「アンディ様、今日のご予定は?」
アマルは俺にそっと服を差し出して、控えめに言葉を発した。服を受け取って、着る。それから今日の予定を頭に思い浮かべてみる。
「えっと、午前はフランチェスコと一緒に巡礼棟に行って。午後は畑仕事だな」
「……そう、ですか」
不安げに俺を見上げるアマル。
彼女は俺が巡礼棟に行くことを嫌がる。
巡礼棟とは、ストーンハーストにおいて、聖地を目指して旅をする巡礼者たちを宿泊させ歓待する場所だ。
貧しく徒歩でしか巡礼できぬ者は無料。馬などに乗る財力がある者には料金をお布施という形でもらい宿を提供する。
また長く過酷な旅では、怪我や病にかかる巡礼者も多く、巡礼棟で治療や見取りも行うのだ。所謂、ホスピスとしての役割を担っていた。それ故、巡礼棟を常に清潔に保つことは修道院にとって重要な責務と言える。
今回は定期の掃除ではなく、数日前に久しぶりに訪れた巡礼者の世話をしに行くのと言うわけだ。
「何もアンディ様が、そのようなことをなさらなくとも……」
「いや、良いんだよ。俺は外の人と話せて楽しいし、良い気分転換になる」
「……アンディ様がそう仰るなら」
あからさまに、肩を落とすアマル。
彼女は外から来る巡礼者と俺をできるだけ会わせたくはないのだろう。俺が修道院の外に興味を持ち、ここを出て行ってしまう可能性を少しでも除外したい、そんな理由からだと思う。
健気と言うか、不安症と言うか。あれだけ身体を重ね、愛を交わしてるのにまだ足りないのか。
へちょりと、眉を下げ落ち込むアマルの額に軽くデコピン。
「ううっ、アンディ様ぁ。やーです」
額を押さえて、泣き言を言うアマルに苦笑する。
「心配しなくても、巡礼者について外に出て行ったりしないよ」
「……本当ですか? 絶対、絶対ですよ?」
「本当で絶対だ。俺はお前を置いて行かない。何度だって神様に誓うさ」
アマルはそれを聞いて安心したように微笑んだ。そして子犬が尻尾を振って飛びかかってくる、そんな勢いで抱きついてくる。きっちり受け止めて、抱き締め返す。
「……というか、毎回このやりとりしてるだろ。いい加減、自信持てよ」
「アンディ様……でも、私どうしても不安で」
「……はぁ、仕方ないなぁ」
ぐりぐりと子犬を可愛がるが如く頭を撫でる。アマルは心地良さげに鼻を鳴らした。それから俺の服を控えめに引っ張って、キスのおねだり。俺は要望通り、顎に手を添えて上を向かせ、薄桃色の唇に軽くキスを落とした。
静かな室内に、艶かしいリップ音が響く。それに酷く興奮を覚えるが、下っ腹に力を入れて我慢する。
「んっ、アンディ様もっとして欲しい、です」
「……駄目だ、待て、おあずけ」
もっと、とねだるアマルを引き離す。
アマルは頬を膨らませて上目遣い。そんな顔をしても駄目なものは駄目だ。
「夜に嫌と言うほどしてやるから我慢しろ」
「……約束して頂けますか?」
「ああ、約束する」
「なら、我慢致します。……アンディ様、私の愛しいお方、アマルはずっとここでお待ちしていますから」
「分かった。できるだけ早く帰る」
「ええ、お待ちしております」
今度は少し強めに抱き締める。アマルは俺に身体を預け、顔を胸板に擦り付けた。
***
巡礼棟は、ゴシック調の修道院とは違いシンプルな作りだ。
石造りであることは変わらないが、二階建て民家のような暖かみがある印象。俺とフランチェスコは巡礼棟に入り、巡礼者の元を尋ねた。
扉を開け、巡礼棟の中に入る。吹き抜けの居間に俺と同じ歳ぐらいの女性が、長机に両手を置いて祈りを捧げていた。彼女は俺たちの姿を認めると、立ち上がって礼をした。俺も小さく頭を下げる。
「こんにちは、ソフィアさん」
「……ああ、修道士様。わざわざ、足をお運び頂き感謝いたします」
「そんなに畏まらなくて良いですよ。……えっと、その後体調はどうですか?」
「ええ、おかげさまでもうすっかり良くなりました」
女性の名前は、ソフィア・ロメさん。
数日前、息も絶え絶えにストーンハーストを訪れた巡礼者だ。長い旅で、体力が削られかなり衰弱していたが看病の末、なんとけ歩けるまでに回復したのだ。
「病み上がりだから、あんまり無理してはいけませんぜ」
「フランチェスコの言う通りだ。ベッドに寝て安静してください」
「……はい、ご面倒をお掛けいたします」
恐縮しきりで頭を下げるソフィアさんに、意識して笑う。
「面倒なんて思ってないですよ。俺は貴女が心配なだけです。今は気にせず、ゆっくりと休んでください」
「はい、感謝申し上げます」
柔らかく瞳を細めて、ソフィアさんは十字を切った。それから、今一度深く頭を下げて、二階にある寝室へと上がっていった。
「にしても、ソフィアさん元気になって良かったな」
「ええ、そうですねぇ。女の一人旅だ、苦労も多かったでしょうし。今はたんと休ましてやりやしょう」
フランチェスコはそう言って、にかりと笑った。俺もそうだな、と頷く。
二人して掃除に取りかかる。
箒で床を掃き、布巾で机や家具を拭いていく。暖炉の炭を回収し、畑に撒く。それを数回繰り返す。顔も手も真っ黒だ。
フランチェスコは天井のクモの巣を箒で取り払いながら、俺の姿を見て笑った。腹が立ったので、フランチェスコの額に煤にまみれた手で肉と書く。困ったように眉を潜めるフランチェスコを見て、俺は満足げに鼻を鳴らした。