種を植えれば、芽吹きを迎え。
いつしか大きく、大きくなって。
きっと花も咲くだろう。
それを私は待っている。
ここで、ずっと待っている。
***
気付けばかなりの時間、ここで考えていた。
立ち上がり、首を回すと骨が鳴る。
(考えすぎて疲れたし、一旦部屋に戻るか……)
蝋板を閉じて、紐で結ぶ。それを脇に抱えて廊下を歩く。石床を踏み鳴らす軽快な音が、静寂を打ち破る。自身の足音を聞きながら、足を進めた。
部屋の扉を開けて中に入り、蝋板を机の引き出しにしまう。部屋は殺風景で机とタンス、ベッドぐらいしか家具がない。壁は石壁で底冷えするし、ベッドはリネンのシーツをひいて、毛織りの掛け布団が1枚あるだけだ。夜はまだ少し寒いので、正直アマルが一緒に寝るようになって助かっている。
俺はベッドに腰かけ靴を脱ぐと、そのまま横たわった。身体の力を抜いて、大きく息を吐く。
日頃使わない頭を使ったので、運動するよりも強い疲労を感じる。暫くすると、うとうとと、眠気が襲ってくる。
俺はそれに抵抗せず、そっと目を閉じた。
***
ぎしり、とベッドが軋む音に起こされる。
目を開くと、アマルがベッドに座って俺の顔を覗き込んでいた。その動きに合わせて、長い銀髪が俺の頬を擽った。髪から花のような甘い香り、アマルの匂いがする。
「……ふぁ、なんだアマル、来ていたのか。早く起こしてくれれば良かったのに」
「アンディ様が気持ち良さそうに眠っていらっしゃいましたので、こうして寝顔を拝見していました」
「……あのな。男の寝顔なんて見ても面白くないだろ」
「いいえ、アンディ様。お慕いしている殿方のご尊顔ですもの。私、このままずっと見ていたいです」
「あー、そうか。そりゃよかった。もう、好きにしてくれ」
「ふふっ、ありがとうございます」
俺は身体を起き起こして、ぽりぽりと頭を掻いた。あまりにも堂々と惚気を吐くアマルに、こちらが恥ずかしくなってくる。そのことを苦笑して誤魔化すと、アマルは顔を赤く染め潤んだ瞳でこちらを見詰める。
それから彼女は俺に手を伸ばし、途中で固まる。手が、身体が小刻みに震えている。数秒置いて手をそっと降し、アマルは顔を伏せた。
いつもなら、すぐに腕を組んで引っ付いてくるか、抱きついてくるのに……。
(……もしかして、俺があのとき手を払ってしまったから。また払われるんじゃないかって、思ってるのか?)
申し訳ない気持ちになる。あの時、俺も過敏になっていたんだ。時間を戻せるようなら戻したい。
(いつも俺はアマルに頼ってばっかりで、与えることはほとんどなかった。きっと不安にさせていたんだろうな)
今思えば、何か行動に移すのはいつだってアマルであった。俺はそれをただ享受するだけ。食事も掃除も、身の回りの様々なことを全てやってもらっている。27歳にもなって、何をするのも一回り年下の女の子に任せっきりだった。
ーーー向けられる一途な好意に、何も返せていない癖に。
俺はアマルに微笑みかけて、手を繋ぐ。それからその手を引っ張って、自分の胸に引き寄せた。左手で優しく、ぎゅっと抱き締める。
「もう、お前の手を払ったりしないよ。だから、そんな顔しないでくれ」
「あ、んでぃさま……アンディ様っ!!!」
俺が彼女の名前を呼ぶと、アマルは大粒の涙を流した。それから、俺の手をギュッと握りしめて嗚咽混じりに声を絞り出す。
「私……わたくし! 見捨てられたと思った。アンディ様に嫌われたって、頭が真っ白になって。……辛くて、寂しかった。寂しかったの! あんでぃさま、アンディ様、アンディ様っ! ふっ、ぐ、うえええっ」
「……辛い思いさせちまってごめんな。寂しい思いもさせてごめん。ごめんな、アマル。今日はうんと甘えてくれ。うんと甘やかしてやるから。だから、泣かないでくれ。俺はお前にはずっと笑っていて欲しいんだ」
「っ、あんでぃ、さまぁ。側に居てください。アマルの、アマルの側にずっと、ずっと。置いていかないで、私をひとりにしないでくださいっ!」
「よしよし、ひとりになんかしない。俺はここにいるよ。アマルの側にいる」
すがり付いてくる少女の背中を撫でる。泣きながらアマルは、俺の名前を何度もいじらしく呼んだ。
アマルの背中を優しく撫でながら、彼女には俺がいないと駄目なんだと改めて思った。それは前から感じてはいたことだが、今回のことで身に染みた。思い出すのは、彼女が俺に見せた強い執着、独占欲、依存心だ。
置いていくなら、殺して欲しいと言ったアマル。
嫌いになっても、それを言わず夢を見させ続けて欲しいと懇願したアマル。
俺をヨハンナに取られてしまうと怒り、嫉妬で狂ったアマル。
俺に嫌われたと思い、許しを得るために土下座までしたアマル。
俺は、瞳を閉じた。
「……暖かい」と、宝物に触れるように俺の手を握ったアマル。
青い小さな花を受け取って、無邪気に笑ったアマル。
その姿が脳裏に清明に浮かんでくる。
俺が現代の日本に帰れたとして、アマルはその後どうなるなんて、考えなくても分かる。だからこそ、この少女をひとりになんてできない。
答えなんて、とっくに出ていた。なかったのは、ここでアマルと生きていく俺の覚悟だけ。俺は手の中にある、目に見えないその欠片を胸に押し込む。
――ーカチリ、と最後のひと欠片がはめ込まれる音がした。