曇天の空。
昼間でも薄暗く、重苦しい雰囲気である。修道院の中の明るさは、夜とそう変わらない。光を求めて、沈黙の回廊に足を運ぶ。
回廊の円柱に、身体を預け座り込む。そして、空を見上げ、灰色の分厚い雲を恨めしく眺めた。暫くそうして、気持ちを落ち着かせたところで、おもむろに脇に抱えていた蝋板を取り出す。よしっ、と頬を叩いて気合いを入れてから、鉄筆を握った。
ここに来たのも、蝋板に文字を書くための明かりを求めてのことだった。それに何かを考えるときは、この世の沈黙の回廊が環境的に一番良い。
『誓約とは秘密を隠すためのもの。いいですか、この修道院の成り立ちを調べることです。決して他の修道院の者に知られないように、内密にことを運びなさい』
ヨハンナの言葉を思い出す。
彼女は修道院の成り立ちを調べろと言った。最初は図書室に行って調べてみようと考えていたが、図書室に立ち入れる時間はミサで他の修道士たちがいない時間のみ。限られた時間を有効に使わないといけない。
先に自身の考えをまとめておいた方が都合が良いだろう、という帰結に至ったのだ。
とりあえず今まで感じたこと、見聞きした断片的な情報、それをひとつひとつ書き出していくことからはじめることにする。多くの情報の中から必要なものを取り出し整理する。また、その情報を統合し、着想を得るのだ。
(……本当は付箋とボードや大きな模造紙あれば一番良いんだが、そう贅沢は言ってられないな)
蝋板の右側に単語を書き込む。これに関しては、質より量だ。多ければ多いほど良い。
異教。ストーンサークル。這いよる何か。誓約。秘密。焼かれた村。修道院。王の崩御。アマルティア。忌み子。呼ばれない名前。教会と王権。異端審問。魔女狩り。沈黙。異界。異端と正統。信仰。盲信。神。迫害。征服と侵略。白痴で野蛮。戒律。外部から閉ざされた場所。王の庇護。カエサルのものはカエサルに。神のものは神に。土着の信仰。
(……うん、こんなもんか)
文字の羅列をなぞって、満足げに頷く。
次の段階に移る。関係がありそうなものや言葉が近いものを重ねる。グルーピングをするのだ。俺は左の板に整理して書き連ねて行く。
まずは、異教から始めるか。
「……ストーンサークル。這いよる何か。異界。異端と正統性。異端審問。魔女狩り。迫害。焼かれた村。土着の信仰」
ぐるっと、線で囲う。なんと言うか、禍々しい言葉が見事に集まったな。思わず苦笑する。
「次は、修道院についてだな。……戒律。誓約。信仰。盲信。神。外部から閉ざされた場所。秘密。征服と侵略。沈黙。神のものは神に」
読み上げた文字をまた線で囲う。両極端なワードもあるが、今は取り敢えずそれで良いだろう。
「えっと、それから王に関わること、か。……王の庇護。王権と教会。王の崩御。カエサルのものはカエサルに」
王について、俺が知っていることはほとんどない。いや、王の名前自体は何回か耳にしているはずなのだが、不思議と頭に残らないのだ。暗記は得意だったのに、これが年というものか。普通にヘコむ。
(いやいや、ヘコんでる場合じゃないだろっ!)
息を深く吸って、気持ちを切り替える。鉄筆を握り直して、グループを丸で囲う。
さて、最後に残ったのはアマルについてだ。
「忌み子。呼ばれない名前」
そこまで、書いてひと息つく。眉間を揉みほぐしてから、蝋板をじっくりと見た。
ーーー異教。
俺には歴史の授業で習った程度の知識しかないので、学術的なことは分からない。ここでは、とりあえずキリスト教以外の信仰を指すという理解で話を進める。
まず同じ排他的という点ににおいては、ユダヤ教を思い浮かべる。しかし、ユダヤ教があくまでも自民族の救いを目的としている点に置いては、特定の民族等に関わらず万人の救いを与えることを目的としているキリスト教とは対照的である。
逆に、キリスト教信者たちは、万人に救いを与えることができる唯一正当な教えであるキリスト教を全ての人間は信仰すべきだと考えていた。彼らにとって、それ以外の宗教は邪悪であった。故に、その信仰は正され、改宗することを望んだ。それが唯一の救いだと言うように。
布教活動に始まり、従わない異教徒、あるいは反論する人々に対しては、時に恐るべき「死」が与えられた。まさしく排他的で不寛容、そう表現されるべき宗教であったのだ。
それを前提として考える。
元々このストーンハーストには村があり、その村が異教、おそらくは土着の宗教を信仰していてたことは、フランチェスコが言っていた話だ。
それが悲劇の始まりとなった。正しき宗教と相反すると一方的にそう思われていた邪悪な異教を、排他的宗教観を持つキリスト教は許さなかった。
ーー―故に迫害し、焼き討ちして、恐るべき死を与えた。
その跡地に、
異教のシンボルであるストーンサークルを破壊しなかったこともその何かに繋がっていた……と、考えるのは乱暴だろうか。
俺はそこまで思考して、あの這いよる何かを頭に浮かべた。やはりあれは、村の人々が信仰していた異教に関わる存在であったと、考えることが自然のように思う。もちろん、そうでない可能性も十分あるが。
あれは俺の幻覚なのか。
異教とは関係ない別の存在なのか。
それとも、信仰する人々を失い、土地まで奪われた「まつろわぬ神」なのだろうか。