで一度もなかった。だから、畑の中に貝殻が埋まっていたことに酷く違和感を覚える。
「ああ、もしかして貝殻肥料ってやつか?」
そういえば、貝殻はカルシウムを豊富に含んでおり、土壌の酸性度を中和する効果があると聞いたことがある。
「違いますぜ。貝殻が埋まっているのは、昔ここいらにふたつの湖があった名残でしょうや」
「ーーーーふたつの、湖?」
息が乱れ、上手く言葉を出せない。
(ふたつの湖……同じだ。両胡村と同じ)
どくり、どくり、と心臓が騒ぎだす。
吐き気がする。
「ええ、この修道院ができるより、焼いた村があった時よりもずっと前、ふたつの湖があったと言います。まぁ、その湖も村がつくられた時には既に枯れちまっていて、今に到る訳ですがね。…………黒の旦那? 顔色が悪いですが大丈夫ですかい?」
「……あ、ああ、大丈夫。俺は、大丈夫だ」
大きく脈打つ心臓をロザリオ越しに押さえ込み、俺はフランチェスコに向けて微笑んだ。きちんと笑えているだろうか。そんな弱気を吐くことしかできない自分自身が、どうしようもなく矮小な存在に思えた。
***
昔、
元々、土地の名は両湖だったが、水が干上がってしまったため、「氵」を取って、両胡と名前が改められという話が村に伝わっている。
実はこのふたつの湖は地下の鍾乳洞、母胎洞で繋がっていた。
両胡村で双子が神聖視され、神事を司る安藤家の双子が交わることが赦されていたことの根本には、おそらくこのことがあったからだろう、と俺は考えている。
また胡は異民族あるいは異邦人を意味する言葉でもある。平家の落人がこの地に居着いたという伝説から、両胡村と名が付けられたという説もあるらしい。正直、何が本当か分からない。それを調べる術も火災と共に失われてしまったのだから……。
何にせよ、母胎洞は元々湖の地下にある水中鍾乳洞だったということは間違いない。そして、湖跡地を埋め立てつくられた村が両胡村なのだ。
今では、母胎洞の最深部に残っている小さな泉……母之泉だけが、水中鍾乳洞であった名残を感じさせる。
両胡村の人々はこの母胎洞の最深部の空間を
安藤家の当主は代々、子之宮に入る
人は死ぬと母胎に戻り、羊水を浴びることで、新たな生を得え、産道を通り外に出る。
それをなぞり、双子の間に生まれた赤子は、母胎洞の入り口……産道から子之宮に入り死を纏う。そして、羊水の役割を持つ母之泉で御祓を行い、穢れを取り払われた無垢な身体に神を降ろす。そして、また産道を通り母胎洞を出ることで、神は新たな生を得るのだ。
つまり、この一連の儀式は、神降ろし……いや、もっと正確に言うと、生まれ変わりの儀式なのだ。
(あれ、そういえば、静代の最期はーーーー)
カラン、と乾いた音が脳裏に響いた。