伝統的に告解室は聖堂あるいは礼拝堂内に設けられる。
告解室の形状は、木製の独立したブース状のものやこのカエレスティス聖堂にある小部屋状のものなど様々だ。
司祭と告白者で格子越しに仕切られており、機密性はある程度担保されている。特に、小部屋状である告解室は、防音と言う点において優れていた。
俺たちは格子越しに別れず同じスペースで向かい合った。ヨハンナの端正な顔がすぐ近くにある。お互いの吐息が混ざり合う距離だ。
「……その、狭いな」
「我慢してください」
「格子越しでも良かったんじゃないか」
「耳元で囁いた方が、声が漏れず安全です」
「でも、万が一こんな空間に2人で入っているところを見られたら、さすがにまずいんじゃないか? 色々、誤解されるぞ。貞淑であれかし、じゃなかったのか?」
「……っ、私の揚げ足を取るのは止めないか。黒殿、少しばかり意地が悪いぞ」
「でも、お前はそんな俺を許してくれるだろう?」
「毎度、私が貴殿を許すと思い上がらないでいただきたい」
そんなことを言いつつ、いつも何だかんだ許してくれると知っている俺からすれば、その台詞は脅しにすらならない。思わず笑ってしまう。
むぅ、小さく唸り、はぁと溜め息をつくヨハンナ。
「まったく黒殿ときたら……おいたがすぎる」
ヨハンナはイタズラっ子を嗜めるように、ぺちりと俺の右頬を優しく打った。でも、相当手加減されているので全く痛くない。
ならば、と俺は左頬を差し出す。
キリスト曰く、汝の右の頬を打たば、左をもむけよ。
やり返さないから安心してお仕置きして良いぞ、という俺なりの意思表示。
ヨハンナは俺の意思表示に対して苦笑し、たわけ、その手には乗らないぞと左頬を打たず俺の額を中指で弾いた。何とも可愛らしいお仕置きだった。嫌いじゃない。
きっと、俺がリラックスできるように気を遣ってくれているのだろう。本当に良い女だ。
さて、戯れはそれくらいにして、と背筋を伸ばしヨハンナに向き合う。
「それで、俺に話したいってことは何なんだ?」
「……本題を話す前に、ひとつ確めたいことがある。黒殿、貴殿はここに来てから、身に覚えがない自身の記憶を見たことはあるだろうか」
「身に覚えのない記憶?」
「そうだ。本当に体験したかのような記憶、あるいは夢でも良い」
「――――っ」
生々しい記憶。
まるで本当にあったことのような夢。
――――巡礼棟。
血をぶちまけたような赤黒い世界。
部屋に充満する濃い女の匂い。
不自然に湿った布団。
ソフィアさんの白い肌を蹂躙するがごとく散りばめた赤い跡。
吐き気がして、思わず口元を押さえた。そうだ。あれは、あまりにも生々しい夢だった。
「……あるのだな」
「何故、それを、今聞くんだ?」
途切れ途切れに尋ねる。ヨハンナは数秒沈黙してから、俺の顔を真っ直ぐ見詰めた。
「貴殿はどちらからいらっしゃったのだ? 私にだけ、本当のところを教えてくれぬか」
「えっ」
「前から不思議に思ってはいのだ。異国出身なのは、貴殿の容姿からも分かる。文化が違うのだ。常識も通じぬのは理解できる。しかし、しかしだよ黒殿。貴殿はあまりにも
何も言えなかった。
寒くないのに、身体が震える。止めてくれ。俺を暴かないでくれ。怖いんだ。
「どうか、怖がらないで欲しい。私は、ただ貴殿を守りたい。貴殿があの方に、私の救いを求めてくれたから、私はあの方に許された」
ヨハンナは俺の右手を両手で包んだ。温かい。その熱に心が溶けていく。
ずっと言えなかった。
誰にも吐き出せなかった。
「信じられないって、思うかもしれない」
「疑うものか。私は貴殿を信じている」
「狂ってるって、言うかもしれない」
「貴殿が狂気に負けない人だと、私は知っている」
「……俺は、お前に嫌われたくない」
「どんなことがあっても、私は黒殿を愛していている」
――――愛、とは?
「あぇ」
腑抜けた呻きが漏れた。その間抜けな声が自分から発せられたと気づいて、思わず目を見張る。
「黒殿?」
ヨハンナは俺の反応を怪訝そうに眺め、数秒してハッと顔を振った。
自分が言った台詞を思い返し、ことの重大性に気がついたよう。
頬と耳を真っ赤に染め、ワタワタと手を上下に震わせた。
「アッ、いや、その、人として、人として、という意味で、だぞ! か、かか、勘違いしないでっ!」
ツンデレかよ……。
ああ、何とも空気が締まらない。
ヨハンナの初なところは、相変わらずだった。その可愛らしい反応に癒される。
(2人で暮らし始めた時も、暫くはそんな感じだったっけ)
昔を思い出し、やれやれと頭を掻いて苦笑する。もう、生娘じゃあるまいに。
…………あれ?
俺はヨハンナと2人で暮らしていたことなんてないはずだ。
それなのに、何故俺はそう思ったんだろう。
ザザッ……ザッ。
ガガ……ザ……ガザッ……。
ブラックノイズが視界にちらつく。
ざらついた世界。
全てが反転する。
***
麦畑。
温かい風が葉を鳴らす。
どこまでも続く青い空、その日溜まりの中に彼女はいた。
彼女は白いコットに淡いブルーの袖なしのシュールコー、そんなありふれた村娘の格好をしていた。
以前、この服を着ることに憧れていた、と語っていたように思う。
窮屈な修道服よりもずっと今の服装の方が彼女に似合っていた。
彼女は風にはためく長い金髪を耳にかけ、ねぇ、と俺に声をかける。
『アンドリュー』
『ああ、なんだ?』
『たとえ、世界が変わっても、きっと私は貴方を愛するでしょう。だから、後ろを振り向かず、前を向いて歩いて欲しい』
そう言って、
『どうか、貴方に祝福があらんことを――――』
***
ザザッ……ザザッ。
ザ、ザザ、キ――――ン。
耳鳴りがする。
視界が揺らめき、ピタリと止まった。
白い閃光が走り、色を取り戻す。
かちり。
世界が重なる音がした。