聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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いつも誤字脱字の訂正ありがとうございます!


秘密と羊皮紙

 

 

 

 修道士たちの祈祷は、朝課・讃課・一時課・三時課・九時課・晩課・終時課と1日7回に分けて行われる。修道院の時間割り……所謂、聖務日課に沿った時間帯に、修道士たちは祈りを捧げる。

 

 勿論、現代とは違い精密に時間が計れる訳ではないため、日没時間に差がある夏至や冬至によって時間のズレは出てしまっているだろう。

 

 俺はこの聖務日課に全て則り、生活している訳ではない。特に朝課・讃課は、午前2時、3時頃に行われる祈祷だ。そんな時間、普通に寝てるわ。爆睡だわ。

 

 ……まあ、俺は元々キリスト教徒ではないので、他の修道士たちの付き合い上、必要に迫られない限り祈りは捧げない。そもそも、俺は祈るという行為があまり好きではないのだ。

 

 俺が聖務日課に則って動いているのは、農耕や放牧などの労働をする三時課と六時課ぐらいだろう。現代時間で言うと、午前9時から午後6時の間といったところか。

 

 ああ、それとアマルも朝課・讃課を行っていない。その理由は「朝課や讃課を致しますと、アンディ様の大切な眠りを妨げてしまいます。そのようなことは私にできるはずもありません」とのことらしい。

 それで良いのか修道女(シスター)。いや、良くないに決まっている。役目より恋人を優先しているのだから、破戒僧と言われても仕方ない。

 

 更にアマルは俺の前で祈らない。それはキリスト教を信仰していない俺を気遣ってのことなのか、もっと別の理由があるのかは分からないが、アマルは俺の部屋ではなく、必ず礼拝堂で祈祷を行う。

 

 つまり、この時間であれば、安全に羊皮紙を探すことができるという訳だ。

 

 アマルが挽課の礼拝に行った隙に、俺は部屋を家捜しすることにした。

 

 取り敢えず、目につくもの全てに探りをいれる。アマルの服のポケット、机、タンスの中、果てはベットの下まで見た。しかし、古ぼけた茶色い羊皮紙は一向に見つからない。頭をガリガリと掻く。

 

「あー、もう、見つからないな。くそ、マジで困った」

 

 考えられるところは全て探した。何故見つからない。間違いなく俺は、図書室から羊皮紙を持って帰ってきたはずなのだ。それなのに見つからない。まるで誰かに隠されたように。あるいは、故意に引き抜かれたように。

 

(もし、そうだとしたら……)

 

 あの羊皮紙を書庫から持ち帰ったことを知る人間は俺しかいない。書庫に入ったことすら、他の者は知らないはずだ。細心の注意を払っていたので、間違いないだろう。

 

 あの羊皮紙を誰かが引き抜いたと仮定しよう。そうなると、正直言って一番可能性が高いのは……アマルだ。

 彼女は俺の身の回りの世話を全てしてくれている。食事や掃除、洗濯など全てだ。その際に、偶然羊皮紙を見つけ、それを引き抜いた……そう考えるのが一番自然だ。

 

 俺は脳内で蝋板に書いた文章を反芻する。

 

 誓約は、守るべきもの。

 誓約は、破るべきもの。

 誓約は、キリスト教の戒律とは無関係。

 

 そして―――

 

(―――誓約は、秘密を守るもの)

 

 だというなら、アマルがその羊皮紙を引き抜いた理由はそこにあるのだろうか。

 ただ、今の時点で言える確実なことは、彼女が()()を俺に知られたくないということだ。

 

 アマルは驚くほど俺に従順だ。召し使いのように博き、ときには神と同列に語ることさえある。そんな彼女が、俺の持ち物を勝手に引き抜く。それは余程のことでないとあり得ない。そう断言できる。

 

 勿論、これらの考察はアマルが羊皮紙を抜き取った前提の話である。仮定の話であって、確定ではない。

 

 そんなにうだうだ悩むなら、アマルに直接聞けばいいだろう。……と、自分でも思うが、どうしてもそれができないでいた。

 

 それはヨハンナが俺に言った「決して他の修道院の者に知られぬようにことを運べ」という言葉があったからだ。その中には、当然アマルも入っている。

 アマルを信用していない訳ではない。ただ俺は真実を知りたかった。これからアマルと共に生きるために。これから彼女を守るために。

 

(羊皮紙について、他に思い出せるのは……)

 

 俺は羊皮紙の内容を脳裏に思い浮かべる。詳細はやはり思い出せない。なんせ流し読みをしただけなのだ。ただ、何一つ頭の中に残るものがない訳ではないだろう。

 

 俺は椅子に腰かけ、深く考える。瞳を瞑って、炙り出すようにゆっくりとイメージする。羊皮紙の質感、状態、文字の特徴そしてその内容。

 

(そう言えば、どれも……してはいけない、という文末ではなかっただろうか?)

 

 そうだ。文末は全てそのような終わり方をしていた。だからこそ、何かの戒律ではないか、と俺は羊皮紙を見た時に思ったのだ。改めて考えるとこれは禁忌、所謂タブーというものではないだろうか。

 

 タブーとは、忌避されるべき行動を抑制するためのものだ。そこには科学的に立証できるものは、ほとんどと言っていいほどない。

 この場所でタブーを侵犯すると、どのようなことが起こると考えられているのか。それが一番重要なファクターだ。修道院創立の根拠や秘密とタブーの遵守の関係を突き止めることができるはずだ……おそらく、だが。

 

 ファクターを調べるためには、誓約を解き明かさないといけない。であるならば、必ずあの羊皮紙は必要だ。アマルがそれを引き抜いたとするであるなら、どこに隠しているのか。一番可能性が高い場所は、彼女の部屋だろう。

 

 アマルの部屋は、この修道院の一番奥。礼拝堂のすぐ側にある。彼女は今礼拝に行っているので、気付かれず部屋に入ることは難しい。それ以外の時間、アマルは基本俺と一緒に居たがる。

 

(そうなると、夜中にこっそり起きて抜け出すしかないな)

 

 それが確実な方法であろう。方針が決まると、後は行動するのみ。俺はアマルに対して、後ろめたさを感じながらもそう決意した。

 

 

 

 

 




修道士の1日って案外大変。
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