異教について自身の力量では、これ以上話を広げられないため次のグループ、修道院に移るか。
修道院。
神への信仰、祈り、働き、清貧、貞潔、そして戒律を中心に生活が営われる場所。その戒律とは別に、誓約がこのストーンハースト修道院には存在する。
そのとき、ふと頭を掠めたのは、以前夜に書庫でのベネディクト修道司祭とサルスの会話を盗み聞きした内容だ。
『……我々には誓約がある。それを破ることはできまい』
『その誓約なぞ、いかほどのものか!』
恐らく、我々……つまりは修道院に住む修道士たちは、皆誓約を守って生活している。それはキリスト教に関わるものではなく、おそらく全く別のものなのだろう。
そうでなければ、キリスト教戒律主義者であるサルスが誓約を軽んじ、破るべきだとベネディクトに進言するはずがない。
そもそも、である。
キリスト教に関わるものでないなら、何故ストーンハースト修道院はその誓約を守らなければならなかったのか。排他的で不寛容なキリスト教は、それ以外を認めない。
異端には、侵略と征服をもって鉄槌を下してきた。そのことを彼らも十分理解していたはずである。
俺は右側の蝋を鉄筆の腹で削り、新たに文字を書き込んでいく。
誓約は、守るべきもの。
誓約は、破るべきもの。
誓約は、キリスト教の戒律とは無関係。
誓約は、秘密を守るためのもの。
頭を捻る。
分からん。
修道院は何を隠しているんだ。
秘密とはなんだ。
考えれば考えるほど、頭がこんがらがっていく。
この外部から閉ざされた場所で、いったい何が起こっているんだ。
(うーん。外部から、閉ざされた場所か……)
修道院は、世俗から隔離された場所である。広い敷地を石壁で囲い境界を作っている。認められた者しか入れぬ、そんな小さな世界で俺たちは生きている。
そういや、アマルが以前、この修道院を牢獄のようなと表現したことがあった。牢獄とは、修道院と同じように世俗から離れた場所であるが、本来はその中の者を出さないためのものだ。
「外に出さないための、牢獄……外に出さないための修道院」
そして、牢獄には罪人が必要だ。その、罪人こそベネディクト修道司祭が恐れていたもの? 誓約によって守られている秘密の源なのか。
(……まぁ、これに関しては、さすがに突拍子が無さすぎるな)
さて、気を取り直して、王に関わることについて考えていこう。
これに関しては、カタリナが王が崩御され、王政と教会のパワーバランスが偏ってしまうことを話してくれた。それと、サルスは王についてこうも言っていた。
『誓約などいかほどのものか! 王が崩御された今、何の効力もないでしょう』
『王の庇護を失った今でないとなし得ないことだ。カエサルのものはカエサルに、神のものは神に。我々は、ただそう動けばよいのです』
これから分かるのは、王と誓約は深く関わりがあること。そして、この修道院には王からなんらかの庇護を受けていた者あるいは物がいると言うことだ。そして、王が亡くなりその庇護を受けれなくなった。
俺は蝋板に王と誓約を書いて、相互に矢印を足した。そして、王の下に、アマルの名前を綴る。そのアマルを囲うように大きな円を書いて、修道院と書いた。その丸の外側にそって、丸を書き、異界と書き込む。
最後に、アマルティア。
決して、名前を呼ばれない少女。それほどまで存在を認知されない存在が、修道院から追い出されない理由。
そこに王の庇護があったから、と仮定するなら、彼女と王の関係は?
何故、王はアマルを庇護する必要があるのだろうか。庇護と言うなら、もっと丁寧にアマルを扱うべきだ。閉じ込めて、人と関わらせない理由はない。
アマルが自分自身を忌み人と称した訳を密かに俺は彼女がアルビノだからだ思っていた。彼女がアルビノではないかということは、初めて会ったときからずっと思っていた。フードを常に被っているのは、日光を避けるためなのだ、と。そして、そのアルビノ故に、迫害を受け修道院の奥に隔離されていたのではないか。
それはあり得る話だ。だが、おそらくそれだけでもないだろう。
異教、修道院、王、そしてアマル。
ひとつひとつ独立したものではなく、全ては繋がり相互に関係し合っている。その背景には修道院の過去があると、ヨハンナは言いたかったのだろうか。
考えは整理できたものの、結局確信には至らない。ぼんやりと思考が淀む。頭が働かない。疲れているのだろうか。溜め息をひとつ吐く。
俺は再び空を見上げた。
灰色の分厚い雲が依然として、空を覆っている。それは、まるで俺の心内を表しているようだった。