聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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誤字脱字の訂正ありがとうございます!めちゃ、助かってます。


主よ、何故我を見捨て給う

 

 

 

 体内時計は正確に、覚醒の時を告げる。

 目は覚めるのに、脳はまだ寝ているような気分。瞼を開けるのも億劫だ。もう少しくらいなら寝ていても良いだろう。   

 

 もぞりと、布団の中で体勢を変える。

 少女に背を向け、瞳を瞑る。

 それに合わせて、後ろからむずかる声が聞こえた。  

 

 背中にピタリとアマルは身体を寄せてくる。柔らかい胸と二つの突起が擦れる感触。薄いシュミーズ越しでも分かる豊胸。極上の女の身体。それを思い浮かべて、思わず喉がなった。

 

 いつもなら意識しないようにし、我慢できていたのに、今日は何故かそれができなかった。衝動にも似た肉欲が思考を鈍らせる。目の前がチカチカと光り、頭がぼーっとする。自分が自分でないような感覚。

 

 俺は蜂が花に誘われるように、体位を戻し少女に向き合う。そして、躊躇いもなくアマルのいたいけな身体をまさぐった。ああ、どこもかしこも柔らかい。

 

「あっ、んうっ……アンディさまぁ、素敵。もっともっと、してください」

 

 艶やかな声音が響く。そして、頭を抱きしめられ強く胸を押し付けられた。むせかえるような甘い女の匂いが、鼻腔に広がる。……なんて、美味しそう。ごくりと唾を飲み込む。

 

「この卑しいアマルめに、哀れみを。ねぇ……」

 

 堪らなくなり、腹を撫でてから彼女のシュミーズをたくし上げようとして――

 

「……どうか私を散らし、狂わせて」

 

 囁やかれるその言葉に思わず手を止めた。

 

 ――脳が覚醒する。

 

 俺は即座に身体を離して、ベットから転がり落ち、顔面から床に突っ込んだ。

 

「あ、アンディ様!? 」

 

 慌ててベットから降り、俺を助け起こそうとするアマルに大丈夫だと、制止をかける。

 

 顔を右手で押さえて、身体を丸めうずくまった。

 

「アンディ様、大丈夫ですか。起き上がれますか?」

 

「ああ、大丈夫だから。少ししたら落ち着く。しばらくこのままで」

 

 勘弁してくれ。

 今起き上がったら、いろんな意味で終わる。これほど、自分を卑しいと思ったことはない。くそ、何てやつだ。不届き者め。お前はアマルにナニをしようとした。

 

 エリ・エリ・レマ・サバクタニ。

 

 ああ、主よ、何故我を見捨て給う!

 

 鼻からポタリと流れ落ちた血が床を濡らした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ミサが終わった後の空き時間を狙って、俺はヨハンナの部屋を訪ねていた。

 

「……で、朝から押し掛けてきて、一体どういう要件ですか?」

 

「いや、ヨハンナに罵って貰おうと思って」

 

 冷たい目で見られた。

 ゴミを見るような目だった。

 普通に視線が痛い。心も痛い。

 

「……帰って頂いて宜しいでしょうか」 

 

「だが、断る」

 

 即答した。それを聞いて、ヨハンナは微笑む。微笑んでいるのに、目は笑ってなかった。

 

「いや、罵って欲しいというか、叱って欲しいというか……」

 

 しどろもどろに、伝える。ヨハンナは、瞳を閉じてゆっくりため息を吐いた。

 

「はぁ、まあいいでしょう。一応話は聞いて差し上げます。貴殿、泣いて喜べ」

 

「お、おう。ありがとな」

 

 眉をひそめながら、ヨハンナは言葉を促した。

 本当に話を聞いてくれるらしい。律儀なやつだ。根は真面目なくせに、ドSとはこれいかに。

 

夢現(ゆめうつつ)、揉みまくったよ、胸と尻」

 

 話せば長いため、五・七・五の俳句調にして表現してみた。倒置法まで使いこなす、自分の才能が怖い。

 

 ヨハンナは頭痛を我慢するかのように、頭を押さえた。それから、一拍置いて頭を振りかぶった。何とか持ち直した様子。彼女は吐き捨てるように呟く。

 

「黒殿は馬鹿なのだろうか?」

 

 ……言うと思った。

 

「状況は大体分かった。淫行に走ったから懺悔したいということでしょうか?」

 

「いや、ひとつだけ言わせてくれ。最後まではしていないぞ」

 

「そこで胸を張るな。愚か者」

 

 頭をペシリと叩かれた。素っ気ない口調なのに、優しさを感じるのは何故だろうか。

 

「貴殿は全く本当にどうしようもないな」

 

「仰る通りで」

 

「いや、どうしようもないのはあの方も一緒か」

 

「ヨハンナ……?」

 

 ヨハンナは俺の頬をそっと撫でた。暖かい手の感触、優しい手つき。慰めるかのように、赦しを与えるかのように。

 

 すると、頭の中で錠前が外れた音が響いた……気がした。気がしただけだったが、妙に頭がすっきりする。霧が晴れたみたいな気分だ。

 

「―――そして、私も。相当なものだな」

 

 頬を、頭を、耳元を順に撫でるヨハンナ。目を見開いた俺に、ヨハンナは怪訝そうに首を傾げた。

 

「どうしよう。ヨハンナが無闇やたらに優しい」 

 

「言い残すことは、それだけでしょうか」

 

 耳元を撫でていたヨハンナの手が、耳たぶを遠慮なく摘まんで引っ張った。痛い痛い。伸びる。伸びる!

 ヨハンナをそれを見て、ニヤリと意地悪く笑った。

 

「前言撤回! このドS!」

 

「黒殿は本当に墓穴を掘るのが得意ですね」

 

「掘っているのは、お前の墓穴だ!」

 

「ほう、良く言った。ならその穴に蹴り落して差し上げよう。この意気地無しのろくでなしめっ!」 

 

「言ったな! ちょっと、いや、かなり、ええっと……すごく美人だからって調子に乗るなよ!」

 

 それは罵倒のつもりなのですか? と、頬を染めたヨハンナに毒気を抜かれた。振り上げた手を誤魔化すように、頭を掻く。 

 

「あの方の気持ちが、少し分かったように思います。やきもきして、どうしようもなく焦っているのですね。このような下法を使ってまで強引に貴殿を欲している。いや、それほど手段を選んでいられないということか。それほど……」

 

 ヨハンナは思案顔で、目を伏せた。

 

 ……時間がないということか。

 

 

 細く呟かれた言葉は、壁に反響する前に薄れて消えた。

 

 

 

 

 

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