聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

35 / 159
隠されたもの

 

 暗闇の中、目を開けた。

 

 静かに身を起こして、隣で眠るアマルを確認する。穏やかな吐息が聞こえてくる。ほっと、胸を撫で下ろして、音を立てないよう息を潜めてベットから抜け出した。  

 

 部屋から出て、歩く。

 

 廊下は、春先にも関わらずどこか冷たい。ゴシック調の荘厳できめ細かい彫刻は闇に溶け、今は形すら分からない。壁に手を当てて、ゆっくりと目的の場所に向かう。

 

 回廊に出ると、月明かりが射し込む。

 空を見上げると淀んだ赤い月が雲間から顔を出していた。その月の美しさと不気味さに、狂気めいた何かを感じてすぐ視線を戻す。

 

 何も考えずに、ひたすら足を進める。

 足音を極力出さないために、裸足でここまで歩いてきた。が、それでもひたひたと石床を踏む音が聞こえるほど、辺りは静寂に包まれていた。

 

 礼拝堂に繋がる重たい扉を開け、身体を滑り込ませる。振り向いた先、その一番奥にはアマルの部屋がある。ここからは、一本道だ。

 

 俺は懐から、ライターを出した。 

 これはストーンハーストに来る前に、携帯していたものだ。

 別段普段から煙草を吸うわけではなく、盆の季節だったためお線香をあげに墓参りへ行っていたのだ。その帰りの電車の中でうたた寝し、気づけば礼拝堂で倒れていた、という顛末である。

 

 持参していた鞄やポケットに入れていた物は、一纏めにしてタンスの奥深くに隠している。俺の鞄には財布やバッテリーがなくなったスマホや手帳等々、この時代にそぐわない物が余りにも多すぎるからだ。

 

 俺の持ち物は、冗談抜きで時代錯誤遺物、所謂オーパーツになってしまっていた。俺の鞄には、アマルにさえ不用意に触らないようにと言付けている。

 

 ライターを使い壁に取り付けられている燭台に灯をともす。それを持って、長い廊下を一歩一歩確かめるように歩く。それに合わせて蝋燭の火がはためいた。

 

 頼りない蝋燭の灯りが、アーチ状の高い天井を照らし、柱に彫刻された人体像がその陰影を深めていた。

 

 

 しばらく歩くと、右手に礼拝堂の大きな扉が見えた。固く鍵がしまっていて、入ることはできない。それを流し見て、通りすぎる。

 

 それから程なくして、アマルの部屋の扉前まで辿り着くことができた。そんなに距離はないはずなのに、かなり歩いたような感覚がする。

 

 そっとドアノブを握る。何度か躊躇しながらもゆっくりと扉を引いた。

 

 ぎいぃぃ、っと軋んだ音が鼓膜を震わす。

 

 唾を飲み込んで、足を踏み入れた。

 燭台をかざして、ぼんやりと照らされた室内を見回る。間取りは俺の部屋と変わらない。ベットに机とタンスという質素な内装だ。ふんわりと、部屋に漂う仄かに甘い香りが鼻を擽る。嗅ぎ慣れた少女の香り。それに少し安心した。

 

 まずタンスから調べる。

 上段は艶消しされた黒いローブにリネン製のシュミーズが数着。中段にはコートハーディが並んでいた。下段を開けると、純白の下着とタイツが沢山。羊皮紙が入っていないか確認するとは言え、何だか妙な気分だ。

 

 タンスには何も見つからなかったため、ベットをくまなく探る。枕の下やマットレスの裏、ベットの下。しかし、目ぼしいものは何もなかった。

 

 最後に机を調べにかかる。机の上には、特に何も置かれていない。二つある引き出しを順に開ける。片方には、聖書、ロザリオ、ナイフに石筆と石盤が無造作に押し込まれていた。

 

 聖書を持ってパラパラと捲くる。それと同時に、埃が舞った。小さく数度咳き込み、聖書を閉じて元の場所に戻す。

 石板を手に取り、裏を見てみるが何もない。それを確認し、同じように元に戻した。

 

 もう片方の引き出しには、蝋板と繊細な細工がされた鉄筆、布が綺麗に整列していた。

 布を捲る。可愛らしい小さな青が見えた。

 

(これ……以前アマルにあげた野花だ。一緒に押し花にしたのを大切に取ってくれているんだな)

 

 頬が緩む。押し花に布を優しくかけてやる。

 

 次に蝋板を取り出し、紐を解いて二つ合わせを開く。蝋板には所狭しと「アンドウ・アマル」の文字が書かれていた。どうやら、日本語の練習をしていたらしい。練習していた文字がこれなんて、少し気恥ずかしさを感じる。

 

 俺は顔が熱くなるのを自覚しながら、蝋板を紐で縛り引き出しに入れようとして、あることに気付いた。

 

(縦の長さに反して、引き出しが短くないか?)

 

 引き出しを全て取り出し机の上に置いて、机の奥を覗き込む。さらに手の甲で数回板を叩く。コンコンと、高い音が響く。中は間違いなく空洞になっている。これは仕掛け机というやつではなかろうか。

 

 手で押したり叩いたりしてみるが、うんともすんとも言わない。板を手探りでなぞる。すると、小さな窪みがあることに気づく。

 蝋燭を机の近くまで寄せて、目を凝らす。窪みは、菱形をしている。鍵穴のようにも見える。

 

 何か突っ込むものはないだろうか……。

 

 俺はそこまで考えて、緻密に細工された鉄筆の存在を思い出した。身体を起こして、机の上に置いた引き出しから鉄筆を取る。そのまますぐに、それを菱形の窪みに当て嵌めた。

 

 カチリと音が鳴る。次の瞬間、木が擦れる音が聞こえた。

 頭を上げると、机の側面から引き出しが飛び出していた。これが隠された引き出しだろう。蝋燭で照らす。

 

 そこには、指輪と小さな箱。

 

 それから……探していた羊皮紙が入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。