羊皮紙を引き出しから取り出す。
その時くらくらと目眩がして、思わずよろめいた。短く息を吸い、額に手を当て気持ちを落ち着かせる。
(この羊皮紙を抜き取った可能性が一番高いのはアマルだ。と、自分で言っておきながら、まさかショックを受けているのか……?)
頭を振って、その考えを吹き飛ばす。
今はそんなことを気にしている場合ではない。
取り敢えず考えをまとめよう。
ストーンハースト修道院に入る者は、すべからくこの誓約を守らなければならない。そして、その内容を外に漏らすことは決して許されない。
ヨハンナはそう言っていた。ならば、アマルが俺からこの羊皮紙を隠すのは当然の帰結と言える。
しかし、同時にこうも語った。
誓約に縛られる限り、
誓約はアマルへの接触を禁じる、という内容が含まれているのは間違いない。それはアマル以外の修道院の者に適用される。逆に言うと、アマル自身はその誓約に影響を受けないと捉えて良いだろう。
誓約に縛られないアマルが俺からこの羊皮紙を隠したのは何か別の理由があり、それを俺に知られたくはなかった。やはりそう取るべきなのだろう。
もし誓約が「修道院の者はアマルと接触してはならない/アマルは修道院の者と接触してはならない」というものであったとする。
アマルがそれを遵守するのであれば、初めから俺に近づき言葉を交わすことすらできないでいただろう。それが何よりの証拠だ。
そこまで考えて、ひとつの疑問が生じる。
修道院に入るすべての者が誓約を守らなければならなければ、何故俺はその「すべて」に含まれなかったのだろうか。
それは誓約をかせられる者には、ある程度の幅があるということに他ならない。
ベネディクト修道司祭が以前、アマルと深く関わらないように、と俺に言葉を放ったことがあった。
今思えば、あれは誓約を守る上においてかなりのグレーゾーンな言だったのではないか。ベネディクト修道司祭もそれを分かっていたからこそ、怯えた様子で辺りを窺っていたのかもしれない。
それでもベネディクト修道司祭が忠告を残したのは、俺を巻き込むまいとした最後の良心もしくは慈悲の心だったのだろうか。
俺はポケットから手帳を取り出して、羊皮紙の文字を写していく。羊皮紙をそのまま盗ってしまうのは、余りにリスクがありすぎる。
全ての文章を写し終える。
羊皮紙を元の場所に戻そうとして何気なく、裏を向けると小さな文字が書かれていた。
(……秘密とは業である。だからこそ、隠さなければならない)
秘密は業?
修道院が守っている秘密とは、報いを受けるべき罪の跡というのか。その業がアマルとどう繋がっているというのだ。
その文も、手帳に書き込んでおく。
書き終えると羊皮紙を元の場所に戻した。
これで目的は達した。
俺は、羊皮紙と一緒に入れられた指輪と小箱に視線を向けた。悪いとは思ったが、手に取って確認することにする。
指輪を蝋燭に照らす。
鈍く輝く黄金。平たく丸い装飾部分には、彫刻がされている。
……これは、印章だろうか。
印影には、中央に盾、その上には王冠。それに寄りかかるように大きく羽ばたく鷲と獅子が彫られていた。
指輪を戻し、今度は小箱を手に取る。
そっと箱を開けると、綿の上に黄色みがかった短小の欠片が入れられていた。
どこか既視感を覚える。
この欠片は子供の頃、母親から見せてもらったへその緒に似ている。いや、似ているのではなく実際へその緒なのだろう。
なんとも言えない申し訳なさが募り、蓋を閉めて引き出しに戻した。それから隠し引き出しを入れ直して、机の上に置いたもうひとつの引き出しを入れ直す。
形跡を残していないかよく確認してから、俺はアマルの部屋を後にした。
***
もと来た道を歩く。
不意に、蝋燭が風で大きく揺れた。
窓のない廊下で風が通るはずがない。不思議に思って、辺りに視線を走らせる。
そして、目を見張った。
(……礼拝堂の扉が開いている。誰かいるのか?)
誰かが開けたのだろうか。
こんな夜更けに?
俺は礼拝堂の中を覗き込む。
蝋燭の灯りが照らす先に、人影は見えなかった。
何だか恐ろしくなって、俺はそこから去ろうと足を一歩踏み出した。その時、弦を引いたような甲高い音が脳に響いた。
自身の意思とは反して、足が動く。
ひたりひたりと、礼拝堂の中に入っていく。
意識はあるのに、身体が言うことを聞かない。
この感覚、俺は知っている。
ストーンサークルに引き寄せられたあの時と一緒だ。
ぞわりと、鳥肌が立った。
目に見えない何かが俺を誘っている。
俺を呼んでいる。
正面の祭壇に近付くと、その後ろにある夥しい数の蝋燭に人知れず火が灯った。揺れる蝋燭の明かりが室内を照らす。
そして祭壇に安置された大理石彫刻が、その姿を現した。
両手を空に掲げ、フードを目深にかぶった人体彫刻。それは祈るようにも、懇願しているようにも見えた。
俺はその彫刻に近づき、手を伸ばす。
―――彫刻の影が蠢いた気がした。