(話して……良い、か。良いのか?)
数分の沈黙の後、俺は途切れ途切れになりながらも、自問自答の言葉を心の中で吐き出した。どくり、と咎めるように脈動する心臓を十字架の上から右手で握りしめる。
「……黒殿」
ヨハンナは俺の右手に視線をやって、切なげに眼を細めた。彼女は察しが良い……というより共感性、それもシンパシーではなくエンパシー能力が高い。良い意味でも、悪い意味でも、他人の感情に引っ張られやすい。
彼女はきっと俺が想像しているよりも、ずっとずっと繊細で傷付きやすい素材でできている。
それを理解してながら、俺はヨハンナを頼ろうとしている。自分の弱さは罪だ、と自覚している癖に、それでも今俺は差し伸べられた手を握ろうとしている。その相反する心は、どこまでも歪で……ああ、何とも
ハレルヤ、ハレルヤ。
それ以上に、人は
俺は意識して目元を和らげ、ヨハンナに語りかける。
「ヨハンナ、聞いて欲しいことがあるんだ。俺の生まれ、俺の故郷のことを」
「ええ、もちろん」
ヨハンナは俺に目を合わせ、困ったように微笑んだ。それは、まるで転んで泣きべそをかく我が子を見守る母親のような苦笑をない交ぜた笑みだった。
ーー貴殿がそれを望むなら。
彼女は声を出さず、そう唇を動かした。
***
「……つまり、黒殿には双子の妹君がいらっしゃった、と」
「ああ、そうだ」
「以前、回廊で貴殿が言っていた夢に出てきたというお方は、その妹君なのですか?」
俺は無言で頷いた。
そうか、とヨハンナは呟き小さく頷く。ヨハンナは思案するように右手を顎に添え沈黙した。
「俺は妹が俺を過去に導いたんじゃないか、と思っているんだ。でも、何故――――」
「ストーンハーストで
指先がひきつる。
ああ、と喉から乾いた声が出た。涙が出そうになる。震える喉を右手で押さえ、俺はヨハンナを見詰めた。
「……今更だけど、ヨハンナは本当に俺の言うことを信じてくれるんだな」
呆れたと言わんばかりに、溜め息をつかれた。というか、呆れたと言われてしまった。
「――何を今更。申し上げたでしょう? 私は何があっても貴殿を信じている、と。今もそしてこれからもずっとずっと変わりなく、その言葉を違わないと誓いましょう」
それに、とヨハンナは言葉を続ける。
「『妹君が関わっていない』ということを証明するには、この世のすべてを調べて『やはり、どこにも関わりがなかった』と言い切る必要がある。だからね、黒殿。何かが『存在しない』と証明することは困難だ。いや、不可能と言っても良いだろう」
「……それ、悪魔の証明ってやつか」
確か悪魔の証明は、古代ローマ法の用語で、「土地などの所有権の帰属を証明することの困難さ」を指す表現だったように思う。
土地や物品の所有権を証明する時、過去の記録をさかのぼって所有権の移転過程を立証する必要があるらしいのだが、それが事実上不可能なことを悪魔になぞらえて比喩をしたのだ。
簡単に説明すると、「この世に『悪魔など存在しない』と言うならば、それを証明してみろ」とある人から投げ掛けられたとする。
証明方法は簡単だ。
悪魔を一柱だけでも見つければ良い。それだけで、悪魔の存在証明は成立する。
しかし、逆に悪魔がいないことを証明するためには、その存在がいないと確認できるまで、世界、いや、それこそ宇宙の果てまで調べきる必要がある。
悪魔の存在を立証するよりも、悪魔の存在しないことを立証する方が難しい。
悪魔の証明とは、そういう事柄を指すのである。
「ああ、なるほど、悪魔の証明か。……確かにそうかもしれません。しかし、それは神にも言えることです。故に、人は神を信じることができるのでしょう。そう考えた方が、何より都合が良いからだ」
「修道女がそんなことを言ってもいいのか?」
「……貴殿は気付いているでしょう。私が普通の修道女ではない、と」
「えっ、あー、まぁ」
ヨハンナの確信めいた言葉に、苦い表情を浮かべてしまう。その通りだった。
「全く正直なお方だ。黒殿、少しは精神を律することを心がけなさい。でも……隠し事が苦手なところが誠に貴殿らしくて、私は良いと思います」
少し微笑ましげに目を細めるヨハンナの視線がむず痒い。
俺は苦労して掌を上げ、少しの間目を覆った。
ちくしょう。
敵わない。
例え世界が変わっても、きっと俺はこいつに一生敵わない。