司祭室を出て、私はアンドリュー殿……いや、黒殿を探すため思考を巡らせる。
さて、どこから探そうか。
ストーンハーストの敷地は広く、目算で大体18モルゲンほどあるだろう。隅から隅まで探すとなると、本当に気が遠くなる。できれば、修道院内に居て欲しい。
……とは言っても、この建物自体かなりの広さがある上に、度重なる増築から迷路のように入り組んでいる。
入り口のない部屋。
行き止まりの廊下。
先のない階段。
ああ、違ったな。迷路のように、ではない。実際に、ここは迷路なのだ。
ストーンハーストは修道院として建てられているが、其の実は城である。
いや、この修道院は外敵の侵入を防ぐこと以上に、内部からの退去を押し留めるという点に重きを置いていることを考慮するならば、牢獄と称する方が正確なのかもしれない。
彼女を守るための城。
彼女を押し留め迷わせる牢獄。
彼女に祈りを捧げるための修道院。
全てが混ざり合う歪な空間こそ、ストーンハーストを
長い廊下を進みながら、溜め息をつき、気持ちを切り替える。
彼がここでは珍しい黒いお
(……しかし、迷子になっていなければ良いのだが。万が一迷っているのなら、きっと心細い思いをしているだろう)
足を早める。とりあえず、沈黙の回廊に出るとしよう。そこから右回りで順に調べていけば良い。
「―――スコトゥス嬢」
後ろから私を呼び止める声がした。
(はぁ、何とも間が悪い)
無視する訳にも行かず、顔だけ振り向く。そこには色素の薄い金髪の男性、サルス・ニールセン修道士が立っていた。
「……ニールセン修道士、私に何用だろうか」
彼は私の顔を見て、さっと頬を染めた。視線を反らしながら、途切れ途切れに言葉を発した。
「ああ、いや、特に用は、ないのですが、貴女のお姿が見えたもので、その、お声をかけました」
「……そうか。ニールセン修道士、用がなければもう行ってもよろしいだろうか。私はベネディクト修道司祭から、急ぎの頼み事をされているのだ」
「ああ、その、すいません。分かりました。どうぞお気になさらず」
「では、失礼する」
「あっ、その、す、スコトゥス嬢っ!」
踵を返そうとして、また呼び止められた。
「ええっと、よろしければ名前で呼んで頂けませんか? ニールセンではなく、その、サルスと」
「何故……」
貴殿の呼び名をかえる必要がある、と言いかけて押し黙る。分かりきっている答えを聞くことは、何よりも無駄な行為だ。
ニールセン修道士は、私に懸想している。
正直、私はその想いに答えるつもりはない。何故なら、彼の言葉の節々に驕りがみえるからだ。その無意識な傲慢さを、どうしても好ましいとは思えない。はっきり言って、性格が合わない
しかし、ニールセン修道士が、私の相手になる可能性が一番高いことは事実である。そうなれば、遠くない未来に、嫌でも彼を受け入れることになるだろう。少なくとも、彼が地に堕ち這いずるモノにならない限りは。
スコトゥスの血を残すために、私は必ず誰かとくなぐ必要がある。そこに私の感情が入る余地はない。だからこそ、私の心だけは私のものだ。それは、女としての最後の矜持だった。
「すまないが、それはできかねる。では、失礼する」
「スコトゥス嬢っ!」
今度は振り向かない。この場から離れるために、私は足早に廊下を進んだ。
暫く廊下を歩き、沈黙の回廊に続く扉を開く。太陽の眩しさに、思わず目を細めた。明るさに目を慣らすために、回廊の中央に視線を向ける。
――――その先に、彼がいた。
木にもたれかかり、瞳を閉じて動かない青年。
綺麗な濡羽の黒髪が、木漏れ日に照らされキラキラと瞬いていた。
「あの方が黒殿か。……寝ていらっしゃるのだろうか」
音を立てないように、気を遣いながら彼に近づき顔を覗き込む。
象牙色の肌、堀の浅い異国の顔立ち。年の頃は、私と同じくらいだろうか。
小さく寝息をたてる彼の表情は、とても穏やかだった。この退廃的な空間に似つかわしくない、彼の寝顔を見て思わず笑みが漏れる。無闇やたらに幸せそう。
「この方が……」
アンドリュー殿。表だって、呼ぶことのできない名前。それを心の中で、彼の存在を刻み込むように何度か呟く。
とくり、と心臓が跳ねた。
なんだ、これは。
今まで感じたことのない思いに戸惑いを覚える。得体の知れない、しかし不快ではないこの奇妙な感覚。右手を胸に当て。左手で十字架を握る。
数分そうしていると、黒殿は身動ぎをし、うっすら瞳を開けた。ぼんやりとした表情で、私を見詰める。彼の澄んだ黒い瞳が私を捉えた。その瞬間ーーー
とくり、と大きく心臓が跳ねた。
はっ、と浅く息を吸い、意識して十字架を握る。速まる鼓動に気付かない振りをして、私は彼に話しかけた。
「―――ああ、お目覚めですか?」