「退廃的だなぁ……」
「いきなりどうしたんですかい。黒の旦那?」
「いや、退廃的な生活をしているなぁと」
畑を耕しながら、ぽつりと呟く。隣で作業するフランチェスコは、怪訝そうな顔で俺を見詰めた。
「あの、言っちゃなんですが、あっしは清貧を第一とする修道士なんですがね。黒の旦那、そこんとこ分かってていってますかい?」
ぽん、と手を叩いて頷いた。
おお、そう言えばそうだった。フランチェスコは、修道士感が全くないからな。そんな俺の姿を見ると、フランチェスコはげんなりとした表情でため息をついた。
「あっしが修道士だって、すっかりさっぱり忘れてやしたね。はぁ、黒の旦那、本当に勘弁してつかぁさいよ」
「あー、悪い悪い」
「ふぐぐぅ、全く悪いと思ってない顔ですねぇ!」
むぅ、と眉をひそめて困った顔のフランチェスコ。
まるまるとした身体を持っているのに、清貧とはこれいかに。いったいこの肉はどこで付けてきたんだ。
俺の考えが分かったのか、強い癖毛の茶髪を撫で付けいじけた様子。俺は思わず吹き出して、たぷたぷとしたお腹を突っついた。
「全くもって、黒の旦那は……しょうがない人ですねぇ」
「ははっ、でも嫌じゃないだろう?」
「返答に困る質問は止めて欲しいですよ」
にやついた頬を手で押さえて、口を尖らせる。
……分かりやす!
フランチェスコとは男子中学生のような関係だ。つまるところ何も考えていない。お互い薄っぺらい会話をしながら、それでも心を通じ合う。そんな感じ。
「で、何が退廃的なんですかい?」
「あー……まぁ、その、なんだ。ここでは言えない、あれこれだ」
さすがにおおっぴらに、アマルとの身体の関係を言い触らすことはできない。キリスト教、特に修道士は性的な行いを罪深いこととしているから、というのもある。いや、そもそもそんな修道院で、淫行を重ねる俺たちは普通なら厳罰ものである。
フランチェスコは背筋を伸ばし、察したように目を細めた。
「……はぁ、あまり強くは言えませんがね。入れ込み過ぎるのも良くないですよ。黒の旦那、得てして堕落こそもっとも恐ろしい行いだ」
畑を耕す手を止めて、フランチェスコは諭すような口調で言葉を発した。
「ああ、うん。まぁ、そうだよなぁ……」
「ええ、いいですか、あれと繋がることは……いや、ああ、そうですね。そうだった。……なんでもねぇです。さっ、畑仕事をとっとと終わらせちまいましょうや!」
誤魔化すように、ぎこちなく笑うフランチェスコ。それを見て、大仰に首を振る。
口ごもった言葉の先は分からないが、秘密に関わる類のものだったのだろう。これ以上は口を出せない。フランチェスコに迷惑をかけることだけは避けたかった。
「……そうだな。早く終わらせよう」
同意する俺の言葉に、フランチェスコは心底ホッとした顔をした。
***
例のごとく、水浴びをした後に自室へ向かう。
水滴が頬を伝う。それを拭いもせず、黙々と廊下を歩く。
そう言えば、アマルを抱くようになってから秘密や制約に関して考えることが減った。早く真実を見つけないといけない事柄なのに、それに対して思考が抜け落ちてしまっているようだった。
考えようとしても、ぼんやりと靄を被ったように頭が鈍くなる。まるで何かにその考え自体を阻害されてるような。言い訳甚だしいが、本当にそう思うくらい頭が回らないのだ。
そこまで考えて首筋がぞわっとした。
その感触を振り払うように、自室へと駆け足で足を進めた。
扉を開けると、いつものようにアマルがベッドに腰かけていた。俺に気付くと、満面の笑みを浮かべる。
「アンディ様、お帰りなさいませ!」
立ち上がると、飛び付くように抱きついてくる。ぼふっと、身体に衝撃的を受ける。それと同時に柔らかな胸が押し付けられた。
「ああ、ただいま」
「アンディ様。私、とても寂しゅうございました」
「ちょっと離れていただけだろ? アマルは本当に大袈裟だなぁ」
「もう、つれないことをおっしゃらないでください。アマルはいつだってアンディ様の側に居たいのです!」
「分かった分かった」
「ううっ、またそうやってすぐあしらう」
むぅむぅと頬を膨らませる子どもっぽい仕草。会ったばかりの時は、冷涼で表情も固く大人びて見えたが、今はもう見る影もない。俺の目の前では、常にふにゃりとした笑顔で子どものように甘えて来る。
「ったく、ほらこれでいいか?」
頭を撫で、優しく髪をとく。アマルは気持ち良さそうに目を細めて、それから慌てて拗ねていたことを思いだしたようにさらに強く抱きついてくる。
「誤魔化さないでください。アマルはこんなにもお慕いしているのに、アンディ様は分かってくださらないのですか? 私はアンディ様がいないと、駄目なのです。寂しくて寂しくて愛しくて愛しくて、毎日気が狂いそう」
「はぁ……お前ってつくづく重い女だなぁ」
苦笑する。
何気なく呟いた言葉に、アマルは大きく肩を震わせた。
「あ、あの、重い女で申し訳ありません。だから、愛想をつかさないでください。えっと、えっと……」
愛想をつかされない方法を必死に考えていたのだろう、アマルは目をさ迷わす。それからぱっと頭を上げ、息継ぎしないで一気に捲し立てる。
「ご、ごめんなさい、アンディ様。でも、どうにもならないの。どうか、どうかお嫌いにならないで! なんでも致しますから。そのアンディ様、よ、よろしければすぐ身体をお慰めします。アマルを好きなように、扱ってください。どんなに乱暴にしても良いですから」
咄嗟に思い付いたことが自身の身体を使って、繋ぎ止めることだったのだろう。
しまった、と後悔する。
何気ない言葉でも、それが俺から発せられものであればアマルにとって重い意味を持つ。それは嫌というほど分かっていたはずなのに、どうして俺はいつもいつもそうなんだ。
「そういうつもりじゃないんだ!」
「ひうっ、ごめんなさい……許して、お願いします。す、捨てないでください。本当に、アマルにはアンディ様だけなの。愛してる、だから、何をしたら許してくださいますか? どうしたら、いいですか? 分からない、どうしたらどうしたら……ごめんなさい、ごめんなさい、ふっ、ひっぐ、うええぇ!」
混乱して、咽び泣くアマル。
俺は堪らなくなって、強くアマルを抱き締める。アマルも必死にしがみついてくる。
「違う、違うんだ。泣くな、泣かないでくれ。ごめんな。俺が悪かった。そういうつもりじゃなかったんだ」
「うっ、ひっぐ……アンディ様、許してくださるの? わ、私を捨てないでいてくれますか?」
「捨てる訳ないだろ。俺にはお前だけだ。ああ、傷つけてごめんな」
「……本当、に?」
「ああ、もちろんだ」
「……よかった。ひううっ、よかったよぅ」
今度は安堵の泪をぽろぽろと流した。
それが申し訳なくて、背中を撫でる。
どうしたら安心させてやれるだろう。俺の言葉に左右されないように、確固たるものを構築してやれるだろうか。俺はその答えを、必死に模索した。