ーーーアンドリュー殿。
誰かに名前を呼ばれた気がした。ストーンハーストに来てから、久しく呼ばれていない俺の名前を。
瞳を開ける。
ぼんやりと視界に映る世界は、暖かい色をしていた。木漏れ日を透かしたような黄金色の髪、どこまでも澄んだ青の瞳。
…………綺麗だ。
ゆらりゆらりと、眠りの海に漂う曖昧な意識の中、そんなことを思った。
そう、彼女は綺麗だった。
辛くても悲しくても、強くあろうとする姿が。
何より、彼女のそんな在り方が綺麗だと思った。
だからこそ、俺は彼女が幸せになって欲しいと。
幸せにしたいと、そう思ったんだ。
ーーーああ、お目覚めですか?
***
意識が転落/覚醒する。
「……あれ。俺は、いったい。ここは、どこだ?」
視界には古びた天井が広がっている。窓から差し込む柔らかい朝日が室内を照らしていた。辺りに視線を向ける。机にタンス、そしてベッド。見慣れた質素な内装。
ああ、どうやら俺は自室で眠っていたようだ。起き上がろうとして、右肩の重りに気が付いた。
「あ……そうか。アマルか」
女神のような美貌を持つ少女、アマルが俺の右腕を抱き締め、安心しきったあどけない表情を浮かべぐっすり眠っていた。すぅすぅ、と可愛らしい寝息が聞こえる。
銀糸の長い髪が彼女の背中に流れ、天の川のように瞬いている。アマルの首元に顔を近付けると、微かな薔薇の甘い香りが鼻腔を擽った。何とも男心をそそる匂いだ。
掛けられた布団を上げると、アマルの完成された裸体が目に入る。幼さを残しながらも、女の妖艶さをこれでもかと詰め込んだ身体。なんというか、そそる。
(こんなエロい身体しているのに、まだ15歳の女の子なんて信じられないな。本当に発育が良すぎる。年齢的に、JC ……いや、JKだろう?)
この差は大きい。
現代の価値観で言うと、どちらにせよアウトだが、アマルの年頃で嫁に行くことが珍しくもない、ここではセーフだ。
まぁ、既に閨の作法を一から十まで教え込み、毎晩のように実践させているんだからセーフもアウトも今更か。
「んっ……ふう、んん、あんでぃさま?」
ぺたぺたさすさす。アマルが俺の胸元を軽く叩き優しく撫でる。
「ごめん、起こしちゃったな。アマル、おはよう」
「はふぅ、んん、おはよーございます」
アマルは小さな欠伸をついて、ふにゃりと微笑んだ。えへへ、と無邪気な笑い声が聞こえる。俺もつられて笑う。
「んー、ふふっ、あんでぃさま、あんでぃさまぁ」
俺のあだ名を繰り返し呼びながら、頭を首にすりすり押し付けマーキングするのがアマルのモーニングルーティンだ。くすぐったい。
アマルは気が済むまでマーキングし、それが終わると今度は俺の唇を執拗に舐め、バードキスを繰り返す。この子犬、相変わらず朝の挨拶が激しい。
「ん、れろ……んん、ちゅ、ちゅるっ、あんでぃひゃま、ちゅ、れろっ」
あ、舌が入ってきた。
アマルの小さな手が俺の胸元を撫で擦り、徐々に下腹部へ向かっていった……ところで、渾身のデコピンを食らわす。このいやらシスターめ、油断も隙もない。
「ひゃうっ! アンディ様?」
おでこを押さえ、上目遣い。きゅうん、と鼻を鳴らすアマル。本当に子犬染みている。
「アマル、ステイ」
「……はい」
アマルは頷いて、律儀に止まった。
「朝はキスまで。それ以上は夜に、だ」
「でも、だって……」
「でもでもだっては聞きません。お前にそういうことを散々仕込んだ俺が言うのもなんだが、朝はちょっと自重しような」
「うぅ、はい」
しょんぼりと肩を落とすアマルを見て思わず苦笑する。いつもはここまで激しく執拗ではないんだが、今日は偶々そんな気分だったのだろうか。
まぁ、そのお陰で目が冴えた。
さっきまで、夢を見ていたからーーー。
「アンディ様、今は私のことだけ考えてください」
アマルは真っ直ぐ俺の瞳を見詰めた。鮮紅の瞳が炎のように揺らめいた。
赤、紅、朱、緋。
あの、赤黒い……空。
空は深淵であり、深淵は空である。かねてから、そういうものなのだ。
蠢く。
黄昏。
蠢く。
宵闇。
蠢く。
◼️◼️。
「あ、れ。俺は」
……どんな夢を、誰の夢を、見ていたっけ?
俺の名前を呼ぶ声は、もう聞こえない。