聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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二者択一

 

 

 一通りの掃除を終えて、俺は息を吐いた。

 

 巡礼棟がなまじ広い分、掃除もなかなかどうして大変だ。元々、掃除が苦手な性分の俺にはちと辛い。 

 

「お疲れですかい? 相変わらず、ひょろっこいですねぇ」

 

「……お前から見たら、ほとんどの人間がひょろっこいだろが」

 

 横に立つフランチェスコの丸々とした腹を軽く小突く。

 

「はっはっは、ちげぇねぇ!」

 

 フランチェスコはお腹をぷるぷると震わせて笑った。プリンみたい。いや、それはプリンに失礼か。

 テーブルの前に無造作に置かれた椅子に腰かける。椅子は固く座り込み心地が良いとはお世辞にも言えないが、立ちっぱなしよりよっぽどマシだ。

 

「フランチェスコも座れよ。なにちょっとくらい休憩しても、慈悲深い我らの神様なら許してくれるさ。アーメン」

 

「ならば主に感謝して、あっしも一休みさせて頂きやしょう」

 

 二人して椅子に座り、深いため息をつく。身体を弛緩させて、瞼を閉じた。俺は二階の寝室で休んでいるであろうソフィアさんのことを思い浮かべていた。

 

 金色に近い茶髪のしっとりとした雰囲気。痩せぎみだが、それを差し置いてもかなりの美人だ。そんな女性が聖地まで一人で旅するなんて、並大抵のことではない。

 

「なぁ、フランチェスコ。ソフィアさんみたいな女性の巡礼者って結構多いのか?」

 

「いや、いない訳ではないんですがね。大抵、夫や家族、あるいは侍従と共で、女一人旅ってのはかなり珍しいですねぇ。なにかと、道中は危険がつきものですから」

 

「……やっぱりか」

 

「ええ。獣や盗賊は勿論ですが、事故や病気、そして食料がなく、途中でのたれ死ぬ者なんてごまんといますよ」

 

 思わず眉をひそめる。

 この世界は旅と安全は決して対になるものではなかった。

 

 そもそも、道が整備され、道中の安全が約束されたのも近代になってから。それまでは、旅というものは常に死と隣り合わせだった。危険な道程だからこそ、巡礼者たちはその旅に意味を見出だしたのかもしれない。

 

 フランチェスコは、それにと言葉続ける。

 

「―――ーそれに、一晩の宿を求めて訪ねた村だって、絶対に信用できると言えば決してそうではありません。……嫌な話ですがね。村人が金目の物目当てで、巡礼者の身ぐるみ剥いたあげく、凌辱し殺すなんて話、どこでも転がっていやすから」

 

「そりゃ……酷いな」

 

 いや、日本でも似たような話があったような。

 ……たしか「六部殺し」といったっけ。

 

 六部とは、お経を納めに諸国霊場を巡礼する行脚僧のことだ。そして、それに関わる日本の昔ばなしが「六部殺し」である。

 

 その内容は、こうだ。

 旅の六部に一晩の宿を貸した百姓は、彼が金品を多く所持していることを知ってしまう。百姓は金品を欲しさに六部を殺し、身ぐるみを奪い、それを元手にして財を成した。しかし、後に百姓の家に生まれた子供が、ある晩こう言った。

 

「ーーーーお前に殺されたのもこんな晩だったな」

 

 ……なんと、子供は殺した六部の生まれ変わりだったのだ。物語はある意味衝撃的な幕引きを迎える。

 

 これも民俗学を専攻していた友人から教わったことなのだが、村という閉ざされた社会の中で「あいつの家だけ、儲かるとはおかしい。きっと悪いことをして、金を手に入れたに違いない」といった周囲からの妬みが、六部殺しの逸話に色濃く反映されたのだ、という説があるらしい。これは西洋の魔女狩りにもみられるものだ。

 

 ……話がずれてしまったな。

 

 つまるところ、そういう話は日本固有のものではなく昔からヨーロッパでもあったのだ。人というのは、場所や人種は違えど本質は変わらないということかもしれない。

 

「まぁ、でも。ソフィア殿は初めての巡礼ではなさそうなので、危機管理に関しては大丈夫でしょうや」

 

「……なんだ、本人に聞いたのか?」

 

「いいえ。でも彼女は、ソフィア・()()と名乗ったでしょう?」

 

「ああ、そうだが、それがどうしたんだ?」

 

「ロメ、というのはですね。通称で『ローマを巡礼した者』という意味なんですよ。どうやら、ソフィア殿は相当敬虔な信者らしい」

 

 顎に手を添えて、ふむふむと頷くフランチェスコを尻目に首を捻る。

 

「あれ、ロメって名字じゃなかったのか?」

 

「はぁ、黒殿は本当に世間知らずですねぇ。名字なんて貴族じゃあるまいし、ただの平民が持っている訳ないでしょうが。たいてい、生まれ育った場所や職業、通称などを名乗っているだけですよ。あっしのポワティエは生まれ育った場所ですし」

 

 フランチェスコは呆れ顔。

 あー、レオナルド・ダ・ヴィンチみたいなやつか。ヴィンチ村のレオナルドさん的な。

 

 俺は頭を掻いて、誤魔化し笑いをする。この地の文化をほとんど知らないので、俺は良く頓珍漢なことを言ってしまうらしい。しかし、それは仕方がない。俺は彼らと、国も違えば人種も違うし、何よりずっと未来の人間だ。いや、もしかしたら世界すら違うかもしれない。

 

 過去にタイムスリップしたのではなく、全く別の次元、別の世界へと迷い混んでしまったのかもしれない。

 小説であるようなファンタジーな異世界のイメージではなく、平行世界。オルタナティブの先、あり得たかもしれない数多の世界のひとつ。それが俺の今いる世界。

 

 超自然的な事象が起こりうる世界線。似ているようで、非なる世界。そういう意味での異世界。

 

(まあ、これは考えすぎか……)

 

 俺は考えを振りきるように、椅子から立ち上がって、ぐっと背伸びをした。

 

 

 

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